- 稼働率指数と実稼働率
長年、日本の設備投資額が大きかったため、日本には大きな過剰設備が存在(したがって一方には過剰債務が存在)することを先週号で説明した。これは日本の貯蓄率が大きい水準で推移していたことが関係している。また銀行の仲介機能がうまく働き、この大きな貯蓄が企業の設備投資に使われたのである。土地の価値が認められており、これを担保に銀行の融資がスムーズに行われた。土地を担保にすることにより、銀行も低コストで企業に貸付を行うことができたのである。
ところで設備投資が盛んということは、生産設備が常に更新されていることを意味し、長年、日本メーカが強い競争力を維持している要因になっている。しかし過剰設備を持つことにより、日本の企業の収益水準は低い。これは資本に関わる経費(減価償却費など)が余計にかかることと、ライバル企業との価格競争が激しくなるためである。またどうしても稼働率を高め、コストを低めようとするため、過剰生産に陥りやすく、これが日本の輸出依存型経済を助長した。つまり過剰設備が原因で、日本経済は外需依存を強めたとも言える。
ところで過剰設備による低収益を続けてこられたのも、物を言わぬ株主の存在を抜きには考えられない。企業は互いに株式を持合うことによって、互の低収益を容認してきた。もっとも地価が毎年のように上昇し、企業の含み益が増え、株価が上昇している間は、期間損益が多少悪くても互いに文句は言えないのである。
一方、このような株主構成により、日本の企業は、利益の短期的な極大化を追うことなく、長期的な投資行動ができたのである。しかしバブル崩壊後、資産デフレが続き、株式の持合いが徐々に解消されている今日、これまでのような過剰設備を覚悟したような投資行動は段々難しくなっている。
昔から日本の設備稼働率が低いことは周知のことであった。反対に米国などの設備稼働率は、日本よりずっと高かった。したがって米国では、投資不足による電力不足が起ったり、しょっちゅう石油精製設備の処理能力の不足で、石油製品の高騰が起っている。
その米国でも、最近、過剰設備による稼働率の低下が目立っている。ところで設備の稼動状況を表す数値としては、稼働率指数と実稼働率がある。前者は、基準年の設備の稼動状況を基に、調査時の稼働状況を指数化したものである。現在は、95年の稼働状況を100として、毎月公表されている。ちなみに直近の数字は、5月分で、指数は97.3である。2年前にはこの数値も一時90を割込んでいたが、最近多少持直している。
しかし問題は、実稼働率の方である。日本ではこの実稼働率が公表されていない。昔は公表されていたが、どういう訳か、最近この数値は表沙汰になっていない。米国の実稼働率は今日でも公表されており、その数値は74%とか75%といった水準である。昔は、日本の実稼働率が60%台であり、米国は80%くらいが普通であったと記憶している。
ところが6月30日の日経新聞の特集「変化探る足踏み景気」に次のような文章が掲載された。「製造業の稼働率も2,001年10月ー12月期の65%を底に今年1月ー3月期には71%まで回復」。なんと日本の実稼働率を取上げているではないか。公表されていないはずの数値が掲載されているのである。もっとも筆者は、74%前後という別の数値を入手している。両者で微妙に違うところが面白いところである。なにしろ公表されていない数字なので、どちらが正しいとは言い切れない。
- 実稼働率とデフレギャップ
稼働率指数は、設備の稼働状況の変化を知ったり、異なる時期の稼働率を比較する場合には使える。しかし稼働率指数は、基準年が変われば、数値が変わる。これは日本の製造業にどれだけの生産余力が残っているのかを示しているのではない。特に積極財政を主張している人々にとっては、稼働率指数ではなく実稼働率が重要である。
積極財政を否定する人々(構造改革派)の常套句は、「積極財政を行って所得が増えても、所得は貯蓄に回り、消費されない」「需要が増えても、物価が上昇するから、実質所得は増えない」である。つまり積極財政は効果がないと決めつける。もちろん前者は論外であり、かりに貯蓄に回る部分が大きいのなら財政支出をその分増やせば良いだけの話である。そして後者については、しばらく前まで、実に怪しい根拠が示されていた。なんと日本にはデフレギャップがないことになっていたのである。デフレギャップがないため、財政政策によって追加的な需要が発生すれば、当然物価が上昇するというのである。
竹中大臣もちょっと前までは、「積極財政に転換しても、物価が上昇し、実質所得は増えないのだから意味がない」とぬけぬけとテレビで公言していた。当時は、日本にはデフレギャップがないということになっていたのである。しかしとうとう政府もつい最近、公式に日本がデフレギャップが存在することを認めるようになった。しかしデフレギャップはわずか30兆円と言っている。
デフレギャップは、生産設備と労働力の遊休を合計したものである。つまり完全操業・完全雇用で生産されるGDPと、現実のGDPとの差額ということになる。実際の失業は表面の数字より大きい。また製造設備の実稼働率を考えれば、30兆円のデフレギャップということは絶対にない。
たしかに長年大きな設備投資を行ってきた日本と、つい最近まで過少投資による設備不足が指摘されてきた米国との間で、製造設備の実稼働率がほとんど変わらないというのも変な話である。おそらくこれは日米の間で実稼働率の測定方法が異なるからと考えられる。当局も、そのような事情があるため公表を控えていると思われる。
国内総生産(GDP)、国民所得などの国民経済計算統計には国際的な基準(国連の93SNA)がある。しかし実稼働率にはそのようなものがない。もっとも国全体の製造設備の稼働率を算出することは、思っただけでも難しそうである。
たしかに化学プラントのように設計能力がはっきりしている設備の場合は測定は比較的簡単であろう。しかし製造する製品の陳腐化が激しい半導体の製造設備のようなものの稼働率の算定はちょっと難しい。遊休状態の製造設備が存在していても、設備が古ければ、製品が売り物にならないことがある。したがって設備がちょっと古くなれば、遊休設備とは呼べない可能性がある。
近年、目覚ましい発展を遂げたのが、通信の分野である。携帯電話やインターネットの登場で通信の需要は急増した。しかしこの分野の稼働率も問題である。先週で述べたように、この分野は、ちょっとした技術進歩によって、供給力が飛躍的に増えることがある。一つの装置で伝送能力が40倍にもなるというケースがある。
先週号で米国の光ファイバーの稼働率が2.6%という話をした。たしかにこれなら97.4%の設備が遊休状態ということにはなる。しかし素直にこれを90%以上ものデフレギャップと認識すべきか判断に迷う。また最近の消費物資には、需要が増えることによって、かえって中長期には価格が下落するものが多い。デジタル製品などが典型である。
本来、デフレギャップは、物価の関係で注目されてきた。しかしこれに過度に重点を置く必要性が薄れたように思われる。しかしこれは物価とデフレギャップが関係ないという意味ではない。一定のデフレギャップが存在すれば、価格は上昇しにくいというくらいの結論で良いと思われる。需要が増えれば、また設備投資がなされるため、生産力がさらに増える。また新たな投資がなされる場合には、技術進歩が体化された設備が導入され、生産力が大きく増す。
さらに需要が増えても、簡単には物価上昇が起らない経済体質に日本は変わっていることが考えられる。これも消費構造が、需給ギャップの影響が大きい一次産品の比率が小さくなっていることと、反対に通信費のような需要増大によって価格が下落するようなものの比率が大きくなっているからである。
積極財政で需要が増えても、物価が上昇し、実質所得は増えないとは、よほど経済の常識に疎い証拠である。実際、最近値上げがあったのは、タバコと発泡酒である。デフレ(物価の上がり下がりでインフレだ、デフレだと言っている人々にとってのデフレ)解消のために、政府が率先して物価を上げているかのようである。
それにしても日本で実稼働率が公表されないことが納得できない。たしかに技術的に難しくなっていることは理解できるが、これは極めて基本的な経済数値である。また米国の実稼働率とほとんど変わらないと言うのも変である。この数字が何らかの形で公表されていたなら、デフレ対策はもっと早く行われていたはずである。デフレ対策の遅れによって、不幸な目に会う人々がそれだけ多くなっている。この数値をあえて公表しないことの罪は極めて重い。
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