平成9年2月10日より
経済コラムマガジン


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97/8/25(第30号)
競争時代の賃金を考える
  • 生産のグロ-バル化
    先週号まで、米国企業の好調な原因として、人件費の削減の効果があることを示した。その背景として、「ニュ-エコノミ-論」で指摘されている、「生産のグロ-バル化」と「テンポラリ-ワ-カ-の増加」が特に注目される。
    市場の競争が激しくなれば、企業は、コスト削減のため、世界中で一番安く製品を調達できる国から輸入するか、あるいは自分達の技術を移転して、その国で製造することになる。その結果、本国で同様なものを製造している産業の労働者の賃金は、上がらなくなるか、もしくは下がることになる。最悪の場合は、本国ではその産業自体がなくなってしまうのである。いわゆる空洞化である。
    このようなことになった背景は、途上国の資本の開放政策とNAFTAなどの共同市場の創設である。WTOなどの関税引き下げ政策もこれを後押ししている。製造業の場合は、製品が移動し、輸出入されるのでこのメカニズムは理解しやすい。しかし、非製造業に区分されているものでもこの流れに影響される。例えば、ソフトウェア-の開発なんかは一番グロ-バル化しやすいものである。今後は、こんなものまでと思われるものも、世界的な競争に晒されることになる。
    将来は、医療サ-ビスでさえも世界的な競争時代に入る可能性がある。現在は、航空運賃や言葉、そして保険制度が壁になっているが、患者の負担部分が増えていけば、このような動きは当然起こるであろう。実際、現在では日本の場合は、臓器移植を海外で受けることが一般化している。 臓器移植の場合は、日本に提供者が少ないことと、日本の気候が高温多湿で臓器移植の手術に向かないこともあるが、費用も関係していると思われる。

  • 大競争時代
    日本も「生産のグロ-バル化」に直面している。本のタイトルで「大競争時代」(残念ながら筆者は読んでいない)と言うものがあるが、「生産のグロ-バル化」により、国内だけでなく、世界的な競争にあらゆる分野が晒されることになる。
    「競争」と言った場合には、同じ製品を作っている企業同士の競争を思い浮かべるが、正確にはこれだけではない。例えば自動車会社と電機会社を考えてみる。自動車会社が合理化に努力し、生産性を向上させ、その結果輸出が伸びた場合、その国の為替レ-トは高くなる。日本の話なら「円高」になるのである。関係のないと思われる電機会社も、この「円高」には影響受けるのである。その分輸出が難しくなり、輸入品との競争も激しくなるのである。つまり、こと合理化に関しては、自動車会社と電機会社は競争関係にあるのである。
    農業さえも競争関係に立つことになる。自動車会社の合理化の結果、「円高」となれば、輸入作物との競争が激しくなる。現在、行なわれている保護政策が小さくなれば、このことがはっきりしてくるであろう。
    これらのことをつきつめて行けば、個人と個人が競争関係に立つと言うことになりかねない。「生産のグロ-バル化」と言うことは、このような競争が世界規模で行なわれることを意味する。各々の国の垣根が低くなり、経済がグロ-バル化することはこの「大競争時代」に拍車をかけることになる。「大競争時代」は、競争に強い人にとっては、それだけチャンスがあると言うことなので、良いかもしれないが、そうではない人々には「しんどい時代」なのである。

  • 大競争時代の賃金
    最終的には、大競争時代の賃金は、ズバリ「その人間の能力や働きに応じてきまる」と言うことである。その人がどの国の人かと言うことは関係しない。日本人も米国人もインド人も、働きが同じなら賃金も同じと言うことである。もちろんこれは極論であって、直ぐに実現することではない。ただ、現在のように、日本人の賃金が、中国人やインド人の何十倍と言う事態は続かないと言うことである。つまり、日本や米国のような先進国の賃金は上がらず、途上国の賃金は上昇続けると言うことである。
    この傾向は途上国の賃金水準が上がり、先進国の賃金に近ずくまで続くことになる。また、その水準はその国の労働者の能力や働きによって決まると言える。したがって、場合によっては先進国の賃金水準を追い抜くことも可能と言うことになる。実際、「生産のグロ-バル化」によって、途上国の経済成長率は高くなった。ただ、今後は、途上国がどこまでこの成長を続けられるかが問題である。これについては別の機会に述べたい。筆者は、途上国が先進国に近づくには、世間で考えられているよりさらに時間がかかると考えている。
    ともわれ、先進国の賃金水準の動向を考える場合には、この「生産のグロ-バル化」を考慮しなければならないことだけははっきりしている。そして「生産のグロ-バル化」が続く限り、先進国では企業業績が良くても、賃金が上がらないため、物価もあまり上昇しないことになる。

  • 大競争時代の社会への影響
    米国を始め、先進各国は程度の差はあっても、このような「大競争時代|」へ移行しているようである。まず、経済面での影響をまとめると次のようになる。このことによって、賃金は上昇しにくくなり、物価も上昇が緩慢となる。ただ、企業の収益は伸びるため、株価は高値で推移することになる。失業率は、労働市場が柔軟で流動性のある米国などは低くなるが、欧州などのように労働市場が硬直的で、失業に対する福祉対策が厚い国々は高い水準で推移する可能性が高い。伝統的なマネ-サプライ管理政策は、マネ-サプライを増やしても、物価が上昇しないわけであるから、政策自体の評価が 見直されることになろう。また、企業の収益が良く、税収が伸びても、GDPの伸びは大きくなるとは限らない。つまり、国全体の景気はそれほど良くなると言う保障はない。
    さらに大競争時代は、上記のような経済に対する影響だけでなく、社会にも色々影響を及ぼす。先週号、8/18(第29号)「米国経済の生産性の向上を考える」で、労働者としての収入が減っても、株主としての収入が増えると言うケ-スがあることを説明した。しかし、これは全ての労働者に当てはまることではない。株式やストックオプションなど、企業の収益の分配を受けられるものだけは高い収入を得られるのである。つまり、同じ労働者でも収入の格差が増大することになる。事実、米国では所得格差が大きくなっている。
    最近、米国の貯蓄率が少し高くなっている。多くのエコノミストはこれを「ベビ-ブ-マ-世代が将来への備えをしている」からと解説している。しかし、筆者は、これは単純に所得格差が増えたことが一番の原因と考えている。ところで米国は貯蓄率は元々低いが、これは米国人が堅実さに欠けるからではない。日本人とライフスタイルが違うからである。これについては、そのうち別の機会に述べたい。
    所得の格差の増大は社会に「緊張感」を増すことになる。これは新たな問題である。社会に「緊張感」が増えると、犯罪が増えると単純に断言できないが、ある種の「あつれき」は増えることが考えられる。移民の多い国の、彼等に対する反発もこの一つであろう。
    先進各国が、現在の政策をいつまで続けることができるかと言うことは、社会がどこまでこの「緊張感」に耐えられるかにかかっている。あまりにもこの「緊張感」が高まり、弊害が生まれるようなら、規制緩和政策にある程度ブレ-キがかけられたり、保護主義が台頭してくることも考えられる。そうなれば、一番影響を受けるのは途上国である。



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97/8/18(第29号)「米国経済の生産性の向上を考える」
97/8/11(第28号)「米国の景気を考える(その2)」
97/8/4(第27号)「米国の景気を考える(その1)」
97/7/28(第26号)「内需拡大と整備新幹線を考える(その2)」
97/7/21(第25号)「内需拡大と整備新幹線を考える(その1)」
97/7/14(第24号)「香港返還と中国経済を考える(その2)」
97/7/7(第23号)「香港返還と中国経済を考える(その1)」
97/6/30(第22号)「日本の米国債保有を考える」
97/6/23(第21号)「投機と市場を考える」
97/6/16(第20号)「規制緩和と日米関係を考える」
97/6/9(第19号)「ビックバンと為替を考える」
97/6/2(第18号)「内需拡大と公共工事を考える(その2)」
97/5/26(第17号)「内需拡大と公共工事を考える(その1)」
97/5/19(第16号)「金利と為替を考える」
97/5/12(第15号)「規制緩和と景気を考える」
97/5/5(第14号)「為替の変動を考える」
97/4/28(第13号)「日本の物価と金利を考える(その2)」
97/4/21(第12号)「日本の物価と金利を考える(その1)」
97/4/14(第11号)「日本の土地価格を考える」
97/4/7(第10号)「当マガジン経済予測のレビュ-」
97/3/31(第9号)「日本の株式を考える」
97/3/24(第8号)「たまごっちと携帯電話を考える」
97/3/17(第7号)「政府の景気対策を考える」
97/3/10(第6号)「オリンピックと景気を考える」
97/3/3(第5号)「為替レ-トの動向を考える(その2)」
97/2/24(第4号)「為替レ-トの動向を考える(その1)」
97/2/17(第3号)「日本の金利水準と為替レ-トを考える」
97/2/10(第2号)「国と地方の長期債務残高を考える」
97/2/1(第1号)「株価下落の原因を考える」「今後の景気動向を考える」