平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




03/2/3(第283号)
スローパニック経済
  • スローパニックの世界
    程度の差があっても、日本経済が確実に悪くなっていると、全ての人々が感じているはずである。しかしこのデフレの進行で直接的に被害を受けている人を除けば、もう一つ危機感がない。もし人々が本当にデフレの進行に危機感を持っていたなら、小泉純一郎と言った人物を圧倒的な支持率で宰相に選ぶようなことはない。また失政を続けたり、公約なんてどうでも良いと思っていることが分っても、依然この内閣を支持するようなことはない。

    これは今日の経済がデフレと言っても、急速に経済が縮小してはいないからであろう。経済成長率も名目でマイナスであるが、実質ではほぼゼロ成長である。失業率の数字自体は、実態から懸け離れているが、急速に大きくなったとは言えない。そこでまずここ数年の名目と実質の成長率と、完全失業率を表にまとめてみた。

    経済成長率と失業率の推移(暦年・%)
    成長率(名目)成長率(実質)完全失業率
    92年2.63.52.2
    93年1.00.42.5
    94年1.11.02.9
    95年1.21.63.2
    96年2.63.53.4
    97年2.21.83.4
    98年▲1.2▲1.14.1
    99年▲0.80.74.7
    00年0.32.44.7
    01年▲1.5▲0.25.0


    表の数字の推移を見ても、バブル崩壊後の経済は良くない。実態を反映していないと言われていることを別にしても、失業率も毎年着実に大きくなっている。このように日本経済の実態はずっと悪くなり続けている。今後も良くなる展望はない。まさに長期の転落過程にあると言える。


    しかし一般の人々には、不安を持ちながらも、政府の経済運営に表立った不満を示す人は多くない。経済政策に不満を持つ人々が毎日デモが繰返されると言う状況にはなっていないのである。低くなったと言っても小泉内閣の支持率は、50%を維持している。

    たしかに経済が不調と言っても、最悪の状態ではない。失業率も欧米に比べるとましである。生活レベルはほとんど変わっていない。むしろ戦前・戦後の混乱期を経験した人々に言わせれば、「何を贅沢なこと」と言うだろう。人々は「経済が成長しないことが当り前のこと」のように洗脳されているのである。

    ところでどうして日本経済は、「ポキット」折れるように転落しないのかが不思議に思われる。経済には、上がればどんどん上昇し、反対に下落すれば、どんどん下がっていくと言う性質がある。しかし日本の場合には、これだけ経済の不調が続いても、何とか持ちこたえているのである。ましてや小泉政権のように、不況期に「構造改革」を訴えて、「逆噴射」的な緊縮財政を行っても、経済はわずかのマイナス成長に止まっている。まさに慢性的な不調、つまり「スローパニック」が続いているのである。

    日本経済は悪い状態が続いているが、スパイラル的な下落には到っていないのはたしかである。失業率が数十パーセントになったり、アジア経済危機の時のインドネシアのように暴動が起って、政府が倒されると言う事態はない。また日本の戦前に起った恐慌の状況に比べると、格段にましである。特に東京に限れば、高層ビルの建設が続いている。外国から来た人は、日本が本当にデフレ経済に陥っているのか疑問を持つに違いないのである。


  • 稚拙なケインズ政策
    筆者は、このような状況が続く原因を、日本の色々なセーフティネットがかなり働いているからと考えている。各種のセーフティネットを思いつくままに列挙してみる。「雇用保険制度」「年金の安定支給」「生活保護制度」「消費者金融の一般化」などである。さらに日本では、個人がある程度の金融資産を持っていることも、セーフティネットとして働いていると見ている。戦前の日本や発展途上国のように、人々に貯えがほとんどない状態で、農産物などの価格が大きく下落したり、大きな失業が発生した場合は、悲惨な状態になっている。

    これらをもっと具体的に見てみよう。まず「雇用保険制度」である。雇用保険は、雇用者と被雇用者が保険料を負担している。今日の購買力を削って保険料を負担し、将来の失業に備える制度である。今日、失業が想定外に増え、雇用保険は大きな赤字である。雇用保険金の支給額が徴集額よりずっと大きいからである。つまり過去に積み立てられた購買力が現在使われていることを意味する。数年前5兆円あった、積立金が現在底をついている。しかし見方を変えれば、ここ数年で5兆円の景気対策が行われたことと同じことである。

    「年金の支給」もよく似ている。これも今日赤字に転換した。つまり集める年金より、年金の支給額の方が大きくなった。年金の積立額が減ると言うことは、その分今日における人々の購買力を増やすことを意味する。

    もし雇用保険の積立額を維持しようとしたなら、保険料を上げることになる。また年金の積立額を維持しようとすれば、保険料の徴集を増やすことになる。しかしこのようなことを行えば、人々の今日の購買力を削ぐことになる。たしかに雇用保険は若干引上げられたが、今日のところ積立額を維持しようと言うことにはなっていない。


    しかし筆者は、経済が大きく落込まない最大の原因を、政府の累積債務の増加と見ている。これは03/1/13(第280号)「データに基づく経済論」で述べたように、財政支出の増加と言うより税収の大幅な減少でもたらされた。1990年の63兆円から2002年の42兆円と、国税だけでも実に20兆円以上も税収が減少している。そこでもし政府がこの税収の減少に合わせて、増税や歳出のカットを行って来たなら、経済はどこまで落込んでいたか分らない。しかしそれをやっていないから、経済は持っているのである。

    また生活保護費の支給額がかなりのピッチで増えているが、これをカットしたり、財源を増税で賄おうとすれば、人々の購買力はそれだけ小さくなる。しかし政府は、そのようなことを行わず、国債の発行を増やし、これを賄っているのである。

    これだけ国・地方の借金が増えていると言うことは、まさにケインズ政策が行われているのである。反ケインズ政策を掲げている小泉政権も例外ではない。国債の新規発行を30兆円に抑えるつもりが、36兆円に膨らんだ。しかし30兆円を維持するため、6兆円を増税するとか、あるいは歳出を6兆円削減すると言ったことは絶対に行わない。国債の発行を増やし、これを補填しているのである。なんてことはない結果的には、小泉政権は、まさにケインズ政策を忠実に行っているのである。それも効果が最も小さい形であり、財政赤字は増えるが、景気は上向かない方法である。一番稚拙なケインズ政策である。


    税収の不足が大きくなると言うことは、これは実質的に減税が行われたことと同じである。これを「消極的な減税」、あるいは「意図せざる減税」と呼ぶのが相応しい。しかしこれが、設備投資や住宅投資の減少による有効需要の減少を、なんとかカバーして来たのである(実際にはカバーしきれていない)。この消極的とも言えるケインズ政策が、デフレがパニック状態になることを防いでいるのである。

    ところで筆者は、政権が替わっても、人々の考え(もっと正確に言えば、マスコミの論調)に変わりがない以上、経済政策に大きな変化を期待することは難しいと考えている。たしかに小泉政権が退陣し、積極財政を標榜する政権が出現する期待はある。しかし財源問題が解決しない限り、積極財政と言っても、限度がある。つまりよほど発想が異なった政権が生まれない限り、日本の「スローパニック経済」はずっと続くことになる。

    財源がないから、予算を緊縮型にするか、小出しの景気対策しか行わない。これでは経済は上昇せず、資産デフレは進行し、不良債権が増える。不良債権の処理とデフレによって税収が減る。ただし税収が減るが、これを国債の増発で賄うから増税や歳出カットをしない。したがって悪いなりに、デフレはスパイラル化しない。これが小泉流「スローパニック経済」の一連の流れである。これが政権の延命策でもある。

    しかしこれも将来ははっきりしない。デフレはスパイラル化しないとしても、経済が一段と落込むことは確実である。筆者は、しばらくすれば、車や住宅と言った高額商品がパッタリ売れない時期がやって来ると見ている。今日の失業の状態やフリータと言った低所得者が増えていることを考えると、どうしてもこのような結論に達する。そして既にこの徴候は見られるのである。



来週号は、小泉政権の特殊法人の改革を取り上げたい。

資金の国債へのシフトが続いている。10年国債の利回りは、98年10月につけた0.775%を抜いて来て、一時0.75%をつけた。筆者は、国債は一旦売られる局面がありうるとし、このメドを0.775%としていた。案の定、1月31日の金曜日にはやはり売られた。今後、続けて売られるのかどうか注目される。しかし資金調達コストが1%と言うことを考えると、金曜日の0.81%も異常な水準である。

異常と言えば、20年債や30年債の利回りはもっと異常である。20年物が1.2%台、30年物が1.3%台である。そのうち10年、20年、30年の国債の利回りがほとんど変わらなくなってしまう事態も考えられる。

小泉政権は、口先では「デフレ対策に軸足を移した」と言っているが、市場は全く信用していない。その証拠が国債のこの異常な利回りである。市場は、デフレが永遠に続くとでも思っているのであろうか。しかし小泉政権に政策転換がないとしても、政権交代はありうることを忘れてはいけない。新政権が積極財政に転換することは、十分考えられるのである。そうなれば、国債が売られる。その時に、20年債や30年債は、いったいどうなってしまうのであろうか。

筆者は、国債の暴落は考えられないとずっと言い続けている。しかしこれはあくまでも小泉政権の政策が続くことが前提である。政権交代が行われた場合は、話は別である。もし積極財政を標榜する政権が生まれれば、国債が売られることが考えられる。暴落はなくとも大きな調整は有り得る。この場合、日銀が買支えれば問題はないのだが、その保証はない。つまり次の政権の性格によっては、20年債や30年債と言った超長期債は大きなリスクを持つことになる。ちなみに小泉内閣の支持率は急落していると聞いている。

最近、為替の動きが変と思っていたら、やはり政府・日銀が1月中旬頃から介入していた。規模は小さいが、市場に公表しない「覆面介入」と言うことらしい。経済政策のない小泉政権は、為替市場や株式市場に直接介入して経済を支える他に術はない。しかし展望がないまま、依然として外需に依存する経済を続けるつもりなのか。また介入資金は外貨建て資産になって利息を生むことになり、これは将来の円高要因になる。それにしてもこのように頻繁に市場に介入する政府は初めてである。小泉首相には一刻も早く隠居してもらいたい。

亀井前政調会長が、2月2日のテレビ朝日系の「サンデープロジェクト」で「政府紙幣」と「無利子国債の日銀引受け」の話を出していた。これについては来週号で取上げる。



03/1/27(第282号)「所得を生むマネーサプライ」
03/1/20(第281号)「マネーサプライ政策の限界」
03/1/13(第280号)「データに基づく経済論」
02/12/23(第279号)「乗数値の低下と経済政策」
02/12/16(第278号)「零細企業・個人の借入金問題」
02/12/9(第277号)「ルーカスの子供達」
02/12/2(第276号)「日本のデフレギャップの怪」
02/11/25(第275号)「小泉政権の支持率の怪」
02/11/18(第274号)「セイニア−リッジ政策の推進(その3)」
02/11/11(第273号)「セイニア−リッジ政策の推進(その2)」
> 02/11/4(第272号)「外資系ファンドの実態」
02/10/28(第271号)「竹中平蔵大臣の研究」
02/10/21(第270号)「嵌められた話」
02/10/7(第269号)「銀座のデモ隊」
02/9/30(第268号)「末期的な経済政策」
02/9/23(第267号)「銀行の不良債権問題(その3)」
02/9/16(第266号)「10月号「諸君」の対談」
02/9/9(第265号)「セイニア−リッジ政策の推進(その1)」
02/8/12(第264号)「経済よもやま話」
02/8/5(第263号)「マスコミのチャイナースクール化」
02/7/29(第262号)「チャイナースクールの落日」
02/7/22(第261号)「中国の不当な為替政策」
02/7/15(第260号)「セイニアリッジ政策への反対意見」
02/7/8(第259号)「榊原慶大教授の文章」
02/7/1(第258号)「小泉政権の本音」
02/6/24(第257号)「小泉政権への批難」
02/6/17(第256号)「サッカーのワールドカップ大会」
02/6/10(第255号)「成功は失敗のもと」
02/6/3(第254号)「為替と物価」
02/5/27(第253号)「消費税の減税効果」
02/5/20(第252号)「小泉政権のデフレ対策」
02/5/13(第251号)「酔っぱらいの論理」
02/4/22(第250号)「生産力を生まない投資」
02/4/15(第249号)「商品相場と世界の動き」
02/4/8(第248号)「経済予測のレビュ-」
02/4/1(第247号)「ニュークラシカル派の実験」
02/3/25(第246号)「ニュークラシカル派の論理」
02/3/18(第245号)「日本の所得格差の動向」
02/3/11(第244号)「通常では行わないような経済政策」
02/3/4(第243号)「セイニア−リッジ政策への準備」
02/2/25(第242号)「資金の使途(その3)」
02/2/18(第241号)「資金の使途(その2)」
02/2/11(第240号)「資金の使途(その1)」
02/2/4(第239号)「確信犯(その1)」
02/1/28(第238号)「政策の実現性」
02/1/21(第237号)「国債の日銀引受け政策」
02/1/14(第236号)「経済政策の目標」
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