- ありえない政策転換
先々週から、本誌では、データに基づく、経済論の重要性を訴えてきた。経済論議で科学性が無視されるようならお終いである。特に先々週号は、昨年の臨時国会の小泉首相の所信表明演説に触発されたものである。「これまで日本は財政支出による財政政策を行ってきたけれどだめだったでしょう。だから構造改革なのですよ。」と言ういい加減な首相の発言に対する反論である。このせリフは、当時、筆者の参加している勉強会でも話題になった。
しかしそれ以降、これを問題にした経済学者やエコノミストは皆無である。日本の経済学者やエコノミストは一体どうなってしまったのか。全く事実に基づかないこの小泉首相の発言を、容認していると言うことなのか。
先々週でデータに基づいて述べたように、日本の財政支出額(地方分を含む)は、対GDP比でむしろ小さくなっているのである。たしかにバブル崩壊後、投資は急減し、急速に経済は下降したが、これを支えたのは、主に住宅投資と公共投資である。しかし近年は、地方を含めた財政支出はずっと緊縮状態が続いているのが現実である。国・地方の借金が大きく増えた主な原因は、財政支出の増加ではなく、税収の大きな落込みである。財政支出をどんどん行って来たと言う話は、小泉首相の錯覚である。
そしてもう一つの問題は「日銀に対するさらなる金融緩和」の要請である。竹中大臣を始め、内閣のメンバーは「デフレは金融的問題だから、日銀にもっとマネーサプライを増やせ」と言っている。本当にそれで良いのであろうか。しかし先週号で述べたように、実は日本のマネーサプライは異常なくらい大きい。
日銀券の発行額の増え方もものすごい。1995年3月末38兆円だったものが、2002年3月末には68兆円である。米ドル紙幣の発行額が65兆円くらいと言う話を聞いたことがある。つまり日本の「円」は、世界一の発行額を誇る通貨なのである。
日銀券の発行量が増えたのは、まず2000年問題やペイオフ騒動で、人々が耐火金庫を買って、その中に現金を保管したからである。また以前なら余剰の現金があれば、各支店からこれを掻き集め、直ぐに運用に回していた銀行も、これだけ低金利となれば現金を各支店に滞留させたままにしている。現金輸送車の経費の方が大きいのであろう。このような結果、流通する日銀券が不足し、日銀は財務省の印刷局にどんどん印刷を依頼することになる。異常である。金持の家が泥棒や強盗に狙われるのも当然である。
マネーサプライの話に戻る。既に日本のマネーサプライが巨額なことは説明した。しかしそれなら何故政府要人は、一斉に「デフレ対策として日銀に一層の金融緩和を求める」と言っているのか謎である。本当にこれをデフレ対策と思っているのであろうか。これは明らかに違う。彼等は、日銀に国債の買い切りを増やしてもらいたいだけである。
昨年の今頃の日銀の国債買い切り額は、毎月8,000億円くらいであった。それが今日1兆2,000億円まで増えている。財務省の希望額は2兆円である。つまり日銀に国債の利回りが上昇しないように、国債を買い入れてくれと言うことである。
小泉政権は「国債の発行枠を30兆円」と言って緊縮財政政策を行ったが、税収不足で国債の発行を大幅に増やすはめになった(このようなことは、本誌で取り上げていたように以前から分っていたことであるが)。彼等はこの失政を日銀に押付けているわけである。既に日銀の国債保有高は70兆円くらいになっているはずである。これは筆者達が主張している「セイニア−リッジ」や「政府貨幣発行」と言った政策と実質的に変わらない。
それならば、この70兆円を最初から財政支出に充てておけ良かったのである。そのような政策を行っておれば、とっくの昔にデフレ不況は克服され、失業ももっと少なく、銀行の不良債権問題の半分は解決していたと思われる。さらに税収も増え、経済成長もプラスであり、公的債務のGDP比率も相当小さくなっていたはずである。それを「財政支出には効果がなくなった」とか「構造改革で経済は蘇る」と言った、全く根拠のない呪いのようなセリフに振り回され続けているのが今日の経済政策である。
奇妙なのは、小泉首相が「次の日銀総裁にはデフレ退治ができる人」と言い始めると、「日銀にETF(株価指数連動型上場投資信託)を買わせろ」と言う声が一斉に起った。また小泉首相は「デフレ対策に政策転換した」と言う声が溢れている。しかし実態は、日銀の国債の買増しによる国債価格の安定である。有効なデフレ対策なんかは皆無である。大体、「補正予算」も「本予算」も原案は決定済みである。政策転換ができるはずがない。
- インフレ目標のむなしさ
そして世間には十分なマネーサプライが存在しているのかが次の問題である。たしかに日本の巨額なマネーサプライがあるのであるから、本来なら資金が不足すると言うことはないはずである。金利も空前の低金利である。しかしこのマネーサプライが生きているか死んでいるかが問題である。日本は、耐火金庫の中のお札に象徴されるように、大半のマネーサプライは眠っているのである。
一方、金が必要な人は大勢いる。銀行に融資を申込んでも断られる人が多い。今日の生活費にも窮している人もいる。図書館は予算がないから、新しい本が買えない。また住宅ローンの返済に窮している人々は深刻である。そして消費者金融だけが繁盛しているのが、今日の日本経済の姿である。
しかしこのような人々に大きな金が回れば、消費が増え、経済が回復することは確実である。そのためには「所得を発生させるようなマネーサプライを増やすこと」が必要である。これは財政支出や減税で可能である。決して日銀に国債の買増しを依頼することではない。
先週号は「マネーサプライ政策の限界」と言うテーマで、通貨の流通速度が減速しており、日銀による量的緩和政策が有効に働いていないことを説明した。驚いたことに二日後の日経新聞の経済教室にエール大学の浜田宏一教授が同じようなことを書いていた。マーシャルのkが年々大きくなっていることも指摘している。本誌の「死んでいるマネーサプライ」と言うものに対しては、教授は「マネーサプライが保蔵される」と言う表現を用いている。このような状況に陥った経緯も同じな説明をしている。
しかし気になる点が二つある。まず教授は「インフレ目標」を設定し、政府の強い支持が表明されて「デフレの時代が終わるという新しいイメージが国民に定着させることができる」と主張している。つまりデフレは心理的なもので、心理を変えてやれば、デフレは克服できると言うのである。
たしかにインフレの場合には、このようなことがありえる。ドイツ・ワイマール共和国のハイパーインフレの時、政府はデノミと財政健全化策を発表した翌月からインフレはピタリと止んだ。同様のことはオーストリアでも起っている。この場合にも財政制度改革に着手することが放道されると翌月から物価が安定したのである。つまりインフレの場合はかなり心理的な要素が強いということである。
たしかにハイパーインフレの時には、人々は「バケツに一杯の紙幣を持って行かなければ物が買えないなど、自分達は変なことをやっている」という自覚がある。したがって心理面が改善されれば、インフレは収まる可能性がある。
しかしデフレは心理面だけの問題ではない。大きなデフレギャップが現実に存在することが原因なのである。また人々は決して自分達の行動がおかしいとは思っていない。つまりデフレの克服の方がずっと難しく、デフレ経済はいつまでも続く傾向にある。したがって「インフレ目標」を設定したくらいで、デフレが克服できるとはとても考えられない。
浜田教授の意見の中で、もう一つ気になったのは「インフレ目標」を達成する手段として、日銀がETF(株価指数連動型上場投資信託)やREIT(不動産投資信託)を購入することが有効としていることである。たしかに株価を上げたりや地価を安定させることは有望な手段かもしれない。しかし実態経済が悪いのに、株価だけを上昇させることには違和感がある。実際の経済が良くなる政策を行うことによって株価を上昇させるべきである。
さらに日銀がETF(株価指数連動型上場投資信託)を買上げることにはリスクが伴う。今日、資金は国債に集中しており、利回りはとうとう0.8%を割る水準である。このような状況で日銀がETF(株価指数連動型上場投資信託)を買い上げれば、資金がどっと株式市場に流れる。つまり国債市場から資金が流出し、国債の価格が大きく下落する可能性がある。日銀が国債を買支えれば良いが、その保証がない。つまりこの政策は、日銀の行動に大きく依存することになる。
さらに経済実態が良くならなかった場合には、ETF(株価指数連動型上場投資信託)をいつまでも買い続ける必要が出てくる。筆者は、株価が上がったくらいで、デフレが払拭できるとは思わない。へたをするとバブルの再現となりかねないと思われる。
筆者は、土地や株を買うことを否定しているのではない。しかしこれを行うのはあくまでも政府であり、日銀の任務ではない。このような政策は、政府の総合的な需要政策の一環として行うものである。またETF(株価指数連動型上場投資信託)や株式を買うとしたなら、株価が経済実態を反映せず、ずっと低位にある場合と考える。
いずれにしても、デフレの解決は政府が行うことである。自分達がデフレを深刻化させるような政策を行っていながら、日銀にデフレの克服を期待するとはむちゃくちゃの話である。
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