- マネーサプライの操作
今週は、金融関連の数字を基に、日本経済を分析してみる。まず最初に簡単な用語の説明から始める。マネタリーベースは現金(補助貨幣を含む)と金融機関が日銀に持つ当座預金口座残高の合計である。特に金融機関の日銀に持つ当座預金口座残高をベースマネーと呼んでいる。マネタリーベースは日銀が政策としてコントロールできるものである。今日ではベースマネーがかなり大きくなったが、これは最近行われている金融の量的緩和の結果である。少し前まで、ベースマネーはほぼ4兆円(金融機関に課せられている準備預金の額)の水準で推移していた。もっとも以前は、金融政策の中心は金利政策であった。もし金融の量的調節を行うとしたなら、日銀券の発行残高が対象と言うことになっていたであろう。下の表でも96年度以前の( )内の数字は、マネタリーベースではなく、日銀券の発行残高の増加率である。
日本のマネタリーベースとマネーサプライ(通貨供給量・平残前年比%)
| マネタリーベース(日銀券増加率) | マネーサプライ |
| 92年度 | (2.4) | 0.1 |
| 93年度 | (4.2) | 1.5 |
| 94年度 | (4.9) | 2.5 |
| 95年度 | (6.5) | 2.9 |
| 96年度 | (8.7) | 3.2 |
| 97年度 | 8.2 | 3.5 |
| 98年度 | 7.4 | 3.7 |
| 99年度 | 9.8 | 3.2 |
| 00年度 | 3.8 | 2.2 |
| 01年度 | 14.7 | 3.1 |
| 02年11月 | 21.8 | 3.2 |
マネーサプライは、民間(法人・個人)と公共団体の持っている資金(現金と預貯金)である。つまり日本に存在する全資金のうち、金融機関の持分を差引いたものである。これがM3であるが、統計上は、M3から郵便局・農協漁協・労働金庫・信用組合への預金を除いたM2が使われる。統計上のマネーサプライは、このM2にCD(譲渡性預金)を加えたものである。
マネーサプライは、所得が増えたり、投資のための銀行借入が増えた場合増加する。つまり通常、経済活動が活発になればマネーサプライは増加する。今日マネーサプライを増やし、デフレ経済を克服しようと言う政策が話題になっている。しかしこれには二つの問題がある。まずマネーサプライを増やすことが、今日の金融状況や金融当局の操作で可能かどうかと言うことである。そして第二の問題は、マネーサプライを増やすことによって、本当に経済活動を活発にできるかと言うことである。
マネーサプライを増やす方法は、まず日銀が銀行から国債や手形を買上げ、資金の供給を増やす。具体的には、日銀はこれらの買上げ代金を、金融機関が日銀に持つ当座預金口座にどんどん振込むのである。金融機関は、金利の付かない日銀の当座預金の残高のうち、規定の準備金を越える部分をなるべく早く、融資や運用に回すことになる。このようなメカニズムによって、本来マネーサプライを増やし、経済活動が活発になると言う訳である。
しかし今日、企業・個人は借金の返済を急いでおり、銀行の融資額は年々減少している。銀行も、貸出したい先には資金需要がない。一方、借入を望む企業は、業績が不振であったり、担保価値が減価していて当局からむしろ貸出金の回収を急かされているところばかりである。実際、日銀は最近ベースマネーを相当増やしているが(上記の表を参照)、マネーサプライはそんなに伸びていない。
さらにBIS規制の問題がある。銀行が国際業務を続けようとすると、どうしても8%の自己資本比率の維持が必須となる。つまり銀行にとって、自己資本比率の維持するためには、貸出しを増やすより国債でも買っていた方が良いのである。このように日銀がベースマネーを増やしたからと言って、単純にはマネーサプライは増えない。
上記の表を見れば、一目瞭然であるが、マネタリーベースの増加率とマネーサプライの増加率の間には、はっきりとした相関関係はない。特にゼロ金利の今日では、運用に回されない資金が日銀の当座預金口座にどんどん積み上がっている。
このように今日の日本では、日銀がマネーサプライを思うように操作できないのが現状である。実際、70年代マネタリストの影響が大きかった時代、マネーサプライを操作することによって、実態経済をコントロールしようと試みた。ところ中間操作対象のマネーサプライがうまく操作できず、政策は中止されたのである。
- 死んだマネーサプライ
日本のマネーサプライ残高は毎年着実に増えている。このことはどう言うわけか誤解されている。最近は3%ちょっとの増加率であるから、年間20兆円ほど増えている計算になる。たしかにバブル期の40兆円もの増加に比べると小さい。しかしバブル期を除けば、今日の増加額は決して小さくはない。そして積もり積もった日本のマネーサプライ残高はかなり大きいのである。
むしろ日本のマネーサプライは先進国の中でも際立って大きい。マネーサプライを名目GDPで除した数値が、有名なマーシャルのkである。日本の場合、マネーサプライが650兆円であり、GDPが500兆円であるから、マーシャルのkは1.3と言うことになる。先進国の中では大きいと言われる米国のマーシャルのkが0.5程度であるから、いかに日本のマネーサプライが大きいか理解できよう。
日本のマネーサプライが大きい理由は、色々ある。住宅購入者は、諸外国に比べ、大きな頭金が必要とか、漠然とした将来の不安に対する備えもかなりある。大きな土地の売却代金や、希望退職による退職金がそのまま銀行に眠っているケースもある。また預貯金以外に資産がない人も多い。このように投資のための銀行借入を除いても、日本のマネーサプライは随分大きい。
さらにただでさえ大きい日本のマネーサプライが増大を続けているのに反して、最近の日本の経済成長率の方は極めて小さいか、あるいはマイナスである。したがってマネーサプライの回転数は、次の表のように年々小さくなっている。マネーサプライの回転数は、名目GDPをマネーサプライで除した数値、つまりマーシャルのkの逆数である。したがって反対に、マーシャルのkは年々大きくなり続けている。
マネーサプライの回転数と実質成長率(年度)
| マネーサプライの回転数 | 実質成長率(年度) |
| 93年 | 0.95 | 0.3 |
| 94年 | 0.94 | 0.6 |
| 95年 | 0.93 | 3.1 |
| 96年 | 0.92 | 4.7 |
| 97年 | 0.91 | 0.2 |
| 98年 | 0.86 | ▲0.6 |
| 99年 | 0.83 | 1.9 |
| 00年 | 0.81 | 1.7 |
| 01年 | 0.76 | ▲1.9 |
このように通貨供給量は年々増えているが、その流通速度は遅くなっていると言える。しかしこれをどう解釈するかが問題である。まず取引慣行の変化などによって、通常の経済活動により多くの通貨が必要になったとは考えにくい。つまり全体として通貨の流通速度が、平均的に遅くなったとは考えられないのである。
むしろ通常の経済活動に伴う通貨の流通速度には変化はないと考えるべきであろう。したがって全く動かない通貨がどんどん増えていると理解する他はないのである。本誌ではこれまで、このような資金を「澱んだ資金」「フリーズ状態の資金」と呼んできた。中には「死んだ貨幣」と表現する人もいる。
せっかくマネーサプライが増えても、活動する資金が増えず、死んだ資金ばかりが増えても意味がない。しかし近年ではこのような「澱んだ資金」ばかりが増えているのである。
そこで「マネーサプライを増やすことによって、本当に経済活動を活発にすることが可能か」と言う第二の問題にぶつかる。誰でも単純にマネーサプライを増やせば、経済活動が活発になると考える。しかしこの金融政策の常識が日本では通用しないのである。その原因は「澱んだ資金あるいは死んだ貨幣」の存在である。上の表で分るようにマネーサプライ残高が年々増えても、マネーサプライの回転数が低下している。「澱んだ資金あるいは死んだ貨幣」が増えている証拠である。
さらに実質成長率の推移との比較を見ると、経済成長率がマイナスの年の前後に、マネーサプライの回転数が特に低下している。これは経済活動が低下したから「澱んだ資金あるいは死んだ貨幣」が増えたと言えるし、反対に「澱んだ資金あるいは死んだ貨幣」が増えたから経済活動が低下したとも言える。いずれにしても日本においては何がなんでもマネーサプライを増やせば、経済活動が活発化すると言うことはない。
これまで述べたように、まず日本では、日銀がマネーサプライをコントロールすることが難しい。国債を買上げた資金が銀行からの貸出しに回らずに、また国債の購入に回っているケースが多い。そしてせっかく増えたマネーサプライのほとんどが「澱んだ資金あるいは死んだ貨幣」となって、経済実態に影響を与えていないのが現状である。しかし確実に生きたマネーサプライを増やす方法はある。「所得を発生させる通貨供給」を行うことである。これは来週号で述べる。
ところで日本のマネーサプライはM2+CD(譲渡性預金)と言う認識が一般的である。これまでの本誌の説明もこれであった。しかしこれは便宜的なものであり、M3から郵便局・農協漁協・労働金庫・信用組合などを除いたものである。つまり大蔵省や日銀と縁の薄い金融機関の預貯金を除いている。統計作成の上でしょうがなかったのかもしれないが、マネーサプライと言うことになれば、これらを含めて捉えるべきと考える。しかしこれらを含めると大変である。マーシャルのkは2くらいに跳ね上がり、マネーサプライの回転数は0.5に低下する。とんでもない数字である。しかしこれが日本経済の現実なのである。
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