平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




02/12/9(第277号)
ルーカスの子供達
  • デフレギャップの認識
    デフレギャップは、ごく最近まで話題になっていなかった。この問題に関心が集まってきたのは、政府が「日本経済をデフレ」と公式に認識してからである。最近、内閣府や日本経済研究センター(旧経済企画庁の出身者がトップ)も小さい数値であるが、ようやくデフレギャップの存在を認めるようになった。

    デフレギャップがこれまでに話題になったのは、小渕首相が積極財政を打出した時であった(ところで不覚にも筆者も当時は、需給ギャップは安直に30兆円程度と間抜けたことを言っていた)。橋本政権の緊縮財政によって経済が大きなマイナス成長に落込んだ後の、経済の立直しの時である。

    政府は、財政政策を積極的に行うことで、1%成長を公約した。しかしほとんどの経済学者、エコノミスト、シンクタンクは口々に「これだけデフレギャップが大きい日本では、財政出動しても、設備投資は全く期待ができず、マイナス成長間違いなし」と断言していた。そして彼等は、経済成長のためには過剰設備の廃棄などのリストラが必要と主張していた。これに対して本誌は、99/2/15(第102号)「需給ギャップと投資」で反論した。結果は、本誌の予想通り、この年の経済成長率は1%のプラス成長であった(ただしこの話は今週号の本題ではない)。

    不思議なことに、当時は、ほとんどの経済学者、エコノミストは巨額の需給ギャップ(デフレギャップ)の存在を当然のこととして認識していた。中には100兆円以上の需給ギャップがあると言うエコノミストも多数いた(デフレギャップに関しては、これらの人々が言っていたことは正しかったのである)。振り返ってみると、ちょうどこの時期は経済白書が需給ギャップの公表を止めていた頃である。そしてこの半年後に、経済白書に需給ギャップがほとんどゼロと言う値で再登場している。それ以降、需給ギャップの話はピタリと止んだのである。公式には日本には需給ギャップはなくなったのである。


    経済企画庁(現在の内閣府)のように、過去の平均のGDPや日銀の景気動向指数を使うのなら、今日の経済状況では、大きな需給ギャップが算定されることはない。ただこのような方法で需給ギャップを算定しても、何の意味もない。また複雑な生産関数を使ったり、コンピューターで計算する必要はない。需給ギャップは、誤差の範囲内で、小学生でも手計算で算出することができる。内閣府はこのような数値が何の参考になると考えているのであろうか。

    日本の生産設備の稼働率は60%そこそこと言われている(いつも設備の稼働率が高く、時々供給サイドに問題が発生する米国でさえも75%である)。失業者数は最高の数字である。潜在失業を含めれば、大変な数である。しかし内閣府に言わせれば、現在稼動していない設備は既に陳腐化しており、使い物にならないことになる。つまりこれらの設備は廃棄の対象と言う認識である。またほとんどの失業者もミスマッチであり、これは教育訓練で解決できると言っている。

    筆者も、現在稼動していない生産設備には、陳腐化しているものや、よほど売価が上がらなければ採算の取れないような非効率的なものが存在していることは承知している。しかし現在稼動していない設備の全てが使い物にならないと言う考えは無茶苦茶である。

    内閣府は現実を直視することを避けている。本誌は、以前、大手製造業140社に対する日経新聞のアンケート調査(7月8日付)の結果を掲載した。これによると実に76%もの企業が、需要が増えた場合の増産方法として、既存設備の活用や稼働率の引上げを挙げている。つまり多くの立派に使える設備が遊休状態と言うことである。また失業率が大きいだけでなく、有効求人倍率は大きく「1」を割っている。これでどうして、今日の失業が雇用のミスマッチと言えるのか。しかし内閣府の研究員は、このような現実をいくら突き付けられても、決して需給ギャップの存在を認めない。まるでマインドコントロールにかかった、新興宗教の信者みたいなものである。


    デフレギャップ、あるいは需給ギャップを正しく計測することは重要なことである。たしかに技術的に難しい面もある。しかし内閣府が行ってきたような、お話にならないような方法なら、止めた方が良い。

    日本にデフレギャップが発生した時期には諸説がある。まず1975年頃と言う説がある(最近、中国などの発展途上国の製品生産増がデフレの原因とする論調が強まっているが、中国の影響はほんの数年前のことである。日本の場合はずっと前から大きなデフレギャップは発生している。ここに来て閣僚達が中国がデフレの原因と主張しているが、これは自分達の失政をごまかすことが目的である)。本格的に変動相場制になった頃である。たしかに当時は物価が上昇していたが、既に過剰設備が発生していたことになる。

    これは後知恵になるが、当時の政府がデフレギャップの発生を感知しておれば、それ以降の経済政策も随分変わっていたと思われる。少なくとも貯蓄の奨励策を廃止したり、生産力を生まない分野への投資を増やす施策が講じられていたと考えられる。これについては、別の機会に述べたい。ところが日本では全く逆の政策が行われたのである。そしてこのことが、バブルの発生の遠因になったと筆者は確信している。


  • 新興宗教の教祖
    ずっと需給ギャップはないと主張していた内閣府の研究員に限らず、日本にはまことに奇妙な考えを持った経済学者やエコノミストで溢れている。そして彼等の奇妙な考えがマスコミを通じ、世論を動かしている。したがってデフレ経済下にありながら、緊縮財政政策(デフレ政策)が行われ、日本経済はガタガタになってしまった。しかも橋本政権で失敗したことを、小泉政権で再び行っているのである。「日本人はここまで愚かになったのか」と言う思いである。

    これは、経済に対する考えが基本的に間違った人々が、今日の日本の経済政策に対して大きな影響力を持っているからと考えている。一方、このような流れに反対する人々もいるが、これらの人々は所詮「抵抗勢力」と片付けられている。現実の経済政策は、両者の妥協の産物であり、いかにも中途半端なものである。「抵抗勢力」と言われている人々の考えの方がまともであるが、残念ながら今一つ説得力を持たないのである。


    デフレ経済は先週号から述べているように、デフレギャップの発生が原因である。これを解決するには、需要の創出が必要である。しかし今日の民間には、需要を作り出す力がない。さらに輸出にも限度がある。したがって政府の財政出動しかないのが自明である。ところが日本では「構造改革」「規制緩和」「不良債権の徹底的処理」で、需要を創出し、デフレ経済を乗り切ると言う迷信が広まっている。

    中でも酷いのは、供給力が需要を上回るのなら、その分の供給力を廃棄すれば良いと主張している人々がいることである。生産設備を打ち壊して、どうして失業など、デフレ経済にまつわる問題が解決するのか。さらに過剰設備が整理されれば、競争がなくなり、価格が上昇し、デフレは解決すると言うこれまたすごい考えもある。「公共料金を大幅に引上げて物価を上昇させ、デフレ経済を解決する」とほとんど変わらない間抜けな考えである。

    このようにどうしようもないほど稚拙な論理がまかり通っている。それは、今日このような意見を述べている経済学者やエコノミストが、需給ギャップやデフレギャップについて真剣に考えたことがないからである。と言うよりデフレギャップは元々存在しないと言う考え方に汚染されているからである。つまり今日稼動していない設備は、陳腐化しており、使い物にならないと思い込んでいるのである。だから過剰設備を廃棄することが、デフレ経済の解決になると固く信じている。

    失業についても同様である。今日失業している人々は、使い物にならない。したがって教育訓練によって別の技術を習得させる他はないと考える。つまり今日の失業のほとんどは、ミスマッチと言う理解である。

    もっとも本心では、失業者はさっさと世の中から消えてくれれば良いと考えているふしがある。だから経済不振が原因で、自殺者が増えても全く関心を示さない(特に小泉、塩川、竹中の三氏は全く気にしていない。異常な人々である。)。また彼等は企業を整理するためにも、セーフティーネットが必要とよく言っているが、全く誠意が感じられない。むしろ整理の対象になっている企業や産業こそが、今日セーフティーネットとして機能していると言うことを認めようとしないのである。


    ところで彼等の考え方を突き詰めて行けば、どうしても新古典派、中でもニュークラシカル派と言う経済学派に辿り着く。特にこの学派の中心人物のロバート・ルーカス(シカゴ大教授)が問題である。彼の独特の供給曲線(ルーカス方程式と呼ぶべきもの)と言うものがポイントになる。この供給方程式が曲者で、どの生産段階でも設備の稼働率は100%と言うことになっている。したがってこの方程式によれば、財政支出を増大して需要を増やすと、たちまち物価が上昇することになる。つまり財政政策で需要を増やしても、実質所得は増えないと言うのである。しかしそのようなばかなことは絶対にあり得ない。この人物は現実の経済のことを全く無視している。とても経済学者とは呼べない人物である。むしろ「嘘つき」「サギ師」と呼ぶのが適当であろう。

    しかし彼の日本社会における悪影響は大きい。「財政赤字が増え、将来の増税が心配だから人々は消費しない」とか、最近では「財政の赤字が大きいから小子化が進んでいる」と言っためちゃくちゃの話をよく聞く。これも彼の理論の影響と考える。本当に原因がそれなら、財政当局が「財政赤字は実はそんなに大きくない」と嘘(嘘ではなく本当と言う考えがあり、これについては別の機会に取上げる)をうまくつき、国民をうまく騙すことができれば、消費も増え、デフレ経済も解決することになる。

    日本の経済学者やエコノミストには(特に若手)、ルーカスの信者(患者と言った方が適当)が極めて多い。つまり内閣府(旧経済企画庁)が需給ギャップを認めてこなかったのも、このルーカスの影響が考えられる。「自分はエリート」と思い込んでいる人々ほど、何故かこのような下らないルーカス理論の信者になる。筆者もこれに関して興味があるが、これについては別の機会に述べたい。おそらくルーカスの理論が難解で、難解な理論こそが正しいと思い込んでいるのであろう。「何とかの科学」と言う新興宗教と非常に似ている。これも「受験勉強のトラウマの一種」と筆者は見ている。

    この他に、ルーカスのグローバルリズムに影響されていると思われる思想がある。彼の唱えるグローバルリズムは、国民経済が破綻し、社会が荒れても、カバンに有り金を全部詰め、税金が安く、住みごこちの国に移住すれば良いと言う考えが根底にある。だから彼の信者は「税金を安くしなければ優秀な人間は海外に出ていく」と人々をすぐ脅かす(彼等は自分達のことを世界に通用する優秀な人間と思い込んでいる。筆者は、そのような人々はさっさと海外に移住してくれた方が良いと思っている)。しかしこのような考えが、「自分はエリート」と思い込んでいる人々のプライドをくすぐるのはたしかである。とにかく彼等の考えには、国民経済とか国家と言う概念が完全に欠落している。

    しかし一番の問題は、ルーカスの信者が、どれだけ事実を突き付けられても、自分達の誤りを絶対に認めようとしないことである。稼働率や有効求人倍率の件だけではない。最近、彼等は、日本の産業構造が古くなり、新しい需要に向いていないと言う極めて悪質な嘘を一斉につき始めている。これもルーカスの影響と考える。もしその話が本当なら、日本のどこかに在庫の山があり、一方では製品供給の逼迫があるはずである。しかし日本の製品在庫率指数は、ほとんど100で推移している(時々10%以上のブレが生じることがあるが、これも数カ月で調整されている)。つまり彼等の主張は、全く根拠がなく、極めていい加減である(「本当のところ、自分達は経済に完全に無知であります」と言っているようなものである)。



来週号では、住宅ローンを取上げる。今日、住宅ローンの残高は異常な水準まで増えている。これが今後の日本経済に、多大な影響を及ぼすことは間違いない。


筆者も参加している丹羽春喜大阪学院大学教授を中心にしたセイニア−リッジ政策の研究会は、この12月で一周年である。最初は勉強会で始まったこの集まりも、6月頃から性格が大きく変わって来た。政治家への働きかけを強めたり、各種の団体との提携関係を進めている。世の中の雰囲気もたしかにここにきて大きく変わって来ている。そこで筆者が、ちょっと注目している最近の動きを2件紹介しておく。

12月2日日経経済教室に伊藤元重東大教授が、デフレ克服のための「ヘリコプターマネー」を容認する意見を掲載している。具体的には、日銀が毎月積極的に国債の買切りオペを行い、その資金で減税や政府支出の増大に充てると言う。ただしこれには物価ターゲットという明確な政策ルールの下で、金融政策と財政政策の調整を図る方法を採るとしている。さらに伊藤教授が日銀による国債買切りは、将来の税負担にならないことを付け加えていることにも注目される。

財務省の黒田東彦財務官と河合正弘副財務官は12月2日付の英紙フィナンシャル・タイムズに共同寄稿し、世界経済がデフレスパイラルに陥るのを回避するため、日米欧は協調して、成長を加速させるリフレーション(穏やかなインフレ)政策を採るべきだとの見解を表明している。

まず伊藤元重東大教授の意見は、筆者が主張している広義のセイニア−リッジ政策とほぼ同じである。筆者は、政府と日銀との間での政策協定(アコード)を締結する方式を提案している。伊藤教授は、先月から「ヘリコプターマネー」と言い出しており、注目していた。

一方、黒田東彦財務官達の意見は、はたして財務省全体の考えかどうかはっきりしない。またリフレーションをどのように行うのかが不明なので、これがどこまでセイニア−リッジ政策に近いものなのかどうははっきりしない。しかし提案は、「構造改革なくして成長なし」と言う今日までのスローガンとは、全く別次元のものである。

このように表面的な世の中の動き(道路公団の民営化委員会騒動など)とは全く別に、水面下で色々な動きが出て来ている。我々も、最近、セイニア−リッジ政策実現に向けて、たしかな手応えを感じるようになっている。金融機関が大量に国債を抱え、一方に巨額の不債権が存在している現状で、デフレ経済を克服するには、「セイニア−リッジ政策」しか考えられない。


為替が変動している。たしかに来年の始めから急速に円高になると言う観測があった。これは米国のイラク攻撃が前提と考えていた。この場合には、円高と言うよりドル安である。しかしここに来て、オニール財務次官の辞任で、ドル高政策が変更される可能性が出てきた。つまり円高傾向の前倒しが起ろうとしているのである。

オニール財務次官と同様にリンゼー補佐官も辞任する。ブッシュ政権の中では、かろうじて日本経済を理解していた唯一の人物であり、誠に残念である。それにしても円高に移行した場合、日本には為替介入しか対抗手段がない。円高阻止に失敗すれば、それだけ小泉政権の命も短くなる。つまり当局がどこまで小泉政権の延命に手を貸すかと言うことである。



02/12/2(第276号)「日本のデフレギャップの怪」
02/11/25(第275号)「小泉政権の支持率の怪」
02/11/18(第274号)「セイニア−リッジ政策の推進(その3)」
02/11/11(第273号)「セイニア−リッジ政策の推進(その2)」
02/11/4(第272号)「外資系ファンドの実態」
02/10/28(第271号)「竹中平蔵大臣の研究」
02/10/21(第270号)「嵌められた話」
02/10/7(第269号)「銀座のデモ隊」
02/9/30(第268号)「末期的な経済政策」
02/9/23(第267号)「銀行の不良債権問題(その3)」
02/9/16(第266号)「10月号「諸君」の対談」
02/9/9(第265号)「セイニア−リッジ政策の推進(その1)」
02/8/12(第264号)「経済よもやま話」
02/8/5(第263号)「マスコミのチャイナースクール化」
02/7/29(第262号)「チャイナースクールの落日」
02/7/22(第261号)「中国の不当な為替政策」
02/7/15(第260号)「セイニアリッジ政策への反対意見」
02/7/8(第259号)「榊原慶大教授の文章」
02/7/1(第258号)「小泉政権の本音」
02/6/24(第257号)「小泉政権への批難」
02/6/17(第256号)「サッカーのワールドカップ大会」
02/6/10(第255号)「成功は失敗のもと」
02/6/3(第254号)「為替と物価」
02/5/27(第253号)「消費税の減税効果」
02/5/20(第252号)「小泉政権のデフレ対策」
02/5/13(第251号)「酔っぱらいの論理」
02/4/22(第250号)「生産力を生まない投資」
02/4/15(第249号)「商品相場と世界の動き」
02/4/8(第248号)「経済予測のレビュ-」
02/4/1(第247号)「ニュークラシカル派の実験」
02/3/25(第246号)「ニュークラシカル派の論理」
02/3/18(第245号)「日本の所得格差の動向」
02/3/11(第244号)「通常では行わないような経済政策」
02/3/4(第243号)「セイニア−リッジ政策への準備」
02/2/25(第242号)「資金の使途(その3)」
02/2/18(第241号)「資金の使途(その2)」
02/2/11(第240号)「資金の使途(その1)」
02/2/4(第239号)「確信犯(その1)」
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