- 内閣府のトリック
今週号はちょっと難しいことを覚悟して読んでもらいたい。しかし内容は極めて重要である。 本誌では、インフレ、つまりインフレーションについて、以前から、世間のこの言葉の使い方について、基本的な間違いを指摘してきた。本来、インフレは通貨の膨張を意味していたはずである。つまり通貨の発行量が増加することによって需要が増加する。もしその状態で生産量が一定なら、価格が上昇することになる。いわゆるディマンドプルインフレが通貨発行の増大によって起るのである。しかし今日では、物価が上昇すること自体をインフレと言うと解釈がなされている。インフレ率が物価上昇率を意味すると言う奇妙なことになっている。あくまでも物価上昇はインフレの結果である。まず物価は、通貨発行量の増大に伴う需要増以外の、色々な要因で上昇する(具体的には輸入品の価格上昇や市場の競争状態の変化など)。このようなケースは、本来のインフレとは言えないはずである。
一方、物価が下落することがデフレだと言う、これまたおかしい解説がある。頭の混乱した人々が、このように「インフレ」とか「デフレ」と言う言葉を間違った形で使うので、議論が錯綜するのである。このような理解では、とうていデフレ経済を解決する方策には辿り着くことはできない。ひどい例では、物価下落が2年続けば、デフレと言うばかなエコノミストもいる。それなら政府が公共料金を大幅に引上げることによって、物価を上昇させれば、今日問題になっているデフレ経済は解決することになるではないか。このように日本は大バカのエコノミストで溢れているのである。
筆者の理解では、需要が供給力を上回った状態が「インフレ」であり、反対に供給力が需要を上回った場合が「デフレ」である。このような場合には、価格がパラメータとして動き、需要と供給が一致するように働く。つまり結果(ここが重要)として「インフレ」の場合には、物価が上昇し、「デフレ」の場合には物価が下落することになる。したがってたとえば原油の輸入価格が大幅に上昇したり、下落したりして、国内の物価が上昇したり、下落しても、本来これらを「インフレ」とか「デフレ」と称するのは適当ではない(原油などの輸入品価格の上昇による物価上昇を輸入インフレ(一種のコストアップインフレ)と称しているが、これは間違った表現が定着したものと考える。しかしこのような表現が定着しているため、本誌でも時によっては、これらを使わざるを得ないのが現実である。)。
そして需要が供給力を上回った部分をインフレギャップ、反対に供給力が需要を上回った部分がデフレギャップと言うことになる。通常、インフレギャップが解消されない状態が続けば、物価は継続的に上昇し、まさにインフレ経済と呼ばれる状態になる。反対に、デフレギャップがなかなか解消されない状態が続けば、デフレ経済と呼ばれる。今日の日本経済は、このデフレ経済が深刻化しているのである。デフレ経済が続けば、製造設備の遊休や失業が発生する。またオフィスへの需給のバランスが崩れ、賃貸料の下落がいつまでも続くことになる。まさに日本経済はデフレの状態であり、デフレに伴う諸問題が噴出している。したがって単に物価が下がることをもってデフレと呼ぶなら、デフレが問題になることはない。
デフレギャップは、需給ギャップ、あるいはGDPギャップとも呼ばれている(本誌ではデフレギャップで表現を統一する)。問題はこのデフレギャップの大きさである。まず需要の大きさは、はっきりしている。政府支出や投資、輸出・輸入の差額、そして消費などの金額を合計すれば良い。問題は供給力の計測である。通常、生産設備がフル稼動し、完全雇用の状態で生み出される生産額を供給力と理解するのが常識と思われる。つまり日本の生産力の上限が、供給力と言うことである。
ところが日本の公式に発表されているデフレギャップは、極めて小さい。驚くことにしばらく前までは、日本にはデフレギャップは存在していないことになっていた。日本では、内閣府(旧経済企画庁)がこれを算定し、「経済財政白書(経済白書)」に掲載している(しかしこのような重要な数値でありながら、どう言う訳か、平成7年度から平成9年度にかけてデフレギャップの算定値は白書に掲載されていない)。
このような異常な、内閣府(旧経済企画庁)な公表数値に対して、徹底的な異議を唱えているのが丹羽春喜大阪学院大学教授である。平成14年12月号「自由(自由社)」にこれに関した丹羽教授の論文が掲載されている。まず本誌はこの論文の要旨を紹介することから始めたい。多少経済の専門用語が続くので、難しく感じる場合には、少し読み飛ばしてもらっても結構である。
デフレギャップは、完全雇用・完全操業であれば達成されるはずの「潜在的GDP」と言う天井から、現実のGDPがどれだけ下回っているかを言う。ところが経済白書ではしばらく前までは、GDPの過去の実際値の平均値を出し、それを「潜在的GDP」として、デフレギャップを算定していた。これではデフレギャップがほとんど発生しないのが当り前である。驚くことに数年前には、一時的に逆にインフレギャップが発生したことになっていた。
内閣府発足に伴い、「経済財政白書」では、このデフレギャップの算定方法が変わった。それまでの平均的な傾向値からGDP水準の偏差を測るのではなく、「潜在的GDP」それ自体の水準から見て、実際のGDP水準がどれだけ離れているかを計測するものと改められた。ところがデフレギャップの大きさが「経済白書」時代とほとんど変わっていない。
たしかに「経済財政白書」では、デフレギャップの算定方法が改められている。しかし平均的なGDPの傾向値の代りに、用いられたのが日銀の景気動向指数である。日銀が景気動向指数が景気過熱でもなく、不況でもない正常(何を持って正常と言っているのか不明。異常な状態が続けば、異常な状態が正常と言う解釈らしい)な景気状態であることを示した時点をとり、その時の企業の資本設備稼働率で「潜在的GDP」を算定しているのである。つまり今日のような低い経済成長が続く場合には、わずか1%の経済成長でも、好景気と言うことになり、したがって「デフレギャップが発生していない」と言うことになるのである。
ところで経済企画庁時代からGDPギャップの算定のための生産関数には、経済産業省(旧通産省)の稼働率指数が使われていたが、この数値自体に問題がある。わずか150品目の、しかもかなり古い老熟したようなサンプル工業製品が使われていた。つまり経済変動に敏感に反応する数値と言えない。
また生産関数に用いられる労働力の投入量の算定に問題がある。内閣府の「経済財政白書」では、今日の失業者のほとんどを構造的失業者、つまり労働需給のミスマッチとしている。一方、需要不足に起因する失業者は、労働人口のわずか0.3%から1.0%としている。つまり今日の失業率5.4%のうち、4.5%から5.1%はミスマッチによる失業と言うことになる。本当にミスマッチによる失業なら、時間が経てば解決することになる。しかしこれでは、有効求人倍率が0.5から0.6で推移していることが説明できない。
しかしこのような解釈の本当の狙いは、需要不足に起因する失業者数を極めて小さく算定することによって、投入可能な余裕労働力をそれだけ小さくすることである。したがって「潜在的GDP」の水準もそれだけ低く算定されることになる。
そして最終的にGDPギャップを算出するには、「労働力の潜在的投入可能量」と「資本設備の潜在的な稼動可能量」を合算することになる。これには両者の分配率を用いる。80年代及び90年代の労働への分配率は0.54から0.58であり、資本への分配率は、0.42から0.46であった。平成12年度の経済白書でもだいたい同じような数値であった。つまり分配率の数値は長い間安定していた。ところが平成13年度の「経済財政白書」では、資本のウエートがいきなり0.33に引下げられ、労働への分配率が0.67と大幅に引上げられている。
これは伸びの低い労働(就業者数は、1970年から2000年では1.2倍にしか増えていない)への分配率を大きくし、伸びの大きい(企業資本設備数は同じ期間で8.2倍と大幅に増加)資本への分配率を小さくしているのである。丹羽教授は、これをデフレギャップ(GDPギャップ)を小さく算定するためのトリックと推察している。
このように、丹羽教授によれば、内閣府(旧経済企画庁)はデフレギャップ(GDPギャップ)を小さく算定するため、部品の一つ一つに細工を加えるだけでなく、最終段階でも分配率をも操作している。GDP勘定からは、とうてい導き出すことのできないような分配率を用いているのである。つまり内閣府(旧経済企画庁)は相当奇妙なことをやっていると言うことである。一つには、これはデフレギャップを実際よりずっと小さく見せることによって、総需要政策が行われることを牽制することが目的と考えられる。
- デフレ経済の認識
筆者も、経済産業省の製造業の稼働率指数が、98年の2月をもって大きく改定されたことを昔から不思議に思っていた。この数字は日経新聞の毎週月曜日の景気指標に掲載されている。98年の5月25日付の指標から、数字がかなり大きく修正されており(この間数ヶ月、この数値は公表されなかったが、この間に修正作業が行われたものと思われる。どうも95年度での稼働率指数を100と修正したようだ)、さらに過去の数字も14ポイントぐらいずつ加算されている。85くらいの数字がいきなり100前後に修正されているのである。98年と言えば平成10年であり、経済白書にデフレギャップ(GDPギャップ)が再び登場した年度である。丹羽教授の上述の論文を読んだことで、この辺りの謎が解けた思いである。まさに推理小説の世界である。
「枯れ木も山のごとく賑わい」で、日本には沢山の経済学者やエコノミストがいるが、丹羽教授を除けば、内閣府(旧経済企画庁)が作成する官製データにクレームをつける者はほとんどいない。むしろシンクタンクを始め、皆、このようなデータを有難く頂戴して、使っているのが現実である。今日デフレギャップ(GDPギャップ)も6%、つまり30兆円と言うことが公式の見解である。
政治家も、このような数字にまんまと騙されている。補正予算を10兆円とか言っている政治家は、自分ではかなり思い切った数字を言っていると思い込んでいる。しかし10兆円(乗数効果によって最終需要は25兆円)と言う数字自体が、公式のデフレギャップである30兆円と言う数字を意識しているものと思われる。
経済産業省の製造業の稼働率指数は、98年に100前後に改定したが、その後も設備の稼働率は下がり続け、昨年の暮には87くらいまでに下がった(その後少し上がっている)。したがってそままさらに下がっていたなら、また時期を見て100に改定することもあり得たのである。つまり日本の公式の経済統計においては、いつまでも生産設備はほぼフル稼動と言うことになっていたのである。失業者もほとんどがミスマッチであり、本来の失業者はいないことになっている。このようなばかばかしい操作を官庁エコノミストは、毎日真面目に行っているのである。おそらく巧みなトリックを考え出す官庁エコノミストが、優秀と言うことになっているのであろう。
しかしこれだけ不況が長く続けば、さすがに世間でも誰もがデフレ経済と意識してくる。政府も仕方なくデフレを認めることになった。変な話であるが、たった30兆円と言えども、デフレギャップを認めたことは画期的である。ただし政府が正しくデフレを認識しているかは別である。
前に本誌で紹介したように、マクドナルドの藤田田氏は「政府がデフレを認識した」、したがって「インフレ政策がこれから行われる」と予想した。そして「これから店鋪の用地確保する方向」に方針を変更し、「ハンバーガを値上げ」したのである。しかしこれはまさに早合点であった。政府が打出したこれまでの「デフレ対策」は内容のないものばかりだったのである。筆者にもこれまでどのようなデフレ対策があったのが、思い出せないくらいである。マクドナルドも再度ハンバーガを値下げするはめになったのである。今の政府を信用すると、とんでもないことになると言う典型例である。
今週号から取上げたデフレギャップの算定値については、色々な意見があることは事実である。これについては、経済学会でも討議がされているはずである。しかしこれが一般の人々の目に触れることはまずない。そこで本誌からの提案である。本誌の読者には、出版関係の方々が多い。是非、今日問題になっているデフレギャップについての討論の場として、是非とも誌面を提供してもらいたい。一体、日本のデフレギャップはどのくらいあるのか、経済学者や官庁のエコノミストの間で徹底的に誌上で討論してもらいたいものである。もちろん丹羽教授にも登場願いたい。デフレギャップの問題は、一見地味に見えるが、今日の日本の経済政策にとっては、基本であり、極めて重要なテーマである。
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