平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




02/11/18(第274号)
セイニア−リッジ政策の推進(その3)
  • 政策協定(アコード)
    先週号でセイニア−リッジ政策の三つのパターンを提示した。一つが本来のセイニア−リッジの形である政府(貨幣、紙幣)発行権の発動であり、残り二つが広義のセイニア−リッジ政策としての日銀の国債の引受けである。そして日銀の国債の引受けには、直接引受けと市中から買上げる方法がある。まず後者についてもう少し述べることがある。

    米国は、第二次大戦後、政府と連銀が政策協定(アコード)を結び、政府が発行する国債を連銀がどんどん買上げることにした。これは政府の支出が大きくなったことが大きな要因である。ライバルである共産国家ソ連の台頭は、西側先進国にも福祉社会の建設を強いた。また米国は大戦後も戦争を続け、このため軍事費が増え続けた。米国は、目立った戦争だけでも朝鮮戦争、ベトナム戦争、そしてソ連との冷戦を戦って来たのである。福祉予算に加え、この軍事予算で、米国政府は金がどれだけあっても足らない状況であった。そしてこれを税金で賄うにも限界があり、国債の連銀引受けで凌いできたのである。そのため連銀は、一時、発行されている米国国債の半分を所有していた時期もあった。つまり米国はほんの10年前まで、危機管理的な経済運営を行ってきたのである。

    このような状況は、レーガン政権まで続き、冷戦終了後、急速に「小さな政府論」が現実化して来たのである。ここで注意すべき点は、米国は福祉や軍事による過剰消費の状態だっからこそ、「小さな政府論」が叫ばれたのである。ところが日本では、逆に過少消費の状態で「小さな政府論」が主張されていることである。しかしこれは貧血の人間に100mダッシュを強いるようなものだ。これは全く現実を踏まえない主張であり、極めて危険である。むしろ日本は米国が戦後行ったように、財政支出を増大させる方向に転換することが必須である。


    昨年、2,001年3月現在、米国の国債の15.5%は連銀が保有しており、同時期に日銀は日本国債の10.7%を保有している。今日日銀国債の買切り額が大きくなっているので、直近のこの比率は多少大きくなっていると思われる。しかしまだ米国の数値や、ましてや米国のピーク時にはとうてい達していない。つまり米国の例からも、日銀の国債買切りを増やす余地は十分に残っていると考える。また米国政府や米国のエコノミストがよく「日本にさらなる金融緩和」を要請してくるが、彼等は「過去に米国で行われた連銀による国債買い支え」を念頭に置いている可能性がある。

    筆者は、米国の政府と連銀とが実行したこの「政策協定(アコード)」方式は参考になると考えている。ところで日本でこれを行う場合には、一つ工夫を加えることも考えられる。たとえば、政府は日銀と一定の金利水準まで、日銀が国債を買支えると言う具合である。また「政策協定(アコード)」によって、逆に日銀から政府に対して要求を出すことも考えられる。たとえば政府が国債を発行して財政支出を行う時には、物価の上昇率が一定以上にならないことを要求するのである。つまり本来、日銀が行う政策を政府に委託する形になる。そして互いの要求は、経済の状況を見ながら修正して行けば良いと考える。


    以上、広義のセイニア−リッジ政策を含め、3つのパターンを提示したが、どれが良いかと言う話になる。もちろん政府(貨幣、紙幣)発行権の発動が一番オーソドックスであり、最もインパクトはあると思われる。我々の主張もこれである。しかしともすれば「財政緊縮」に傾きやすい(外国と違い、緊縮財政の方が日本では人気が高い)日本で、これが本当に実行できるか注目されるところである。これが実行できる政治家が現われるとしたなら、これは大したものである。このような政治家は、向こう百年は尊敬を集めるであろう。

    しかしこの政府(貨幣、紙幣)発行権の発動には有力な反対意見がある。通貨政策の二元論である。つまり流通する通貨が政府と日銀から夫々発行されることによる金融政策の混乱である。現在でも政府貨幣は発行されているが、これはあくまでも補助貨幣である。政府の貨幣発行で金融政策に影響を与えることはない。またたしかに明治新政府は、政府紙幣を発行したが、これは日銀がなかった時代の話である。

    しかし今日の日本の経済の情勢は異常な状態が続いている。政府の(貨幣、紙幣)発行権の発動が通常行わない政策としても、これが大きな効果を持っていることははっきりしている。つまり通常行わない政策でも、有効ならば今日のような危機的状況においては、実施を検討するのが当然である。さらに日銀が、独立性を盾に、政府の政策に非協力的な場合には、この政策を実行することがあり得る。

    また世の中には、潔癖性的に「借金」を嫌う人々がいる。「子々孫々に借金を残してはいけない」と盲目的に訴えるのである。このような人々は、周りから「責任感がある人だ」「潔癖な人だ」と言われて自己満足している。そしてこのような人々は、国債の増発に真っ向から反対する。ところが、このような人々こそが国を滅ぼすのである。

    しかし経済と言うものはそのようなものではない。貯蓄と投資のバランスが崩れた場合、需要不足が発生し、政府が余分な貯蓄を国債を発行して回収し、財政支出の形で、この資金を経済の循環に戻してやる必要がある。これを行わないと、失業や倒産が増えるのである。しかしこう言う人々は、深く物事を考えている訳ではないが、意外と世の中で影響力があるケースが多い。そしてこのような人々を説得するのはなかなか困難である。このような場合には「国債がだめなら、政府紙幣発行がありますよ。これは国の借金になりませんよ。」と説得できる可能性があると思われるのである。


  • カマトトの議論
    セイニア−リッジ政策に反対する意見には、誤解も多い。ハイパーインフレが起るとか、円が暴落する(この政策を実行した時にはむしろ円高になることが心配)と言った類である。しかし先週号から述べて来ているように、これらはコントロールできるものと思われる。その中にあって「通貨の発行が二元的になる」と言った反論などは高等な部類である。

    そして反論に困るのが「モラルハザート」が起ると言った意見である。まず何を持って「モラル」と言っているのか、不明なのである。はっきりと「財政規律」と言ってくれれば良いのである。しかし中には意識的に再反論を避けるためか、わざと曖昧な表現をとっていると思われる。

    たしかに財政規律と言うものは、考慮に入れておく必要がある。税収の範囲と言ったしばりがなくなった場合、財政支出が節度を失うと言う危惧である。中には真面目にこれを心配している人もいる。我々もこのような意見には真面目に答える必要がある。実際、国や地方の財政支出が増えれば、「金」にまつわる不祥事が増えると言う指摘に対して反論することが難しい。汚職が発生しなくとも、財政支出が増大することによって、文字通り、無駄と思われる買物が増えることは考えられる。もっとも何が無駄かと言う議論になれば、人によって基準が違い、意見が別れる。また無駄かどうかと言うことは、経済効果の大きさにはほとんど関係がない。

    しかしこのようなことが、セイニア−リッジ政策を葬り去るような決定的な理由にはならないと考える。また緊縮財政を行ったからと言って、汚職が減るとは考えにくい。むしろ緊縮財政によって、景気が停滞し、民間の需要が減れば、官需の奪い合いになり、政治家や役人に頼る人々が増えることも考えられる。しかしセイニア−リッジ政策が実現するとしても、こう言った不祥事が続発するようなら、政策自体への反感が強まることも考えられる。これに対しては、何らかの対策と言ったものを考えておく必要がある。これについては、筆者も腹案があり、別の機会に取上げたい。


    しかし今日の財政に対する考え自体が整理されていない。矛盾に満ちたまま、皆が納得しているのだから、不思議である。国債発行の「30兆円枠」も実に奇妙な議論である。30兆円までなら健全で、31兆円なら財政の危機と騒いでいる。このような人々の主張に沿うなら、30兆円もの国債を新規発行していること自体が、立派な「モラルハザード」である。つまり国債の発行を1円でも増やすことを問題にすべきである。もっと言えば、累積債務自体が問題と主張すべきである。「30兆円枠」とかで騒いでいる人々は、まさに「カマトト」である。また最近では、「プライマリーバランス」とか適当なことを言ってごまかしている。まるでバブル期の証券会社の営業マンの営業トークである。

    「モラルハザード」が起ると言う意見で一番反論に困るのは「非論理的な意見」である。前に紹介したように「今のダメな政治家に多額の自由に使える金を与えるなんてとんでもない話である」と言った議論である。まさに「酔っぱらいの論理」であるが、世間では結構受ける。しかしこのようなめちゃくちゃな事を、大新聞の論説委員が言っているから問題である。これはセイニア−リッジ政策の問題よりも、政治の問題である。しかしこのような人々は、「セイニア−リッジ政策」に暗黙のうちに反対したいため、解決不能ないちゃもんをつけていると解釈できる。それと言うのも「セイニア−リッジ政策」が実行され、経済が立ち直れば、彼等がこれまで主張していたいい加減なことが完全に「嘘」だと証明されるからである。


    逆に今日のデフレ経済の進行と、緊縮財政によって様々な「モラルハザード」が起っているのである。経済の低迷と犯罪の増加には相関がある。経済苦や経営不振により、自殺者が急増している。また自己破産者がいやに増えている。暗い将来を予想しているのか、「今を面白おかしく過ごす」と言う風潮が少年の間に蔓延し、少年犯罪は急増している。教育予算も大幅にカットである。実際に今日の日本社会における「モラルハザード」は酷いものである。将来、取返しがきかないほどのモラルハザードが、この長期のデフレ経済によって生まれているのである。このデフレ経済の克服の切り札である「セイニア−リッジ政策」に対して、曖昧な「モラルハザード」を伴うと言った根拠不明な反論を主張している場合ではない。



テレビ局の発表する小泉内閣の支持率が、いつも68%とか69%と、とんでもない数字である。このような数字を見て、小泉首相はまだ国民の間では人気があると言った解説がなされている。筆者は、この数字は実態を全く反映していないと見ている。しかしこれは色々な方面に重大な誤解を与えている。実際の支持率はこの半分くらいであろう。来週号はこの支持率調査を中心に取上げる。

11月14日の日経新聞の経済教室に岩田規久男学習院大学教授が文章を寄稿している。その中でシュンペーターの「創造的破壊」についてコメントしている。世間では「自分はインテリ」と誤解している人々の多くは、解ったようなふりをして、このシュンペーターの「創造的破壊」をあたかも真実のように引用している。日本にはシュンペーターの信者が実に多いのである。つまり「不況は「創造的破壊」を誘発し、不況に伴う痛みは我慢すべき」と言う仮説である。ところが岩田教授は、米国での実証で、これが全く根拠がないことが証明されいると紹介している。

これは重大なことである。本誌でも昔から景気の回復は、全て政府の景気対策(朝鮮戦争の特需と言う例外があるが)によることを指摘してきた。「経済には自律的に回復する機能があるから、この機能の働きを阻害するケインズ的政策はむしろマイナス」と言う理論(典型的な観念論)が完全に間違っているのである。むしろ経済は一旦落ち始めると、外的な刺激がない限り、どんどん沈んで行くと考えた方が良い。このシュンペーターの理論については、近々取上げることにする。

「経済の回復には、まず不良債権の処理が必要」と言う小泉・竹中コンビの考えがおかしいと言う声が大きくなって来た。むしろその前にデフレ経済の解決が必要と言う意見が強くなった。一応、まともな方向である。しかし「経済特区」とか「先行減税」でデフレ経済が解決するとは絶対に考えない。あまりにも下らな過ぎる。デフレ経済への理解が全くないのである。そして今度は、自民党の税調の幹部や官僚がヤリ玉に上がっている。ちょっと前までは金融庁が悪役であった。このように次々に悪玉を作って行っても、何の解決にもならない。

まだ需給ギャップやデフレギャップが5%や6%と言っているが、その程度ならまさに景気は過熱状態のはずである。おそらくそのような数字なら、日本は世界の中で一番景気が良く、設備投資もバンバン行われているはずである。現実は、設備の稼働率が70%を大きく下回り、潜在的な失業者を含めれば、百万人単位ではすまない失業者が存在している。どうして需給ギャップがたった5%や6%しかないのだ。需給ギャップの計測が決定的に間違っているのである。政府の需給ギャップの計測がむちゃくちゃと言うことに気が付かなければ、正しいデフレ経済の解決方法は分らないはずである。



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