- 「めちゃくちゃ」な経済政策
本誌は、ずっと政府・日銀の経済政策が「めちゃくちゃ」と言って来たが、ようやく世間もこれを認めざるを得ない状況になってきた。一年前には、小泉政権の「構造改革なくして景気回復なし」と言った「真っ赤な嘘」も十分通用しており、世論調査でも「構造改革」を支持する声が圧倒的であった。内閣の支持率も90%前後あった。しかしそれ以降の経済の悪化と、それに対する政府の対策を見て、人々は「これはだまされたな」と薄々感じるようになった。
マスコミの小泉首相に対する対応もだんだん辛辣になっている。首相に「構造改革には、あとどれくらいかかるのですか」と言う質問をした記者がいた。これに対して首相は「さあ、一年くらいかな」と答えていた。一年前なら、このような首相を「おちょくった」質問が出ることはなかった。
先週号で述べたように、「公的資金投入による銀行の不良債権処理」と言うセリフは、一見、もっともらしいが、実態は、貸出先の企業の整理によって、危機的に資本不足となる銀行を救済することである。日銀は、銀行の持株の取得を行うと言うこれまた「めちゃくちゃ」の政策を行う方針である。これにはこのような一歩踏出した政策を打出すことによって、金融庁や政府に銀行の不良債権の処理を促すと言う解説がある。日銀には、このような強行な政策を唱えるグループがいるらしい。
しかしとてもこれを額面で受け止められない。金融庁や財務省だけでなく、日銀にも銀行には沢山のOBが再就職している。つまり企業はどうなっても良いが、OBがいて、今後天下り先となる銀行は潰す訳には行かないと解釈されるのである。また旧大蔵省、現在の金融庁が監査を行い、日銀が考査を行って来た経緯がある。つまり銀行がいきなり破綻することは(特に大手)、責任問題に発展する可能性がある。
ようするに日銀は一歩踏込んだことを行うが、金融庁の方はどうするのかと迫っているのである。つまり「銀行経営は健全」と主張している金融庁に、同じようにOBがいるのだから、「銀行への公的資金の注入」を実現させ、経営不振の企業をどんどん潰し、銀行の存続を確保しろと迫っていると受取られる。日銀にとって一般の企業なんて頭の隅にもない。企業がどんどん倒産しても、「退場すべき企業が潰れることは、改革が進んでいる証拠」と言ってのけるだけである。
これまで本誌は、ペイオフ解禁にこだわる柳沢金融担当相を「観念的」と批難的であった。しかし「銀行経営は健全」と頑固に主張し、公的資金注入を拒否している柳沢大臣の評価を変える必要があるかもしれない(今のところ)。とにかく今日の状況を勘案すると、小泉政権が交代するまで何とか時間をかぜぐことが重要になってきた。最終的にどうしても企業の整理が避けがたいケースがあり得ることは筆者も承知している。しかしこの場合に重要なことは、このようなことを行うには、一方でかなり強力な需要政策と企業に対する資金対策(これについては次週に述べる)を行っておく必要がある。今日、需要政策なしで企業の整理を行おうとしているのである。
もっとも需要政策は小泉政権の元では絶対に無理である。つまり政権の交代が必要なのである。それでは次の総理に誰が良いかと言う話になる。筆者は、何人か候補を考えているが、ここでは敢て名は言わない。とにかく小泉氏以外なら誰でも良いと言うことである。
最後に、「公的資金投入による銀行の不良債権処理」が構造改革にも何にもならないことを説明する。本誌の先週号で、不足する銀行の資本を補填するため、これまで国から資金が何回か投入されているが、その資金がそっくり国債の購入に充てられていることを述べた。まさにここが重大なポイントである。「構造改革」派の人々は、時代にそぐわない企業の退出を促し、成長分野に人や資源を移動させることが「構造改革」であると主張している。このためには犠牲もやむを得ないと言っているのである。しかし銀行は注入された資金で国債を買っているのであり、銀行からは「成長分野」とやらには資金は全く流れていない。つまり企業が倒産し、失業が発生しているに過ぎないことが、今日の「構造改革」の真の姿である。
たしかに日本の大手の有力企業は設備投資を行っている。しかしこれは減価償却費など、手許のキャッシュフロー内の投資であり、銀行からの借入を増やすことはめったにない。つまり銀行がリスクが恐くて貸出しを増やさないと言うのではなく、有力企業の方が銀行からの借入を必要としていないのである。結局、「時代にそぐわない企業の退出を促し、成長分野に人や資源を移動させる」なんて全くのフィクションであり、頭のおかしい「構造改革」派の人々の夢の中の話である。ところが経済新聞には、毎日のように、民間の投資が減少したり、デフレ経済の原因は、銀行の不良債権と言う論説や論文で溢れている。そしてこの解決方法が、不振企業の整理とそのための銀行への公的資金の注入だと言うから呆れ返る。日本中「カルト経済学」に憑かれているのである。
- カルト経済学の信奉者
最近は、何を目的にしているのか、さっぱり解らない政策の目白押しである。前段の「日銀の銀行の持株の取得」も典型例である。表向きには株式と言う価格が変動する銀行の資産を減らすと言っているが、銀行は株式を減らす以上に国債と言う別の価格変動資産を購入している。たかだか数兆円の株式を日銀が購入したところで、銀行の全体のリスク資産の総額はほとんど変わらない。またもし銀行の持株を買上げるとしたなら、先週号で述べたように、今年できたばかりの株式取得機構が行うべきである。これが機能していないのなら、機能するように改善するのが筋である。これは当り前過ぎる話である。
そもそも今日のような状況で「時価会計」を導入すると言う考え自体が気狂いじみている。特に日本の企業のように、株式や土地と言った価格変動が大きい資産を沢山保有している場合には、「時価会計」の影響が極めて大きい。企業によっては、本業の損益の増減より、資産価格の変動による損益の増減の方がずっと大きくなる。これでは企業の損益計算書の意味合いが大きく変わってくる。つまり企業の経営努力の結果が、ほとんど損益計算書に現れてこないケースが増えるのである。
日本経済は、地価が大幅に下落を始めた92年頃から、危機管理体制に入ったと筆者は考えて来た。普通の状態ではない経済がずっと続いているのである。したがって日本政府は住専への公的資金の投入など、普通ではとても実行しないような一連の政策を行って来たのである。このような危機管理体制下において、一方で「時価会計」を導入するなんてとんでもない話である。「時価会計」はグローバルスタンダードと分っているような事を言う人がいるが、本当に「時価会計」を導入しようと言う気運が高まって来たのは比較的最近の話である。米国でさえ、導入したのは90年代に入ってからである。つまり「時価会計」はつい最近の話である。
おかしいのは経済が順調と言われていた米国でさえも、この「時価会計」で手痛いしっぺがえしを受けている。M&Aで急成長した企業が、この「時価会計」を悪用して、利益を過大に表示し、高株価と経営者の高給を実現して来たのである。このような不正がなくとも「時価会計」を採用すれば、経済が昇り調子の時には、どうしても利益は過大に表示され、反対にその国の経済が下落している場合には、異常に損失が膨らむことになる。
したがって危機管理体制の日本経済に「時価会計」導入しようとするのは、まさに「狂気の沙汰」である。毎年、日本では地価と株価が下落している。この傾向は変わらないと人々は感じている。そうなれば、普通の企業であっても「時価会計」の導入を契機に、誰よりも早く資産を処分しようと走ることは目に見えている。
下げ止まりを見せていた地価の下落幅がここに来て大きくなっている。2,005年度の事業用資産の「時価会計(減損会計)」導入を念頭に、既に資産の売却を進めている企業が出てきている可能性がある(2,003年度に早期に導入する企業は、2,003年9月中間決算から「時価会計(減損会計)」を始めることになる)。まだ一般の企業はそれほど危機感をもっていないかもしれないが、これが大変なことと分れば、企業はなだれを打って行動する可能性がある。今後、警戒を要する事項である。
この他にも「ペイオフの解禁」「株式譲渡に伴う分離課税の廃止」と何の意味をもっているのか不明の政策が続いている。このようにばかばしい政策でも、誰も止める人がいなくなったのである。
たとえば「ペイオフの解禁」はやってはみたものの、弊害が大きくて、実質的に見送りである。弊害が大きいことは、事前に十分分っていたはずである。今年の4月のペイオフの一部解禁によって、小さくても健全な銀行から、信用に不安があっても大きな銀行に預金が移動したのである。全く何をやっているのかと思われる。また実質的に「ペイオフの解禁」を見送るのなら、別口座を設けると言った訳の分らないことをするのではなく、定期預金などの「ペイオフの解禁」も止め、全てを元に戻すべきである。そして努力をし、経費を掛けて集めた預金が、このような本当に下らない政策で、何の努力もしない大手銀行に移ったのである。このようなことが許されるはずがない。
「株式譲渡益に対する分離課税の廃止」も「ペイオフの解禁」とよく似ている。分離課税制度はたしかに時限措置ではあるが、これまでも延期されており、株式取引を行っている人の大半は、この制度は当然将来も続くものと思っている。今でも本当に申告課税に一本化される事態を半信半疑に思っているはずである。もし本当に分離課税が今年で廃止になると言うことになれば、12月の株式相場の動きは想像がつかない。当局は、新課税制度は簡素化に努めているといっているが、一般の人にとってパズルのようである。したがって今年中に持株を処分し、株式取引を止める人が相当出ると思われる。また12月では遅いと感じる人は、その前から株を売りに出すはずであり、その影響はそろそろ出始めると思われる。
この他にも「奇妙な」「意味のない」あるいは「極めて有害な」政策の連続である。そして「ペイオフの解禁」の他にも色々ある。日銀の「ゼロ金利解除」騒動もそうであった。これからもこのような「めちゃくちゃな」政策が限り無く続きそうである。
ただ筆者が注目しているのは、このような奇妙な政策にある共通した筋のようなものを感じるのである。一つは、「財政の支出をどうしても削ると言う精神が貫き通されていることである。ところで「公共投資などの財政支出は減らすが、おかしいことに減税には寛容」と言う基本的な政府のスタンスが気になる。乗数効果から考えると、金額が同じ場合、財政支出を削ることによるマイナスの方が、減税によるプラスより大きいが、そのようなことは全く構わないようである。そして「これまでの財政支出による景気浮揚策は効果がなかった」と言う「真っ赤な嘘」がまかり通っている。なにか異常な考えに憑かれている人々が政府にいるものと思われる。
銀行の持株の取得の件も、日銀が購入すれば、これは財政の負担にはならない。一方、政府の株式取得機構の場合は、取得した株式の下落に対応する引当金を国の負担で積むと言った改善を行えば、これは財政の負担となる。また銀行への資本注入の場合でも、原資は既に確保済みであり、新たな財政の負担はない。この他にも「健康保険の本人負担の増加」「地方交付金の削減」など目白押しである。これら全てが財政の支出の削減であり、これ自体が目的化しているのである。日本経済や日本国民がどうなろうとも、ある人々にとっては財政を削ることの方が重要なのである。
さらにもう一つ筆者が気になる事柄を付け加える。政府の一部には、どうしても国民に番号をつけて管理することに執念を持つ人々がいるようである。「株式譲渡益に対する分離課税の廃止」による、申告納税への一本化もこの流れの一つと考える。筆者自身は、納税番号にそれほどのこだわりを持たない。しかし「株式譲渡益に対する分離課税の廃止」は、上述したように株式市場に大きなマイナスの効果を及ぼすことが確実である。つまりそのようなことは承知で、日本経済がどうなろうともかまわない人々がいるのである。
これで思い出すのは、アルゼンチンの話である。アルゼンチンを始め、南米の諸国には経済が破綻状態の国が多い。アルゼンチンの場合の経済破綻の原因は、一つは強引に構造改革を行ったことであり、もう一つは通貨を米ドルにペッグ(実質的に固定相場制)していたことである。構造改革政策によって国内の需要がなくなり、一方で固定相場で人件費が割高となり、企業がどんどん海外に逃げて行き、経済が破綻したのである。そして主導権を持って、これらの経済改革を進めた人々は、米国で「カルト経済学」を学んで来た人々である。面白いことは、南米では経済破綻した国が多いが、一方で国民背番号制は徹底されていると言う話である。どうも世界中の「カルト経済学」の信奉者達は、国民に番号をつけて管理することに異常に執念を持っているようである。
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