平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




02/6/24(第257号)
小泉政権への批難
  • 広告扱い高と内閣支持率
    小泉政権は異常な高支持率を持って誕生し、その高い支持率は半年以上も続いた。しかしこの支持率も最近は低下している。そして支持率低下に伴い、政権への批難が強くなっている。もっとも小泉氏の考えを強く批難していた筆者は、この高支持率について、長い不況で日本国民の頭がおかしくなったのではないかと本誌で何度も取上げてきた。

    実際、小泉政権がやってきたこととやろうとしていることを考えるなら、よくこれだけの高支持率が長く維持されたものと驚かされる。本来なら、政権発足から三ヶ月くらいで、今日の支持率に低下していても不思議はなかった。筆者は、日本のマスコミが小泉首相のイメージを良く伝えていたことが、支持率を維持した大きな原因と考える。前の森首相と比べると、マスコミの取上げ方がまさに「雲泥」の差である。例えば「構造改革」が進まない理由も「抵抗勢力」のせいにされていた。小泉首相や政権のスタッフの拙さはまるで問題にされていなかったのである。

    小泉政権の支持率が、急速に低下し始めたのは田中外相の更迭問題の頃からである。しかしこれは表面的な現象であり、その以前から支持率急落の下地はできていた。これはきっかけに過ぎないと考える。これより少し前から、マスコミ界では「小泉首相ではもうだめだ」と言うコンセンサスが暗黙のうちにできていた(気がついた)と筆者は見ている。


    マスコミにとって大事なことの一つは、広告収入である。不思議なことに広告収入はずっと好調であった。これだけ世間が不況なのに広告扱い高だけは増え続けていたのである。一昨年などは対前年でなんと10.5%も増加したのである。広告は、景気が良くて伸びるのは当り前であるが、悪くなっても伸びる。景気が悪くなっても、売上を伸ばしたい企業は、他の経費を削っても広告費を確保するのである。

    しかしこれだけ経済が落込むとさすがに広告の効果もなくなり、とうとう企業は広告費までも削り始めたのである。広告扱い高が対前年でマイナスになったのは昨年の8月からである。しかし当初のマイナス幅は小さかった。マイナスが大きくなったのは、米国の同時テロの影響が出てきた11月頃からである。そして今年の1月にはとうとう対前年で15.3%も減少したのである。それ以降も広告扱い高の回復の兆しはない。

    広告収入はマスコミの生命線である。広告扱い高が減ってきたならば、マスコミの小泉政権への対応も変わってくると考えるのが当然である。そしてこのことは筆者が前から指摘していることであり、筆者は毎月の広告扱い高の数値に注目していた。たしかに最近のマスコミの小泉政権に対する取り扱い方が変わっている。むしろこれで正常になったとも言えるのである。政権発足当時のマスコミの持上げ方の方が実に気持ちが悪かった。

    たしかに政策遂行のもたつきや田中外相の更迭問題などが支持率の低下の原因と言われてきているが、筆者はマスコミの対応の変化の方が大きいと思っている。経済の不調はずっと続き、株価も低迷していたが、不思議と小泉政権の支持率が異常に高かったのも、マスコミがこのような経済問題は小泉政権の責任ではない言う扱いであったからである。中には「構造改革」を進めるには、経済の低迷も仕方がないと言う意見までもあったほどである。しかし広告収入の落込みに合わせるかのように、マスコミの態度は変わったのである。このように広告扱い高と内閣の支持率の間には、間接的に密接な関係があるものと筆者は考えている。つまり小泉政権の人気の急落は、決して偶然ではないと思われるのである。

    小泉政権では、経済がさらに落込み、広告扱い高もさらに減少することはマスコミにも分かってきた。しかし誰に政権が変わり、どのような政策に転換すれば、経済が持直すのか、マスコミにもまるで分かっていない。まさかこれまでマスコミが声を大にして反対していた、公共事業などの財政支出を大幅に増やすような政策を唱えることはできない。せいぜい効果があるかどうか不明な「先行減税」を主張するくらいである。「公共投資は無駄で景気に効果はない」と言った理屈に合わない主張ばかりをしてきたため、結果的に自分で自分の首を締めることになっているのである。


  • 小泉政権への批難に対する批難
    たしかに小泉政権の経済政策に対する批難が日増しに増えている。まずそこで目についた意見を二つばかり取上げることにする。

    一つは6月15日日経に載った元経済企画庁長官、田中秀征氏の意見である。氏は当初、小泉政権を支持していたが、最近の政権の政策の進め方は官僚主導であると批難している。小泉政権の政策は、財務省の増税路線、健康保険での医療費の負担増など、官僚が実現させたかったものばかりであると指摘している。

    また田中氏はデフレ対策にも言及している。彼は、行政改革と公務員給与の削減で財源を生み出し、これで減税を行うことを主張している。たしかにこのような意見は増えている。

    ここで田中氏の信条とか発想について触れる。たしか彼の後見人は、松下電工の経営者である。松下と言えば松下イズムであり、松下イズムと言えば松下政経塾やPHP研究所である(01/7/23(第217号)「日本を滅ぼす松下政経塾」)。これらは「無税国家」実現を目指しており、「小さな政府」論の牙城である。たしかに彼は典型的な「小さな政府論者」である。財政の歳出を削り、減税を行うことが彼等の最も重要な主張である。

    筆者も、田中秀征氏の主張のように、政策は政治主導で行われるべきとは考える。そして政治的な力を行使したい官僚は、政治家になるべきと思われる。しかし筆者は、今日のような混乱している時期には、結果をより重視したい。良い政策が行われるなら、官僚が主体でもかまわないと考えるのである。特に小泉政権のような弱体政権を見ていると、官僚主導にならざるを得ないのではないかと思われる。

    しかし筆者が、田中氏の意見で一番問題にしたいのは、財政の削減で減税を行えと言う点である。「行政改革と公務員給与の削減で財源を生み出す」と言う考えはいかにも大衆受けする。この意見の延長が「無駄な公共投資の削減」と言うスローガンである。しかし財政支出を削減し、同額の減税を行えば、確実に有効需要は減少する。これは減税より、財政支出の乗数効果の方がずっと大きいためである。したがって財政支出を削減した場合のマイナス効果が大きい。財政支出を削減のマイナス効果が減税のプラス効果よりずっと大きいのである。したがって合計では、有効需要はマイナスになる。これについては、最近本誌でも取上げている。

    筆者は、盲目的な「小さな政府」論が日本の経済政策の混乱の元と見ている。誤解してもらっては困るのは、筆者は、決して「大きな政府」が正しくて、「小さな政府」が間違っていると言っているのではない。政府の適正な規模は、その国の経済の状況によって決まると言う考えである。例えば国民の消費意欲が強く、国の生産力を越えるくらいの大きな需要がある場合には、政府は極力財政支出を抑えるのが正しい。このような国は、物価がかなり上昇し、経常収支も大きく赤字の場合が多い。つまり「小さな政府」政策が必要である。

    ところが日本は全く逆の状況である。したがって日本のような国は「大きな政府」に成らざるを得ないのである。このような日本で「小さな政府」を目指す政策を行えば、デフレ経済が深刻化し、不良債権を抱える銀行の経営も危うくなるのである。どうしてこのような簡単なことが理解されないのか不思議でならない。おそらく「小さな政府」論は経済理論と言うよりも、イデオロギーに近いものと考えられる。一種の宗教みたいなものである。どれだけそれは違うと言う証拠を突き付けられても、決して主張は変わらないのである。


    小泉政権へのもう一つの批難は、不十分な「デフレ対策」に対してである。これについては、日経の社説「デフレ対策はどこに行ったか」がある。ここで政府・与党の「追加デフレ対策」が不十分と指摘している。もっとも日経新聞は「デフレ対策で軸になるのは税制改革」と、いつものようにピントのずれたことを言っている。しかし「追加デフレ対策」が不十分と指摘している点だけは正しい。たしかに日本の株価の下落も、政府・与党の「追加デフレ対策」のおそまつさの影響がある。

    しかし筆者の意見は、小泉政権に「デフレ対策」を求めること自体が間違っていると言うことである。このことは何回も本誌で述べてきたことである。小泉政権に「デフレ対策」を求めることは、八百屋に行って「鰯」を売ってくれと言うようなものである。小泉首相は全く「デフレ対策」に興味を持っていない。「構造改革なくして経済成長はない」と言っているように、「構造改革」にしか興味がないのである。さらに言えば、小泉首相にとって「構造改革」とは「郵便局の民営化」である。

    実際、当初から小泉首相は「改革には痛みが伴う」と言っていたはずである。小泉首相にとって、「デフレ対策」なんかの優先順位は10番目くらいであろう。だいたい失業率なぞには全く興味を示さないないではないか。しかしそれを承知のこととして、ほとんどのマスコミが小泉政権を持上げていたはずである。今頃になって、小泉政権に「デフレ対策」を求めるなど、全くの筋違いの行為である。


    最近、「減税」「減税」とうるさい。しかし「減税」の経済効果が小さいことは本誌で、何度も取上げたはずである。この点については、皮肉にも政府税調も同じ見解である。そして仕方がないので、最後に、減税議論をめぐる誤解と経済効果が小さいことをダメ押しのように説明することにする。

    景気の悪化により、各企業は減益になっている。3月決算の上場企業は利益が4割も減っていると言う話もある。もちろんこれは税務上の所得が4割減少したと言うことではないが、かなり法人税の税収が減ることは確実である。同様に個人所得も、事業所得を中心に減少し、所得税も減少するはずである。筆者のおおまかな予想では、前年度より法人税で2〜3兆円、所得税で1兆円ほど減ると思われる。さらに両税の地方分の減収を加えると、この二つの税だけでも、合計で4〜5兆円の税収減である。

    世間では、税率を引下げることを「減税」と称しているが、経済にとっては現実に納める税金の額が問題である。4〜5兆円の税収減と言うことは、実質的に今年度に4〜5兆円の減税が既に確定していることを意味する(所得税は暦年ベースなので多少の時期のづれがあるが)。今日話題になっている先行減税は規模的にして数千億円と言われている。しかも効果が現れるのはずっと先の話である。ところが既に確定している4〜5兆円の税収減については全く話題にもならない。もし減税が経済の浮揚に大きな効果を持つなら、この4〜5兆円の実質的な減税の方がずっと大きな効果を持つはずである。

    しかし世間では、この十分の一くらいの規模の先行減税が問題になっているのである。さらに驚くことに、これらを行うかどうかやこれらに対応する増税問題で、「デフレ対策」うんぬんが語られている。とても大人の議論ではない。

    ちなみに消費税は、昨年度のGDPが名目で約2.5%減少(筆者の予想)していることから、5〜6千億円の減収(筆者の予想)になっているはずである。そしてこの額はちょうど先行減税と同じ程度の規模なのである。つまり誰にも気がつかれないような消費税の減収分と同規模の先行減税を「デフレ対策」と言って騒いでいるのである。また抜本的税制改正で法人税税率が話題になっているが、法人税はわずか総額で10〜12兆円しかないのである。実効税率を5%まるまる引下げたとしても最大で1.5兆円にしかならない。「減税、減税」と騒いでいるこれらの人々は、本当に「デフレ経済」をなめているとしか言えない。


    今週号では、小泉政権を当初支持していたが、最近批難する立場に変わった人々の意見を取上げた。そして本誌は、小泉政権発足のはるか以前から、小泉氏の考え自体を真っ向から批難してきた。しかし述べたようにこれらの小泉政権を批難する意見そのものが相当おかしかったり、ピントがずれているのである。このように日本経済をめぐる議論は複雑骨折しており、重傷である。



来週号では、何故日本ではピントがずれた議論が横行するのか考えたい。

株価の下落が止まらない。最近94営業日くらいで株価の転換が起っていることを根拠に、下げ止まりを予想する向きもあるが、今回の下落は循環的なものとは違うようである。米国の株価の下落の影響もたしかにある。しかしあまり話題になっていないが、欧州の株価の下落幅の方がずっと大きい。

つまり欧米の株価が落着くまで、日本の株価も安定しないことが考えられる。たしかにここ数年で、日本を除き、先進各国の株価は数倍に値上がりしていた。この調整が始まったとしたなら、まだまだ下がる余地があると言うことであり、大変なことである。たしかに今日の米国の株価でも、グリーススパン議長が「根拠なき熱狂」と指摘していた頃の水準より相当高いのである。

本誌は、為替について123円くらいに落着けば、一旦円安に向かうと予想した。たしかに若干円安に戻した(筆者は127〜8円想定していたが、そこまでは安くならなかった)が、米国経済の先行不安でまた円高に戻ってきている。当面注目されるのは、為替については政府・日銀の介入であり、株価については公的資金によるPKOである。

まともな経済政策のない日本では、市場は直接統制でしか安定を得られない、まことにいびつな形になってしまっているのである。つまり非常手段であるはずの政府の介入が常態化しているのである。しかしこのような政府の介入に当然反対すべき立場の狂信的な市場至上主義者は、何故か黙りこくっている。実にいい加減な人々である。しかしこれらの観念論者の言論がはびこり、今日の日本経済の混迷を招いているのである。



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