- 飲み屋の酔っぱらい
新聞を開けば、いわゆる「市場関係者」と言われる人々が、株価の動向にとどまらず、マクロ経済に対して意見を述べている。「市場関係者」の多くは証券会社などの「エコノミスト」と言われている人々である。また彼等はテレビにも頻繁に登場し、世論形成に少なからず影響を与えている。
彼等の基本的な主張は、「個々の企業が努力し、成長すれば、日本経済も回復する」と言うことである。また彼等はたいてい「不良債権の早期処理」や「徹底した規制緩和」に賛成しており、「構造改革」の熱烈な賛同者でもある。政府の経済政策にも注文が多い。しかし筆者は、これらの「市場関係者」の声と言うものを信用していないし、評価もしていない。実際のところ、彼等の意見はほとんど役にたたない。どうしてこうなるかについては、そのうち本誌でも取上げることにする。
米国にも日本のエコノミストと似た立場の人々がいる。しかし聞いた話では、日本のエコノミストと大きく違うことは、彼等は経済政策に言及しないと言うことである。彼等の役目は、金利や株価などの経済数値を正しく予想することである。彼等の評価は、これらの予想がどれだけ正しかったかどうかで決まる。これが彼等の本来の仕事であろう。政府の経済政策に言及するようなことは余計なことである。たしかに彼等にとってマクロの経済は専門外のことである。
むしろ日本では、マスコミに登場する証券会社などのエコノミストは、慣れないことをやらせられていると考える。もちろん彼等が、政府のマクロ経済政策に個人的に意見を持つことに反対しているのではない。問題は、マスコミが専門家ではない彼等に、専門外であるマクロ経済政策に対する意見を求めることである。橋本首相も、財政再建路線が失敗し、経済が窮地に陥った頃に、この「市場関係者」の声と言うものを毎日熱心に読んでいたと言う話である。効果がない特別減税を2度も行ったのも、「市場関係者」の意見がある程度影響していたものと考えられる。
筆者は、時々投資顧問のホームページを読んでいる。執筆者はたいてい投資顧問の代表である。このようなホームページには、個々の銘柄の予想だけではなく、経済全般の事柄を取上げている。政府の経済政策へのコメントや要求も載っていることがある。驚くのは、このマクロ経済に対する論調が「市場関係者」とほとんど同じと言うことである。それもそのはず、投資顧問の代表には証券業界の出身が多いのである。
ところでほとんどの「市場関係者」達の考え方が似ていることは注目される。為替などについても言えることであるが、「市場関係者」の考えが正しいかどうかを別にして、これは相場が一定の方向に動きやすくなる要因の一つと考えられる。たしかに相場が一方方向に動いている時には、他の者と同じ行動を執ることで利益を得ることができる。したがって市場参加者にとって、今日主流となっている考え(正しいかどうかを別にして)を知っておくことは重要なことである。
ところで先日、ある投資顧問のホームページの読んでびっくりした。そこには今日のデフレ経済からの脱出方法が記されていた。「官僚の天下りの全廃」「徹底した規制緩和」「特殊法人の全廃」「公共事業の縮小」をやれば日本経済は直ぐにでも回復すると言い切っていた。そして「これらを本当に小泉首相にできるか」と挑戦的なセリフが続いていた。ちなみにこの執筆者も証券業界出身者である。
今日の日本のデフレギャップは数十兆円から、百兆円を越えるレベルと推定される。おそらくこのデフレギャップの少なくとも半分以上を埋めなければ、デフレ経済からの脱却は無理と考える。しかし「官僚の天下りの全廃」以下の施策が、どうしてこの巨大なデフレギャップを埋める助けになるのか理解できない。むしろこれらの施策はデフレギャップをさらに大きくするだけと思われる。
しかし筆者には「おかしい」と思われても、このホームページ執筆者は自分の考えは正しいと固く信じているようである。たしかに本誌みたいに、できるだけ理屈に合うように経済を語ろうとすると、どうしても回りくどくなる。むしろこの投資顧問のような断定的で単純な表現の方が説得力があるかもしれない。また項目の一つ一つを見れば、日頃から週刊誌などが問題として取上げているものばかりである。したがってデフレ経済の解決策になるかどうかを別にして、一般には受けやすいと思われる。
しかし筆者に言わせれば、この投資顧問の意見はまさに「飲み屋の酔っぱらい」が言出しそうなものばかりである。たしかに「飲み屋のよっぱらい」同士の会話では、順序だてた論理的な話は似つかない。このような単純な話の方が会話が進むのである。
- 酔っぱらいの論理の特徴
なにも日本の酔っぱらいはこの投資顧問に限ったことではない。日本は酔っぱらいで溢れている。小泉首相もその一人である。国会で演説している姿は酔っぱらいそのものである。いまだに「構造改革なくして景気回復なし」と言う意味不明なことを言っている。
金融不安がますます深刻になっているのに、ペイオフを解禁するとはまさに酔っぱらいの所業である。「景気回復には銀行の不良債権の処理が必要」や「銀行の経営陣の退陣が不良債権の処理の第一歩」と言うのも酔っぱらいが言出しそうなセリフである。デフレ経済が進行中であり、どれだけ不良債権を処理しても、それ以上の不良債権が発生しているのではきりがない。またその処理も銀行の剰余金を削りながら行っているのであるから、おのずと限界がある。それなら銀行の利益を増やすために利鞘を大きくしろと言う話があるが、それでは借手の負担が大きくなるだけである。これも酔っぱらいの典型的な意見である。
「銀行に不良債権をどんどん処理させ、もし資本不足になれば、公金を注入しろ」と言う意見がある。事実上の銀行の国有化である。「民間にできることは民間にやらせる」と郵便貯金の民営化を主張している小泉政権の閣僚が言っているのである。酔っぱらいでなければ言えないことである。もしそのような大金が使えるなら、その金で財政出動し、経済の実態を良くする方が先であろう。例えばゼネコンに大型公共事業を発注し、代金を前払いし、その金を銀行に返させる方がよほど良い。
酔っぱらいのセリフは直線的であり、感覚的である。酔っぱらいの思考は単純であり、他の要素を考慮しない。そのようなことを考えれば、新聞などの経済に関する解説や意見にも酔っぱらいのそれに近いものが多い。例えば日経新聞である。日経新聞の論説委員には、サッチャーやレーガンの熱烈な信者が多く、日本も彼等の政策を行えといつも主張している。彼等は、日本経済の今日の不振の原因が、当時の米国や英国の経済問題の原因とは全く違うことを無視している。したがってサッチャーやレーガンの政策を今日の日本でストレートに行えば、むしろデフレ経済をさらに深刻化させる恐れがあるとは考えない。
サッチャーの場合には、その緊縮財政と国営企業の民営化ばかりがクローズアップされる。しかしサッチャーが、英国の強力な労働組合をたたきつぶし、熱心に外国から企業を誘致したり、住宅政策を推進したことにはあまり触れない。筆者は、世界の工場であった英国が没落した大きな原因を、巨額の資金の海外流出と考える。この海外の資産から毎年大きな利息や配当によって経常収支は黒字となり、英国ポンドは実力以上に高く推移していたのである。戦後しばらく英国ポンドは米ドルと一緒に世界の基軸通貨としての地位にあり、簡単には切下げを行えなかったのである。いつもストをしている労働組合とこのポンド高によって、投資家も英国に投資するのをためらったのである。このため英国の産業は競争力を失い、市場には外国製品が溢れることになったのである。
英国が少し持直したのは、ポンドが相当下落してからである。しかし一旦失った産業の競争力を取りかえすのは難しいことである。今日の日本も英国と似た道を通る可能性がある。今日の日本も実力以上の円高で推移している。その原因の一つが海外にある金融資産からの利益である。日本に必要な政策は、内需拡大を行い、ある程度の物価上昇を実現することによって円安を維持することである。今日のように資本の流出による円安は、将来に困難を残すことになる。ただ日本の海外資産の規模がGDP比で当時の英国よりまだ小さいことと、労働組合がそれほど頑固ではないことが救いである。
「レーガン時代の徹底した規制緩和が米国経済を強くし、日本に対して競争力を回復した」したがって「日本も徹底した規制緩和こそが競争力回復につながる」と言う日経新聞のいつもの話も怪しい。もともと米国の方が規制が緩かったはずであり、当時米国市場を席巻した日本企業との競争力を、規制緩和の度合で説明することは無理がある。だいたい鉄鋼のセーフガードの発動や米国車のシェアーの低下をみていると、米国産業が強くなったとは一概には言えない。また米国は毎年巨額の貿易赤字を出しており、どこまで競争力を回復したかも疑問である。たしかにここ10年くらい経済が成長したが、これは消費が増えたからと筆者は考える。以前から本誌が指摘しているように、8%あった貯蓄率がゼロ近くまでになったのであるから、莫大な需要が新たに生まれ、これによって経済は成長したのである。
たしかにレーガン時代の米国経済は弱かった。莫大な財政赤字を埋めるため、大量に国債を発行し、かなりの部分を連銀が引受けた。このため毎年物価が大幅に上昇していた。そこでレーガン政権は高金利政策(レーガンと言うよりボルガーの高金利政策と言った方が適切)を採った。しかしこのため日本から巨額の資金が米国に流入した。このため円安が進行し、日本からの輸出がさらに増えたのである。円安、つまりドル高になって米国産業は競争力を失っていった。これではいかんと言うことで、レーガンは大規模な減税を行った。しかしドル高の米国では、期待していた投資が行われず、消費だけが増えたのである。つまりレーガンとボルガーの経済政策は失敗したと言えるのである。
もし米国がある程度競争力を回復したと言うなら、色々な理由を考える必要がある。まずこのころから米国では知的所有権を重視した政策が始まったことが挙げられる。また日本の生産管理システムを取入れたりして、生産性の向上を図ったことも大きい。さらに冷戦終結によって、軍需産業の民需産業への転換もあった。しかし一番の原因は、何と言っても米ドルが大きく下落したことと筆者は考える。レーガン時代には、一時、1ドルが240円くらいになっていた。今日の倍の価値である。つまり今日の米国人の人件費は半分になったと考えれば良い。これなら競争力が回復するのも当り前である。しかし半分酔っぱらった日経新聞はいつも「規制緩和」だけを取上げ、為替のことには触れようともしないのである。だいたい国際的な競争力と言った場合、為替の問題を抜きにして語ること自体、むちゃくちゃな話である。
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