平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




02/3/18(第245号)
日本の所得格差の動向
  • 規制緩和の影響
    以前、日本においては所得格差が小さいと言う認識が一般的であった。はたして今日、そして今後もこの話が通じるものかを今週は検証する。日本の所得は平準化されていると言うことになっており、所得格差はあまり話題にもならない。たとえば東京などの大都会と地方では、かなり大きな所得格差がある。しかし人々は、理由ははっきりしないが、これをある意味では当然と受止めている。都会の人の方が働きが良いからと言うぐらいの認識なのである。筆者には、本当に都会の人の方が働き者なのかどうか判断できないが。

    筆者は、今後日本における所得の格差は二つの方向で広がると見ている。一つは、規制緩和や自由貿易の進展による競争の激化によるものである。産業、業界、職種によって規制緩和や自由貿易による競争の影響の度合が異なる。競争が激しくなる産業、業界、職種に携わっている人々の所得は伸びず、へたをすれば失業する。一方、規制緩和に影響されことがなく、かつ国内向けの産業、業界、職種に携わっている人々は、依然大きな所得を手にすることができると考える。

    まず規制緩和や自由貿易の進展が、大都市と地方の所得格差の拡大にどのように影響するかを見てみる。元々、地方ほどより競争的な産業が配置されている。また価格競争は、生産している製品や提供しているサービスの差別化が困難な産業ほど激しくなる。また価格競争が激しくなるほど利益は圧縮される。農業や地方で比重の大きい建設・土木などはこの典型である。これまではこのような過度な競争に陥りやすい産業は、組合を作ったり、協調的な組織(端的に言えば談合組織)によって価格競争を極力避けてきた。しかし今日、規制緩和の流れによって組合は弱体化し、協調的な組織も世の中の非難を浴び、無力化している。これらの産業ではより価格競争が激化しているのである。

    商品の流通の世界では、価格交渉力の強さで利益が左右される。一社の元売りに対して複数の代理店があり、さらにその下に数多くの特約店や販売店がある。価格交渉力は同じ立場の者の数が多くなるほど弱くなる。価格交渉力が一番強いのは数の少ない元売りであり、次ぎが代理店、そしてその次ぎが特約店と言うことになる。つまり利益は下に行くほど小さくなる。そしてほとんどの元売り本拠地は大都市にあり、代理店や特約店は全国に散らばっている。そして価格交渉力上有利な立場の方がより大きい利益を得ることができる。したがって商品流通に携わっている人々の所得も上に行くほど(特約店より代理店、代理店より元売り)大きくなるのが普通である。そして特に規制緩和によって価格競争が激しくなった場合、一番影響を受けるのは末端の業者である。

    自由貿易の進展も地方にとって不利に働く。農業は典型である。また地方の製造業の多くは、もともと地方の安い人件費求めて進出して来たのである。したがって中国のような日本の地方よりべらぼうに安い人件費の国が登場してきたのでは競争にならない。一方、メーカーは、日本の地方の生産拠点を縮小し、中国に生産拠点を移したり、中国から製品を輸入すると言うオプションがある。しかし地方の製造業が生残るためには、一段のコスト引下げ(当然賃金の引下げも含まれる)が要求されるのである。


    しかし一方、価格競争の激化や自由貿易の進展とはほとんど無縁の産業や職種がある。法律で競争が制限されているものや免許制の事業である。前者は医師や弁護士などである。後者はテレビ局や銀行などである。これらの産業では競争があってもほとんど価格競争は行わない。また法律で規制がなくとも、事実上、寡占が完成しており、価格競争が起らない業界もある。典型は新聞業界である。バブル崩壊後、日本では、デフレ経済が続き、価格崩壊によってあらゆる物の値段が下がっている。ところが新聞だけは、これまで何度も値上げを行って来たのである。これも新聞業界の寡占状態が揺るぎが無いことを示している。

    このように規制緩和の世の中の風潮と言っても、規制緩和がもろに影響する産業とほとんど影響の及ばない産業が混在している。以前、ある経済雑誌で企業の一人当りの人件費を比較した特集があった。そして一人当りの人件費が高い企業は、圧倒的に規制緩和の影響が及ばないところばかりであった。編集者も思わず「これは何だ」とコメントしていた。そしてテレビ局や新聞が、「もっと規制緩和を」「貿易の自由化」「財政再建」とキャンペーンを一生懸命行っているのが今日の日本である。

    注目されるのは、このような競争が及ばない産業が大都市に集中していることである。所得の高い弁護士や医師も大都市に住む比率が圧倒的である。つまり日本の産業構造上、どうしても所得の高い人々が大都市、地方は低い所得層が残ると言う図式である。そして重要なことは、規制緩和と貿易の自由化の流れが、両者の所得格差をさらに大きくさせているのである。


    大都市の間でも格差が大きくなっている。端的に言えば、東京の一人勝ちであり、この傾向は今後も続く。製造業に依存度の高い大阪の地盤沈下は顕著である。このことは色々な経済数値を見ても明らかである。高卒者の就職内定率が対前年でプラスなのは、都道府県の中で唯一東京だけである。アルバイトの時給も東京はべらぼうに高い。依然として平均が1,100円を越えている。おそらく地方都市の1.5倍くらいであろう。またホームレスの数も全国的に増えているのに東京だけは横這い(新聞報道によれば東京のホームレスは5,600人であり、大阪はその何倍もいる)である。


  • 昔から約束された格差
    所得格差を大きくしている第二番目の要因は「昔から約束された事柄」である。日本人の所得体系の際立った特徴は、年令とともに所得が高くなる制度、つまり年功序列賃金である。諸外国に比べ、日本の年功序列賃金のカーブは急であり、また年功序列賃金のもとで勤務している人々の割合が大きい。年功序列賃金は、どちらかと言えば生活給的色彩が強い。たしかに近年このような賃金体系を維持する負担が重くなっており、多くの企業は能力給の導入などで、これを是正しようとしている。しかし全体的に見れば、日本の年功序列賃金体系はまだまだ健在である。

    一方、賃金カーブが年功とはほとんど関係のない職種がある。賃金が時給、日当、出来高で払われている人々である。派遣社員や自営業者もこのグループに含めても良い。たしかにこのような職種でも経験によって収入が増えるケースもあり得るが、全体的に見ればこのグループの人々の賃金カーブはほぼフラットである。

    おおむね前者にはサラリーマン(もちろん公務員はここに含まれる)と言われている人々が該当し、後者はサラリーマン以外の人々が該当する。サラリーマンの所得は、一般的にそれ以外の人々より大きい。しかしサラリーマンも若い時分は、サラリーマン以外の人々より所得が少ないのが一般的である。むしろ若い時分は、手に職を持つ人々や自営業者の方が稼ぎが多いのである。以前は、サラリーマンの所得がそれ以外の人々の所得を追い抜くのは30才台の後半と言われていた。

    しかし長期の不況と規制緩和の流れによって、事情は変わって来ている。長期の不況と規制緩和よる打撃は、サラリーマン以外の人々により大きかった。さらに公共工事を始め、建設工事の減少の影響はサラリーマン以外の人々を直撃している。サラリーマン以外の人々の所得が比較的大きかったのも、人手不足の時代の話である。今日は失業が多くなり、サラリーマン以外の人々の所得は今日低迷しているか、むしろ減少している。したがって今日では両者の賃金カーブが交わるのはもっと若い年令と推察される。

    そして一旦交わった後の両者の賃金の格差は、年令を追うごとに大きくなる。退職金や年金の大きな差を別にしても、サラリーマンの年功序列賃金カーブがフラットになるまで、年収の格差は広がり続けることになる。

    次に日本の人口構成が問題になる。日本の場合、団塊の世代(現在54才前後)から15年くらいの後までの世代の人口が突出して多い。この人口の大きな塊が、ちょうど賃金格差の大きい年代にスッポリはまっているのである。つまり年代の人々の全体に占める比率が非常に大きいため、国民の間の所得の格差も大きくなっているのである。またこの理由による所得格差は今日ピークを向かえようとしている。そしてこの方向での所得格差は、昔から分かっていた、つまり「昔から約束された格差」である。またサラリーマン以外の人々の賃金がむしろ減少気味のため、格差が一層大きくなっているのが現実である。


    このように日本人の間の所得格差は二つの方向で広がっており、一つの方はそろそろピークであるが、規制緩和に伴う競争激化の影響による所得格差は一段と大きくなりそうである。いずれにしても日本の所得格差が小さいと言う話はずいぶん昔の話である。

    筆者は、所得格差を必ずしも否定しないが、一定以上の格差はやはり問題と考える。日本の現状は、既に限度をかなり越えていると考える。筆者は、この解決には、高い方を抑えるのではなく、低い方を持ち上げるべきと考える。そしてまず失業問題を解決することが、所得格差の是正に効果がある考える。また大きな所得格差が、社会にどのような影響を与えるかも興味のあるところである。筆者は、行き過ぎた格差は、決して良い結果を生まないと考える。いずれにしてもこれについては、別の機会にまた取り上げることにする。


    今日の長期の不況下において、景気が良い、あるいは落込みが小さいのは、東京だけと見ている。東京は現在、まさに建築ラッシュである。品川、汐留、六本木などの再開発事業で巨大な高層ビルがどんどん建てられており、バブル期と同じような光景である(こんなにテナントが集まるかどうか別にして)。おそらく東京のセメントや鋼材の使用量も群を抜いていると思われる。つまり東京は公共投資がなくとも、それを補う民間の投資が十分にある。またいたる所に複合商業施設が開設され、客も結構集まっている。一方、地方は悲惨である。特に地方の中堅の都市がひどい。その街の一番の繁華街でもシャッターを降ろしたままの商店が目立っている。

    東京と地方の景気の差も、今週で取上げた所得の格差の動向と無縁ではない。そして所得が下がっている地域には、民間も投資を行わない。どうしても東京に民間の投資も集中するのである。そしてこれがまた両者の所得格差を大きくしている。


    日本においては情報の発信は、ほぼ東京に集中している。そしてその東京の景気はそれほど悪くはないのである。したがって本当はマスコミも日本経済には関心が薄い。株価が上昇すると、ちょっと前まで「3月危機」と騒いでいたマスコミも、今は「宗男問題」一色である。



来週は「排除の論理」について述べることにする。

石油をはじめ、国際商品市況が上昇している。同時多発テロ以前の水準まで戻している。一因は、世界の経済状況が少し回復していることである。しかしもう一つの要因があるようである。米国のイラクに対する軍事攻撃の可能性である。

98年を最後に、イラクは大量破壊兵器の国連査察を拒否している。筆者は、米国がイラクに対する軍事攻撃を実行に移す可能性はかなり大きいと見ている。米国ブッシュ大統領の年初からの一連の発言、政府高官の周辺諸国への根回し外交を見ていると、攻撃に米国は本気である。周辺諸国も攻撃に「建前」では反対であるが、「本音」は賛成と推察される。

イラクに対する軍事攻撃が実際にあるのかないのかの「カギ」はイラクの出方である。今後、米国、イラク、国連などの間で色々と駆け引きが行われると思われるが、最終的にイラクは査察を拒否する可能性が強い。つまり湾岸戦争と同じような経過をたどると言うことである。いずれにしても国際商品市況の動きは注目される。



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