- 日本経済の現状の認識
今週号では公的債務の累積問題を取上げる予定であったが、予定を変更し、今日、日本に求められている「通常では行わないような経済政策」について述べる。
ところで日本経済は異常な状態が相当の期間続いている。当初は、バブル崩壊の影響と言うことで、大半の説明がついた。しかしここまでデフレ経済が続くとは、誰も思っていなかったと思われる。しかし筆者は、以前から本誌で主張しているように、日本経済の変調はバブルがきっかけとは考えていない。日本経済の変調はもっと以前から起っており、バブルの生成と崩壊は、その延長線上における単なる一つの出来事と解釈している。
その理由をもっと分りやすく説明すれば、日本経済が、常に過剰供給力を有していたことである。いわゆるデフレギャップの存在である。人によって日本のデフレギャップが発生したのは、75年頃と言う人もいるが、筆者はもっと早くて、71年頃から既にデフレギャップが発生していたと考えている。いずれにしても、30年くらい日本経済はこのデフレギャップを抱え込んでいるのである。そして需要なことは、このデフレギャップが年々大きくなっていることである。筆者は、このデフレギャップの存在を無視して日本経済を理解するは絶対に無理と考えている。
他の先進国と違う日本経済の特徴は、常にこのような大きなデフレギャップを抱えていたことである。そして今日の経済の混迷は、このデフレギャップとの付合い方に誤りが有り、さらにその誤り方が最近大きくなったからと考える。ところで筆者は、この誤りが顕著になったのは、「消費税」を導入しようとしたことがきっかりと考えている(誤解してもらっては困るのは、筆者は3%とか5%と言った低率の消費税自体には反対していない)。しかしこれについては別の機会に述べることにする。
参考までに、同じようにデフレギャップを抱えている中国は、7%も経済成長率を実現していながら、財政支出を拡大してさらに経済成長を促す政策を採り続けている。実際、これが正しい経済政策である。中国には政治指導者層にまだ現実主義の人々が多いから、このような政策が採用されている。もし日本のように「財政赤字」を問題にするような観念論者がどんどん重要ポストに就くようになれば、中国経済もバッタリ逝ってしまうであろう。
本題に戻る。長く混迷する日本経済に対して、各方面(海外を含む)から「普通採らない政策を行え」「劇薬的な政策が必要」など「通常では行わないような経済政策」を求める声が徐々に大きくなっている。これらが決して無責任な発言とは感じられない。たしかに現小泉政権が行おうとしている「構造改革」や「デフレ対策」で、日本経済が好転するとはほとんどの人々が信じていない。しかしこらの人々が、「通常では行わない」と言いながらも、自分達で具体的な政策を示していることは稀である。そして筆者には、むしろ彼等が具体的なことを言わないことに意味があると考える。
たしかに「通常では行わないような経済政策」と言われた場合、筆者には思い当たる政策がいくつかある。今週はとりあえず三つの政策が取上げ、その実現性と有効性を論じたい。
- 三つの政策の奇策
第一の政策は「超円安政策」である。ちょうど読者の方の質問で、元モルガン銀行東京支店長 藤巻健史著講談社「1ドル200円で、日本経済の夜は明ける」についてどう思うかと言うご質問があった。ちなみに藤巻氏は、日銀が外債、特に米国債を購入することで、円安誘導をせよと言っている。たしかに現政権の円安期待発言にみられるように、円安による外需依存政策を主張している人々は多い。ようするに安上がりの景気対策である。
しかし筆者は、まず結論として、通常なら200円を越えるような円安の実現性はないと考えている。もちろん為替水準は市場で決まるのであって、200円になる可能性がないわけではない。たとえば日本で大地震が起り、日本の生産設備が壊滅的な打撃を受けた場合などにはあるかもしれない。しかし「1ドル200円」と言う水準は、このような突発的な事態だけに考えられることである。
貿易収支の黒字幅が減っているが、所得収支の黒字は堅調に増えており(資本流出が続いているため)、経常収支の黒字はたいして減ってはいない。依然、日本は経常収支の黒字額は世界一である。そのような国の為替がどんどん安くなると言うことは経済原則に反する。また当分緊縮財政が続き、内需が期待できない以上、輸出圧力は続くはずであり、経常収支の黒字が大幅に減少することは考えられない。さらに日本は先進国で唯一物価が下落している国である。これらを総合的に考えれば、円が200円になる事態はとうてい考えられない。
したがって為替を円安に方法は、政府・日銀による強烈な為替介入しかない。先程述べたように、本来なら、経常収支が大幅に黒字であるから、日本の通貨、つまり「円」は高くなるのが自然である。この円を逆に円安に持って行くことは、この流れに逆らうことである。したがって現在130円前後の円を200円にするとなると、相当の額の介入が必要である。また各国が採用している変動相場制は、各国の経常収支が片寄らないようにするための制度でもある。それほど大規模な為替介入は、この変動相場制の機能を否定することである。たしかに中国はこれに近いことを行っている。しかし世界一の債権国である日本にこのような政策を行えるはずがない。各国との戦争を覚悟してやると言うなら別であるが。
このように200円を越える円安は、現在の経済政策の延長では実現しないと言うことである。さらに仮に円が200円になった場合、どれだけメリットがあるかも不明である。たしかにこれによって輸出が少し増え、輸入が減ることが考えられる。しかしこの程度では日本が抱えている莫大なデフレギップが埋まるはずがない。実際、橋本政権の後半には為替が140円台と円安水準で長い間推移していた。たしかに貿易黒字は少し増えたが、国内景気を回復させる力はとてもなかった。日本国内景気が悪く、米国への輸出に依存せざるを得ない状況だったのである。このように筆者は、円安の日本経済を好転させる力は限定的と考える。さらに流れに反した強行的な円安政策は、その後の反動が恐い。つまり円安の後は、常に強烈な円高圧力にさらされることになるだけである。
第二の「通常では行わないような経済政策」、あるいは奇策は「マイナス金利」である。たしかに少数派であるが、この政策を唱える人々はいる。学者では深尾光洋慶大教授などが主張している。一つの方法としては、安全な金融資産の残高に対する課税である。これによって安全な金融資産からリスクの伴う資産や消費に資金の移動を促すのである。たしかにデフレ経済には効果があると思われる。これに似た奇策が「紙幣に有効期限を設け、有効期限が過ぎると価値を減額させる」と言う政策である。これによって通貨の流通速度は上がり、経済にも効果があると思われる。
たしかに「マイナス金利」と「紙幣に有効期限」は面白い政策である。おそらく「1ドル200円政策」より効果があると考えられる。しかし社会は大混乱するはずであり、まず政府が絶対行わない政策である。つまり実現性の点では「1ドル200円政策」より低い。率直に言えば、実現性はゼロである。深尾教授も本気で言っているのではなく、氏の持論であるインフレターゲット政策を行わないなら、「マイナス金利」政策のようなものしかないと言いたいのであろう。
そしていよいよ第三の政策が、本誌や丹羽大阪学院大学教授が主張する「日銀による国債引受け」「政府紙幣の発行」を財源とした財政支出の増大政策、つまり「政府のセイニア−リッジ特権による政策」である。そしてこれまで本誌で説明してきたように、この政策が有効なことは明白である。
さらに日本は、セイニア−リッジ政策を採らざるを得ない局面に追い詰められていることも事実である。今後、日本政府が積極財政に転換する可能性がある。しかしこれまでのように大規模な赤字国債の発行と言うことが難しい状況になって来ているのである。銀行があまりにも多額の国債を保有しているからである。昨年9月末で75兆円の国債を保有している。主要銀行の株式の総額が24兆円と言うことを考えれば、いかに多額の国債を既に銀行が購入しているかが分るのである。たしかに国債の暴落と言う事態は考えられないが、ある程度の国債価格の下落(利回りの上昇)は有り得る。そして国債の評価損が今日の脆弱な銀行の経営に悪影響を与えるのである。これを回避するため、日銀による国債価格安定政策、つまり具体的には日銀による国債の購入が実行されている。これはまさにセイニア−リッジ政策に繋がるものである。
「セイニア−リッジ政策」は「通常では行わないような経済政策」の代表である。しかし既に日本ではこれが実質的に行われているのである。日銀は市場から国債を買い切りで購入している(しかも徐々に増やしている)。日銀は昨年9月末で75兆円もの国債を保有している。本誌の見解では、これは「セイニア−リッジ政策」そのものの結果である。 たとえば政府が赤字国債を発行して財政支出を行う。そして市場がこの国債を消化できず、国債価格の下落(利回りの上昇)することがある。このような場面では、日銀が国債を買い切りを行って国債価格が維持されている。これは「セイニア−リッジ政策」と同じことである。ちなみに最近でも、日銀の国債の買い切り額を月額8,000億円から1兆円に増額することを決定したのである(筆者の予想では、この額が今後も増えていく)。
財政当局はこれまで「公的債務残高は限界に来ている」「子々孫々に借金を残すな」と緊縮財政へのキャンペーンを行ってきた。さらにマスコミや財政学者、訳の分らないエコノミストが付和雷同してこれに悪乗りしている。国民も連日のキャンペーンで洗脳され、もう「国の金」は使えないものと思い込んでいる。今さら政府が「金」はいくらでも使えるとはとても言えないのである。せいぜい「デフレ対策で日銀の国債の買い切り額を増額する」くらいが関の山である。しかしこのような小出し政策を続ける限り、日本経済は混迷から脱することはできず、国民はますます不幸になるだけである。
筆者は、もう「セイニア−リッジ政策」を堂々と行うべきと主張したい。政府は、どの範囲の国債の日銀引受けまでなら極端な物価上昇を伴わないのかを明示し、これを財源に財政支出を行い、内需の拡大を行うべきである。 「セイニア−リッジ政策」は市場に通貨の流通を増やす政策である。通常、通貨の流通が増えれば物価が上昇する。しかし日本は大きな遊休の生産設備や失業(潜在的な失業を含め)の存在、つまりデフレギャップが極めて大きいのであり、ちょっとやそっとでは物価上昇は起らない。このように日本は「セイニア−リッジ政策」を行う条件が揃っているのである。
しかし一般においてはまだ「セイニア−リッジ政策」は「禁じ手」であり「奇策」と言う認識が強い。日本政府に「通常では行わないような経済政策」を求める人々の中にも、この「セイニア−リッジ政策」を念頭に置いている人がいるはずである。しかしなかなかこの「禁じ手」を口に出すことができないものと推察される。だから具体的な政策までは言及しないのである。「日銀の一段の金融緩和が必要」と言うのがせいぜいなのである。
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