平成9年2月10日より
経済コラムマガジン

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02/2/4(第239号)
確信犯(その1)
  • 経済不調の原因は無駄な財政支出?
    今週号は、国債日銀引受け政策による、公共投資の具体的な項目を取り上げるつもりであったが、予定を少し変更する。近年、財政支出全般、特に公共投資や公共事業に根拠のない非難が集中している。本誌では、前にも経済に関して「あやしい常識」「虚言」「妄言」と言ったものを何度となく取上げてきた。財政支出、そして公共投資に対する非難も、ほとんどがこれらの類である。ところで筆者が積極的に提唱している国債日銀引受け政策による財政支出の中心も公共投資になる。これらの政策を強力に進めるためにも、この公共投資を始めとした財政支出に対する不合理な非難をその前に排除しておく必要がある。

    今日の深刻な経済の不調を「無駄な財政支出」の結果であると断言している有力な学者がおり、この意見を世間が素直に受け入れている。そしてこの学者によれば、政府に無駄な支出をさせないため、納税者が意識を持つ必要がある。この学者によれば、このためには、所得税の「源泉徴収」をやめ「申告納税」に変える必要があると主張している。

    筆者は、政府や地方自治体の支出に無駄があり、不合理なことがあることは承知している。しかし今日の経済の深刻な不調とこのことが大きな関係があるとはとても思えない。どうして納税者が意識を変えれば、この不況から脱出できるのか全く意味不明である。

    これとよく似た意見で「財政支出の項目を工夫すれば、同じ財政支出で経済成長が可能」と言う意見がある。小泉政権を支えているYKKや若手の二世、三世議員、つまり政策新人類が熱心に唱えていた説である。しかしよく聞いていると、彼等は公共投資自体に反対と言うことが分る。これらの人々に囲まれている小泉政権は、「悪者は公共投資」と断定し、なんとこの不況下において公共投資を削減しているのである。削減しても、財政支出の項目を変えれば、経済効果は変わらないと言う幻想を持っているのである。


    筆者は、行われる財政支出や公共事業によって、経済効果、つまり乗数効果、あるいは波及効果に多少の違いが生じると考えているが、彼等が主張しているような大きな差異はないと考える。たしかに財政支出の中には、長期国鉄債務の償却のように、全く乗数効果あるいは波及効果がないものがある。また公務員の給料のように、一部が貯蓄に回されるため効果がその分小さくなるものがある。このようなことを勘案すれば、むしろ非難を浴びている公共投資の効果は大きいのである。実際、最近では公共投資が減り、公務員給料の比率が大きくなっており、財政支出の経済効果は低下しているはずである。
    ここで誤解してもらって困るのは、「だから公務員を減らせ」と言うことを筆者が言っているのではない。失業が増えている今日こそ、むしろ公務員は逆に増やせと言うのが筆者の意見であり、本誌では近々それに言及する。

    公共事業によって経済効果に違いが生じると言う説がある。たしかにそれには、筆者は同意する。まず公共投資の単線的な所得増効果には、どのような公共投資にも大きな差異はない。しかし公共工事によっては、それによる誘発的な投資や消費には違いが生じることは考えられる。同じ道路を造るにしても、利用者の少ない道路より観光地に通じる道路の方が経済効果は期待される。同様に、地方での公共事業より、都会の公共投資の方が経済効果は大きいと考える。

    しかし経済効果が大きいと思われる公共事業に限って、住民の反対で進捗しないのが現実である(特定の思想を持った政治団体が常に反対の中心になっていることや、人々の公共心と言うものが薄くなっていることが原因と考える)。東京の環状道路などいつできるか分らない状態である。ところで現在、東京と成田を結ぶ、高速鉄道が計画されている。たしかにこれが出来れば、便利になるだけでなく、沿線の住宅地の開発が進み経済効果が発生することが期待される。しかしこの鉄道が完成するには10年もかかるのである。筆者は、今日の経済の困窮は、ここ1,2年が勝負と考えている。事態は逼迫しているのである。つまり公共投資予算の消化と言う面も重要なのである。

    このように最終的な経済効果の多少の差異で公共事業を選んでいる場合ではない。政府から民間に早く資金が流れる必要がある。したがってどのような公共事業が順調に進行するかと言う観点も重要である。この意味では、非難の大きい地方における従来型の公共事業も一概に否定できない。つまり離島における港湾設備の整備も決して否定できないのである。離島の工事では、邪魔する人々がいないのである。特に地方の経済の疲弊は深刻であり、失業も増えている。所得の再配分と言う意味からも、地方における公共工事も一定量の確保が必要である。また失業手当を厚くすれば良いと言う考えには、筆者は真っ向から反対する。失業手当を増やすなら、公共事業を増やして経済を活性化すべきである。もちろん従来型の公共事業と言っても、住民が望んでいるもの、あるいは経済効果の大きい工事を優先することは当然のことである。

    しかし公共投資の経済効果にはまだまだ誤解が多い。最近では、日頃からメチャクチャのことを言っているあるエコノミストが、「公共事業でも、事業を選べば、経済効果の大きいものがある」とテレビで発言していた。続けて「従来型の公共事業は効果は小さいが、IT関連の公共事業の経済波及効果は、「5」もある」と言っていた。しかしこれは勘違いと筆者は考える。通常の公共投資の波及効果は「1.9」からせいぜい「2.0」である。つまり1の投資に対して、1.9の最終需要が発生する。IT関連の公共事業だけがこの効果が「5」もあるとはとても考えられない。

    街中で光ハイバーを敷設している工事現場を見かけることがある。たしかに従来の公共工事であまり使われない機器や資材を使っている。例えば高所作業車などである。しかしこのようなIT関連の公共事業独特の新規の設備投資が必要と言うのは、工事が急速に増えた当初だけと考える。つまりIT関連の工事が増えた時だけその波及効果が一時的に大きくなる可能性があるだけである。一応の設備が整えば新規の設備投資がなくなるわけであるから、IT関連であろうが従来型の公共事業であろうが、その波及効果に大きな違いが生じるとは考えにくい。はっきり筆者は、このエコノミストの発言は間違いと断言する。しかし一旦メディアに乗った場合、これらのエコノミストの発言はあたかも真実のように人々に受取られている可能性が強い。このように公共投資に対する誤解が積み重なってきており、最近では人々は公共投資に言及することさえ避けるようになっている。


  • 日本は社会主義国?
    最近、気になるデマの類の一つが「日本は、極めて社会主義国に近い。これが日本経済不振の原因である。これを打破するには、より頑張った人々に報酬を厚くする必要がある。地方経済の底上げを目的とした公共事業などは無駄であるだけでなく、改革を遅らせる。」である。テレビなどのメディアを通じ、近頃頻繁に聞く話である。これまでも「日本は一番成功した社会主義国」と揶揄されてきた。しかしこれが何を根拠にしているか不明である。したがってこのような指摘や話には筆者もほとんど感心がなかった。ところが今日のように、有力エコノミストや学者だけでなく、政治家までがこぞって同じ事を言い始めているのである。当然、世間の人々の物の見方にも影響があると考えられる。

    たしかに日本経済は混合経済であり、社会主義的な政策も採用されている。しかし実際、純粋な自由経済が行われている国は皆無のはずである。むしろ発展している先進国ほど社会保障制度が整っている。スウェーデンを始めとした西欧諸国見れば一目瞭然である。その代わり、これらの国の租税負担率も非常に大きい。租税負担率は日本が23%に対して英国やフランスは40%である。またこれに年金や保険の負担を加えても、日本の方が負担率はずっと小さい。つまりこれら西欧諸国の方が社会主義経済に近いはずである。しかしこれらの国の経済成長率がマイナスと言うことはない。ちなみに日本は米国と同様に租税負担率は小さく、社会保障制度も中くらいである。

    よく大きな政府とか小さな政府とかが問題になるが、租税負担率の大小を見れば歴然と分るように、日本はむしろ小さな政府である。マスコミのプロパガンダによって世間では、日本は大きな政府と誤解している人が多いはずである。例えば米国の軍事費は年間50兆円である。これでどうして米国が小さな政府であり、日本が大きな政府と言えるのか。たしかに日本の公共投資額は先進国の中で突出している。しかし軍事費と公共投資額の合計額で比較すれば、日本の数字が特別大きいわけではない。

    また就業人口の中で公務員の占める比率は日本がずっと小さい。米国は日本よりずっと大きい。さらに米国は、色々な地域から集まってできた国だけに互助的な組織の活動が活発である。NPOもその一つである。これらは金持からの多大な寄付で運営されている。このように米国の純粋な民間部門の経済の比率は以外と小さいのである。

    たしかに日本の社会が社会主義的と言われる場合、思い当たるものがある。累進課税率の急なカーブである。これは少しずつ是正されているが、まだ諸外国と比べるとまだ急である。日本が社会主義国と主張している論者達は、この累進課税率のカーブをよりフラットにしろと言っているのである。しかし筆者は、そのようなことで日本経済がこの深刻な状況が脱出できるとは絶対に思わない。

    累進課税率のカーブを是正すると言うことは、高額所得者の負担を減らし、低所得者の負担を大きくすることを意味する。つまり国民所得の分配の問題である。しかし初歩的な経済論理では、このような方向への分配の変更は、消費を減らし、むしろ国民所得自体が縮小させることになる。つまりこれらの論者の言う通りにすれば、不況がさらに深刻化すると言うことである。この説明は簡単である。高額所得者ほど貯蓄性向が大きく、低所得者の貯蓄性向は小さい。つまり累進課税率のカーブをよりフラットにして、高額所得者の可処分所得を増やしても、貯蓄に回る分がそれだけ増えるのである。低所得者は所得のほとんどを消費しているのであるから、可処分所得が減れば、それに応じてさらに消費を減らすことになる。つまり全体では消費が減るのである。

    これは数字で説明した方が解りやすい。国民所得から課税額差引いた可処分所得を「10」として、高額所得者の可処分所得を「4」とする。したがって低所得者の可処分所得は残りの「6」である。そこで高額所得者の貯蓄性向を0.5とし、低所得者の貯蓄性向を0とする。この状態では国全体の貯蓄は「2(4×0.5)+0(6×0)=2)」であり、消費は「8」になる。
    もしここで増減税を同額でかつ累進課税率のカーブをよりフラットにし、高額所得者の可処分所得を大きくするとする。例えば高額所得者の可処分所得を「6」にし、低所得者の可処分所得を「4」にするのである。貯蓄性向が変わらないとすれば、これによって貯蓄は「3(6×0.5)+0(4×0)=3)」となり消費は「7」となる。このように累進課税率のカーブをよりフラットにすることによって、消費は「8」から「7」に減少するのである。

    しかしこのような主張(日本は累進課税率のカーブが急であり社会主義国のようである。このことが今日の経済不調の原因)を行っている人々に、この解説を行っても言い逃れされるのは分かっている。彼等は多分「高額所得者の税負担を減らせば、皆がやる気を起こして、経済全体のパイを大きくしてくれる」と言うはずである。つまり最後は、誰も証明や検証ができない精神論を持出してくるのである。この手の主張をしている人々は、特に論客と言われる者が多く、適当な言い逃れは実にうまいのである。


    このような経済の不調を「無駄な財政支出」と決めつける大物経済学者や、「日本は社会主義国であり、これが経済の長期低迷の原因」と断言する元高級官僚の経済学者達の存在自体が注目される。普通の人々は、彼等の肩書きにはとても太刀打ちできない。メディアも彼等の主張は疑いも無く正しいと言う扱い方である。日頃政治家の意見には厳しい追求や質問を続ける司会者も、彼等だけは特別扱いである。まるで「ご意見拝聴」と言う態度に変わる。したがって彼等の世論形成の力は極めて大きい。

    しかし今週号で述べているように、彼等の意見は矛盾だらけであり、相当いい加減である。ところが彼等の矛盾点をついても、うまく言い逃れるはずである。これまでそのような訓練を十分積んでいるのである。特に後者の高級官僚出身の経済学者にいたっては、平気で2年前と全く逆の主張を行っている。そしてこれに対しては、テレビ番組の司会やコメンテータの誰もが追求しない。

    一つの疑問は、彼等はどのような気持ちでこのような発言を続けているかと言うことである。自分で言っていることが、本当に正しいと思っているのであろうかと言うことである。しかし本当に正しいと思っているのであるなら、別の問題がある。おそらくそうではない。筆者は、「主張が正しいかどうかは問題ではなく、自分達に与えられた役目を忠実にこなしている」と言う感想である。つまり彼等まさに「確信犯」なのである。マスコミもこのことを薄々分かっているはずである(はっきり分かっているはず)。彼等の役目は、これから始まる税制改正への援護射撃である。税制改正への援護射撃のために、財政支出、特に公共投資を攻撃しているのである。

    そして次ぎの疑問が浮かんでくる。彼等はこのようなことをやっていてどのようなメリットがあるかと言うことである。おそらく筆者達には窺い知れぬ「良いこと」があるのであろう。そのように考える他はない。そのようなことがあるためか、彼等と同じ立場になりたい経済学者やエコノミストが沢山いて、マスコミに登場し、彼等と同様の発言を行っている。もう日本の学者、特に一部の経済学者は「学者の良心」と言うものを完全に放棄しているのである。この「確信犯」と言うテーマは近々もう一度取り上げる。

    誤解してもらっては困るのは、筆者も累進課税率のカーブのある程度のフラット化には賛成である。しかしこれは経済にデフレ効果を持つものであり、今日の経済情勢の元では行うべき政策ではないと言うことである。また公共事業も経済効果の大きい案件を優先すべきと言う考えには賛成である。しかし公共事業の進行には色々な障害があり、経済効果を生むスピードと言う観点から、多少経済効果が小さくても消化されやすい事業も行うことを否定できない。



来週号は国債日銀引受け政策による、公共投資の具体的な項目を取り上げる。

市場では債券、円、株のトリプル安になっている。そこで久々にこれらの今後の動向を予想してみることにする。

ところで一口にトリプル安と言っても、それぞれどの水準からの下落かがまず問題になる。債券(国債)は歴史的にかなり高い水準からの下落である。円もある程度買われていた水準からの下落である。円は現在134円であるが、中国の元を除きアジア諸国(マレーシアを除き)の通貨はドルへのリンクを止め、かなり安くなっている。したがってこれらのアジア諸国のリンク離脱前を前提にすれば、円のおそらく実効為替レートは、まだ120円台の後半くらいの水準である。つまり言われている程には円安は進んでいないのである。一方株価は深刻である。日経平均は銘柄の入替えで連続性に問題があり、比較が難しいため、トピックスを参考にする。バブル崩壊後のトピックスの最安値は98/10/15の980.11ポイントであった。しかし先日、一時的に950ポイントをつけた。つまり株価は最安値を更新中と言うことである。

まず比較的予想しやすいのは国債である。たしかに長期国債価格は下落している。利回りは1.3%から1.5%に上昇している。ところで国債が少し安くなると必ず、登場し、はしゃぐのは「国債暴落論者」である。彼等は「だから緊縮財政を維持せよ」と主張するのである。そのうち国債価格が落着いてくれば、彼等はいつの間にか消え去るのが常である。

長期国債価格の下落については色々言われている。外人売りと言う説がある。これが事実かどうかよく分らないが、日本国債の場合、外国投資家の持ち分は極めて小さい。せいぜい5%くらいである。つまり仮に外国投資家の売却が原因としても、これによる下落にも限度があると言うことである。

むしろ長期国債価格の下落の原因は、国内の保有者の売りが原因と考える。特に金融機関である。株価がこれだけ下落している現状では、含み益があるのは、外国の債券と以前に買った日本国債くらいである。つまり決算対策で両者が売られる可能性が強い。そして安くなる前に売ろうと言う動きがあり、国債価格も下落しているのである。また期末を控え、長期から短期への資金移動が起っている。先日は、政府の短期証券の金利がついにゼロをつけた。

つまりこのような特殊な要因がなくなれば、また国債は買われると筆者は予想する。とてもこのまま下落を続ける事態は考えられない。また格付け機関による格下げによって売られる場面があるかもしれないが、これも一時的であろう。むしろ国債の格下げをきっかけに民間企業の社債や銀行の債券の方が下落する可能性が強い。その場合にはむしろ国債は買われるはずである。このように国債価格は、一旦底をつけた時点から上昇に転じる可能性が強い。とにかく他に資金の行き場がないのである。

為替の動向は複雑である。また2月8,9日にG7が控えており、これは来週取り上げることにする。

その点、株価の動向は比較的予想がつきやすいと考える。まず株価が上がる要素がないと言うことである。少し上げる場面があるかもしれないが、とてもどんどん上がる状況ではない。株式市場に流入する資金も細っている。また株式の世界には「節分天井、彼岸底」と言う格言がある。この格言通りなら、株価下落はこれからが本番と言うことになる。

世間の一部には日経平均の6,000円割れを予想する向きがあるが、筆者は、当分そこまでの極端な下落はないと考える。しかし何があるか分らないのがこの世の中である。特に小泉政権は株価動向に関心がない。結論として、株価の上がる確率が低い現状では、投資家はキャッシュボジションを高めておくことが賢明と思われる。残念ながらこのような常識的なことしか言えない(2月は筆者はすこしだけ仕手株を買ってみようと思っているが)。そのうち買場は来ると思われる。

ただ一つ興味があるのは、日経平均とトピックスの動きの乖離である。代表的銘柄で構成されている日経平均より、トピックスの動向の方が注目される。公的資金のPKOによって価格が維持される可能性のある日経平均より、トピックスの方が株式市場の動きをストレートに反映している。つまり日経平均が値を保っていても、トピックスが下落する場面があり得る。実際、前述のようにトピックスの方はバブル崩壊後の最安値を更新中なのである。

世間では田中外務大臣の更迭問題で騒いでいる。実にうっとおしく、うんざりする。マスコミ関係者はどうかなっているのではないか。一ヶ月もすれば誰も話題にしない話である。この間に経済の実態はどんどん悪くなっている。もっと重大な問題が山積しているはずである。


ユニクロの業績が急降下である。これは本誌でも以前から予想していた事態であるが、想像以上のスピードである。ユニクロ方式は中国ビジネスで唯一儲かるビジネスモデルであった。日本が技術を中国に提供し、製品を国内の販売網で売捌くユニクロ経営も壁にぶつかったのである。本誌が以前から言っているようにこのようなビジネスは、参入障壁が低く、だれでもまねができるのである。

つきつめればユニクロが儲かったのも、中国の元が異常に低い水準に維持されていたからである。まさにユニクロは「すき間産業」の存在であったはずである。つまりこれも中国によるいびつな為替政策の賜物だったのである。当時これを戦略的パートナシップとはしゃいでいた人々が多くいた。つまり日本から技術を提供し、べらぼうに安い人件費(為替を適正にすれば実際にはそれほど安くない)で大量に製品を製造し、日本を始め世界に売捌こうと言う単純な発想である。しかし「そのような大量の中国製品を受け入れる市場が世界のどこにあると言うのか」とずっと本誌は主張していたのである。本来、「すき間産業」であったはずの商売がメジャーを目指すのは難しいのである。日本は製造業をあきらめた米国と事情が違う。消費者も米国人のような大雑把な人は少ない。

かなり以前から中国に進出していた目先のきく企業は、中国から一部の生産拠点を別のアジア諸国に移し始めている。世間の動きとはまさに逆方向である。おそらく現在の中国のいびつな経済政策が、このまま続くはずがないと読んでいるのであろう。筆者も、これが正解と考える。これから中国への進出はリスクが大きい割には利益が小さいと考える。

ところでユニクロのような企業の登場で、日本の企業の中には大打撃を受けたところが多いはずである。しかし来週開催されるソルトレークシティーのオリンピックの開会式には、日本選手団はユニクロのコスチュームを着て行進するのである。つまり中国製である。日本にはスポーツ用品メーカはいくつもある。どうして中国製なのであろうか。しかしユニクロ製品の採用を決めた表面上の責任者である八木前IOC会長は既に亡くなっている。とくかく筆者は、複雑な気持ちで開会式を見ることになる。


普通の電話を使うインターネット電話。市外一律3分20円、携帯電話へも割安。音質も良好。


02/1/28(第238号)「政策の実現性」
02/1/21(第237号)「国債の日銀引受け政策」
02/1/14(第236号)「経済政策の目標」
01/12/17(第235号)「まさに「世も末」」
01/12/10(第234号)「名古屋の地下鉄」
01/12/3(第233号)「米国と中国の観念論」
01/11/26(第232号)「観念論の台頭」
01/11/19(第231号)「中国通商問題の分析(その3)」
01/11/12(第230号)「中国通商問題の分析(その2)」
01/11/5(第229号)「中国通商問題の分析(その1)」
01/10/29(第228号)「経済政策の科学性」
01/10/22(第227号)「9月11日の以前と以降」
01/10/15(第226号)「カルロス・ゴーンと上杉鷹山」
01/10/8(第225号)「金融の量的緩和の終着駅」
01/10/1(第224号)「金融の量的緩和」
01/9/24(第223号)「「インフレ目標」と「調整インフレ」」
01/9/17(第222号)「対中国、WTOの特例保護措置」
01/9/10(第221号)「「生産性」と「セイサンセイ」の話」
01/9/3(第220号)「今日の日本経済の諸問題」
01/8/6(第219号)「支離滅裂な構造改革派」
01/7/30(第218号)「日本は建前の国に」
01/7/23(第217号)「日本を滅ぼす松下政経塾」
01/7/16(第216号)「戦略的パートナシップ」
01/7/9(第215号)「Let it be !」
01/7/2(第214号)「日本における起業」
01/6/25(第213号)「小泉政権の構造改革」
01/6/18(第212号)「需要があっての経済成長」
01/6/11(第211号)「深刻な中国との通商問題」
01/6/4(第210号)「中国の為替政策」
01/5/28(第209号)「中国との通商問題」
01/5/21(第208号)「消費の拡大策」
01/5/14(第207号)「消費不振の分析」
01/5/7(第206号)「小泉政権雑感」
01/4/23(第205号)「「IT革命」騒ぎの舞台裏」
01/4/16(第204号)「グリーンスパンのかかった二つ目の「罠」」
01/4/9(第203号)「グリーンスパンのかかった二つの「罠」」
01/4/2(第202号)「銀行の不良債権問題(その2)」
01/3/26(第201号)「銀行の不良債権問題(その1)」
01/3/19(第200号)「与党の緊急経済対策」
01/3/12(第199号)「自分の家の前の掃除」
01/3/5(第198号)「公共投資の経済効果」
01/2/26(第197号)「公共事業雑感」
01/2/19(第196号)「日本の経済政策の方程式」
01/2/12(第195号)「老人の貯蓄と経済(その2)」
01/2/5(第194号)「老人の貯蓄と経済(その1)」
01/1/29(第193号)「老人と貯蓄(その2)」
01/1/22(第192号)「老人と貯蓄(その1)」
01/1/15(第191号)「経済論議のポイント」
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