平成9年2月10日より
経済コラムマガジン

普通の電話を使用。市外一律3分20円。国際電話や携帯電話へも割安通話。インターネットの音声帯使用により音質良好。



02/1/14(第236号)
経済政策の目標
  • 実況中継政権
    年頭にあたり、まず今年の経済の先行きについて述べたい。結論から申せば、今後の日本経済は、小泉政権がいつまで続くかにかかっている。筆者の希望は、小泉政権が退陣し、まともな政権ができ、需要政策を中心とした経済政策への転換がなされることである。しかし国民は、長く不況が続いているためか、頭が少々おかしくなっており、いまだに小泉政権は高い支持率を維持している。

    たしかに今日のデフレ経済下においても、今のところ収入に影響のない人々がいる。そして中には、周りの人々がこの不況でどんどん不幸になっていることを密かな「喜び」としている人もいるのである。悲しいな、このような人々は、自分の幸福感と言うものを他人との比較でしか実感できないのであろう(このような人々は、現在の経済状況のままで良いと考えおり、小泉首相を熱烈に支持している)。日経新聞を読んでいるとそのような人々ばかりが毎日コラムを書いたり、意見を述べているようである。政治家と言っても、世間知らず、苦労知らずの二世や三世ばかりが跋扈している。一方、現実知らずの野党第一党の民主党の議員は、空に向かって「構造改革」と毎日吠えている。日頃「人権」とか「憲法」と騒いでいる社民党の代議士は、ホームレスがどんどん増えてい入るのに、まるで気にしていない。このように日本においては、野党も全く役に立たないのである。


    本誌は、小泉政権発足当初から「この政権が続く限り、これから経済政策空白の時間を迎える」と警告していたが、現実はまさにその通りになっている。夫々の国には経済政策として、ある程度の目標と言うものがある。具体的には、経済成長率、物価上昇率そして失業率などである。ところが驚くことに、日本の政府の経済政策には、目標と言うものが事実上全くない。政府は、毎年、経済成長率の予想を行っているが、これは目標ではない。色々な都合で適当に設定しているだけである。今年度はプラス成長を予想していたが、途中で簡単に大幅に下方修正を行っている。しかし不思議なことに、関係者は誰も責任を感じていない。

    失業率を経済政策の中心に据えているいる国は多い。どうしても失業率が大きくなると治安が悪くなり、政権の維持も難しくなるからである。欧州各国は特に若年層の失業率を重視している。失業した若者はドラックなどに走るケースが多いからである。したがってこれらの国の政府の取り組みは真剣である。

    ところが日本の場合、政府はこれらの数値をまるで気にしていない。毎年経済成長率がマイナスになっても、「改革には痛みが伴う」の一言である。失業率が大きくなっても、「先月の失業率は5%越えた」「とうとう5.5%になった」とアナウンスするだけである。まさに今日の政府は、転落を続ける経済の状況を単に「実況中継」しているだけである。新卒の高校生の就職状況などには全く関心がない。あげくのはてに「失業のほとんどは、求人側と求職側のミスマッチ」と片付けるしまつである。


    唯一小泉政権の目標となっている数値がある。国債の発行額である。今年度は、30兆円の枠に押さえ込むため無駄な努力を行っている。しかし経済の上では30兆円と言う数値自体は意味がない。実際、今回の補正予算の財源には、国債の償却準備金を使っている。これは過去のNTT株の売却代金の残りである。要するに30兆円枠に収めるために帳尻合わせを行っただけである。さらに税収の見積もりがかなりいい加減であり、このままでも決算ベースでは、国債発行額はかなり大きく30兆円をオーバするものと予想される。

    さらにもう一つ言えば、小泉政権は地方の財政赤字のことは気にしていないと言うことである。ところが日頃の財政当局は、財政の累積債務問題をアッピールする場合、常に国だけではなく、地方の債務を合計している。つまり国と地方の債務残高が670兆円とか700兆円になるとか言って騒いでいる。ところが今回は、どう言う訳か、国債の発行額だけにこだわっている。しかし国債の発行を30兆円に収めても、地方の債務が増えれば全く意味がないではないか。本当に適当なことを言っている政権である。


  • 財政の金本位制度
    国債の発行枠にこだわると言うことは、財政支出額と税収額を関連づけているからである。たしかに世間の規範から言えば、個人が自分の収入を考えながら支出を行うことは健全なことである。しかし国が同様の発想で行動することは常に正しいとは限らない。政府には、国全体の需給ギャップを埋める働きが期待されているはずである。つまり国は税収の過不足を考えずに、財政支出の規模を決める必要に迫られる場合もある。まさにこれは今日の日本の話であり、日本の政府は、税収額の動きに関わり無く財政支出額を決定することが求められている。このように発想の転換が必要である。

    世間では、このような考えは乱暴と考えられている。しかし実際、国や地方がこれだけの巨額の借金をして日本国内需要を補填してきたからこそ、今日の日本の経済水準を維持できたのである。これがなかったら日本経済はどうなっていたか、想像さえできない。このように慢性的に需要が不足が発生すると言うことは日本経済の体質であり、筆者の感想ではこれは35年以上続いている。

    そして筆者が特に指摘したいのは、これだけ巨額の財政の赤字でも、物価が上昇せず、失業がさらに増えていることである。この現象を素直に解釈すれば、これでも財政赤字の増加スピードが遅すぎると言うことである。つまり日本に滞留している資金の増加スピードに、国と地方の財政赤字の増加スピードが追いついていないと言うことである。慢性的な需要不足の裏側にはこのような資金の滞留がある。政府は国債を発行してこれらを吸収し、財政支出と言う形で経済に還流させなければ、日本経済は縮小均衡に入ってしまうのである。


    財政支出と税収の関係は、通貨の発行量と金の保有額の関係に似ている。金本位制のもとでは、金の保有額に基づき通貨の発行量を決めていた。しかし経済の規模の拡大が大きくなってくると、これではとても間に合わない状況になった。したがってどの国も、金の保有額にとらわれることなく通貨の発行量を決める管理通貨制度に移行した。つまりその国の政府の信用で通貨の発行を行うのである。

    今日、誰もが管理通貨制度は当り前のこととして受取っている。しかしこの制度の発足した当初、世間にはこれに猛烈に反対する人々がいたはずである。「政府が勝手にどんどん紙幣を印刷するとはどう言うことか」「政府が勝手にお金を増やせばインフレになる」と言った具合である。さらに「金の保有額に基づかなく通貨の発行を行うことは不健全である」と主張するのである。実際、ロシアや中南米に見られるように、通貨の発行をどんどん増やしてインフレになった国もあり、このような非難もまんざら間違いではないケースもある。

    また国同士の貿易収支の最終的な決済の手段としての金の保有と言うものは長く残った。したがって各国は貿易の決済の手段として、ある程度の金の保有が必要であった。つまり国同士においては金本位制の名残が見られたのである。しかし米国大統領のニクソンの「ドルと金の交換の停止」、つまりニクソンショックでこれも終わりを告げた。当時、米国の貿易赤字は巨額になっており、米ドルの金への交換が事実上無理になっていたからである。
    これ以降は、夫々の国の金の保有量を意識することなく、米ドルを中心とした国際通貨で国際間の決済は行われている。そして今日、金の保有量なんか誰も気にせず、経済活動が行われているのである。つまり管理通貨制度が対して異議を唱える愚か者は今日いないはずである。


    ところがどう言う訳か、今日でも財政支出と税収については、依然両者を結び付けて考える人が多い。最近、小泉首相に見られるように、むしろそのような人々の方が増えているのである。そして彼等の主張は、金本位制から管理通貨制度に変わった時と全く同じである。「政府が勝手にどんどん財政支出を増やすとはどう言うことか」「政府が勝手に財政支出を増やせばインフレになる」「税収に基づかな財政支出の増大を行うことは不健全である」と言った具合である。ちょうど日本が国債、特に赤字国債(ちなみに日本が初めて国債を発行したのは65年であり、この時の国債は建設国債ではなく赤字国債であった)を発行した時の世間の非難と変わらない。

    たしかに前述の通り、ロシアや中南米に見られるように通貨の発行を野方図に拡大したり、財政支出を無闇に増大させれば、インフレーションが起るケースがある。サッチャー時代の英国がそうであった。たしかにそのような状況においては、財政支出をカットすることは合理的な政策である。しかし日本の状況は全く逆なのである。物価は毎年下がり続けているのである。このような国で税収に応じて財政支出をカットすればどう言うことになるかは、橋本政権で既に実験済みのはずである。日本も、もういい加減に財政に関する「金本位制度」から卒業すべきである。


    政府はまともな政策目標を持つべきである。「国債発行の30兆円枠」と言ったものは、財務省の一担当官が持つ目標である。これが国家の目標となっているからおかしくなるのである。国の経済政策の目標は「失業者を減らす」とか「高い経済成長を維持する」と言ったもののはずである。さらに今日、日本は特に金融機関の不良債権問題を抱えている。筆者は、この不良債権の解決するには、事実上これらを「蒸発」させる他はないと考えている。そのためにも日本はかなり高い経済成長率をかなりの長い間維持するしかないと考える。

    国の経済政策の目標としては色々な項目が考えられる。上記の「失業率」「経済成長率」に加え「国際収支の均衡」「物価の安定」そして「財政の健全化」などである。そしてどの項目を優先すべきかは、夫々の国の経済の実状を勘案して決定されるべきと考える。そして場合によっては、ある目標を実現させるためには、他の目標を犠牲にすべき事態もあり得ると言うことである。

    筆者は、日本の経済政策の第一の目標は「経済成長」に置くべきと考える。これによって失業問題もある程度解決するし、銀行の不良債権問題の解決も容易になる。そしてある程度犠牲にすべきは「物価の安定」である。今後、日本政府が行うことは、実質経済成長率ではなく、名目経済成長率の目標数値を定め、これを実現するための施策を全力で実行することである。しかしこれは小泉政権では無理なことではある。



来週からは、今週号で取上げた政府の経済政策の目標を実現するための方策を具体的に取り上げる。

本誌では、4月に予定されている「ペイオフ解禁」が実際行われるか五分五分と言っていた。どうやらこれは実施される動きである。ただし実質的にはペイオフは行わないと言うことである。小泉首相は年頭に「金融不安回避に全力で取り組む」と唐突な発言を行っている。そして金融庁は、有力銀行の連鎖的な破綻防止に公的資金を注入すると言っている。一方、麻生政調会長は「公的資金注入は大手銀行だけでなく、もっと小さい金融機関も対象にすべき」と言っている。もし麻生政調会長の主張が通れば、実質的には「ペイオフ解禁」はないことになる。つまり4月の「ペイオフ解禁」は形だけである。

小泉首相と言う人物は、「金融不安回避に全力で取り組む」と言っていながら、一方では「ペイオフ解禁を断固行う」と矛盾したことを平気で言うのである。この人物は深く物事を考えず、第一声を発声する。それらのほとんどは観念論者が喜びそうな主張である。しかし実際に行う事は、第一声とかなり違う現実との妥協策である。「靖国神社」「高速道路」「補正予算」そして今回の「ペイオフ解禁」全てがそうである。したがって世の中が混乱するだけであり、効果も中途半端である。

このような中途半端な政策がいつまでも続くことが、日本経済にとって一番悪い。少しづつ日本経済が体力を失って行くのである。まず小泉首相や周りにいる観念論者の言う通りにさせた方が良い。それによって日本経済は混乱するであろうが、それによって日本の国民も目がさめるはずである。そしてその時になって始めて180度違う政策に転換することが可能となるのである。日本にとって必要な政策は、かなり常識を逸脱したものに成らざるを得ない。その前には、小泉首相流の考えを持つ観念論者が一掃される必要がある。

米国の一人の高官が「日本が財政支出を増やすことはナンセンス」と言っているらしい(竹中経済財政担当相の会見で明らかにされたが、これが誰の意見か不明)。しかし日本の経済の実状を知悉している高官は今の政権にはいない。先代のブッシュ政権で日米構造会議を経験した高官は、現在のブッシュ政権にはいないのである。米国政権で日本経済をかろうじて理解しているのは、唯一リンゼー大統領補佐官だけであり、たしかに彼の発言は注目される。リンゼー補佐官は「デフレ下では不良債権問題の解決は困難」と発言している。まともな意見である。

米国政府関係者まで範囲を広げれば、信頼できるのはグリーンスパン議長である。つまりリンゼー補佐官とグリーンスパン議長の発言だけを注目しておれば良い。他の人々はどうでも良く、彼等の発言を伝えるマスコミ報道は混乱を招くだけである。


普通の電話を使うインターネット電話。市外一律3分20円、携帯電話へも割安。音質も良好。


01/12/17(第235号)「まさに「世も末」」
01/12/10(第234号)「名古屋の地下鉄」
01/12/3(第233号)「米国と中国の観念論」
01/11/26(第232号)「観念論の台頭」
01/11/19(第231号)「中国通商問題の分析(その3)」
01/11/12(第230号)「中国通商問題の分析(その2)」
01/11/5(第229号)「中国通商問題の分析(その1)」
01/10/29(第228号)「経済政策の科学性」
01/10/22(第227号)「9月11日の以前と以降」
01/10/15(第226号)「カルロス・ゴーンと上杉鷹山」
01/10/8(第225号)「金融の量的緩和の終着駅」
01/10/1(第224号)「金融の量的緩和」
01/9/24(第223号)「「インフレ目標」と「調整インフレ」」
01/9/17(第222号)「対中国、WTOの特例保護措置」
01/9/10(第221号)「「生産性」と「セイサンセイ」の話」
01/9/3(第220号)「今日の日本経済の諸問題」
01/8/6(第219号)「支離滅裂な構造改革派」
01/7/30(第218号)「日本は建前の国に」
01/7/23(第217号)「日本を滅ぼす松下政経塾」
01/7/16(第216号)「戦略的パートナシップ」
01/7/9(第215号)「Let it be !」
01/7/2(第214号)「日本における起業」
01/6/25(第213号)「小泉政権の構造改革」
01/6/18(第212号)「需要があっての経済成長」
01/6/11(第211号)「深刻な中国との通商問題」
01/6/4(第210号)「中国の為替政策」
01/5/28(第209号)「中国との通商問題」
01/5/21(第208号)「消費の拡大策」
01/5/14(第207号)「消費不振の分析」
01/5/7(第206号)「小泉政権雑感」
01/4/23(第205号)「「IT革命」騒ぎの舞台裏」
01/4/16(第204号)「グリーンスパンのかかった二つ目の「罠」」
01/4/9(第203号)「グリーンスパンのかかった二つの「罠」」
01/4/2(第202号)「銀行の不良債権問題(その2)」
01/3/26(第201号)「銀行の不良債権問題(その1)」
01/3/19(第200号)「与党の緊急経済対策」
01/3/12(第199号)「自分の家の前の掃除」
01/3/5(第198号)「公共投資の経済効果」
01/2/26(第197号)「公共事業雑感」
01/2/19(第196号)「日本の経済政策の方程式」
01/2/12(第195号)「老人の貯蓄と経済(その2)」
01/2/5(第194号)「老人の貯蓄と経済(その1)」
01/1/29(第193号)「老人と貯蓄(その2)」
01/1/22(第192号)「老人と貯蓄(その1)」
01/1/15(第191号)「経済論議のポイント」
00年のバックナンバー

99年のバックナンバー

98年のバックナンバー

97年のバックナンバー

日常的に起こる経済問題をトーク形式で解説
日頃忙しいビジネスマンへのオンラインマガジン