- 固定相場の決まり方
最近、中国の経済力の目覚ましい向上が話題になっている。日本も対中国の貿易では、日本が圧倒的な赤字であり、赤字幅は今後急速に大きくなるものと予想される。輸入品も、これまでの雑貨・繊維製品・農産物に止まらず、電機などのハイテク分野に広がる勢いである。たしかに中国の生産技術が向上し、ここ数年で競争力が飛躍的に強くなったのは事実である。ある意味では、中国経済は日本にとって脅威である。しかし筆者が問題にしたいのは、いまだに中国の対日輸出に関する議論が的外れなことである。
代表的なのは「セーフガードのような保護主義に走るのではなく、日本経済は合理化を一段と進め、競争力をつける必要がある」と言う意見である。これを言っているのは、単純なグローバル経済論者達である。そして彼等は、小泉政権の「構造改革」に悪乗りし、「だから日本経済にとって、今日一番必要なことは「改革」を進め競争力を強くすることである」と言う。
たしかに同じ製品を作っている国との貿易で赤字になると言うことは、競争力が弱いことになる。しかし先週号で述べたように、日本のメーカの競争力は弱くないし、最近特に弱くなったとは思われない。筆者は、むしろ若干強くなっているはずと考える。どの先進国の物価も2〜3%の上昇しているのに、日本だけは物価がマイナスになっている。当然、卸売物価や輸出品の物価も下落している。つまり日本の製品はそれだけ安くなっているはずであり、これでどうして競争力が弱くなると言うのであろうか。
ただしこの話は、為替、つまり円レートが変わらないと言う前提である。為替水準に変更があれば、当然競争力に影響する。参考までに、ASEAN諸国は多くは為替を切下げ、ヨーロも弱含みである。したがって今日円為替レートは120円前後であるが、実効為替レートは以前の115円と同じくらいと思われる。特に対米では、たしかに為替は少し安くなっており、物価上昇の差異も考慮すれば、米国の景気さえ良くなれば、輸出は大きく伸びる条件はできていると言える。
昔、日本が固定相場制の時代には、円レートは1ドル360円であった。そしてこの360円がどうして決まったかと言うことがよく話になる。しかしどうもはっきりしたことは分からない。「丸い円は360度だから、円は360円に決めた」と言う冗談のような説明が、筆者には本当らしく思える。とにかく360円と言うものも、かなりいい加減に決められた可能性が強いのである。
もっとも国際社会においても、戦争に負けた日本がどのような水準に為替レートを決めるかについて、関心のある国は皆無であったであろう。しかし360円に一旦決めたが、当初はこの為替水準でも敗戦国家である日本にとって、かなり苦しいレベルであったと聞く。しかしその後、日本は脅威的な競争力を持つことになった。そして360円の固定相場と言うのは「とんでもない」と言う話になり、変動相場と今日の120円前後の円レートを受入れているのである。
固定相場制(基軸通貨である米ドルにある程度の範囲でペッグしている場合を含む)の場合、その水準はその国の都合によって決められているのが実態である。特に発展途上国が、固定相場において為替水準を決める場合、かなりいい加減に決めているのが実状である。もっとも発展途上国の経済規模では、どのような水準に為替レートを決めようと、他の国にはほとんど影響がない。中国やインドも、勝手に為替水準を決めている。特に中国は90年代に2度、為替の切下げさえ行っている。しかし購買力平価で計算すれば、GDPは世界で第二位である。もはや中国は、決して野放しが許されるような発展途上国ではない。
世界経済の中で中国が急速に問題化した原因は、ここに来て先進国の有力メーカが資本に加え、技術も中国に移転しているからである。このような現象が急に活発になったのは、これらの外国メーカが中国の人件費が異常に安いことに気がついたからである(もちろんこの背景には異常な人民元の低為替政策と為替水準を米ドルとタイトにリンクさせていることである)。これによって異常に人件費が安い中国で、先進国と同等の製品が製造できるようになったのである。
先進国のメーカが中国に進出し、製品を製造しても、この製品を全部中国国内に出荷しているなら問題は少ない(以前本誌でこのような場合は全く問題はないと述べたが、よく考えてみれば、やはり問題はある。端的に言えば、中国のような異常な為替水準を維持している国には、どの国からも製品の輸出はできないと言うことになる)。ところが中国で作った製品が、世界各国にどんどん輸出されているから問題なのである。
先進国の有力企業が中国に資本と技術を移転しているだけでなく、国内の販路も提供していることになる。このことは中国製品輸出の急速な伸びを考える場合、重要なポイントである。もし中国のメーカが努力し、独力で技術を開発し、先進国と同等の製品を製造できるようになったとしても、今日のように急速に輸出が伸びることはなかったはずである。他国での販路を開拓するには時間と費用がかかるからである。しかし先進国からの企業の場合は、中国で生産した商品を自分の既存の販路に乗せることができる。また中国進出企業が国内の有力メーカならブランド力もこれに加わる。
国内メーカが中国に進出すると言うことは、さらに色々な問題が発生させる。一つは進出企業が中国の人質のような状態になると言うことである。このため進出企業の立場がしばしば問題になり、日本政府の対中国政策がゆがめられる可能性が強くなる。さらに進出企業が、国内の政府に政治力を持っている場合には、もっと問題は深刻になる。企業は自分の利益を優先させようとして、日本の国益を犠牲にするような圧力を政府にかける事態も想定される。既に台湾ではそのような徴候が見られる。
このままでは今後、全ての生産工程を中国に移転する企業が出てくるはずである。そして将来このような企業をはたして日本の企業として扱うかどうかが問題となろう。筆者は、このような企業はもはや日本の企業ではないと割切った対処が必要と考える。中国の企業ではないかもしれないが、少なくとも日本の企業ではないと言う考えである。
来年で日中友好30周年と言うことであるが、日本の国益の観点から、日中関係で日本にとってどのようなメリットがあったのか考えてみる必要がある。たしかに中国から残留孤児の方々が日本に戻って来たと言うことがあった。この他では「パンダ」と「トキ」がやってきたぐらいである。しかし客観的に見て、日中関係は、日本の一方的なギブだけの異常な関係である(たしかに極めて経済力の弱い国々に対してはギブだけの関係があるかもしれないが、中国は違う。)。また日米のように安全保障上の同盟関係があるわけでもない。たしかに中国ビジネスで儲けた企業はある。しかし日本全体の国益に比べれば微々たるものである。むしろこれが日本国内の失業を生むと言うデメリットを発生させている。
中国が勝手に決めた為替水準を決して変更しないと言うのなら、中国との経済関係をこれ以上大きくしないと言う政策も、一つの選択肢である。筆者はもう一歩進んで、日中の貿易関係を断った場合にどのようなメリットとデメリットがあるのかシミュレーションをしてみる必要があると思っている。おそらく日本にはほとんどデメリットは発生しないと感じられる。もちろんこの場合、生産拠点を中国に全て移転したような企業は、もはや日本の企業と見なさない。いずれにしても近い将来、中国との通商は抜本的に見直すべき時が来ると見ている。
- 対中国セーフガードの創設
中国製品の輸入急増の問題は、日本の産業の競争力の問題とは別次元であると言うことをまず認識することが大切である。中国自身が問題なのである。中国が世界中の国にとって脅威なのである。例えばシンガーポールのように中国の脅威を感じている国は、日本との二国間の貿易協定に積極的である。中国経済が脅威なのは、繰返し述べているように、その為替政策が第一の原因である(今日の元の水準は中国が勝手に決めているのであり、何ら合理的性はない)。しかしその政策を変更する気が無い。これが一番の問題である。
この中国が11月にはWTOに加盟し、国際貿易の舞台に正式に登場する。ところが中国の加盟に際しては、「対中国セーフガード」の創設など、色々な特例が制定される見通しである。特定の国にこのような対抗措置を講じる事態は極めて異例である。これも国際社会が「中国は特別な国」と見なしているからである。
「対中国セーフガード」は、中国からの輸出品にだけに対して、特別に輸入制限を可能に(従来のセーフガードは輸出国を特定できなかった)している。そして繊維セーフガードも発動期限を対中国に限り延長される。また中国への対抗措置としての特例は、このような「対中国セーフガード」の他にもある。反ダンピング措置の発動条件が、対中国の場合は緩和されることもその一つである。さらに中国が自由貿易ルールを順守しているか点検する「中国監視機構」が設置される。
このように中国には貿易上色々制限が加えられることになった。これらは最後まで中国のWTO加盟に難色を示していた、米国との交渉の結果である。中国は米国との交渉でこれらを飲むことにした。そして最恵国原則により、米国と中国の間で取決められた条件が、他の国にとっても有利な場合には、WTO加盟の全ての国に適用されると言うことである。
我々は、米国と中国との間にどのようなやり取りがあったかを正確に知ることはできない。しかし米国も中国は特殊な国と認識していることは間違いない。もっとも最終的な妥協案が、中国と他の国では、どちらにとって有利なのか判然としない。場合によっては中国に対しては、もっと厳しい内容が必要だったかもしれないのである。
特に米中の折衝では「為替水準」が問題になったのかどうかが分からない。ここからは筆者の憶測である。常識的に考えて、やはりこれも問題になったはずである。しかし中国は強く為替政策の変更を拒否したと思われる。その代わりに「対中国セーフガード」などの諸々の条件を受入れたと考えるのが自然である。ここで大切なことは、中国も自国の経済体制が異常と言う認識を持っていると言うことである。
ここからも筆者の憶測であるが、結局「為替」を問題にしなかったのは、米国にも事情があるからである。米国のかなりの消費物資は、中国からの輸入品である。特にデスカウントストアーの商品には中国製が多い。日本ではユニクロが中国に技術を提供し、大量発注を行い、極めて安い仕入価格を実現している。しかし米国の流通業者はもっと以前から、同じことをやっている。ウォルマートは中国に服の生産ラインを何十万着のオーダで確保している。ユニクロはこのような米国企業が開発したビジネスモデルを踏襲しているのに過ぎないのである。
モノづくりを半分諦めた米国は(ちなみにカルバンクラインやラルフローレンの商品を製造していたメーカもちょっと前に倒産している)、このような消費物資の安く供給できる中国にある意味では依存する体質になっている。したがって元が高くなれば、米国の物価がすぐに上昇することになる。特に中国と競合する製造業があらかたなくなっている米国にとっては、いずれどこかの国からかこれらを輸入しなければならない。それならば輸入価格が安い方が良いのである。したがって米国は元の切上げを強く要求する動機は今のところ弱い。むしろセーフガードによって、戦略上重要な特定の産業(たとえば鉄鋼業など)を守った方が得策と考えとしても不思議はない。
しかし日本には中国と競合する製品(タオル、ニット、靴など数えるときりがない)を製造している企業を多く抱えている。特に問題になるのが地場産業やメーカの下請け企業である。これらの企業が地元の雇用を犠牲にして、中国に生産拠点を移転せざるを得ない状況に追込まれているのが現状である。つまり日本は、米国と事情が大きく異なるのである。せっかくの「対中国セーフガード」等であるが、はたしてこれらがどれだけ機能するか不明である。そして筆者は、「対中国セーフガード」等を有効に使うだけでなく、やはり人民元の大幅切上げ(少なくとも4倍以上。30%程度の切上げなんて話にならない)を要求して行くのが「筋」と考える。
|