平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




01/9/10(第221号)
「生産性」と「セイサンセイ」の話
  • 「生産性」と「セイサンセイ」
    「生産性」がよく話題になっているが、この言葉の使い方に問題があり、人々に大きな誤解を与えている。この言葉を使用している経済の専門家も、自分達が使っている言葉の意味を正しく理解していないのであろう。彼等は、「日本の経済成長のためには「生産性」の低い産業を退出させ、「生産性」が高く成長が望める分野に資源を集中させなければならない」ともっともらしく毎日のように言っている。どうも「生産性」の低い産業とは土木・建設業や農業などのことらしい。

    「生産性」については、本誌でも過去に何度か取上げたことがある。一般の人々が浮かべる「生産性」のイメージは、単位時間当たり一人当たりの生産量、あるいは作業の効率である。しかし「生産性」の比較となると問題がある。同質の製品の製造や同じサービスの提供している場合の「生産性」の比較とか、「生産性」のアップなら分かる。ところが異業種間の「生産性」の比較となるととたんに難しくなる。自動車とテレビの製造の「生産性」は、どうようにして計って比べれば良いのであろうか。ましてや製造業と運送業のようなサービス業の「生産性」の比較なんか本当にできるのであろうか。

    経済の専門家が言っている「生産性」は、世間の「生産性」とは微妙に違っているようである。前者はどうも労働者一人当たりの粗利や付加価値をベースにした数値のようである。簡単に言えば企業にとっては労働者一人当りの「儲」と解釈できる。つまり「生産性」が高い企業や産業とは、儲かる企業や産業である。そして通常このような企業や産業は、利益が大きいだけでなく、従業員の給料も高い。

    また「生産性の向上」と言う場合も同様である。労働者一人当たりの粗利や付加価値が大きくなることが「生産性の向上」と言うことになる。そして「生産性」の低い産業を淘汰し、「生産性」の高い産業の振興を図ると言うことは、「儲からない産業を縮小し、もうかる産業に移行させよう」と解釈できる。たしかにこれなら事情だけは理解ができる。

    しかし一般の人々の理解は、どうしても単位時間当たり一人当たりの生産量、あるいは作業の効率が「生産性」と言うことになる。そこでこの世間の理解している「生産性」を「生産性」とし、経済の専門家が言ってる「生産性」を「セイサンセイ」と表現することにする。


    世間には人手のかかる仕事は「生産性」が低いと言うイメージがある。今日でも土木・建設業ではツルハシやシャベルを使って工事を行っていると言うイメージがある。農業では、朝早くから夕方まで人手のかかる作業が行われていると思われている。しかし工事現場の主力は、大型の建設重機であったり、建設資材も工場で大量生産されたものが使われている。橋桁なんかも工場で作り、トレーラで運んでいる場合もある。また日本の農家はほとんど兼業農家であり、農作業に割いている時間は本当に少ない。つまり「生産性」が低いと思われている土木・建設業や農業の「生産性」は昔に比べ、間違いなく大きく向上している。

    一方、工場生産現場は合理化が進み、人手の割には生産物が多いと言うイメージがある。ただでさえ「生産性」の高い工場は、ロボットやITの活用でさらに「生産性」がアップしていると思われる。ところが経済の専門家の言っている「生産性」とはあくまでも「セイサンセイ」のことである。つまり儲かり具合である。


    ややこしいのはかならずしも「生産性」が高いことが、「セイサンセイ」が高いことを意味しないことである。たしかに生産や作業の効率がアップし、「生産性」が向上すれば、一人当たりの粗利も増え、「セイサンセイ」も向上するのが普通である。しかしこれは生産品の売価が下落しない(厳密には「生産性」の向上率よりも、価格の下落率の絶対値が小さい)ことが前提である。今日の半導体産業のように「生産性」が向上しているにも拘わらず、半導体の値段がそれ以上に下落すれば「セイサンセイ」は逆に落ちるのである。つまりたしかに「生産性」は向上しているが、「セイサンセイ」は落ちると言った事態が起っているのである。

    「セイサンセイの低い産業からセイサンセイの高い産業へ」し言うキャッチフレーズは、先程述べたように「儲からない商売を止めて、儲かる商売を始める」と言うことになる。しかしどの企業でも儲かる商売を血なまこになって捜しているが、なかなか見つからないと言うのが実情である。


  • 産油国の生産性
    通商白書では、「関税率と生産性」と言うことで生産性の低い繊維産業などが関税率も大きいことを指摘している。つまり生産性の低い産業ほど保護されていると言いたいのであろう。ちょうどこのような生産性の低い産業が、今日セーフガードの対象として問題になっている。そして白書やこれを解説する学者は、まるで土木・建設業、農業、そしてこのような繊維産業が日本経済の「お荷物」と言う印象を与えているのである。彼等は、このような産業が淘汰されれば、日本は生産性の高い産業だけになり、経済も成長すると言う印象で語っている。またここで言っている「生産性」とは、一人当たりの付加価値であり、つまり「セイサンセイ」のことである。

    全ての市場では蒸留水のように純粋な「完全競争」が行われている訳ではない。産業によって競争状態が違う。そして競争状態がゆるやかな産業ほど、価格競争が起きにくく、利益を確保しやすい。ちなみに通商白書によれば日本で一番「セイサンセイ」が高い産業は輸送機械器具である。端的に言えば自動車である。

    先進国において自動車は、販売台数の伸びが小さい成熟産業であり、メーカの数も限られている。また各メーカのブランドや販売網も確立されている。最終顧客の多くは価格交渉力の弱い個人である。また新規参入には莫大な費用がかかり、先進国では、ほとんど新規参入はない。さらに商品が差別化されている度合が大きい。メーカ同士の競争は激しいように見られているだけであり、実際は違うのである。価格競争も限度内で行われている。半導体のように一年のうちに何分の一になると言うことは絶対にない。

    つまり自動車業界は、人々が受ける印象より競争は穏やかなのである。実際、日本でも本田が日産に肩を並べるまでに何十年も要した。一方、パソンコンメーカや半導体の価格競争は激しい。これは需要が爆発的に増え、参入する企業も多かったためである。したがって生産高順位も激しく変わる。またちょっと需要が落ちると価格が急落する。つまりこれらの産業は「生産性」が上がっても、「セイサンセイ」が落ちることがあるのである。ところが同じハイテクでもOSの場合、マイクロソフトが市場をほぼ独占しているため、マイクロソフトは依然高い収益を上げている。

    自動車産業の賃金は高い。これは世界的な現象である。これは自動車産業「生産性」が高いからかどうは分からないが、「セイサンセイ」の方はたしかに高いからである。つまり自動車メーカは、よほど大きな失敗をしない限り、儲けられる構造になっているのである。このように異業種間の比較においては、「セイサンセイ」が高いと言うことと「生産性」が高いと言うことは、ほぼ関係がないのが今日の産業界の姿である。

    「セイサンセイ」が高い、つまり儲かっているかどうかは、その業界の競争状態で決まる。ちなみに日本で高給を払っている産業や高収入の職種は、法律で競争の制限されている産業や事実上寡占状態が完成しており価格競争がほとんどない業種ばかりである。医師、弁護士、公務員、銀行員、テレビ局、新聞社などである。これらは「セイサンセイ」が高いことは間違いないが、「生産性」が高いかどうかは不明である。

    一方、「セイサンセイ」が低いと世間からなじられている繊維工業は、それだけ参入が容易であり、価格競争が激しい。競争は発展途上国との間でも激しい。このような産業を保護する必要はないと言うのは簡単である。しかしこれらが「セイサンセイ」の高い分野に移行することはほぼ無理である。先程述べたように「セイサンセイ」が高い業種ほど参入障壁が高いからである。つまりこのような産業を見殺しにすれば、この産業から大量の失業者が出ることになる。しかし特にマイナス成長の今日の日本経済においては、これらがどこにも吸収されない事態が発生することを意味する。


    ここまでは企業や産業の「生産性・セイサンセイ」を問題にして来たが、国の単位でもこの「生産性」の概念があてはまる。付加価値の合計であるGDPを人口(または労働人口)で割り返した数値が、その国の生産性である。これにも「セイサンセイ」が関係してくる。したがってどうしても世界的な競争が激しい農業が経済の中心の国のGDPの伸びは低い。

    以前、日経新聞で「将来の日本の生産性の潜在的な伸び率は小さく、必要なGDP成長率を確保するためには、移民の受入れが必要」と言うとんでもない意見のコラムを読んだことがある。しかし一国のGDP成長率を高めるには、何も技術革新による生産性の向上がなくても実現することはできる。特に現在の日本のように、供給力が需要を大幅に上回っている場合には、政府の政策により需要を増やすことで経済成長は可能である。つまり需要を創造することによって、「セイサンセイ」を大きくすることができるのである。

    世界の国にはそれぞれ産業構造やおかれている状況が違っており、「セイサンセイ」を大きくする方法も異なってくる。
    ところでここ2年くらいで、国のセイサンセイが飛び抜けて向上したのは、産油国と筆者は考えている。1年半前まで原油下げ続け、とうとうバーレル当たり9ドルになってしまった。

    この原因は色々考えられるが、一番の要因は産油国の供給過剰である。そしてこの背景には、原油採掘技術の向上が挙げられる。通常、油田からは埋蔵されている全ての原油を技術的に採掘できない。そして技術的に採掘可能な量が可採掘量である。この可採掘量は実際の埋蔵量の半分以下とも言われている。ところが近年、採掘技術が飛躍的に向上したため、既存の油田の可採掘量が大幅に増えた。そして可採掘量の増大が、新油田の発見よりずっと安い方法で実現したのである。可採掘量の増大に伴って、原油の生産も増えたのである。この方法の限界コストがバーレル当たり7ドルくらいと言う話であり、実際、原油価格はこの値に限り無く近付いた訳である。

    この結果、産油国の収入は減り、財政は危機的な状況に陥った。もちろんこの事態を放っておくわけにはいかず、OPECは必至になって供給量のカットに邁進した。早く言えばOPECは原油輸出国の談合組織であり、今回の談合は成功し、原油価格は一時30ドルまで上昇したのである。価格上昇がうまくいった背景には、まず世界的に景気が良く、石油の需要が増えていたことが挙げられる。しかしもう一つ、世間では指摘がない事項が微妙に影響し、OPECの結束を固めたと筆者は考えている。当時、地球温暖化防止のための「炭素税」などがさかんに議論されていたことである。「消費国が勝手に、炭素税を掛けるのなら、価格下落で酷い目にあっている自分達が原油代を上げるのは当然である」とOPEC諸国は考えたと筆者には思えるのである。

    とにかく採掘技術の進歩により、産油国の生産性は向上したが、大幅な原油価格の下落により、産油国の「セイサンセイ」は大きく落込んだ。これを受けOPECの「談合」がうまく行き、再び産油国の「セイサンセイ」は飛躍的に回復したのである。一方、本来協調的だったはずの日本の土木・建設業界は、官需・民需ともに低迷し(84兆円の市場規模が71兆円に縮小)、業界の協調なんて言っておられない状態になっている。いわゆる「安値受注」の競争で、利益の出ない状態が続いている。お互いに「蹴り合い」を始めたのである。そしてどれだけ生産性を向上させても、どこまでも受注単価が下落を続け、「セイサンセイ」はさらに低落している。


    誰でも「セイサンセイ」の低い産業から「セイサンセイ」の高い産業に移行したと考えている。つまりだれでも儲かる商売を必死に捜している。たしかに創意工夫を行って、一部には業績を伸ばしている企業があることは事実である。しかし日本のように経済がマイナス成長が続いている環境では、このような企業が続々と生まれてくるのはない。
    最近まともな新しい商売で儲かったと言う話はほとんど聞かない。かりに調子が良くても、直ぐにだめになる。他の者が大量に参入してくるからである。

    一方、世の中には例外的にずっと昔から儲かっている業種もある。しかしそのような業種は、一般の企業が進んでやりたくないものばかりである。例えるなら「刑務所の塀の上を歩くような」きわどい商売などであり、ちょっと間違えれば、法律違反で捕まるような商売である。たしかにこのような商売は儲かる訳であるから、「セイサンセイ」は極めて高い。世間知らずの経済学者やエコノミストは、まさか「セイサンセイ」の低い土木・建築や農業を辞めて、このような商売をやれと言っているのではなかろう。



来週号では「対中セーフガード」を取上げる。

4〜6月の実質のGDPの伸び率は、マイナスの0.8%であり、年率ではマイナス3.2%である。名目では、年率10%のマイナスである。これは先週の本誌で述べた数値とほぼ一致する。ただ今後、これらの数値が良くなると言った要素は全くない。
先週号で取上げた亀井前政調会長の「30兆円の補正予算」でも実際は足らないのである。ところが世間では、30兆円の国債発行限度額を守るかどうかの議論が行われている。相当話がズレている。

本誌でずっと述べているように、まさに今日の日本は経済政策「空白」の時代である。もっとも小泉政権に経済対策を期待する方がおかしい。それにしても4〜6月の数値の発表が、2ケ月以上かかるとはどう言うことなのであろうか。

日本の景気は、かって一度も自律的に回復したことがない。全て政府の景気対策か、海外からの大きな特需で回復軌道に転換したのである。しかしこの両方に期待ができないのである。ただでさえ高齢化が進み、消費世代の比率も低下して自律反発力が極端に弱っている日本経済である。落込めば、さらに落込むと言うパターンがずっと続くのである。

読者の方から、「円の支配者」と言う本の感想を聞かれている。筆者も、本屋に言ってざっと拾い読みをした程度なので、詳しい話はとてもできない。たしかにこの本にあるように、日本の金融政策は、ずっと日銀が主導権を持っていたと思われる。したがってバブル期前後から今日にまでの金融政策の失敗の責任は、大蔵省より、むしろ日銀の方にあると思われる(しかし財政の支出をけちり、過度に金融政策に頼った大蔵省の責任が免責されると言うことではない)。

この原因の一つは、日銀が物価にしか関心がなかったことである(つまり日銀の考え方は硬直的であり、地価の動向をほとんど無視していたのである。今日になって分かるように、実際は、地価の動向の方が経済への影響がずっと甚大だったのである)。バブル期は地価は大幅に上昇したが、一般の物価は極めて安定的に推移したのである。したがって金融の引締めのタイミングが相当遅れた。もっとも一旦上昇を始めた地価を落着かせるには、金利政策だけでは無理である。もっと直接的な政策が必要と筆者はずっと考えている。むしろ地価を下げるような高金利政策は、他の経済活動に有害になるおそれがある。地価がからんだ場合は、このように金融政策が難しくなるのである。


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01/9/3(第220号)「今日の日本経済の諸問題」
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01/7/16(第216号)「戦略的パートナシップ」
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01/7/2(第214号)「日本における起業」
01/6/25(第213号)「小泉政権の構造改革」
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