- 混乱の中の日本経済
とにかく日本経済は下降を続け、混乱の中にある。ただこの混乱がいつ収まるのか誰にも分からない。筆者は、この解決のためには小泉政権が交代するか、もしくは劇的な方針転換を行う他はないと考えている。このことは、本誌がこの政権の発足時から主張し続けてきたことである。まず経済の混乱状況を項目別に取り上げる。
- 株価の下落
日経平均は、ついに11,000円を割込んだ(ただし採用銘柄の変更が昨年5月にあったため、これでも98年10月の12879.97バブル期以降の最安値をかろうじて上回っていると思われる)。しかしこれも途中経過に過ぎない。これから株価はどこまで下がるか検討がつかない。 森前政権の末期、つまり今年の2,3月にも株価は下落したが、この時には「安くなっても11,000円くらいまで」と言う一応のメドがあった。すくなくとも前政権は株価を意識していたからである。ところが今回の下落は、下値のメドがたたないのである。小泉総理は「株価の動向に一喜一憂はしない」と言っているくらいである。これを思い切った発言と捉えるのではなく、筆者は、小泉首相が株式市場のことをほとんど知らないか、あるいは株価の経済に与える影響を軽視しているからと解釈している。
株価の低迷は、銀行の資産を直撃し、不良債権問題をより深刻にする。また消費だけでなく、年金などの運用成績など、非常に広範囲に悪影響を及ぼすと考えるべきである。
持合い株解消の受け皿として株取得機構の構想が前政権から検討されてきた。しかし実施は遅れており、早くても来年にづれ込む。こんなところにもこの政権の経済に対するスタンスが垣間見られる。もっともこの機構が本当に機能するのか、現時点では不透明である。
株価対策として税制の改定が検討されている。しかし日本の場合、税制を改定したくらいで、株式市場にどっと資金が流れる込むようなことは絶対にない。むしろ改定の方向を間違えれば、逆効果となる。
- 需要項目の全てが不振
消費、住宅、輸出、設備投資、公共事業などの需要項目がすべてマイナス成長になっている。昨年まで好調であった、輸出、設備投資がマイナスに転じた。住宅もマイナスが続いている(ただし7月だけは対前年で若干プラス)。また2年前から既にマイナスとなっている公共事業は、もっと落込む様相である。財政投融資も実績・予算ともに減額である。さらにこれらの需要項目の中で、今後プラスに転じる可能性のあるものは一つもない。これではマイナス成長を回避と言っても無理である。
昨年、一昨年の場合、その前の期の1〜3月の経済成長率が比較的大きかった。つまり発射台が高かったのである。昨年などは、その前の期の1〜3月の成長率が大きかったため、その後はほとんどゼロ成長であったが、かろうじてプラス成長となったのである。 ところが今年の1〜3月の成長率はほとんどゼロである(最初の発表ではマイナス)。したがって今日の様子を見ていると成長率がマイナスになることは確実である。筆者は、現在の政策を前提すれば、良くて2〜3%のマイナス成長と見ている(ちなみに9月7日発表予定の4〜6月のGDPは2〜3%のマイナス成長と噂されている)。名目成長率はもっと酷く、マイナスの3〜4.5%くらいと予想している。補正予算も検討されているが、言われている規模では、無いも同然である。
- 今日言われている「改革」は全てデフレ圧力になる
小泉内閣の言っている「改革」は、端的に言えば「社会の効率を上げること」である。しかし今日の日本は、過剰な設備と過剰な雇用を抱えていることである。このような状況で社会の効率を上げると言うことは、さらに遊休となる資源を発生させることを意味する。もし生産資源がフル稼動している状態なら、効率の悪い資源の使い方を是正することが、さらなる経済成長に繋がる。つまり「改革」が経済成長にとって必要になるのである。しかし今日本では、設備も人も余っているのである。「改革」を進めてどうしようと言うのであろうか。
「改革なくして経済成長なし」と言う言葉は、全くの「嘘」である。そして「改革」として取上げられている項目が実行されれば、さらに総需要が減退するのは明白である。つまり経済はさらに縮小することになる。 さらに需要が減退すれば、それだけ新規の設備投資は控えられることになる。設備投資が減少すると言うことは設備の更新が遅れることを意味する。フリータの増加と言い、この新規投資の減少と言い小泉政権のやっていることは、むしろ将来の日本の成長力を削ぐ政策である。
日本経済は、どうしても慢性的に需要が不足する体質を持っている。このような経済では、誰かが一見無駄と見られる金を使う必要がある。これまで政府だけでなく民間企業もこのような支出を行って来た。しかし競争の激化で民間企業ではこれが難しくなってきたのである。このような状況で政府までもが合理化に走れば、総需要が大幅に不足することは目に見えている。このような小泉内閣の「改革」はデフレ政策そのものである。
このように日本経済の現状は悲惨の一言である。さらにここに来て、中国からの製品輸入の急増である。これはこれから重大な問題になる。このような状況にもかかわず、民主党などの野党も大きくピントの狂っていることを言っている。まだ小渕政権以降の景気対策の名残もあって、最悪の事態に到っていないが、日本はお先真っ暗である。筆者は、日本経済が本当にどうしようもない局面にぶつかる可能性がある。その場合には、上記で述べた程度のマイナス成長にはとても収まらないことになる。
- 混乱の中の経済論議
日本経済にとっての、大きな弱点は、経済を語る経済学者やエコノミストが信じられないくらい「いい加減」なことである。そしてこのことは本誌でも何度も取上げてきたことである。最近の論議の中でもこのことが窺えられる。次のような経済専門家の意見もその例である。
- 製品輸入の急増は日本の産業の競争力が落ちているからであり、社会全体のコストを引下げる必要がある
これはよく言われていることであり、日本の物価が高いこともよく指摘される。しかしこの一因は為替である。日本の為替水準がずっと購買力平価より高い水準で推移しているからである。この為替レートが是正されれば、日本の物価はそれほど諸外国に比べて高いと言うことはないと筆者は考えている。
「円」が常に購買力平価より高い原因を筆者は完全には解明できないが、二つの事は指摘できる。一つは日本には突出して競争力が強い輸出企業が存在していることである。特に日本でしか生産できない製品群がある。これらは円レートがどれだけ高くなっても、価格を製品に転嫁できるので、円高になっても輸出が減らないのである。もう一つは、海外に持つ莫大な金融資産の存在である。日本には差引き1兆ドルを越える資産が海外に存在する。これが元本となり、毎年多額の果実である利息や配当金が発生している。これが常に円高圧力となっているのである。もっとも旅行収支は常に赤字であり、これまではこの圧力を相殺している形になっていた。しかし海外資産は毎年着実に増えており、これに応じ果実も大きくなっていると考えられる。
今後も海外の金融資産が増え続けるなら、輸入が増えてもなかなか経常収支の黒字幅が小さくならない。最悪の場合、日本の貿易収支が赤字になっても、円高圧力だけが残ると言うことである。つまり輸入品がどんどん増え、国内産業が苦境に立たされても、円高は進行すると言う最悪の事態である。これは、本来は内需拡大で景気対策を行うべきところを、円安にる外需に依存する経済政策をずっと採って来た「ツケ」のようなものである。
筆者は日本の企業の競争力が急激に低下したとは思わない。問題になっているのは、中国製品の輸入の急増である。特に日本から中国に進出した企業の製品輸入が問題である。これについては何度も述べているが、このような事態になったのも、中国の人民元の為替水準がおかしいからである。つまり企業の競争力とは別次元の問題である。これに対抗するため、日本企業が合理化したり、日本の社会コストを引下げても無駄である。このため日本の構造改革を急ぐ必要があると経済学者が言っているが、とんでもない話である。中国に対抗できるレベルに社会コストを引き下げるとなると、失業しないのは公務員と一部の企業の従業員だけになってしまうであろう。さらに仮にこれが実現しても為替が円高になるか、あるいは中国がまた元を切下げれば、努力は御破算になる。
川崎製鉄の社長の談話が新聞に載っていた。川鉄の現場の一人当たりの人件費は年間700万円である。これに対してフランスや韓国は250万円から350万円である。この状態でも日本の製鉄会社がギリギリやっていけるのも、製品に付加価値を付けているからである。つまり日本の企業は、中国を除く各国に対しては依然競争力が十分ある(企業利益も削っていると思われるが)。
ところが中国の製鉄所の従業員の人件費は40万円である。これだけ人件費が低ければ、どの国も対抗できないと考えるべきである。今のところ中国は建設ブームで、製品はほとんど国内で使用されている。しかし近い将来、中国の製鉄業は世界の脅威になるはずである。
中国は世界経済の撹乱要因である。この原因は何度も指摘しているように中国の為替である。人件費の40万円も購買力平価で換算すれば240万円くらいになる。つまり中国の人件費はフランスや韓国とそんなに変わらなくなる。そしてこれだったら日本の製鉄業界はどれだけでも中国に対抗できる。同様のことは他の業界にも言えるのである。
異常に安い人件費を背景にした中国の製品輸出は、日本だけでなく、各国に脅威である。台湾は半分ギブアップした。たぶん次には、日本よりも先に韓国の方に大きな影響が出てくるのではないかと考えている。ところが世界中で不況色が濃くなっているにもかかわらず、中国政府は輸出増大にハッパを掛けている。やはり中国は特殊な国と見なした対処が必要である。
中国のWTO加盟に際して、加盟国に対する「対中国セーフガード」が創設された。特定の国に対してこのような措置がなされることは異例である。しかし中国もこの条件を飲んだのである。つまり中国自身も、自国の輸出政策が国際ルールに乗っておらないことを自覚しているのである。 日本が農産物にセーフガードを暫定出動した際、「自由貿易の原則に反するものだ」と言う非難が日本中でなされたが、これが全く的外れだったのである。やはり中国は特殊な国なのである。この「対中国セーフガード」がどれだけ効果を持つのか、別の機会に検討したい。
- 経済が成長しない一番の理由は、銀行の不良債権であり、この解消が何よりも優先される
これも間違っている。これについては本誌でも何回か取上げている。ところで今世界は同時不況の様相を呈している。その中で、唯一高い経済成長率を維持しているのが中国である。しかしどうも中国の銀行は莫大な不良資産を抱えているようである。貸出金の3割が不良化している銀行もあると聞く。むしろ中国は、これが表面化しないように経済を拡大しているのではないかとさえ思われる。しかしこのような方法の方が合理的かもしれない。日本のように銀行の不良債権の処理を進め、景気をさらに悪くしようとするのは最低の方法である。
- 経済成長のためには生産性の低い産業、例えば土木・建設業を整理する必要がある
公共事業が異常に悪者にされている。どうしてこんなに評判が悪いのか筆者には理解ができない。たぶんマスコミの影響が大きいからであろう。筆者は、今後迎える高齢化社会に備え、社会資本を充実させておくと言う政策は間違っていないと考える。またこれが雇用対策にもなるのであるから、積極的に公共事業を増やすことに賛成である。
たしかに収入が少なすぎて消費が小さいと言う人々がいる。しかし日本全体を見れば、消費は一応足りていると見られる。一方、貯蓄は増え続けている。この資金を使って社会資本を増やすことは合理的である。日本においては個人的な消費は一応限界まで来ていると思われる。しかし社会的な欲求と言うものは依然存在している。安全や環境、そして快適な交通などである。これには大規模な公共投資が必要である。
公共事業に携わる人々の高齢化も進んでいる。計画を立てても、そのうち工事が消化できなくなる可能性がある。したがって筆者は、むしろここ10年から15年位の間に必要な公共事業を集中的に行ってしまうのが良いと考えている。その後は公共事業費を年金に充当するのである。
公共事業についてよく「採算」のことが言われるが、これはおかしい。採算が採れるならこのような事業は民間企業が行うべきである。公共事業は、金銭的な利益とは別次元のメリットを人々に与えるから政府が行うのである。これは公的支出全般に言えることでもある。しかしもちろん公共事業なら何でも良いと言う訳ではない。できるだけメリットの大きい事業を行う必要がある。反対にメリットがなく、単に環境破壊に終わるような事業は行わないことである。
なるべく効果やメリットが大きい事業となれば、次はこれらの中での優先順位が問題になる。もちろんメリットの大きい事業が優先されるべきである。また同じ目的の事業であっても、複数の方法が存在する時がある。このような場合には、どちらの方が総合的に見てメリットがあるかを検討する必要がある。そして特に今日のように日々技術が進歩しているならば、どのような方法を採用するかを考える場合でも、頭を柔軟にする必要がある。
例えば神戸に空港建設の話がある。しかし筆者は、新しく空港を建設するより、神戸から関西空港に高速地下鉄を建設する方がずっと良いと考える。費用が同じくらいなら、地下鉄の方がずっとメリットが大きいと思われるからである。今年の4月に「大深度地下の利用」に関する法律が施行され、状況は大きく変わっている。東京でも「大深度地下の利用」による環状道路などの建設の話が進んでいる。関西の場合は神戸や京都から関西空港へのアクセスにこの大深度地下の活用が考えられる。
神戸に新たに空港を建設と言っても、関西空港に乗り入れている航空会社にとっては迷惑な話である。顧客がそれだけ分散するからである。ただでさえ利用者が少ないことで問題になる関西空港である。もし神戸に空港ができたら、両方の空港が共倒れと言うことも考えられるのである。これなら筆者の主張のように、関西空港へのアクセスを良くして利用客の増加を図る方が賢明である。ただしこの構想には抵抗がある可能性がある。その一つが高速地下鉄と競合する既存の鉄道会社の反対である。この種の問題はけっこう面倒である。そして筆者が考える解決方法は、新たな高速地下鉄には、競合する鉄道会社に経営参加を求めることである。 公共事業についてはまだまだ意見を述べたいが、それは別の機会に行うことにする。
|