平成9年2月10日より
経済コラムマガジン

普通の電話を使用。市外一律3分20円。国際電話や携帯電話へも割安通話。インターネットの音声帯使用により音質良好。



01/7/30(第218号)
日本は建前の国に
  • 「建前」派と「本音」派
    昨年、サミットが沖縄で開かれが、その時新たに造られた会議場が問題になった。建設費が何百億円にもなったと知り、外国のプレスはあまりにも豪華過ぎると言った。巨額の財政赤字を抱えている日本のやることではないと言うのが、外国プレスの主張である。しかし日本では、そのような指摘がなされるまで、特に問題にならなかった。むしろ景気が良くない沖縄にとっては特需になるのではないかと言うくらいの認識でしかなかった。

    日本の国と地方の公的債務は、600兆円を軽く越えている(本年度末には666兆円と予想されている)。一方、外貨準備などの換金性の高い資産もあるので、ネットの債務残高はこれより小さくなる。しかし巨額な債務と言うことには変わりはない。国債は、1,965年に発行されて以来、残高は増え続けている。そのうちの赤字国債は、バブル景気で税収が伸びた91年度から93年度を除き、毎年発行されている。

    この外にも隠れ借金みたいなものもある。今日問題になっている特殊法人の借入金などである。この原資は財政投融資、つまり郵便貯金や簡保である。また特殊法人に対しては、一般会計から毎年補助金が支出されている。この補助金は郵便貯金の金利の補填とも見ることができる。つまり実質的にこれらも国債発行を伴わない、国の借金である。おそらく特殊法人を最終的に処理する場合には、損失を一般会計から支出することになると思われる。旧国鉄の長期債務の償却と同じ方法である。つまりこれらの実質的な債務もカウントすると、日本の公的債務はさらに大きくなる。

    たしかに時折々に累積債務は問題にされてきた。その度に財政支出をセーブするような政策が行われた。有名なのは鈴木、中曽根内閣の時代に採られたゼロシーリング政策である。これは「増税なき財政再建路線」に沿うものであり、狙いは付加価値税、つまり後の消費税の導入であった。


    ところが一方、日本経済は慢性的に需要が不足すると言う日本独特の問題を抱えている。その需要不足の一部を輸出の増加などで解消してきた。したがって一旦財政支出がセーブされた場合には、輸出にドライブがかかることになる。

    ゼロシーリング政策の時も同様であった。ちょうど米国ではレーガン大統領時代であった。米国は「強いドル」政策、つまり高金利政策を行っており、円は200円を越える円安で推移していた。これによって輸出は爆発的に増えたため、ゼロシーリング政策による国内の需要不足は、この時はたまたま表面化しなかった。

    しかし円高や輸出先の国の不景気などで輸出が伸びなくなると大変である。需要不足で企業の倒産が増え、最近ではこれに失業の増大が加わる。これがまさに今日の日本の経済である。そしてこれまではこのような事態が起った時には、財政支出を大幅に増やし、これに対処するのが通常であった。これがいわゆる財政政策による景気対策である。
    日本の慢性的な需要不足は深刻であり、これを補填しているのが財政である。そして常に税収より財政支出が大きく上回っている。つまり公的債務は常に増え続けるような構造になっている。


    日頃から、マスコミや経済学者は日本の大きな公的債務を問題にする。そうでなくても財政の支出には、色々な問題が伴う。たとえば今日問題になっている外務省職員の公費流用事件のようなものがしょっちゅう起るのである。しかし一旦、不況になると財政の支出の増大、つまり景気対策を求める声が大きくなる。この時には、財政の累積債務を問題にする声は急に小さくなる。

    よく日本人は「本音」と「建前」を使い分けると言われる(もっとも筆者は、これは日本だけに限られたことではなと考えている)。日本では、「建前」は財政規律と公的債務の削減であり、「本音」は財政による景気対策や景気の下支えである。しかし日本の社会は「建前」が重視される。政治の世界でも「建前」は重要であり、野党もこの建前を前面に出して政府を攻撃する。

    しかし実際の経済運営は、色々と理由をつけ「本音」ベースで行われてきた。そうでなかったら、こんなに公的債務が膨れ上がることは絶対になかったはずである。

    ところで以前は、政府は財政赤字の実態をより小さく見せるため、細工を施してきた。旧国鉄の長期債務や地方交付金の特別会計の赤字などが典型例である。ところがバブル崩壊前後から、財政当局はむしろこれらの存在を世間に明らかにする方向に転換した(この理由については別の機会に取上げる)。「ここにもこんな隠れ借金がありますよ」とむしろ積極的に開示しだしたのである。この傾向が一つのピークになったのは橋本政権の時である。これによって「建前」派は勢いづき、失敗確実の財政再建政策が実行されたのである。


  • 第三の道
    いつも「建前」派は最終的には負ける。財政再建を目指した「建前」派の橋本政権は失脚し、小淵政権のもとで「本音」派ベースの政策が行われ、日本経済は崩壊をかろうじて免れた。しかし識者と言われる人々の圧倒的多数派は「建前」派であり、世論調査ではいつも財政の再建は支持される。ところが不思議なことに、人々の本当の本音は「本音」派ではないかと筆者は感じている。冒頭に取上げた豪華な沖縄の会議場の件も、日本国内では特に問題にされることはなかったように、人々は本音では、財政の赤字をそれほど深刻には気にしてはいないと思われるのである。

    理由はいくつか考えられる。多くの「建前」派の経済学者は国債発行が増えると、物価が上昇し、誰も国債を買わなくなり、国債は暴落するといつも人々を脅かしている。しかし一向にその気配がないどころか、物価は逆に下がり続けているのである。
    「建前」派の代表であるマスコミも国の借金の大きさを、色々な工夫をして伝えようとしている。しかしマスコミ自身も本当のところ、この問題をそれほど深刻には受け止めていない節がある。そのことを視聴者など、情報を受取る方が敏感に察知しているのである。本当は何百兆円も借金があると言えば、大変なことであるが、同じことを何十年も聞かされているためか、誰も気にしなくなっている。もしこれで本当に物価が上昇していたなら、人々の気持ちもガラッと変わるはずであるが、それもないのである。

    ところで日本では「空気」と言うものが大事である。この「空気」に支配されると、本音とは違う世論が形成される。これは危険な事態であるが、日本ではよく起る現象である。「空気」に支配されると、誰もが絶対勝てないと皆が思っていたはずの米国とも戦争を始めたのである。日本人全体が一種の集団ノイローゼ患者になってしまうのである。人々は、人前では本音を言えなくなるのである。そして「空気」を支配するのはいつもこの「建前」である。


    今日の日本はまさにこの「建前」派に支配されている。これに逆らう「本音」派は、守旧派と非難の対象である。ちょうど中国の文化革命の時の実権派と同じ立場にある。彼等は「走資派」とレッテルを貼られ、紅衛兵によって権力の中枢から追放されたのである。

    今日の日本の「建前」派は、財政均衡主義者、財政再建論者、小さな政府論者、松下政経塾出身者、そして経済同友会などの構造改革派であり、観念論者達である。まあ彼等は中国の紅衛兵みたいなものである。実際、彼等の主張するように、橋本政権では財政の再建を実際に試みた。しかし彼等の言う通りの政策を始めたとたん日本経済は傾いた。つまり「建前」派の言っていることは「でたらめ」と証明されたはずである。ところがここに来て、小泉氏のような「建前」派の代表であろう思われる人物が、圧倒的な支持を受け首相の座につくと言う事になった。橋本政権での失敗が何の学習効果にもなっていないのである。

    原因の一つは「本音」派が自信がなく、言うことに説得力が欠けているからである。100%の自信を持っていないのである。これまでの政策は、巨額の累積債務に見られるように、実際は「本音」派の思う通りに進められてきた。しかしこれまでは「建前」派に遠慮しながら、「本音」の政策を行ってきたのである。つまり表面を取り繕いながら、政策を押し進めてきた。景気が悪くなれば、倒産が増えたり、失業が増えると言う現実を背景に、「これでは選挙に勝てない」と「本音」の政策を行ってきた。しかしこれも限界に来たのである。率直に言えば、「本音」派にはバックボーンがないのである。

    「建前」派にそこをつかれると、「本音」派は実に弱い。一方、「建前」派の背景には伝統的な経済学の理論らしきものが存在している。これが「建前」派の強みである(日本経済の実情に適合するかどうかを別にして)。世間では、常に「建前」派が良識派として人々に認知されてきたのである。特にバブル崩壊後は、「建前」派が圧倒的に支持を集めている。これには大きい政府の代表格である社会主義国の崩壊の影響が大きいと思われる。

    筆者の考えは、客観的に見て「日本においては「本音」派の主張の方が正しい」と言うことである。ところが前述したように、これがいつも「建前」派に最初は負けるのである。ちょっとケインズと古典派の論争と似ている。論争ではケインズの方が勝っていたはずであるが、実際に採られた政策は古典派の財政均衡政策であった。しかしこれにより、当時の英国を始めとした世界の国々の経済恐慌はさらに深刻になった。この不況を解決したのは、皮肉にも財政出動による軍拡競争であった。まさに事実を持って、ケインズ主張の方が正しかったことが証明されたのである。


    日本の「本音」派の弱味は、論理的でないことである。また「本音」派の考え方を、世間では「いやらしい」と受止める向きも多い。そこで筆者は、正しいはずの「本音」派の考え方に命を吹込む必要性を感じている。これまでの「本音」派とも違ったアプローチが必要と考えている。つまり第三の道である。筆者は、経済政策の科学性を重視することが重要と考える。これによって「本音」派の主張や政策を「科学性」で裏付けることである。この政策の科学性についてはそのうちに取上げることにする。



来週号では「建前」派、あるいは構造改革派の今日の迷走を取上げる。なお来週号をもって、本誌は夏休みの休刊となる。その次の号の発行は9月3日に予定してる。

8月危機、9月危機が公然と語られている。最初から小泉政権に異を唱えている筆者のような者が言うならまだしも、構造改革派のエコノミストが言っているからばかげている。株価が予想外に下落してきたので(だいたい小泉政権が登場した時、政権の唱える構造改革を「経済のリフォーム」と勘違いした外人投資家が株を買ったため株価が少し上がったのである。勘違いに気が付いた外人投資家が反対に売ってきたため、株価が下がったのである)、彼等はうろたえているのである。言っていることも支離滅裂になっており、「補正予算は必要であるが、従来型の公共事業はだめだ」と主張している。何故従来型の公共事業や道路建設がだめなのかさっぱり解らない。このような訳の解らないことを言うのではなく、「補正予算は不要」と彼等の従来の主張を行うべきである。

いまだに「日本経済の再生にはゼネコンの整理が絶対必要」と言うエコノミストがテレビに登場し、また同じ主張を繰返している。ゼネコンや大手流通が整理されたらどうして日本経済が再生するのだ。本当に日本にはくだらないエコノミストが多すぎる。小泉首相が退陣する時には、是非ともこれらのエコノミストを道連れにしてもらいたいものである。


普通の電話を使うインターネット電話。市外一律3分20円、携帯電話へも割安。音質も良好。


01/7/23(第217号)「日本を滅ぼす松下政経塾」
01/7/16(第216号)「戦略的パートナシップ」
01/7/9(第215号)「Let it be !」
01/7/2(第214号)「日本における起業」
01/6/25(第213号)「小泉政権の構造改革」
01/6/18(第212号)「需要があっての経済成長」
01/6/11(第211号)「深刻な中国との通商問題」
01/6/4(第210号)「中国の為替政策」
01/5/28(第209号)「中国との通商問題」
01/5/21(第208号)「消費の拡大策」
01/5/14(第207号)「消費不振の分析」
01/5/7(第206号)「小泉政権雑感」
01/4/23(第205号)「「IT革命」騒ぎの舞台裏」
01/4/16(第204号)「グリーンスパンのかかった二つ目の「罠」」
01/4/9(第203号)「グリーンスパンのかかった二つの「罠」」
01/4/2(第202号)「銀行の不良債権問題(その2)」
01/3/26(第201号)「銀行の不良債権問題(その1)」
01/3/19(第200号)「与党の緊急経済対策」
01/3/12(第199号)「自分の家の前の掃除」
01/3/5(第198号)「公共投資の経済効果」
01/2/26(第197号)「公共事業雑感」
01/2/19(第196号)「日本の経済政策の方程式」
01/2/12(第195号)「老人の貯蓄と経済(その2)」
01/2/5(第194号)「老人の貯蓄と経済(その1)」
01/1/29(第193号)「老人と貯蓄(その2)」
01/1/22(第192号)「老人と貯蓄(その1)」
01/1/15(第191号)「経済論議のポイント」
00年のバックナンバー

99年のバックナンバー

98年のバックナンバー

97年のバックナンバー

日常的に起こる経済問題をトーク形式で解説
日頃忙しいビジネスマンへのオンラインマガジン