平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




01/7/23(第217号)
日本を滅ぼす松下政経塾
  • 松下政経塾の設立
    松下電器の創業者の故松下幸之助氏は、晩年、私財を投じて政治家を養成するための私塾、いわゆる「松下政経塾」を創った。当時、世間は、国の将来のための人材養成を行おうとする松下幸之助を、「さすが松下さんだ」と褒めそやした。松下幸之助は、とかく世間に多い自分のことしか考えない金持とは違うと言うのである。「松下政経塾」は、吉田松陰の創った松下村塾に擬せられ、今日でも政治家を目指す若者が多数押し寄せている。

    若い政治家で、「松下政経塾」の出身者はかなりおり、国会でも活動している。残念ながら、筆者は、その正確な数や、誰が「松下政経塾」の出身者なのかなど、詳しいことまでは把握していない。ただ政党としては、民主党と自民党に塾出身者がいることは承知している。自由党にもいると思われるが、どの議員が該当するか分からない。

    正直に言って、筆者はこの塾出身者の動静までは詳しくは知らない。しかし筆者が問題にするのは「松下政経塾」の影響力である。そこでまず取上げなければならないことは「松下政経塾」の設立の主旨である。松下幸之助氏は、単純に政治家を育てるための塾を設立したのではないと言うことである。たしかに政治に対する松下イズム、松下政経塾イズムと言う、特殊な政治信念みたいなものがある。そしてこれが自然と塾出身者にも植付けられていると筆者は見ている。松下幸之助氏の目的は、「松下政経塾」出身の国会議員が多数生まれ、松下幸之助氏が理想と考えるような国に日本がなることであると推察される。時々、「松下政経塾」の教官である幹部がテレビに登場し、発言をしている様子を見る事がある。やはり彼も一定の思考の持主である。


    松下幸之助氏は、毎年所得番付の第一位であった。しかし松下氏が所得が多いからと言って世間では悪く言う人はいなかった。自分で事業を起こし、松下電器グループを創り、事業の成功者として所得を得ていたからである。今日のような土地や株の譲渡で多額の所得を得たり、事業の株式公開で一時的に巨額の収入を得たと言うのとは違う。また事業の内容も電機機器の製造が中心であり、堅実なものであった。

    しかし所得が多いと言うことは、納める税金も多いと言うことである。それも松下幸之助氏の場合、毎年のことである。特に累進課税のカーブのきつい日本では、松下氏の所得税はかなりのものであった。そしてここが重要なポイントである。松下幸之助氏が理想とする日本の姿は、税金のない国である。つまり「松下政経塾」の設立の主旨は、日本をこの理想に一歩でも近付けることであった。決して無闇に政治家を育てると言うことではなかったのである。

    実際、松下幸之助氏は経済学者グループに「税金のない国家」の構想を作ることを要請した。この作業の結論が「日本再編計画ー無税国家への道」と言う書籍である。この話は、本誌98/12/7(第93号)「自自連立政権を考える」で述べたことがある。(この時には、小沢新進党の新進党の訴える経済政策が、この「日本再編計画ー無税国家への道」と言う書籍の内容に非常に似ており、これを盗用したものと言う主張が「月刊文芸春秋」でなされたことを紹介した。いずれにしても当時の新進党、今日の自由党の考えは「松下政経塾」イズムと近いと言える。)

    このように松下政経塾イズムの本質は、「小さな政府」である。もっともこのような「小さな政府」と言う主張は、松下幸之助氏の専売特許ではなく、多くの識者の主張でもある。しかし松下氏の影響力下にあるPHP出版社の出版物と「松下政経塾」出身者の政治家が増えることによって、彼の考え方はその存在を徐々に大きくすることができた。「小さな政府」に近い考えには、他にも「財政の均衡主義」「供給サイド重視の経済学」などがある。そして今日の日本の政治の世界でもこのような考えが主流となっており、これらに対抗する人々はよく「守旧派」と言われ、現在落ち目である。

    問題は、この松下政経塾イズムと言うものが正しいかどうかと言うことである。さらに正しいかどうかを別にして、日本、特に今日の日本の実情にあっているかどうかと言うことである。筆者は、この考えは、今日の経済には有害であると判断している。さらに筆者は、経済の運営がこのまま松下政経塾イズムで行われた場合、日本経済は滅亡の道を歩むことになると考えている。ところでこのどうしようもない松下政経塾イズムの政治家の対極にいるのが、故福田赳夫元総理である。この人物についてはそのうち取上げることにする。


  • 時代遅れの松下政経塾
    民主党の石井鉱基氏と言う国会議員がテレビに登場し、「日本の経済が不調なのは、大きな政府であり社会主義であるからである。経済が成長するには、社会主義的な部分を削って、これを資本主義に変えなければならない。具体的には特殊法人の廃止などである。」と言っていた。石井鉱基氏は、特に特殊法人の非効率性の追求に熱心な議員である。この石井氏が松下政経塾の出身者かどうか知らないが、これに似た主義を持っていることはたしかである。筆者は、この考えを聞き始めはびっくりした。しかし同様の考えを持った政治家が多いのも事実である。実際、小泉首相も全く同じ考えである。

    石井議員の話がおかしいことはちょっと考えれば判る。アジアで今一番経済成長率が大きいのは中国であり、マイナス成長が日本である。石井議員の話によれば、中国が資本主義国であり、日本が社会主義国と言うことになる。また最近成長力を急速に失った台湾は資本主義国から社会主義国になったとでも言うのであろうか。経済が成長する条件は、もっと他の要素を考える必要がある。しかし通常人々は、それほど深く物事を考えずにテレビを見ている。この石井議員の話がおかしくても、人々は何となく納得してしまうのであろう。


    松下幸之助氏が活躍していたのは大昔である。まだ日本が貧乏で、外貨もあまりなかった時代である。無駄と思われる経費を削り、その財源をより有効な分野に移すことは、当時としては合理的な政策であった。つまり一時的であったかもしれないが、当時は松下政経塾イズムのような考えで良かったかもしれない。

    しかし今日の日本の最大の問題は過剰な貯蓄の存在である。筆者は、無駄なものを削減することに反対しているのではない。しかしもし無駄なものを削減した場合は、それ以上大きい支出を別の形で行わなければならないと言っているのである。需要が不足した場合には、過剰貯蓄は解消されず、失業と設備の遊休を生むことになる。

    たしかに松下政経塾イズム的な政策でうまく行った国もある。米国、カナダ、英国、ニュージランド、イタリアなどである。しかしこれらの国は失業率と財政赤字が大きかっただけでなく、たいてい「物価上昇率が大きい」「金利が高い」「経常収支が赤字」と言う三点セットが存在していたはずである。日本は失業率と財政赤字が大きいと言う点では共通しているが、他の三点セットは全く逆である。このような日本で、松下政経塾イズム的政策を押し進めたら、とんでもないことになる。まさに低血圧の患者に血圧降下剤を服用させるようなものである。

    今日の日本の経済は、むしろ第二次大戦前の英国(サッチヤー首相が登場した時とは違う)に似てきた。資金があるのに、需要不足で投資が減少し、資本がどんどん海外に流出する状態である。英国の場合には、国内の長期不況にいやけがさして、植民地や中南米の新大陸へ資本が逃げた。これによって国内の景気がさらに冷え込んだのである。当時の英国も、「物価は上昇せず」「金利は極めて低金利」であった。ちょうどケインズが登場した頃である。

    バブル崩壊後も、日本の設備投資ある程度の水準を維持してきた。しかしこれも日本政府が、何とか思い出したように需要政策を行ってきたからである。しかし小泉首相の登場や松下政経塾イズムの浸透で、必ず景気はさらに落込むことになる。失業率が8%とか日経平均株価が10,000円を割るような状況になれば、誰も日本に投資を行おうと言う気はなくなる。一方、貯蓄は依然高水準を維持されるため、余剰となった資本が海外に出ていく外はなくなると思われる。
    さらに新規の投資がなされないと言うことは別の問題を生じる。新しい技術と言うものは、設備投資によって体化されるものである。つまり投資が激減するようだと、設備が更新されず、本当に日本の競争力が弱体化することになる。

    筆者は、ずっと将来の円高傾向を予想していた。根拠は日本の経常黒字である。しかし今日の情勢の変化や小泉首相の登場で、そのうち予想を修正する必要があるかもしれないとまで考えている。資本の大量流出は要注意である。海外の日本企業の生産拠点からの輸入増が心配されるからである。これは本誌で前に述べたことであるが、大英帝国の没落もこの資本の大量流出が原因だったのである。

    ともあれこの松下政経塾イズムは与野党を問わず、政治家に浸透しているのである。これが学者や識者の間の話なら、どれだけ奇怪な考えであっても、政府の政策に影響を及ぼすことは稀である。しかし松下政経塾イズムは政治家を通じ、現実の政策に反映される可能性が強いことである。これが松下政経塾イズムの最大の問題点である。実際、小泉政権は色々な改革と言っているが、これらをつきつめて見ると政府の財政支出を削減することが目的である。

    松下政経塾イズムの考え方のもう一つの問題点は、収入(税収)と支出(財政支出)をタイトに捉えることである。したがって全ての財政支出に財源の裏付けを求めることになる。これまでは財政を赤字にすることによって、マクロ経済において民間の需要不足を補うことを行ってきた。しかしこれが日本の過剰貯蓄の一つの解消方法であった。松下政経塾イズムは、政府のこの機能を否定しているのである。筆者に言わせれば、松下政経塾イズムは、日本が貧乏だった頃の古い古い考え方である。これが新しい考えと思われていることが大間違いなのである。元々「松下政経塾」は、立派な政治家を育てると言う高邁な理想ではなく、松下幸之助氏が「もうちょっと税金まかりまへんか」と発想して設立されたものと筆者は認識している。



来週号では日本の経済政策における「本音と建前」について述べる。

竹中経済財政担当相が「日本の社会や日本人は世界の中で競争力を失った」「日本人の給与水準は中国を大幅に上回っており、それに見合う高い技能を身につけるべき」と言っている。そして「日本国民は勉強すべき」と発言している。一見もっともらしいが、肝心の中国の為替政策の現状を無視している。中国の賃金が日本の20分の1、30分の1と言う状態では、勉強したぐらいでどうなるものではない。問題の核心は、中国の為替が異常なほど低く維持されていることである。これと元々の低賃金の組合わせが、中国の競争力をとてつもなく強めている。さらにこの低賃金システムを利用しようとして、各国の企業がこぞって中国に進出し、技術移転がなされているのである。
この竹中経済財政担当相は色々の発言をしている。しかしこの人物は、一体どの程度まで経済のことを理解しているのであろうか。

一方、日銀の松島理事が「中国の人民元が安く維持されている。今後、世界から中国に為替の切上げるよう圧力をかける必要がある。」と発言している。ようやくまともな意見が出てくるようになった。しかし中国がこの要請を簡単に受入れるはずがないと考えられる。日本は、中国に為替の切上げを要求すると同時に、他の対抗手段を用意しておく必要がある。また数十%くらいの小さな切上げなら、問題は解決しないと言うことを認識しておくべきである。


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