- セーフガード発動への非難
日本は、ネギ・シイタケ・畳表の輸入に対して、初めてセーフガードを暫定発動した。この行動には様々な意見が出ている。しかし筆者が予想していたように、ほとんどがセーフガード発動を非難するものばりである。一体これはどうしたことかと思われる。しかしこれらの多くは、最近の経済に対するエコノミストの論評に似ていると気が付く。
そこでまずセーフガード発動に対する様々な非難を紹介し、これらに反論を試みることにする。
- セーフガード発動は競争力のない産業を保護することになる
まず最初にはっきりさせておく必要があることは、中国の為替水準が購買力から見ればべらぼうに低く維持されていることである。逆に日本の「円」は購買力平価より高く推移している。01/5/28(第209号)「中国との通商問題」で述べたように、元は現在15円くらいであるが、実際の購買力は90円以上と筆者は推定している。つまり6倍以上の価値がある。中国は、このように為替を低く維持することを国策として行っている。したがって中国の人件費は日本の20分の1、30分の1と言われているが、実際は3分の1から5分の1である。もしこれだけの人件費が正確に製造経費に反映されるなら、日本の生産品が一方的に負けると言う事態は考えられない。実際、日本のセーフガードの対象となっている産業が本当に競争力がないのかどうかは、競争の条件を同じにしてみないと分からないことである。
日本市場に雪崩のように中国製品が入ってくるようになったのは、最近のことである。中国が徐々に力をつけてきたと言うのとはちょっと違う。中国の異常な人件費の安さに気が付き、日本の企業が生産技術の移転(農産物については開発輸入と言う言葉が使われている)を行ったからである。もし人件費が日本の3分の1から5分の1程度なら、今日のような「ネコも酌しも」状態で、日本企業が生産拠点を中国に移転すると言った現象はなかったはずである。
また中国に進出した日本企業の製品の販売が中国国内に限られるのなら、中国政府がどのような為替政策を行っていても問題はない。これらが日本を始め、諸外国に輸出されるのだから問題なのである。この中国の為替政策は大問題である(関税や補助金なんかよりずっと大きな問題)が、これに関してはWTOが全く関知していない。発展途上国が、保護主義的な為替政策を行っていても黙認されているのが現状である。しかし先進国が発展途上国に生産拠点を持てば、先進国と同じ製品が製造できるのが今日の状況である。
もう一つ考えておかなければならないことがある。中国の失業者の数を考えると、人件費が20分の1、30分の1と言うこの状態は当分変わらないと言うことである。さらに中国は競争力が弱くなると勝手に為替の切下げを行う。実際、数年前にも大幅に切下げを行っている。
現在問題になっているのは、農産物や雑貨・繊維である。しかし今日の中国の為替政策がこのまま容認され、人件費が20分の1、30分の1の状態が続けば、数年のうちにほとんどの工業製品が中国との競争に負けることになると筆者は推測している。つまり競争力の弱い産業だけが、対中国との通商で問題になるのではない。これからあらゆる分野にこの問題が波及するのである。
- 日本は、米国のセーフガードに反対しておきながら、中国に対してセーフガード発動した
少なくとも日米の競争は、同じ土俵で行われている。むしろ日本は購買力平価より高い為替レートを甘受しながら輸出を行っているのである。その日本が米国に注文をつけるのと、不公正な為替政策を行っている中国へのセーフガード発動を同じと考えること自体がおかしい。そして残念ながら中国からの輸出攻勢へ対抗する手段は、今日セーフガードぐらいしかないのである。しかしセーフガードの発動には準備期間を要し、タイミングを逸することがあり得る。ちなみにEUは、野菜・果物の輸入に関して特別セーフガードと言う手段を持ち、もっと簡便に発動を行っている。日本もこの特別セーフガードについて研究する必要がある。
- 報復合戦になる
日中の貿易関係は、一方的である。ほとんどが中国からの日本への製品輸出である。日本から中国への輸出は金額的に極めて小さく、さらにその大部分は中間財である。中国でこれを組み立てて製品にして、日本を始めとした先進国に輸出している。ごく例外的に日本から完成品の輸出が行われているが、金額的には微々たるものである。今回、中国は自動車などに報復関税を課してきたが、ようやくこれらを見つけてきたと言うのが現実であろう。元々日本から製品をほとんど輸入していないのだから、報復するにも報復できないのである。まさか中間財に報復する訳にはいかないであろう。
韓国は中国からのニンニクの輸入の急増に対してセーフガードを発動したが、中国が携帯電話に50倍の関税を課しこれに報復した。事実上の輸入禁止である。韓国はこの脅しにも似た措置に屈服し、セーフガードを解除した。しかし韓国の外交は、昔のロシアの件(ロシアの要請により韓国はロシアに大きな投資をおこなったが、かなり焦げ付いているはずである。一方、日本にもロシアから同様の要請があったが、日本は領土問題が解決してないからとか言って、大きな投資は行っていない。日本の方がロシアのことを理解しており、投資を渋ったのである。日本の方が外交には多少長けており、これが正解であった。)もあり、あまり参考にならない。
- 今後は中国との貿易量が増え中国との関係がより重要になる。米国重視の政策を改めるべきである。
前述したように、中国との貿易は圧倒的に日本の輸入超過である。それもそれらの製品のほとんどはは日本国内で製造できるものばかりである。つまり中国にとって日本市場は重要なのであって、日本にとっては、どうしても中国から輸入しなければならないもの何もないのである。もし中国が重要としたなら、それは中国に生産拠点を持つ日本の企業である(これについてはまた後ほど述べる)。そして今後、日本と日本の中国進出企業との利害がするどく対立するはずである。中国に進出した商社などの利益を優先するか、もしくは日本の国内産業を守るかと言うことである。しかしこの根本には中国のいびつな為替政策があることを忘れてはならない。
ソニーのプレーステーションが売れるのは、日本を除けば、欧米だけである。先進国だけでしか売れないのである。つまり日本の戦略的な輸出品は、購買力のある先進国でしか売れない。自動車もそうである。発展途上国に売れるのは中古車だけである。中国人がこれらの高額な製品を輸入できるようになるには、どれだけかかるか想像もできない。輸出市場として日本から見れば、中国の購買力はおそらく中堅の産油国より小さいのではないかと思われる。さらに今日のような低為替政策を採っている以上、まともに製品を中国に輸出ができるはずがない。ちなみに次のファイナルファンタジーのソフト一本の値段は8,800円になる。これは中国人労働者の一ヶ月の稼ぎである。
北京オリンピックが決まり、オリンピック特需を期待する人々もいる。しかし特需は特需であり、一時的なものである。また特需としては建設資材など色々考えられるが、いずれにしても今後日本が力を入れるような分野の製品が少ないのが現実である。
したがってお金を持っていて、日本の製品をどんどん買ってくれる米国のような国と良い関係を保とうとすることは当然のことである。購買力のない国と無理して付合いたいと考える方がおかしい。このような意見が出るのも、現実を知らない人々が、世の中を全く誤解しているからである。
- 中国の為替政策を問題にすべきであり、セーフガード発動は邪道である
この意見を主張しているのは、筆者がいつもエキセントリックな考えの持主として取上げている人物である。この人物は極端な市場経済の信奉者である。たしかに筆者は、前半の中国の為替政策を非難している所までは賛成できる。しかし現在の中国は国策として低為替政策を行っているのであり、これを簡単に変更するはずがない。ましてやライバルであるインドも同じような為替政策を行っている。つまり中国が為替政策を変更する可能性はほとんどゼロである。さらにWTOは現実の経済の動きに全く付いて行けないようである。そうなれば日本は、最後の手段としてセーフガードで守るしかないではないか。むしろセーフガードを容易に発動できる環境を整える必要がある。
ところで筆者の知るところでは、中国の為替政策に言及した意見はこの風変わりなエコノミストだけである。第二次世界大戦の一つの原因が各国の為替の引下げ競争であった。それほど為替は重要である。それにしても日本のどうしようもないエコノミスト達は、あまりにも為替を安易に考え過ぎである。
- 日本は輸入制限より構造改革すべき
これは早大現代中国総合研所長の谷口誠氏の7月6日付の日経に載っていた意見である。氏は元外交官である。これに対する反論は長くなるので、別の機会に行いたい。ただ筆者は、氏が外交官であったことを重視したい。この人物の意見は、ちょうど中国政府の高官が言いそうなことばかりである。つまりこの人物は、中国の利益代表そのものである。ところで今日の外務省は、色々と矢面に立ち苦しい立場にある。これまで筆者もむしろ外務省に同情的であった。しかしこの谷口誠氏の意見を読み、筆者は考えを180度変えた。筆者は、やはり外務官僚は相当おかしいと断言する。まず経済の実態にほとんど理解がない。そして一番の問題は、彼等の「国益」のかけらもない発想である。いつ頃からなのか、「国益」と言う言葉が忘れ去られているから、ハイヤー代までちょろまかすようになったのである。この人物は、単に時流に乗って構造改革と言っているだけである。
このような人物が平均的な外交官ならば、外務省は、経済やその他の分野に口を出すべきではない。だいたい明治の時代と違い、今日では多くの人々が簡単に外国に出かけ、現地の事情もよく分かっている。また一般の人間も各種のメディアから外国の色々な情報を得ることができる。このような時代に外交官と言う特殊な職業があること自体が不思議である。そしてその外交官が中国と言った特定の国に異様な思い入れがあるのであるから、国民の立場から言えばはえらい迷惑な話である。つまり「国益」と言うものが完全に忘れ去られているから、国民は犠牲となっても、自分の関係している国とだけは穏便にやって行きたいと考えるのであろう。
経済の構造の変化と言うものは、競争を通じ自然と進むものである。筆者は、そのような流れまでも阻止すると言っているのではない。しかし競争と言うものが公平な条件で行われることが必要と言っているのである。中国のように明らかに不公正な為替政策を行っている国に対しては、筆者は日本としても対抗手段を持つべきと主張しているのである。
最後の「輸入制限より構造改革すべき」と言う意見は、この他にも商社の経営者などから多数出ている。しかし商社の人間なら中国の為替政策の実情をよく知っているいるずである。要するに彼等に「国益」と言うものを期待するのは無理である。自分達のことで精一杯なのである。また日本人が中国を旅行する場合、日本人向けには高額な料金が請求されるケースがあることはよく聞く話である(旅行者には購買力平価を適用しているのである)。とにかくセーフガード発動に対しては、非難一色である。
- うまい話の落とし穴
最近、戦略的パートナシップと言う言葉をよく耳にするようになった。これは主に中国を対象にしたものである。多くの人々が「日本はセーフガード発動によって国内の弱い産業を守るのではなく、中国と戦略的パートナシップを結んだ方が賢明」と言っている。ここで戦略的パートナシップについて、筆者なりの理解を述べる。
これは先進国の製品製造技術を中国に移転し、これと中国の極めて安い労働力を組合わせ、安くて高品質な製品を大量に製造し、世界に売り捌こうと言う構想である。誰でもが考えそうな「うまい」話である。中国には日本だけでなく、欧米のメーカーが進出している。これらのメーカーは製品を中国国内に販売することもある。しかし中国進出によるメリットは、中国で生産した製品を外国に輸出した場合である。中国の低賃金で製品を作れば、競争上極めて優位に立てるのである。特に中国には豊富な労働力があり、簡単には賃金が上がらない。さらに人民元は、米ドルとリンクしており、極めて安定している。
このシステムに日本の企業も本格的に参加しようと言う話である。競争力のある日本企業の技術力と、考えられないくらい安い中国の労賃と言う組合わせで生産される製品は、抜群の競争力を持つことは間違いない。これが「戦略的パートナシップ」の簡単な説明である。もっとも今日、日本の企業は「戦略的パートナシップ」と言うことを意識しているかどうかを別にして、中国への進出を急いでいる。ライバルの企業が中国に進出する以上、競争力を維持するためには、自分達も中国に進出せざるを得ないのである。
ところが「戦略的パートナシップ」で大量に製造した製品の販路が問題である。日本企業の場合、当然、日本への輸出が視野に入っている。しかし日本の対中国貿易の赤字額は、既に年間3兆円に達している。もしさらに1兆円の貿易赤字が増えれば、波及効果によって国内の有効需要が約2兆円減少することになる。これはGDPを0.4%押し下げることを意味する。もちろんそれだけ失業も増える。つまり「戦略的パートナシップ」とは、不況の日本経済をさらに苦境に追込むものである。
たしかに製品を日本以外の国に輸出することが考えられる。品質は申し分なく、値段も安いとなれば、どのような国にも輸出することができる。実際、ユニクロは中国で作った商品を英国や米国で販売する予定である。まさに「戦略的パートナシップ」の成果の典型であり、一つの実験である。これで成功事例が出てくれば、次々に同じ行動を行う企業が続くであろう。そのうち中国に生産拠点を持たないと、世界的な競争に参加さえできないと言う状態も考えられる。
しかしこの「戦略的パートナシップ」で生産された大量の製品を、どこが喜んで引受けるかと言うことである。自国で生産を行っていない商品ならいざ知らず、自国製品と競合する場合は摩擦が起る。「戦略的パートナシップ」で生産される製品の競争力は圧倒的である。たちまち輸入国の産業は壊滅的なダメージを受けるはずである。これは多少の為替の変動で防げるものではない。当然、失業が発生する。これでは中国の失業の輸出である。
米国は昨年まで、株高、貯蓄率の低下などで景気が良かった。欧州経済も、株高やEUの拡大などで経済は好調であった。しかし現在は、欧米ともに一転して経済は不調になっている。特にドイツが良くない。また今後の欧米の回復力は弱いと見られる。このような欧米市場に「戦略的パートナシップ」で生産される製品がなだれ込むのである。
筆者は、今月20日から開催されるジェノバサミットにおけるNGOの行動に注目している。最近のNGOは、従来の「環境派」「人権派」に加え「経済の反グローバル化派」の動きが強まっている。むしろ「反グローバル化」が統一スローガンになっているようにさえ思われる。ジェノバには10万人(ちょっと多すぎるようにも感じるが)の抗議活動家が集合すると予想されている。筆者が注目することはNGOの行動がどの程度、サミットや国際世論に影響があるかを確認することである。 この点をマスコミはきちんと報道すべきである。NGOが暴れ回っているところばかりを報道していては、事の本質が分からないではないか。
「戦略的パートナシップ」と言う「うまい話」が本当に通用するかと言うことである。欧米の経済は調子がおかしくなっている。さらにNGOの行動に見られるように「経済の反グローバル化」の雰囲気も強まっている。つまり問題は、「戦略的パートナシップ」で大量生産される製品が欧米で消化されない分である。その場合には、国内の失業発生も覚悟して、日本がこれらの製品を全部引取ると言うのであろうか。日本のセーフガード発動を非難している識者や、「戦略的パートナシップ」とはしゃいでいる人々は答えるべきである。
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