平成9年2月10日より
経済コラムマガジン

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01/7/2(第214号)
日本における起業
  • 起業を取巻く環境
    日本経済が元気がない象徴として、企業の開業率が低いことが挙げられる。特に90年代は極めて低い水準で推移している。一方、破綻などで消え去る企業数は逆に増えており、差引きの総企業数は少しずつ減っている。このような現象は諸外国では見られないものである。

    この原因ついては実に様々な見解があるが、ほとんどが的外れである。特に構造改革派の人々の意見はひどい。「法人税が高い」「規制がある」「ベンチャー企業を育てる融資制度が整備されていない」などである。したがって彼等が主張する起業家を増やすための対策は「税制の見直し」「規制緩和」「リスクマネーの供給」と言うことになる。

    筆者もここ10年くらい同じことばかりを聞かされ、本当にうんざりしている。実際、構造改革派の人々は不十分と言うかもしれないが、政府もこのような声に応えた政策を行ってきた。法人税の税率は引下げられた。規制も要望の強い分野は次々に緩和されている。航空会社などの新規参入は、むしろ役所が後押ししている印象さえある。政府も安上がりの景気対策として規制緩和を進めているのである(実際、景気対策になるかどうかは別にして)。しかし新規参入したところはどこも儲かってはいない。これは介護サービスなどにも言えることである。儲からないと分かれば進出する企業も続かないのである。

    つまり規制緩和で、進出企業が増え、どんどん雇用が生まれると言う話は、構造改革派や観念論者のたわごとである。今日の日本で、言われているほど規制が起業の決定的な障害になっているケースが本当にあるのであろうか。学校の教科書で「楽市楽座」で商業が発達したと習ったせいか、規制緩和をすれば、景気も回復すると言う単純な発想をする人々が多すぎる。今は平成の時代であり、安土桃山時代ではない。

    今日の規制の多くは、関係者の利害が対立していたり、あるいは社会的要請から設けられているものが多い。規制が既得権益を擁護していると言うのは話としては面白かもしれないが、一方的な見方である。また一斉に規制緩和が進められた場合、世間にはどうしても規制緩和が及ぶことのない分野(色々な事情から規制が緩和される可能性のない分野や、特に法律上の規制がなくても事実上寡占状態がゆるがない業界)があり、ここに従事する人々だけが所得分配上有利になる。盲目的な規制緩和にはこのような重大な弊害がある。

    減税も起業に対して大きなインセンティブになるとは思われない。起業家にとって一番関心があることは、売上と利益である。税金のことが心配で起業を止めると言う話は聞いたことがない。また損失の繰延べをもっと長くすれば、起業が増えると言う話もあるが、これもおかしい。株式会社で青色申告しておれば、現在5年間の損失の繰延べが認められている。たしかに諸外国には日本より長い繰延べが認められている国もあるが、通常5年も赤字なら資金も尽きているのが普通である。

    また税制に関連して、株式の譲渡所得の税制改正が話題になっている。今日、申告分離課税の税率の引下げと損失の繰延べや他の所得との通算計算が焦点になっているが、これを実行してもほとんど効果はないと筆者は考える。つまり今日の税制をいじっても、株式市場に流入するリスクマネーが目立って増えることはとても考えられない。もし効果があるとしたなら、源泉分離課税の方の税率(売却代金の1.05%)の引下げぐらいである。

    むしろ今日の株式税制の改正論議は、将来の納税者番号導入の布石と筆者は推理している。もし納税者番号導入の議論ならば、もっと堂々とすれば良いのに、効果もない株式税制の改正にからめて話を持出すから混乱するのである。

    起業に対する融資制度も以前に比べると改善されている。特に公的融資はずっと受けやすくなっていると思われる。小淵政権下では20兆円の信用枠の設定までなされた。
    高度成長期前後には多くの新しい企業生まれた。しかし当時、銀行はもっぱら基幹産業を相手にしており、起業家への資金ルートなどはまことに細いものであった。この時代に比べれば、今日、起業家は資金の調達と言う面ではずっと恵まれているはずである。逆に言えば、起業に対する融資制度がネックになって、起業が増えないと言う考えは誤りである。


    ここまでの議論で気が付く人もいると思われるが、構造改革派の人々の考えている起業を増やすための対策が、全て供給サイドの話である。税制や法律を変えれば、起業は増えると無邪気に主張しているのである。小泉政権の改革も全てこれである。制度を改革すれば、日本は成長軌道に乗ると言うものである。そしてこの制度の変更に異議を唱える者は全て「抵抗勢力」と言う図式らしい。改革に反対するものは全て悪党であり、征伐しなければならないと言う発想である。まさに幼児の発想である。

    供給サイドを充実させれば、経済はうまく成長すると言う根強い思想がある。しかし筆者は、この供給サイド重視の思想と言ったものは「カルト」であると断言する。少なくとも今日の日本にとって益がないだけでなく、場合によっては有害でさえある。先々週号01/6/18(第212号)「需要があっての経済成長」で述べたように、資本不足の米国でさえ10年間経済が成長したのは、貯蓄率が年々小さくなって、需要が増えたからである。逆に需要が減ったから、今の米国経済が不調になっているのである。起業を増やすかどうかのポイントもこの需要である。


  • チャレンジャー受難の時代
    起業が増えるかどうかの第一の条件は、売上あるいは利益の期待である。つまり需要があれば起業が増えるのである。したがって景気が良ければ起業が増え、悪ければ減る。そして景気の良かった米国では起業が増え、バブル崩壊後景気の悪かった日本では起業が減少しただけである。全く単純なことであるが、日本では不思議なことに誰もこのことを指摘しない。筆者は制度の整備が不要と言っているのではない。しかしもっと重要なことがあると指摘しているのである。ところが日本では、供給サイド重視の経済学者のトンチンカンな論理が幅をきかせているので、この需要のことはほとんど無視されている。税制などの制度をテクニカルに変えれば、起業が増えると錯覚しているのである。

    日本は起業家を増やすには、特に需要面の考慮が重要である。元々日本は起業の数が少ない国である。この原因としては、リスクを好まない国民性や起業家教育の不備がしばしば指摘されている。しかし筆者は、もっと別の重要なことがあると考えている。日本では起業家にたいする市場が極めて限定されていることである。

    日本の社会では互恵関係が大切である。このため日本の市場を外から見れば、閉鎖的に見えるかもしれない。商店街でも「肉はおたくから買うから、野菜はうちから買ってくれ」と言った具合である。このような互恵関係は企業同士の間にも見られる。どうしても新参者の企業には市場への参入がそれだけ難しいと言うことを意味する。

    また日本の企業、特に大企業は実に多くの子会社や孫会社を持っている。「商事会社」「リース会社」から「旅行会社」「コンピューターソフト会社」まで様々な会社である。「ひらめ」や「うなぎ」を養殖している会社まで持っている大企業もある。ある大手のコンピューター会社の子会社では「ようかん」まで作っている。どうも「ようかん」はコンピューターのユーザの企業へのノベルティに使うらしい。

    たしかにこれらの子会社の中には、事業上の戦略的位置付けのものもある。しかし一方では別の役目を担っている子会社も多い。いわゆる定年後のOBの受け皿としての役目である。日本の企業が、OBの定年後から年金が受取れる年令までの就職の面倒を見ることは、少なくともこれまでは一般的なことである。したがってどの大企業でもOBの受け皿となる子会社の設立に必至である。そしてこのような子会社ができる業務は、なるべくこれらの企業を通すことにしている。なるべく粗利が外部に流れないようにしているのである。パソコンなどを購入する場合も、子会社の「商事会社」を通すことにし、コミッションがここに落ちるようにしている。

    しかし定年を迎えるOBが増え、子会社だけではまかない切れなくなってきている。その次には、OBを代理店や仕入先といった取引先に世話してもらうことになる。当然これらの企業との取引は、引取ってもらったOBの人件費を考慮したものになる。これも一種の互恵関係と呼べるものであろう。このような経営がなされているから、日本の企業の利益率は極めて低い。しかし雇用の安定と言った観点からは、このような企業の行動を一概には非難することはできない。今日特殊法人が問題にされているが、民間でも同じ問題を抱えているのである。
    そしてついに今日、再就職先の斡旋がだんだん難しくなり、希望退職と言うものが増えている。これは中高年齢層の社会への放出である。しかしこれはこれで新たな問題を生むのである。

    新しく企業と言っても、突出した技術を持ったベンチャー企業と言うものは少数派である。むしろ市場のすきまを狙った起業が大半である。この起業と、これまで説明してきた大企業の子会社群や様々な形の取引先との互恵関係がちょうど競合するのである。つまり日本の社会は、起業家にとってとても厳しい風土である。もっとも起業家と言っても、自分の前の会社での取引先と引き継いで商売をやっている人も多い。このような人々は起業家と呼べるかどうか疑問である。このようなことを考えると、日本では純粋な起業家と言うものは極めて少数派である。


    日本経済の活性化のためには、新しい起業家がどんどん生まれることが必要である。しかし述べてきたように、日本は起業家にとって厳しい状況にある。このような日本ではこれまで説明したような障害を乗り越え、起業を増やすには前述したように全体の需要を増やすことが特に重要である。端的に言えば、とにかく景気を良くして市場の「すきま」を大きくすることである。需要が増えることによって、これまでの互恵関係にこだわらない取引がそれだけ増える可能性が大きくなる。つまり新しい企業にもそれだけビジネスチャンスが増えるのである。

    ところが小泉政権の方針は全くこれに逆行している。2,3年経済は低迷しても良いと言ったスタンスである。実際、経済は低迷するどころかかなり大きなマイナス成長になると筆者は予想している。
    ところで小泉政権には改革プログラムと言うものがある。規制緩和などで530万人の雇用創出と言ったとんでもなく荒唐無稽なものである。この中になんと「チャレンジャー支援」と言うものが含まれている。

    需要のマイナス成長が予想されるのに、起業するチャレンジャーが容易に増えるはずがない。つまり今日は起業に一番向かない時期である。したがって税金が安くなると言われ、簡単に起業すると大変である。成功する確率は極めて低いのである。考えて見れば、このような状況はバブル崩壊後からずっと続いている。実際、昨年破綻した「そごう」を始め、経営危機と言われる企業は、バブル崩壊後も拡大路線を採ってきたところである。つまりリスクを取ったところが危機に直面しているのである。また個人でも「今が地価も底、金利も低い」と言われ、住宅をローンで購入した人々が、今日借金返済で苦労している。需要が伸びないどころか減少する、つまりマイナス成長の時代はチャレンジャーにとっては、とてつもなく厳しい時代なのである。



来週号は、もう一度構造改革を取上げることにする。

日本マクドナルドの藤田社長が日経のインタビューに答え、注目される発言を行っている。「参院選で自民党が大勝すれば自民主導で構造改革などが一気に進むだろう。1,2年は改革の痛みからデフレが続くかもしれないが、景気が持ち直してインフレになる」と述べており、さらに「インフレを見込んで出店を急ぐ」とまで言っている。たしかにデフレが進んでインフレになると言う部分は、全く意味が不明である。しかしデフレ政策で国民の不満が大きくなり、小泉政権の倒れることがあり得る。そして次の政権は、反対に強力な需要政策を行うと言うストーリが考えられる。たしかにこの場合にはインフレと言うことも考えられる。そしてこの筋書なら筆者の考えも近い。ちょうど00/11/13(第185号)「急がば回れ」で述べたようなシナリオである。

平成12年度末の個人の金融資産が対前年度で0.3%減少し、1,385兆円となった。記録の上では始めてのマイナスである。しかし中味を見てみると、株価下落により株式が27.5兆円も減少したことが影響している。一方、依然として預貯金の方は1%増加している。ここで重要なことは、12年度の経済成長率は0.9%であるが、物価が1.5%も下落しているので、名目の経済成長率はマイナス0.6%となっていることである。つまり名目の経済成長率がマイナスなのに、逆に預貯金は増えていると言うことである。


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01/6/25(第213号)「小泉政権の構造改革」
01/6/18(第212号)「需要があっての経済成長」
01/6/11(第211号)「深刻な中国との通商問題」
01/6/4(第210号)「中国の為替政策」
01/5/28(第209号)「中国との通商問題」
01/5/21(第208号)「消費の拡大策」
01/5/14(第207号)「消費不振の分析」
01/5/7(第206号)「小泉政権雑感」
01/4/23(第205号)「「IT革命」騒ぎの舞台裏」
01/4/16(第204号)「グリーンスパンのかかった二つ目の「罠」」
01/4/9(第203号)「グリーンスパンのかかった二つの「罠」」
01/4/2(第202号)「銀行の不良債権問題(その2)」
01/3/26(第201号)「銀行の不良債権問題(その1)」
01/3/19(第200号)「与党の緊急経済対策」
01/3/12(第199号)「自分の家の前の掃除」
01/3/5(第198号)「公共投資の経済効果」
01/2/26(第197号)「公共事業雑感」
01/2/19(第196号)「日本の経済政策の方程式」
01/2/12(第195号)「老人の貯蓄と経済(その2)」
01/2/5(第194号)「老人の貯蓄と経済(その1)」
01/1/29(第193号)「老人と貯蓄(その2)」
01/1/22(第192号)「老人と貯蓄(その1)」
01/1/15(第191号)「経済論議のポイント」
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