平成9年2月10日より
経済コラムマガジン

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01/6/25(第213号)
小泉政権の構造改革
  • 構造改革の実態
    本誌は、これまで構造改革と言う事柄をまともには取上げたことがない。基本的に経済政策と言うものは、それぞれの社会や経済の構造と言うものを前提に行うものと筆者が考えているからである。そして社会や経済の構造は、社会経済の変化や時代の流れによって、自然と変わっていくものと考えている。ところが世間では構造改革を行えば、経済も蘇るような印象を与える議論で溢れている。特に小泉新総理は「構造改革なくして景気回復はありえない」とまで言い切っている。したがって気が進まないが、本誌でも構造改革と言うものを取上げることにする。

    まず構造改革と言う言葉自体が曖昧であることを指摘しておきたい。「構造改革」と言っても、この言葉を使う人によって概念がそれぞれ違う。ある人は、銀行の不良債権処理が進んでないから「構造改革」が遅れていると言う。一方、銀行には公的資金の注入が行われ、さらに合併などによる体質強化がなされ、「構造改革」は進んでいると反論する人もいる。またある人は構造改革を規制緩和と結び付けて考えている。つまり規制に守られている産業を整理することが構造改革と思っているのである。

    とにかく構造改革をめぐる議論は混乱している。小泉政権の郵政事業の民営化、地方交付金のカット、道路特定財源の一般歳入化なども構造改革と言われている。これらは関係者の利害が複雑にからんでいるため、これまで変更が見送られていた事柄である。実際、人によってはどのようなものも構造改革の対象になるのである。一口に構造と言っても、様々なものが構造である。実際、日本人がリスクを好まないと言う独特の体質に根差した構造もある(金融資産に占める預貯金の比率が異常に大きい)。話はきりがないのである。


    このように一言で構造改革と言っても、人々の持つイメージはかなり異なる。社会や経済の構造と言った場合、筆者にもイメージはあるが、これまで正直言ってあまり意識することはなかった。構造と言う場合、日本経済全体の産業構造と言った大きなものから、財政の仕組のような小さなものまで実に様々の形のものがある。

    ところでここで重要な指摘を一つ行っておきたい。構造改革の「改革」と言う言葉が問題である。「改革」と言う言葉には物事が良くなると言うプラスのイメージが伴う。つまり「改革」をリフォームと捉えれば、これを実行すれば物事が必ず良くなり、少なくとも悪くはならないと皆が思うはずである。したがってほとんどの人々は「改革」に賛成しているのである。しかし小泉政権の「改革」は、「改革」ではなく、正確には「変革」と捉えるべきものである。「変革」であるからどちらにも転ぶ。また立場によっては良くなることもあるが、逆に悪くなることもあり得る。つまり「改革」と言う言葉に迷わされ、軽々しくこれに賛同するわけにはいかないのである。

    たしかに日本経済はわずか100年の間に大きく変化した。農業を中心にした経済は、工業やサービス業を中心にした産業構造に大変革した。人口の分布も大きく変わった。地方から都会への大きな人の流れがあり、都市の過密と地方の過疎を生んだ。このような大きな構造の変革の一方、個々の産業でも変革があった。繊維産業も生糸や綿と言った天然繊維から合成繊維に変わった。このような変革はほとんどの大企業が経験したものである。おそらく40年前の業務内容のままの企業はほとんどないと言えるくらいの変化を日本経済は経てきているのである。

    隆盛を誇った映画で映画館は連日満員であった。しかしテレビの登場で映画はすたれ、映画館はボーリング場になった。そしてボーリングもそのうちすたれ、ボーリング場はスーパーになった。また石炭は石油に取って変わられた。エネルギー転換である。このような変化は我々の周りで、日常茶飯事で起っていることである。しかしこのような小さな変化の積み重ねが、いつのまにか経済の構造までも変えているのである。


    「構造改革」を訴える政治家やエコノミストは大勢いるが、具体的な内容まで言っている人はほとんどいなかった。しかしこれらの人々もこれまで「構造改革なくして景気回復はありえない」と小泉首相と同じことを主張していた。ところが思いもよらず小泉純一郎氏が首相になってしまったのである。外野からそれまでの政府の需要創出政策を非難していた立場から、自分達で政策を作り、それを実行するはめになったのである。

    改革派の政策は、経済諮問会議の基本方針などに見られるようにで徐々に具体的に示され始めた。問題はこのような政策で、はたして日本経済が立ち直るかと言うことである。むしろ筆者は、これら改革派の政策は全く日本経済の現状を誤解した上で作成されていると断言する。これらについては別の機会にまた取上げるが、このような政策では、日本経済が立ち直させるどころか、逆に窮地に追込む可能性が強い。ところが改革派の人々は、2,3年は低成長を覚悟しなければならないと予防線を張っている。さらに景気が落込むようなら、柔軟な経済運営を行うとまで言っている。具体的には補正予算の策定である。

    また彼等はさらなる金融緩和を日銀に求めている。一体、これら改革派の人々は何を言っているのであろうか。これらの人々の日頃の主張は、非効率な産業や企業の速やかに退出を進め、資源をより成長が見込まれる分野にシフトすることが構造改革と言っていたはずである。それにもかかわらず、金融緩和とか補正予算とかとんでもなく矛盾したことを言っている。これでは彼等が日頃非難していた「弱い産業の延命策」そのものではないか。


  • デフレ経済下の構造の変革
    社会や経済の構造の変化は、新しい技術の登場や需要構造の変化に伴って起る。これ自体は人類の歴史そのものであり、この流れを止めることは難しい。一方社会や経済の構造の変化は、人々にチャンスを与えるものである。これによって人類の進歩と経済の成長が実現されてきたのも事実である。もっともこれが人々に幸福を与えてきたかどうかは別の問題である。

    戦後、日本では、多くの人々が人員余剰状態の地方から、人手不足の都会に移動した。これにより都会を中心にして経済の高度成長が実現された。これこそ歴史上日本が経験した最大級の構造の変革であった。たしかに都会に出た人々は、成功のチャンスを得ることができた。しかし一方、地方は、行き過ぎた人口の流出のため、過疎化の問題を抱えることになった。たしかに若者がどんどん都会に流出することは、地方にとってとても痛手であった。しかしこのような世の中の流れは止めることができないものである。

    そしてこれまで日本の中央政府が採ってきた基本的な政策は、経済の高度成長の成果を地方に厚く配分し、地方の経済の落込みを補おうと言うものであった。いわゆる日本全体の「均等な発展政策」である。しかしこのようなこれまでの政策に対して、人々の世代も変わり、「政府の政策は地方の厚遇」と都会からクレームが大きくなってきた。まさに小泉政権はこのような都会の声に応えようしているのである。

    筆者は、たゆまない構造の変化と言うものは避けられないことであり、進歩のためには必要なことと考えている。しかし構造の変化にはたいてい痛手が伴うものである。この痛みに対して、政府はこれを和らげる政策をしばしば行ってきた。しかしこれは決して不合理とは言えない。問題はその程度であろう。
    本来技術の進歩などに伴う構造変化の多くは、これまで説明してきたように、通常は政府が関知しないところで起る。ところが今回の構造改革と言われている項目は、特殊法人に代表されるように、まさに政府がこれまで深く関わってきた分野のものが中心である。しかしこれらも同様に痛手を伴うものであることは間違いがない。今回の構想でしわ寄せを受けるのは主に地方である。

    いつの世でも構造の変化には痛みは伴う。しかし経済活動が活発な時期、例えば高度成長期においてはこの痛みも小さく抑えることができる。新しい事業が次々に生まれるからである。前段で取上げたように、映画館がボーリング場に変わり、さらにボーリング場がスーパーに変わることもできたのである。同様に今後も、ガソリンスタンドがファミリーレストランに変われるようなら痛みを抑えることができるのである。しかし今日の不況のデフレ経済下ではどの業界も儲からない。このような時期に構想にあるような変革を実行すれば、新たに資産の遊休と失業を生むだけである。

    また高度成長期においてさえも、産業の構造の変革のすべてがうまくいったわけではない。前段で取上げたエネルギー転換、つまり石炭から石油への転換がその一例である。エネルギー需要は石炭から石油に急速に変わった。これも別に政府が関与した訳ではなく、人々が石油の方がクリーンで取り扱い易いと感じたからである。これによって産炭地では大量の資産の遊休と失業が発生した。しかし時代は高度成長期であり、多くの人々は都会に出て次の職を得ることができ、業者の中にも石炭から石油に取扱い品目を変え、新しく事業を展開する者が現れた。

    ところが旧産炭地の中には、急激な人口の減少を危惧し、地域の行政が人々の移動を引き止めを行ったところがあった。しかしこれが失敗であり、今日まで禍根を残すことになった。たしかに旧産炭地は新規事業の誘致など色々努力を行ったが、うまくいかなかったのである。したがってこのような地域は過度に財政に頼る形のままで、40年後の今日に到っている。

    このように高度成長期にさえも、産業構造の変革がうまくいかなかったケースがあったのに、小泉政権はこれらをデフレ経済の今日に強行すると言うのだからまともではない。さらに構造改革によってデフレ経済を克服すると言うのだから、「やってみたら」と言う他はない。小泉政権の構造改革には、学者や財界に熱烈の支持者が多い。そしてこれらの人々が小淵政権以降の需要政策にいちゃもんをつけてきた人々である。このため小淵政権も後半は中途半端な政策を強いられることになった。

    今、筆者は、これらの人々言動をしっかり見聞きしておくほかはないと考えている。「構造改革なくして景気回復はありえない」と言うセリフは全くの大嘘である。そのうち小泉政権が行き詰まり、このことが証明される(時期は不明)。当然政権も交代することになる。そして次の政権では、これまでのような中途半端な需要政策ではなく、本格的で科学的な需要政策に転換すべきである。また同時に今日の構造改革派の人々は、今度こそ一掃される必要があると考える。



来週号は、日本で企業の起業が減少していることについて述べたい。

来年のレークソルトオリンピックにおける日本の選手団の開会式などのユニフォームは、全部ユニクロが寄付すると言うことになった(寄付と言っても極めて大きな宣伝効果があり、どのスポーツウエアーメーカなども狙っていたはずである)。今後、ユニクロがスポーツウエアーにも進出すると言うことを意味しているのであろう。ユニクロと言うことになれば、もちろんユニフォームは中国で作ると言うことである。実際、日本選手団が中国製のユニフォームを着ると言うことは非常に奇妙な話である。現在のJOCの会長の八木氏は、先代のJOC会長である西武の堤オーナの側近中の側近として有名である。つまり今回の決定に堤オーナの意向が反映されていたと考えても無理はない。しかし何故、不況であえいでいる日本のメーカのユニフォームを使用しないのか不思議である。

日本のセーフガード発動に対して、中国から報復措置が実行された。これに関して案の定「日本国内から日本のセーフガードが間違いだった」と言う声が大きい。財界やマスコミ、さらに学者がその先鋒である。セーフガードそのものはWTOで認められた正当な対抗手段であり、むしろ中国の報復措置の方が問題である。もし中国がWTOに加盟していたなら、中国の方が違法となる行為である。たしかに100%の特別関税と言う今回の中国の報復措置は、比較的穏和なものと言う意見もある。以前韓国との間に同様の問題が起った時には、実に50倍の関税をかけたと言う話である。いずれにしても中国は普通の国ではないと言う認識が必要である。

中国との貿易摩擦は今後もっと大きくなる。筆者が一番問題にするのは、やはり中国の人民元の為替政策である。実際の価値の5分の1、6分の1の水準に為替レートが設定されている。実際、中国の人件費が日本の20分の1あるいは30分の1と言うことはあり得ないことである。これでは競争になるはずがないのに、誰もこのことを指摘しないのが不思議である。多くのエコノミストが「日本はセーフガードを発動せずに競争力を高める努力をすべき」と言っているが、人件費が20分の1あるいは30分の1でどうして競争になるのだ。あまりにも無責任な発言である。まず為替水準の是正を申入れることが最初である。


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01/6/18(第212号)「需要があっての経済成長」
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01/5/28(第209号)「中国との通商問題」
01/5/21(第208号)「消費の拡大策」
01/5/14(第207号)「消費不振の分析」
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01/4/16(第204号)「グリーンスパンのかかった二つ目の「罠」」
01/4/9(第203号)「グリーンスパンのかかった二つの「罠」」
01/4/2(第202号)「銀行の不良債権問題(その2)」
01/3/26(第201号)「銀行の不良債権問題(その1)」
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