- 商務省のレポート
クリントンは、任期中比較的支持率の高い大統領である。この背景としては、経済が順調に推移し、失業率も小さかったことが挙げられる。そしてクリントン政権の最大の危機は、数年前のセレス・モニカ事件である。しかしクリントンは何とかこの危機的なスキャンダルを乗り切ることができた。これには大統領として高い支持率を維持していたのが大きい。そして高い支持率は、述べたように好調な経済が支えていた。
最初の商務省のレポートが、このスキャンダルと前後した時期に公表されているのことが注目される。このレポートが、クリントン政権の経済政策が良かったことをことさら強調している。つまり米国の生産性が上昇していると言う話も、まさに政治的な意図があるものと解釈すべきである。
商務省の99年のレポートでは、生産性の上昇(一人当たりの粗利)がIT産業に限られており、他の産業(ITの使用産業)には波及していなかった。これについて商務省は、サービス産業などのITの使用産業への波及効果を計測することが困難だからと苦しい言い訳をしていたのである。ところが翌年の商務省のレポートでは、「計測が困難な産業を除いて計算すると「ITの使用産業」はプラスの生産性伸び率を示す」とさらに疑惑を呼ぶような解説を行っている。しかしこれは、米国経済が今後も持続的に成長するかどうか占う上で重要なポイントである。
しかしジャーナリスト東谷暁氏によれば、生産性の専門家であるロバート・ゴードンと言う学者は、「IT産業だけが生産性を伸ばし、ITの使用産業の生産性は横這いないし低下している」とこれらのレポートを厳しく批判している。たしかに「ITの使用産業にとって、IT投資にメリットがなければ、早晩IT産業中心の好景気は壁にぶつかることは目に見えていることである。ところが商務省のレポートはこの点が非常にあいまいなのである。どうも商務省のレポートは、極めて政治的な配慮がなされていると想って読むべきと筆者には感じられる。
今日のIT産業の急激な業績不振は、結果的にみごとにこの問題点をついたことになる。筆者は、今日のITの技術レベルやITのインフラの整備状況では、まだまだITの使用産業に与えられるメリットは限定されていると考えている。インターネットのセキュリティ技術の現状を一つ取ってみてもそうである。以前、有力サイトが膨大なアクセス攻撃で次々ダウンしたことがあるが、この犯人は15才の少年であった。また昨年世界に悪質なコンピュータウィルスをまき散らしたのは、決してITの先進国とは言えないフィリピンの専門学校生であった。このようにインターネット自体がまだまだ脆弱さを持っているのである。
今日のインターネットは個人がオークションに参加したり、玉石混交とした情報を得るのに重宝である。また株式投資を行う者にとっては、ほぼ必需品と言えるであろう。しかし企業にとっては、ITに投下した資本を回収すること自体が難しい。 BtoC(企業対消費者)の結果が低調でも、BtoB(企業対企業)は今後飛躍的に発展すると言う話が以前にはあった。しかし東谷暁氏によれば、現在行われているBtoBは、特定の取引先グループが以前別の通信手段で行っていたものを、単にインターネットに置換えているケースが大半と言う話である。たしかBtoBについは、中間業者の「中抜け現象」が問題視されていた。しかしそれ以前に、不特定多数の業者の参加を狙った事業グループの運営状況がかんばしくないのである。
たしかにパソコンなどのように部品数が限られているものについては、BtoBはある程度有効性を発揮するかもしれない。しかし自動車のように桁違いで部品数の多いものは、BtoBを全面的に取入れることはなかなか難しいと考えられる。
筆者が、このことを実感させられたのは、フォードとファィアストンが起こした欠陥タイヤ問題である。どうも問題発生の原因は、タイヤの空気圧に対する双方の認識の違いだったらしい。フォードはユーザーにタイヤの空気圧を「26」にすることを推奨していた。一方、ファィアストンは空気圧を「31」にして走行することを希望していた。フォードとファィアストンは創業以来100年近くの取引がある。それほど緊密な両社であっても、意思の疎通がうまく行っていなかったのである。このような問題がゴロゴロしているのに、取引がオープンなBtoBに簡単に移行する事態は考えられないのである。
ちなみに現状でも、たしかにフォードはオープンな部品の調達に積極的な会社であり、部品の外部調達比率も大きい。当然、BtoBにも熱心である。つまり低コストによる、低価格路線がフォードの戦略と考えられる。一方、外部調達比率を上げず、トータルな車作りを目指すメーカもある。下取り価格の違いも考慮に入れて、米国の消費者が今後どちらの車を選ぶかが注目される。米国の自動車販売の動向が、今後のBtoBの発展や方向を占う上で筆者は重要なポイントと考えるのである。もっとも米国自動車メーカのBtoBシステムは、独禁法の問題で立ち上がりからもたついたと言うことではあるが。
- ITブームとエコノミスト
東谷暁氏によれば、米国では、ITブームをマスコミを通じ、必要以上に煽ったエコノミストやジャーナリストが大勢いた。彼等が特に参考にしたのが問題の商務省のレポートである。多分に政治的であり、事実をねじまげたこれらのレポートを、中味を吟味せず、そのまま鵜のみにして彼等は「ニユーエコノミー論」を展開していたのである。はたしてIT関連企業が多いナスダック市場は活況に沸いた。ところが彼等は、これはバブルではなく、本当に米国の経済が変わったのだと繰返し主張していたのである。
しかしナスダック市場が、今日のように暴落と言えるほど下落してくると、誰が言っていたことが正しかったか、容易に分るはずである。ところで筆者は、「ニユーエコノミー論」が登場し、途中から変質して言ったことにはあまり反感はない。バブルの発生も資本主義につきものと考えている。むしろこのような動きは、経済の発展の際の活力となるもので、一種の必要悪みたいなものと解釈する。また新しい技術やシステムの登場に対して、始めから拒否するようでは社会の発展もない。
しかし「「IT革命」さえうまく行けば、政府の財政出動による景気対策は不要」と言った、日本における「IT礼讃」者は問題であると、筆者はずっと指摘してきた。日本のデフレ経済体質の本当の問題から、人々の関心をそらすことになるからである。「IT革命」を主張していた人々の一番の問題は、今だに自分達の誤りを認めないことである。たしかにしばらく前まで、日本でも「IT革命」を手放しで煽っていたエコノミストが多数いた。そして彼等のコメントも前述の米国商務省のレポートの焼き直しそのものであった。東谷暁氏は、その中からで特にいい加減な人物として三名のエコノミストを名指して、彼等を批判している。中谷巌多摩大教授、竹中平蔵慶大教授そして日本総合研究所の高橋進氏である。よくテレビに登場するメンバーである。
中谷氏は、以前は「規制緩和で日本は経済成長ができる」と主張していた。ところが経済戦略会議のメンバーになったとたん「財政支出」容認に変わった。規制緩和で経済が上向くと学者として信念を持っているなら、「財政支出」ではなくあくまでも規制緩和を主張すべきであろう。
本誌で何回も述べたように、筆者は、経済に与える規制緩和の効果はほぼプラスマイナスがほぼゼロと見ている。ところが中谷氏などの強く主張していた「規制緩和で日本は経済成長ができる」と言う考えは、広く日本中に浸透している。財政の出動を伴わなくても、景気が良くなると言う話であるから、財政当局も喜ぶ考え方である。実際、中谷氏などがマスコミに登場し、この説を披露した頃から、色々な人々が同様なことを主張し始めた。特に「財政再建派」の人々はこれに飛びついたのである。 しかし驚くことに、今日でも「規制緩和が景気対策として有効」と信じている人々がいる。橋本元総理もその一人である。
筆者も、無用な規制は緩和と言うより、撤廃することを主張している。しかしこれは、これで社会の効率のためであり、決して景気回復の手段になるからではない。ところで筆者の考えもやや変わってきている。規制緩和はしばらくは中止すべきと考えているのである。今日のデフレ経済下においては、業界によっては「不況カルテル」(今日では撤廃されている)を申請すべき状況とさえ考えているのである。
竹中教授も実にマスコミに頻繁に登場する。しかし主張がコロコロ変わるのでつかみどころがない。経済戦略会議のメンバーの時には、中谷氏と同様に財政出動による景気対策に賛成していた。特に彼は、「これだけ借金が多いのだから、10兆や20兆円の借金が増えても大勢に影響はない」と言うニュアンスの発言さえしていた。筆者は、「たまにはまともなことを言うのだなあ」と妙に感心したものである。ところが昨年になると、財政再建が重要であり、「補正予算」は全く不要と主張していた。
小渕前総理の評価の変化も凄かった。経済戦略会議のメンバーの時には「80点」の評価だったのに、一年後には同じテレビ番組では「10点」と言っていた。しかし小渕政権の政策にそれほど大きな変化があったわけではない。ただ公明党が連立に加わり、マスコミが一斉にこの連立の非難を始めていた頃である。また面白いことに中谷氏とこの竹中氏は互いに、書いている本を推奨し合っている。
筆者は、両氏をエコノミストや経済学者と見ていない。単なるタレントと認識している。経済用語をあやつるタレントである。彼等の発言は、マスコミが用意した台本に載っていると考えれば良い。したがって過去の発言に責任を持つ必要性を感じていないのであろう。
彼等は、故大宅壮一氏の言うところのまさに「遊泳術に長けた」人々である。最近では「銀行の不良債権の解決が一番重要」と言う発言に変わってきている。筆者は、そのうち「今の状態ではペイオフ解禁はとても無理」と言い始めるのではないかと予想している(一年前にはペイオフ解禁の延期にあれだけ強固に反対していたことは、筆者もはっきり覚えているのだが)。 そしてたぶん次の彼等の主張は「国債の暴落(利回りの急上昇)の可能性」と「銀行の巨額な国債の保有の問題」と筆者は読んでいる。どうもこれがタレントエコノミストの直近の流行らしい。ただし国債利回り変動の説明は、テレビではちょっと難し過ぎるみたいである。したがってこの流行は短命に終わる可能性が強い。このように問題の「IT革命」騒ぎも、マスコミが用意した流行の一つだったと考えれば良いのである。
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