- ITバブルの生成と崩壊
最近、奇妙な話が多い。「日本経済の成長のためには、生産性の伸びが悪い産業の退出が必要である。そのためにも銀行はそのような産業への融資を引上げ、政府もそのような産業の保護政策を止めるべきである。」と言う話を頻繁に聞くようになった。もちろんターゲットになっているのは、ゼネコンであり、一部の流通企業である。ゼネコンが潰れ、資源を成長産業に回せば、日本の経済は不況から抜出すことができると言うことらしい。しかし一体成長産業とはどこなのであろうか。多分、これらの人々は、IT産業なんかを念頭に置いているのであろう。
ところがIT産業の方も、最近では先行きがあやしくなっており、企業の方も設備投資の予定額も減額する事態となっている。要するに彼等は、しっかりとした根拠のある話をしているわけではない。「吹けば飛ぶような理屈」を世間に振りまいているだけである。しかし世間の人々の中には、このようなばかな考えに影響を受け、経営危機に陥っている企業や銀行が潰れたなら景気が回復するのではないかと、錯覚に陥っている人々が多くいる。
文芸春秋の4月号に、ちょうどこのような考えに反論するのに良い材料が載っていた。ジャーナリスト東谷暁氏の「IT革命なんて幻想だった」と言う文章である。この文章の前半は、米国を中心に起ったITブームの崩壊、そして株式のバブル生成と崩壊の実情をレポートしている。後半は、来週号で取上げる、問題のIT革命と言うバブルを煽った「生産性の向上と言う話」の危うさについての話である。今週号ではまずITバブルの生成と崩壊について述べる。
「IT革命」と脚光を浴びていた、米国のニューエコノミー(後で説明するが、最近この言葉の使われ方が変わってきている。とりあえず今日の世間と同じ使い方をする)の崩壊が進行している。IT関連企業は売上が減少し、在庫が増え、各社とも減益となっている。
まず最初に潰れたのが、インターネットを使ったニュービジネスである。いわゆるドットコム企業である。以前からこの分野の多くの企業は赤字であり、なおかつその赤字が解消されないことが問題にされていた。ところが「先行投資がかかるのは当り前」「最初に市場を独占したものが最終的な勝利者となる」と言うプロパガンダーが効いたのか、赤字にも拘らず、これらの企業に資金の流入が続いた。しかしこれはちょっと可笑しいと言うことで一年ちょっと前から、簡単には資金が流れなくなった。これらの分野での成功したと言われるベンチャー企業が登録しているナスダック市場の株価下落も、ちょうどその頃から始まった。
本誌は、誰でも思いつくアイディアを元にした、これらのネットビジネスが利益を上げることは難しいことを指摘してきた。ネットビジネスは極めて参入障壁が低い。したがって競争が激化して、よほど他人がまねのできないような個性的な商売でない限り、利益を得ることは無理である。ビジネスモデル特許と言う奇妙な権利が話題になったが、これが定着するしないに拘らず、ドットコム企業の崩壊が続いている。 (これに関連するが、「規制緩和」で投資が増えると言う信仰がいまだに根強い。「規制緩和」が行われると言うことは、参入障壁がそれだけ低くなり、競争が激しくなることである。つまり参入した企業はどこも儲からないことを意味する。したがって「規制緩和」が行われた場合、投資が行われるとしても一時的と考えるべきである。)
次におかしくなったのは、ITのインフラを提供していた企業である。具体的にはパソコンメーカー、パソコンソフト産業、インターネット周辺機器メーカー、通信会社などである。筆者は、この産業群の成長が米国の好景気を長引かせた原因と考える。つまりIT景気の本質はここであり、しかもこの分野の企業が一番利益を得ていた。
インターネットの登場は、新しいビジネスの可能性を提供した。誰でもビジネスチャンスがあり、誰でもが億万長者になれると言う「夢」を与えた。実際、ネットビジネスで脚光を浴びる人々が登場した。それが昨日まで隣に住んでいるような人々である。また赤字の企業でも株式を公開することによって、莫大な資金を得ることができた。さらにネット関連の多くの企業が店頭登録しているナスダック市場では、株価が連日高騰し、多くの株式長者を生んだ。
この頃、「ネットを使用するかしないかで、今後の人生の勝ち負けが決まる」と言う論者までも現れた(一部は本当であろうが、それほど断定的なものではなかろう)。このような事実は、人々にパソコンの購入の強い動機となった。 しかし反対に、ネットビジネスが次々に挫折して行くのを目の当たり見て、人々は目が覚めたのである。パソコンの売行きも落ち、ITのインフラを提供していたこれらの企業業績も、ネットビジネスが行き詰るにつれて収益が下降している。
そしてこの次に業績を落とすのは、IT関連の周辺にいる銀行・証券と言った金融関連企業である。株式が下落し、企業の売却や買収が落着けば、これらの企業の収益も減少する。最近、シティーバンクなど金融関連企業のリストラも報じられるまでになった。
- 本来の「ニューエコノミー」
インターネットに代表されるITのブームは、米国のみならず世界中に広がった。しかしここで誤解してはいけないのは、ITブームは広範囲に浸透していたが、経済的なメリットを実際に享受できた企業群は極めて限定されていたことである。先程述べたようにインターネットのインフラを提供していた企業とその周辺である。 さらにこれらの企業の株式を購入していた人々は、株価上昇によって間接的な恩恵受けた。また株価上昇によって、株式市場に流入する資金も増え、ITとそれほど関係が深くないニューヨーク市場の株価までも上昇した。つまりITブームは、株価上昇による資産効果によって、消費拡大を生み、各国、特に米国の好況を長引かせたのである。
そして今日、この歯車が逆回転を始めている。ネット企業の挫折に続き、インフラを提供していた企業の業績不振、さらに金融関連まで、不振の輪が広がった。今後注目されるのは、業績不振の波がどこまで広がるかと言うことである。筆者は、株価下落による逆資産効果に注目している。具体的には消費の動向である。たしかに自動車の売上などははっきり減少している。しかし現在のところ株価下落の悪影響は消費全体にはまだはっきり現れていない(クリスマス商戦が不調だったり、ハイテクや自動車の売上は減少しているが、不思議なことに全体では、まだ米国の消費ははっきりとは減少していない。)。貯蓄率も依然マイナスである。しかし全体の消費が今後減少するようだと、最悪の場合、成長の鈍化に止まらず、米国経済も年間でマイナス成長になる可能性がある。
以前、本誌で述べたように、米国の景気対策は意外と限られている。景気が後退する中での金利引下げの効果は小さい(本来金利の動きに敏感だったはずの米国経済が、緊急利下げに反応しないことが注目される)。また、予定されている減税も決して大きくない。レーガン大統領が行った減税に比べ、GDP比で半分の規模(減額の動きがあり、減額されれば三分の一近くになってしまう)である。また、多くの州政府は、財政の均衡が義務づけられている。したがって今後税収が減少すれば、歳出を削減することになる。つまりITバブルの後始末は結構大変なのである。
ITのバブルの生成過程では変なことが起った。グリーンスパンFRB議長の発言が大きく変わったのである。96年、ダウ平均が6,000ドルを超えた時には、グリーンスパン議長は「根拠なき熱狂」とこの動きを牽制していた。議長は、日本のバブル経済の崩壊に関心が強く、日本の二の舞いにならないよう注意を払っていたのである。
ところがそれ以降、ダウがさらに上昇し、ナスダックの店頭銘柄が高騰してくると、グリーンスパン議長は、反対に「生産性の飛躍的な向上が見られる」「これは100年に一度起るかどうかの経済現象であり、株価もそれを反映している」とそれまでと180度変わった発言を行うようになった。ちょうどその頃からと思われるが、「ニューエコノミー」と言う言葉の使われ方も変わってきた。元々はっきりした定義があったわけではないが、最近はITのようなハイテク産業の総称として使われている。そしてその他の従来の産業がオールドエコノミーと言うことらしい。
しかし「ニューエコノミー」と言う言葉が登場した時にはその意味合いはかなり違っていた。これについては本誌でも97/8/11(第28号)「米国の景気を考える(その2)」で取上げた。当時は「ニューエコノミー論」と言う考えが提示され、これ自体が議論の対象となった。経済活動が活発になっても物価が上昇せず、景気循環もなくなると言うのが「ニューエコノミー」肯定派の主張であった。背景として次のようなことが挙げられた。
- 生産のグロ-バル化
途上国の生産技術の向上によって、より安い製品の製造が可能になり、よりコストの安い地域から商品を輸入することができ、国内の物価が安定化した。
- 金融の変化
金融市場の規制緩和により、効率的な資金の移動が可能になった。
- 雇用の性格の変化
従来の労働組合の組織率の高い産業から、サ-ビス業やソフト産業への雇用の移行がなされた。これにより、テンポラリ-ワ-カ-の増加し、人件費の削減と企業の柔軟な雇用調整を可能にした。
- 政府の政策
これは二つ考えられる。一つは各産業分野での規制緩和により、競争がそれだけ激しくなり、商品価格があまり上がらなくなった。もう一つは、米政府の財政赤字の削減である。ここで政府の資金需要が減ることにより、その分市場金利が低目に推移することになった。
- 途上国市場の拡大
文字通り、ASEAN諸国、中国、中南米諸国の経済発展が、米国経済にも良い影響を与えていることである。
- 情報技術の発展
情報システムへの投資の増大と、情報技術そのものの進歩により、企業経営の意思決定を速め、また在庫の管理を効率化させた。
このように当時は、人々は「ニューエコノミー」に対してもっと真面目に考えていたのである。中にはこれは楽観的すぎると言う意見もあった。筆者は、当時の解釈での「ニューエコノミー」と言うものについては、景気循環がなくなるかどうかは別として、これはあり得る現象と考えていた。
と言うのは、このような現象を日本は既に経験済みだったからである。筆者の考えでは、日本経済はバブル期にこれに近いことを経験したのである。バブル経済のピーク時の物価上昇率はわずか3.3%であった。原因としは、上記のいくつかが該当すると筆者は考えている。つまり日本は世界の先進国の中で先駆けて「ニューエコノミー」を体験した国だとも言えるのである。
ところで世界中の中央銀行の一番の関心事は「物価」であり、その上昇率である。ところが今回の米国の長い好況局面では、物価が比較的安定していた。失業率がかなり小さくなっても、物価は上昇しなかったのである。しかしこれが後々に問題を大きくするのであった。
まず筆者は、このような物価が上昇しないと言う現象は、経済のグローバル化など、まさに「ニューエコノミー」肯定派が主張していた事柄が影響していたと考える。中国などの発展途上国が、先進国から技術を取入れ、先進国の消費者の要求にかなう製品を作れるようになったことが大きい。また米国には、中国やインドからIT技術者が多数来ており、ソフト開発費用の上昇を抑えた。このようなことが、好況が続いていたはずの米国での物価の上昇を抑えたのである。
これまでも米国では、半ば人為的な政策で景気は循環していた。景気が過熱し、物価が上昇するとFRBは金融を引締めた。そしてそのことによって景気もスローダウンした。しかし今回は、失業率が低下しても、はっきりとは物価が上昇しないため、まさに金融引締めのタイミングを失したのである。議会も、金利引上げの動きに対しては、「物価が上昇していないのに余計なことはするな」と言うムードが強かった。ところがここが重要なポイントであるが、一方では株式などの資産価格がどんどん上がっていたのである。つまり日本のバブル期と同じような現象が起っていたのである。日本の場合、上昇したのは、株式と地価であった。
日本のバブル崩壊を見て、注意していたはずのグリーンスパン議長もみごとに一つ目の「罠」にかかったのである。さらに両国ともバブルの進行している中で金融引締めに動いたが、不幸にもハプラングが発生して、うまくいかなかった。日本の場合は、世界同時の株式の暴落、つまり「ブラックマンデー」に直面し、引締め政策は撤回された。 米国の場合は、ロシア経済危機に起因するヘッジファンドの破綻騒動で、逆に金融を緩めることになった。また2,000年度問題で、米国のみならず各国が流動性を供給したため、この資金が米国の株式市場、特にナスダック市場に流れ込んだ。そしてこれらがバブルをさらに大きくしたのである。
2,000年度問題の余剰資金がナスダック市場になだれ込んだ結果、株価は急騰した。しかしそこが天井であった。それ以降、ナスダック市場は崩壊の道を歩み、今日に到っている。 先程述べたように、今のところ、米国株式の下落がどの程度まで実態経済に影響を与えるのかについては、まだはっきりとは見えて来てはいない。しかし筆者は、かなり高い確率で、株価下落の影響が、今後はかなり大きなインパクトとして、米国経済全体に悪影響を与えると考えている。貯蓄率もプラスになるものと考えている。
そして米国でのバブル生成の過程で、さらにグリーンスパン議長は、もう一つ別の「罠」にかかってしまったのである。それは「生産性の向上」と言う架空の物語であった。
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