平成9年2月10日より
経済コラムマガジン

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01/4/2(第202号)
銀行の不良債権問題(その2)
  • もう一つのバブル
    先週号で取上げた経済産業省の小林慶一郎氏の主張のように、「日本経済長期低迷の原因は銀行の不良債権の存在であり、これを解決しなければ、日本経済再生はない」と言う意見は巷に溢れている。しかし筆者は、先週号でこの説は真っ赤な嘘と断じた。話は全く逆で、日本経済の長期の低迷が、銀行の不良債権問題を深刻にしたのである。そして重要なことは、このような主張をする人々のほとんどが、以前、財政再建を強く主張していた人々である。

    財政再建は、橋本政権が壮大な実験を行ったが、大失敗に終わった。そこで財政再建論者が持ち出したのが、銀行の不良債権である。銀行が不良債権を抱えているから、財政再建路線がうまく行かなかったと言い逃れを始めたのである。日本の経済の論者は、実に潔さがない。

    このような例は山ほどある。最近、日経新聞は、日銀の「ゼロ金利政策復帰」を「日本経済の構造改革を進める上でのフォローとして歓迎される」とさかんに言っている。しかし昨年の日経の論調は「日銀のゼロ金利政策は、退出すべき企業の存続を許し、構造改革を遅らせる」と日銀にゼロ金利政策解除を迫っていた。
    日銀のゼロ金利解除に前後して、経済は下向きになり、株価も大きく下落した。そこで日経も巧みに論調を変えてきた(それも180度)だけである。要するに日経は日本経済の見通しを完全に見誤ったのである。そしてこのように主張が、コロコロ変わるのは、日本経済の根本の問題を理解したくないからである。どうしても日本経済の「過剰貯蓄体質」と言う本質を認めたくないのである。


    日本では、今回のバブル期以前に銀行が多額の不良債権を抱え込んだことがある。正確には抱え込んだはずだが、問題にされなかったと言うことである。第一次オイルショックの後である。田中角栄総理の列島改造ブーム時の土地投機の結果である。今回のバブルとの違い、規模が小さかったことはたしかである。しかし土地投機の対象地域は、今回のバブル期よりずっと広範囲であり、全国的なものであった。ちなみに前回のバブルの後、地方の土地が全くと言ってよいほど処分ができなかった。これにこりて今回のバブルでは、流動性が重視され、大都市の土地が主に物色されたのである。

    前回のバブルは、第一次オイルショックであえなく潰れた。街にはテナントが入らないビルいたる所に立っていた。かなり無理な開発を行ったのであろうか、菱形のへんな形のビルが立っていたのを見たことがある。不動産開発が本業ではない企業も、競って土地を買っていた。ある繊維の専門商社も売れない土地を抱えて困っていた。筆者は、どう言うわけか時計メーカーが東京の郊外で分譲住宅の販売を行っているのを見たことがある。

    このように規模の違いがあったとしても、前回のバブルでも、今回のバブルとよく似た現象が見られたのである。これらの土地投機ももちろん銀行の土地融資でなされたものである。前回のバブルでも、場所によってはかなり地価が高騰したところもあり、そのような所はバブル崩壊後かなり激しく地価が下落している。したがってバブル崩壊後は、企業も銀行もかなり大きな不良債権を抱えたケースもけっこうあったはずである。しかしバブル崩壊に伴う不良債権で行き詰まる企業の数はそんなに多くはなかった。銀行の方もバブル崩壊で信用不安が囁かれるようなこともなかった。前回のバブル崩壊による混乱は、何ごともなかったかのように過ぎ去ったのである。

    たしかにバブルと言っても、両者には規模の違いがあり、今回のバブルの方が大きかった。日本経済の規模も大きくなっていたため、動いた金額のスケールも大きかったのである。しかしバブル崩壊後の光景はよく似ている。前回のバブル崩壊後も「不動産は今後は絶望的」と皆が本当に想っていた。実際、不動産が再び動き出すのは6,7年過ぎた81,82年頃からである。不動産はもうだめと筆者も思っていた。したがって友人の不動産屋から、その頃になって都心のビルが結構高い値段で取引され始めたことを聞いた時には、正直言ってちょっと驚いた。つまり今回のバブルに繋がる動きが、既に当時から水面下で始まっていたのである。

    筆者は、この経験から、97年頃には不動産の市況も底を打つのではと期待していた。しかしそれ以降も下落傾向に歯止めがかからない状態が今日まで続いている。筆者には、地価の下落が止まらない要因が色々と考えられる。筆者は、一つは橋本政権の緊縮財政による経済運営の大失敗である。もう一つは、早期是正措置政策による不良債権償却の促進である。この動きによって企業や企業の保有土地の放出を本格的に行うようになり、地価の下落が止まらなくなったのである。

    しかし前回のバブル崩壊は特に問題にされないままに解決された。これには色々な要因が考えられる。原油価格は高騰により、燃費の良い日本の自動車が世界で注目され、この頃から急激に輸出が伸びた。名目経済成長率も74年度を除き、プラスを維持することができた。一方住宅は、バブル崩壊後、長い間スランプにあった。しかしプラザ合意後の円高不況に対する内需拡大政策によって、住宅建築ブームが起った。前回のバブル時に取得された塩漬け土地も、このブームによって捌けたのである。つまり前回のバブル物件が今回のバブルによって解決を見たのである。

    前回のバブル時には、まだ銀行も政府の保護・管理下にあり、銀行自体も体力があった。自由化が進んだ今回のバブル期のようなむちゃくちゃな融資行動も限定的であった。しかし前回のバブル崩壊でも、銀行はかなりの不良債権を抱えていたいたはずである。
    しかし前回はそれ以降の経済活動の活発化によって、これが表面化しないままにうまく解決されたのである。もっともこのようなことがあったためか、今回のバブル崩壊による不良債権も、そのうち解決がつくと安易に考えていた人々が当初は多かったはずである。


    前回のバブルがうまく解決したのに、今回のバブルは深刻化する一方である。両者で何が違ったのかについては、また別の機会にもう少し述べたい。たしかに政府・日銀の政策のミス(ちょっとひどすぎるミスの連続であった)も重要である。またまるで意味のない「政治改革騒動」が、政治の空白を招き、経済の長期低迷の大きな原因の一つになっていることも指摘しておく必要がある。

    しかし今週号で一番強調したいのは、銀行の不良債権が経済低迷の原因ではないと言う事実である。前回のバブル崩壊により不良債権が発生したが、これを処理したから景気が回復したわけでは決してない。そして前回のバブル崩壊の悪影響が克服された過程は、今回の事態の解決のヒントになる。逆に銀行の不良債権の処理を急がせると言うことは、とんでもない政策である。これによって地価がさらに下がるからである。今一番必要な政策は地価を反対に上昇させる政策である。


  • 不良債権処理の困難さ
    「日本経済長期低迷の原因は銀行の不良債権の存在であり、これを解決しなければ、日本経済再生はない」と主張する人々は必ず、まず銀行の不良債権を厳しく査定し、正しい不良債権額を出せと言う。たしかに口で言うのは簡単である。たしかに筆者も、正確な数字を知りたい。世間では20兆円くらいと言う人もいるが、100兆円を超えると言う意見もある。

    正しい不良債権額を知ることが出発点と言う人々は実に多い。しかしこれは技術的に不可能なことである。資産の評価がよく問題になるが、ほぼ正確に評価できるのは自分が保有する資産だけである。銀行では債権を区分して管理している。正常債権以外の債権、つまり不良化する可能性のある債権(既に不良化したものも含まれている)が管理対象である。これらは銀行に支払の猶予や金利の減免を具体的に言って来たところである。一方正常債権に分類されている企業が、本当に全て正常かと言うとそうではない。中には破綻寸前であるが、銀行の返済だけは滞り無く行っていると言う企業もある。

    実際、融資先の資産状況や経営状況は、とても正確には把握できない。ましてや自分のところがメインでない融資先の経営内容を知ることは難しい。そもそもその融資先も自分のところの資産を正確に把握することは至難の技である。まず子会社や孫会社のほとんどは非上場であり、これらの保有株式の評価が難しい。さらに取引先の財務内容を知ることも容易ではない。興信所に調査依頼し、調査結果をもらっても、それで分るのは財務諸表ぐらいのものである。取引先の倒産が予想されていても、どの程度引当すれば良いのか判断が難しいのである。

    そもそも時価で評価すると言っても、正確に評価できるのは、上場株式などの一部の有価証券だけである。一方、土地の時価評価は難しい。公示価格と言うものはあるが、これは売買価格ではない。かりに土地の時価が分っていても、実際その価値があるかどうかは不明である。土地を処分しようとしても、買手が全く現われないケースがよくあるからである。このような土地の実態は無価値と考えた方が良い。

    また企業の資産価値と言うものも、存続を前提にするのか、あるいは清算を前提にするのかでかなり違ってくる。このことは金融機関にもあてはまる。これまで破綻した金融機関の債務超過額が事前の公表されていた数字より、ずっと大きくなるケースがほとんどである。たしかに粉飾によって資産が過大に評価されていた場合もある。しかし粉飾がなくても、企業の存続がなくなったことによる資産の劣化による債務超過額の増加と言う事態もある。たとえば山一のように残存資産があると言われていたのに、整理した結果、債務超過になるケースもある。これは資産の査定が甘かったと言うこともあるが、清算に伴う資産の劣化と言う要素もある。

    このように簡単に不良債権額を把握と言っても、正確に数字がつかめるはずがないと筆者は考えている。筆者は、実際の銀行の不良債権の額は、多めに言っている人の数字と、少なめに言っている人の数字をたして二で割ったくらいが実態ではないかと、勝手に想像している。また今後は、地価の下落が依然続き、企業倒産も増えるので、不良債権額はどんどん増えいくものと考えている。正常債権も不良化するのである。

    銀行の不良債権の処理が済めば景気が回復すると言うこと自体もおかしいが、だいたい処理できるような規模ではない。これを全て「公的資金で穴埋めしろ」と言ういさましい意見もある。しかし言っている本人がどの程度の不良債権額を想定しているのか不明である。もちろん銀行の独力で償却できる額ではないことは確かである。


    筆者は、銀行の現在の不良債権額だけではなく、その増加額に注目している。市場は銀行の赤字決算による償却額の増額を好感して、銀行の株価は高くなっている。しかし問題は、不良債権の絶対額の推移である。銀行は今期4兆円の償却を予定している。ところが金融庁の調べでは、上期だけでも不良債権は新たに3.6兆円発生している。つまり償却する以上のペースで不良債権残高は増えていることになる。これは査定を厳しくしたと言う要素もあるが、純粋に今でも不良債権の発生額も増え続けると受取るべきである。

    本店を売却して不良債権の償却額を増額する銀行も出てきた。銀行の処理能力の限界はとうに過ぎていると言うのが筆者の感想である。地価の下落と経済のデフレ傾向が終わらない限り、さらに銀行の不良債権は増え続けると覚悟すべきである。

    自分だけは生残りたいとの一心で、企業は資産の売却を急いでいる。たしかに地価の下落がまだまだ続くとしたなら、早めに処分する方が有利である。しかし全員が資産売却を進めるため、さらに地価が下落することになる。

    このような状況であるのに、銀行には「不良債権の償却を急げ」「直接償却をしろ」と圧力がかかる。もし銀行が処理を急げば、担保土地が売却され、さらに地価の下落に拍車がかかることになる。実際、今日日本の人々は自分で自分の首を絞めているのである。また、このようなことを煽る、無責任な経済学者やエコノミストが実に多いのである。


    銀行の不良債権の処理に莫大な公的資金の投入が必要と主張する人々がいる。日頃財政支出に厳しい人もそう言っているので驚かされる(これらの人々は、いつも日本の財政は限界であり、これ以上の財政支出はできないと矛盾したことを平気で言っている)。これに投入される公的資金は見返りがない。しかしその莫大な資金を前から経済に投入しておけば、経済活動ももっと活発になり、失業の発生もくい止められたはずである。また地価の下落も止まっていた可能性もあり、結果として銀行の不良債権問題も今日のような危機的状態にはならなかったはずである。

    前のバブルがうまく解決したように、一番大切なことは、経済活動のレベルを上げることである。これによって地価の下落を止める必要がある。しかし今日の状況では、止めるだけでは済まないかもしれない。つまり地価が上昇するくらいの名目成長率が必要と考えるのである。それでも不良債権問題が残る銀行については、個別の対処を考えれば良い。これは今日処理するより、ずっと容易にできるはずである。

    銀行が破綻寸前の企業をどんどん切って行くことが、日本経済再生への近道と言う評論家が実に多い。「これによってデフレは深刻になるが、このような危機的状況になれば、かえって日本人は考えを変え、頑張るはずだ」と言うのである。なさけないほどの科学性のない主張である。精神主義そのものであり、戦前の日本軍と同じ発想である。また一企業の再生と一国の経済の再生は全く次元の違う話である。このような発想する人々は企業ジャーナリストに多い。彼等はマクロ経済の理解が全くなく、聞いている人々に誤解を与えるだけである。もっとも経済学者と言われている人々の中にも、彼等と同レベルの者がけっこういる。



先週号で取上げた経済産業省・小林慶一郎氏の文章は本当にひどかった。しかし同じ4月号の文芸春秋には、東谷暁氏の文章があり、こちらは非常に面白かった。来週号では、これも参考にして、生産性と経済成長について述べたい。「生産性の低い産業が市場から退出することが、経済低迷から抜けるカギだ」と言う話を最近よく聞くが、これも「妄言・虚言」と言う話である。

デフレ経済脱却のためには、円安政策を行えと言うもっともらしい主張が急に増えた。筆者も元々円安論者であり、円安がデフレ対策に成りうることは承知している。しかしこの話は実現性が薄い。しかし98年などには140円を超える円安で推移していたが、物価は下落していた。円安だけで、本当に物価が十分上昇するのか疑問である。もし200円のレートなら実現すると言うなら、実現性の全くない話である。まず他の国が承知するはずがない。結局このようなことを主張する人々は、財政の支出増に反対したいのである。つまりこれも「妄言」の一種である。


米国がついに「地球温暖化防止条約京都議定書」の枠組みから事実上離脱する方針を表明した。米国の言い分は、実現が難しく、「経済に悪影響」と言うことである。地球温暖化防止条約については、本誌も97/12/1(第44号)「京都会議と経済を考える」で取上げた。

「人間が排出する二酸化炭素が温暖化の原因」と言うのがIPCC(地球の温暖化については専門家で構成する気候変動に関する政府間パネル)の結論である。京都議定書はこのIPCCの考えが元になっている。しかしこのIPCCは欧州諸国が中心であり、米国が賛同したものではない。米国はまずこのIPCCの結論の科学性に疑問を持っている。しかし科学性を全面に出し、欧州と議論しても「神学論争」になる恐れがあると感じたのであろう。米国は、この種の問題に対して欧州の人々が信じられないくらい「頑固」であることを知っている(米国人も他人のことは言えない。捕鯨問題での態度は異常に頑である。つまり欧米人は頑固者の集まりである)。したがって今回は経済問題を持出して、この枠組みから離脱を図ったのである。

筆者も、かりに二酸化炭素が温暖化の原因としても、「人類の排出する二酸化炭素」が決定的な要因と言う話にはちょっと疑問を持っている。人間の排出する二酸化炭素は年間30億トンである。しかし大自然のメカニズムは桁違いの大きさである。たとえば海水は、放出する二酸化炭素が年間1,600億トンであり、ほぼ同量の二酸化炭素を毎年吸収している。

また地球の気温も500年から600年のサイクルで昇降を繰返している。現在は温暖化のサイクルに入っていると言う説もある。この大自然のサイクルと人類の排出している二酸化炭素の関係が問題である。かりに人間が二酸化炭素の排出を止めても、自然のサイクルで気温が上昇するのなら、二酸化炭素の排出を削減しても意味がない。

二酸化炭素は水に解けるが、水温が低いほど解け易く、高くなると解けにくくなる。つまり一旦、気温が上がり、水温が上昇すれば、海水に含まれる二酸化炭素も放出量が増えることになる。二酸化炭素の放出が増えれば、温室効果によってさらに気温が上昇し、さらに二酸化炭素放出量が増えると言うメカニズムである。つまり温暖化が始まるとピークまで気温は上昇し続けると言うことになる。
(何故ピークが迎えるかについては、筆者も素人なのでよく分らない。ただ海水温が上昇すれば、蒸発する水分が増え、雨量が増えることが考えられる。雨量が増えれば、雨に二酸化炭素が吸収されたり、気化熱を奪うことなどで地球を冷やす効果がある。一旦寒冷化が始まれば、反対に寒冷化が進むと言うパターンに入るのではないかと筆者は素人なりに考えている)

この問題については地球温暖化の科学的な解明がまず絶対に必要である。本当に人類の排出する二酸化炭素が決定的に問題なら、米国の行動はとんでもないことである。反対に人類の排出する二酸化炭素の影響が小さいものなら、排出の削減を行ってもピークの到来が数年先延ばしになる程度の話である。つまり米国の行動は合理的なのである。

米国の枠組みからの離脱表明を、表面的には日本は説得すると言うことである。しかし関係者の中には「ほっとした」人もいるのではないかと感じている。もっとも欧州の中にさえもいる可能性がある。ひょっとしたなら「地球温暖化防止騒動」は単なる「世紀のカラ騒ぎ」と言うことになるかもしれない。何ごとよりも重要なことは「科学性」である。
そして日本経済論議で一番欠けているのはこの「科学性」である。したがって今日のように「妄言・虚言」の類がはびこってしまったのである。


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01/3/19(第200号)「与党の緊急経済対策」
01/3/12(第199号)「自分の家の前の掃除」
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01/2/12(第195号)「老人の貯蓄と経済(その2)」
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