平成9年2月10日より
経済コラムマガジン

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01/3/12(第199号)
自分の家の前の掃除
  • マクロ経済の担当
    日銀はよく「自分の家の前の掃除だけ熱心」であると揶揄される。これは自分達に与えられた使命だけが絶対であり、これを実現することだけに熱心であり、他のことには興味がないと言う行動パターンを意味している。日銀にとっての使命は、日銀券の価値を維持すること。つまり物価は上がらないことが最も重要なことである。このためには為替も円高の方が好ましい。昨年の8月には「ゼロ金利解除」を政府の反対を押切って強行した。

    日銀はそれまで「ゼロ金利解除」を行いたくてうずうずしていた。チャンスを待っていたのである。たしかに昨年の前半は設備投資の回復で、一瞬景気が回復したような錯覚を持った者が多かった(本誌は、一貫して最終需要が増えないのだから本格的な景気回復はあり得ないと主張していた)。多くのエコノミストが、景気はもう良いから、次は財政再建と言っていた。この頃ほとんど全部のシンクタンクも経済成長率の上方修正を行った。このような雰囲気に乗って、日銀は「ゼロ金利解除」を強行したのである。また当時は、ほとんど全部のマスコミが「ゼロ金利解除」を主張していたのであるからとにかくあきれえる。

    もっとも本誌は、「ゼロ金利解除」には、日銀村の住人である「短資会社」の救済の意味合いもあったと言う見方は変えていない。したがって「ゼロ金利復帰」になぜ日銀がこれほど抵抗を示すかと言うことを考える時には、このことを無視することはできない。

    自分の家の前だけきれいになっていれば良いのであり、日銀にとって国民経済の行く末なんてどうでも良い話である。もっとも日銀に国民経済や景気の動向に感心を持てと言う方がおかしな話である。せいぜい政府の経済政策と整合性のとれた金融政策を行えと言うくらいであろう。ただし一つの問題がある。日銀総裁の任命権者である首相が替わっているのに、いまだに二代も前の首相が任命した総裁が居座っていることである。任命してくれた首相が辞めた場合は、その任命を受けた日銀総裁が進退伺いを出すのは当然と考え、これをルール化すべきである。


    しかし「自分の家の前の掃除だけ熱心」と言う現象は、なにも日銀だけに見られるものではない。他の官庁もすべて同じである。財務省の関心事は「財政再建」である。厚生労働省は、保険金を集めることである。他の官庁も似たりよったりである。特に厚生労働省の前身である厚生省は「モンロー主義」と言われるほど、この傾向は強かった。政府が景気対策を行っている時に限って、厚生省は保険料のアップを画策していた。

    官僚は自分達の守備範囲をきっちり決め、その中だけは掃除をしてきれいにすることが仕事とわきまえている。一つの問題は、各省庁の守備範囲から漏れる分野の存在である。たがいにこれらの押し付け合いが起るのである。しかし一番の問題は、すべての官庁に関わるような問題、つまりマクロ経済の問題をどこも担当していないと言うことである。たしかに経済成長率などを算出している部署はあるが、経済全体に及ぶ政策を、責任を持って担当している官庁はないのである。

    したがって官庁が進める政策が、マクロ経済にどのような影響を及ぼすか、考えることはない。今問題になっているのが、金融庁の銀行の不良債権処理の対応である。銀行に不良債権の最終処理を促し、その手段として直接償却を迫っている。金融庁だけでなく、柳沢金融担当大臣も熱心である。所管の問題を解決することが彼等にとって最重要である。これこそ「自分の家の前の掃除だけ熱心」と言う行為であり、最近の印象は日銀以上のものがある。

    直接償却の具体的な方法は、貸し付け先の倒産、不良債権の売却、そして債権放棄(この方法が一番使われるのではないかと言われている)である。これはの全ては銀行の決算数字を悪くすることを意味する。しかしこれだけ株価が下落しては、株式売却による利益の捻出は無理である。したがって赤字決算をいやがる銀行がこの要求をすんなり受入れるはずがない。しかし当局の要請が強いものならば、何らかの対応をせざるを得ない立場に置かれている。予想されるのは、中途半端な処理、とそれに伴うある程度の倒産の増加である。いずれにしても銀行の決算内容を悪くする政策である。ところで今期中と言っても、償却する不良債権の確定額が大きくなれば、商法の規定で配当ができない銀行が出てくる可能性がある。もしその銀行が既に中間配当を行っている場合にはどうなるのであろうか。

    最終処理を主張する声は意外と大きい。日経新聞を始めとしたマスコミや市場関係者、そしてそれに悪乗りしているエコノミストや学者、さらに政治家も多い。政治家は民主党だけではなく、自民党の若手も連日テレビに出演してこれを訴えている。一般の人々の中にも、最終処理と言う言葉で、これですっきりし、景気も上向くのではないかと言う幻想を持つ者も多い。したがって中途半端な処理と言うことになれば、最終処理がきちんとされないのが悪いと言う、どうどう巡りの議論が沸き上がってくることが今から予想される。


    経済が成長しないのは、需要不足が原因である。これは日本の過剰貯蓄体質からきている。政府が赤字を増やし、財政支出を増やしても、それ以上のペースで貯蓄が増えているため、これに追いつかないのである。また政府が財政支出を増やしても、余力のない地方は財政支出を絞っている。住宅建設や設備投資もピークを過ぎ、輸出も米国の景気後退で難しくなっている。これを見れば株価が下落するのも当然である。

    これに最終処理に伴う、倒産の増加が加われば、マクロ経済がさらに悪化するのは当然である。企業倒産が続けば、景気が良くなると言う話は聞いたことがない。過去の景気の転換は全て、政府の景気対策の発動で始まっているのである。決して企業の倒産が続けば景気が回復すると言うことはない。このようないい加減な議論が公然と行われているのである。

    どの官庁も関心がないのであるから、マクロ経済については政治が責任を持って対応しなければならない。その政治家に迷いがあり、政府の経済対策が中途半端になってきている。これを見て、どの官庁もまた「自分の家の前の掃除だけ」に一生懸命になっている。最近この傾向がとみに目立つようになった。特に政治の世界が混乱してくると、官僚は自分達の流儀で仕事を進めようとするのである。金融庁の動きもこの一環である。言い出した柳沢金融担当大臣が一体何を考えているのか、筆者にはよく解らない。日経新聞はこの柳沢金融担当大臣を誉めている。しかし日経新聞に誉められるようでは、政治家としてはお終いである。


  • 財務省対日銀
    日本の官庁の間では、色々利害が対立すして、懸案の事項がなかなか片付かないことが多い。特にマクロ経済、つまり景気対策はいくつもの官庁にも関わるが、どのような対策を行うかについては、結構もめるのである。以前なら大蔵省が金融緩和を主張し、日銀は金融政策では限界があるので財政出動を主張していた。

    大蔵省の主張や政策は以前から一貫している。金融緩和の主張に見られるように、安上がりの景気対策、つまり財政支出を伴わない対策である。さらに金融緩和よる低金利も、国債を発行している大蔵省にとっては好ましい。これ以外では、為替政策がある。基本的には円安政策であり、これによる輸出増が狙いである。また安上がりの景気対策と言えば、金融政策の他では住宅建設の促進策が代表として挙げられる。

    ところが最近、日銀の言うことが変わってきた。日銀も財政出動による対策を強く牽制するようになった。その替わりに主張しているのが、構造改革(どうも銀行の不良債権の最終処理のことらしい)である。では何故、日銀は主張を変えたのかが問題である。筆者は、日銀が国債の日銀引受(直接引受)を一番警戒しているからと推理している。財政支出の増大は国債の発行残高を増やし、国債の日銀引受けが現実味を増すからである。先月のG7の席上でも、各国からは国債引受けや国債の買オペの増額を求める声が非常に大きかった。もっとも買オペの増額は実質的に国債の直接引受けと変わらない。あとは日銀の面子の問題である。

    しかし日銀はどうしてもこのような流れを阻止したい。そこで最近、急に言出したのが為替の円安誘導である。為替に対する考えの大転換である。これに対して、さすがに為替管理担当の財務省からも、表面的には顰蹙をかっている。日銀は、円高と言うこれまでの基本線を転換することによって、主張を財務省に一致させたのである。どうしても国債の日銀直接引受けと言う最悪の事態だけは回避したいと言う考えが根底にあると推測される。また円安が少々進んでも、物価が上昇するような状況でないことを日銀も分かっているからである。

    筆者は、本誌で一年以上も前から、国債の日銀引受けを主張している。しかし当時は、とてもそのような雰囲気ではなかった。しかし最近では空気ががらっと変わっているのである。それだけに日銀のなりふりかまわぬ最近の言動は、これを最も警戒しているからと理解することができる。


    今日日本経済の不調の原因は、総需要の慢性的な不足である。これは貯蓄がものすごいピッチで増えているためである。特筆されるのは、特に老人の貯蓄増加が大きいことである。

    したがって世間で言われている「規制緩和」「構造改革」「不良債権の最終処理」などは何の意味のない対策であり、むしろ有害でさえある。また税制改正による株価対策も効果はない(実施が決まっても一時的な効果しかない)。さらなる金融の量的緩和も、これ単独では効果は限定的である。「郵便貯金の民営化」にいたっては何を言っているのかさえ解らない。「IT革命」ぐらいではとても解決ができない、桁違いの需給ギャップが存在している。そして重要なことは、このような妄言が出る度に、関心が問題の核心から外れていくことである。

    為替を円安に持ってゆき、輸出を増やして、景気回復を実現させると言う方法はたしかに現実的な政策ではある。実際、過去には何度も行われている。橋本政権の時には、当局が機関投資家に外債投資を勧め、円安を実現したこともある。また米国も強いドルと言う立場上、これを強く牽制はしない。今回もこの手法を使うのか不明である。しかし過度の円安は前回のアジアの経済危機の大きな原因にもなった。つまり意図的な円安政策がはたして、各国から理解が得られるか疑問である。またこの政策は、これまで経験したように、後で急激な円高を招くことになる。筆者はとうてい賛成できない。

    筆者の主張は、マクロ政策による需要の補填政策、つまり内需拡大政策しかないと言うことである。具体的には、財務省が一番嫌がる巨大な需要不足を埋めるための財政支出の増大である。財源は、日銀が一番嫌がる国債の日銀引受けで調達する。そして財政支出増大で、マスコミやへっぽこ経済学者が一番嫌う公共投資を行うのである。

    マクロ政策はどの官庁も所管していない。これを責任を持って行うのは、選挙で選ばれた政治家である。政治家がしっかりしていないと、官庁は「自分の家の前の掃除だけ」に一生懸命になってしまう。最近では、自民党の若手代議士が官僚と全く同じことを主張しているのだから驚く。



来週は与党の緊急経済対策を取り上げる。

為替がちょっと円安で推移している。筆者は、中長期では円高を予想している。本誌で以前、早ければ2月からの円高調整があり得ると述べた。たしかにしばらくは円高への動きも見られたが、日銀の連続利下げや円安容認発言を受け逆に120円台まで下落した。今後の動きは読みにくい。ただ一直線の円高の可能性は当面なくなったと思われる。反対にここからの急速な円安も難しいと考えられる。

それにしても日銀の円安容認への転換は、予想外であった。政府の要請をつっぱねて強行した「ゼロ金利政策の解除」。そんなに日時が経っていないのに二度の金利引き下げ。そして従来の円高主義から一転して、円安誘導発言。言動が支離滅裂である。「ゼロ金利政策の解除」の件で、日銀の行動を当然と言っていた、日経の藤井と言う編集委員は、今回は「日銀総裁は構造改革派」に転換したと誉めちぎっている。金融庁が銀行に不良債権の最終処理をさせようとしているため、これによるデフレ効果を金融の面からサポートすると言うことらしい。しかしこんなものは三日三晩寝ずに考えた「言い訳」に過ぎない。日経の編集委員はこれに乗っかろうとしているだけである。支離滅裂さでは、実に日銀と日経新聞は良い勝負である。

そもそも「ゼロ金利政策」は年度末特有の資金需要の増大による短期金利の上昇を抑えるのが目的であった。この政策は2年前に採られたが、筆者には唐突な政策と感じられた。日銀も直ぐに止めるつもりであったと思われる。ところが株式市場が過度にこれを好感したのか、株価が上昇した。したがって日銀も直ぐに止めることができなくなった。

しかし「ゼロ金利政策」を続けていたため、想定外の事が起った。コールの出し手であった金融機関が、コール市場での資金運用を止め、普通預金に預け始めたのである。普通預金の残高ばかりがどんどん増えていった。資金の出し手にとって、得られる金利が、仲介業者(短資会社)の手数料にしかならないのなら、普通預金に預けた方が良いのである。この結果、日本ではコール市場が機能しなくなった。たしかに「ゼロ金利政策」は異常な政策であった。

しかし日本経済に一旦ビルトインされた政策を軽々しく変更してもらっては困ると言うのが政府の考えである。常に安上がりの景気対策を考えている人々にとっては、日銀の「ゼロ金利政策の解除」に反対するのは当然である。

日銀は一連の利下げと同時にロンバート貸出と言う政策を打ち出した。これは年度末の金融逼迫時には、担保内・無制限に銀行に公定歩合で資金提供すると言う制度である。これを2年前に行っておれば、「ゼロ金利政策」と言う唐突な政策を行う必要がなかったと考えられる。これも後知恵なのであろう。次の政策委員会で「ゼロ金利政策」の復帰の可能性が噂されているが、ロンバート貸出が行われるなら、今さら行う必要はないと思われる。

また日銀には、さらなる金融の量的緩和が求められている。しかし為替も今のところ円高傾向に歯止めがかかた状態であり、それほど有効な政策とは考えられない。金融政策だけでは、効果が限定されるからである。日本においては、金融政策は、財政政策が行われて始めて効果が発揮される。つまり金融政策は「クリープ」のようなものである。「コーヒ」である財政政策がないのに「クリープ」だけではしょうがない。「クリープ」は、政府の方針が変わるまで温存しておいた方が賢明である。


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