平成9年2月10日より
経済コラムマガジン

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01/2/26(第197号)
公共事業雑感
  • なぜ公共事業は評判が悪いのか
    先月28日、有明の海には920隻もの漁船が集結して、「諫早干拓地の防潮堤の水門開放」を求めて海上デモを行った。この様子はテレビ各局から流され、全国に知られることになった。報道から受ける印象は、政府の行う公共事業が、ノリ養殖業者や漁民と言う立場の弱い人々の生活を脅かしていると言うものである。もっとも筆者には、「干拓地の水門をすぐに開けろ」と言うこの示威運動の主張はちょっと唐突に感じられる。何か政治的背景があるものと思われる。ただ公共事業のイメージを一層悪くする行動であることは確かである。

    また反対派が圧倒的に優勢な徳島の移動堰建設問題、田中新知事の長野のダム建設の中止措置など、公共工事の評判は最悪である。
    さらに公共工事入札にからむ汚職や談合疑惑については、毎日のように報道される。技術のない工事会社が落札し、それを丸投げして儲けているケースもよく報道されている。とうとう北海道では、役所が談合の音頭をとっていたことが発覚し、摘発された。

    いつごろからなのか、公共事業に対する風当たりが異常に強くなった。少なくともバブル期までは、これほどの逆風はなかったはずである。最近では、景気回復には、「経営的危機に陥っているゼネコンは潰せ」と言うばかな経済学者も現れるしまつである。政治家も公共事業を行うと言うより、止めると言った方が人気が上がることが、最近分かってきたみたいである。


    公共事業と政治の関係が密接であることも、公共事業への世間の風当たりが強い原因となっている。一部の特殊技術が必要な工事を除き、どの工事会社が施工しても、工事の出来映えに大きな違いが生じない(実際は違いがあると思われるが)とされている。しかし落札をする工事会社にとっては、その工事を受注できるかどかが死活問題である。したがって工事会社は、落札に影響のあると思われる行政や政治家に接近しようとする。政治家への接近する方法の代表が選挙の手伝いである。特に地方では、工事会社の社長自らが市町村議員と言うケースも多い。

    有力な地場産業のない地方では、農業・漁業を除けば、現金収入を得る職業は限られる。代表的なのは役場と農協、そしてこの公共事業にまつわる仕事である。地方の経済にとっては公共事業のウエイトは実に大きい。そしてこの工事の受発注に政治が関係してくるとなると、地方の選挙は過熱する。

    しばらく前までは、ある離島でのすさまじい選挙が有名であった。町長候補者が2名立ち、町を二分して選挙戦が行われる。両陣営とも選挙運動の中心として動くのは、土木・建設会社である。選挙結果はいつも僅差で決まる。大変なのはそれからである。落選した候補を応援した業者は、公共工事の受注がゼロになると言う話を聞いたことがある。つまり選挙はまさに死活問題なのである。中立でいたいと言う人々もいるが、それが許されない雰囲気と聞く。
    しかしこのように政治との結びつきが濃いこと自体が、さらに公共工事の評判を落とす結果になっている。特に都会に住んでいる者は、地方で行われている公共工事に対する反発は強いはずである。

    中央の政治家も公共事業へのスタンスに違いがある。一応の色分けをすると、公共事業推進派の与党対公共事業反対の野党と言う図式になる。特に大規模公共事業に対する対応はまっ二つに別れる。もっとも与党内でも、地方選出の議員と都会選出の議員の間では、公共事業に対する考えが微妙に異なっている。

    公共事業が政治問題と捉えられるためか、反権力を標榜する権力であるマスコミは、公共事業に対してはどうしても否定的である。したがってマスコミの影響の受けやすい人々(特に都会の人々)も、公共事業に反感を持つことになる。しかし公共工事に対する批難が、筋違いだったり、根本的に間違っているケースもしばしばある。またマスコミが問題を単純化して、人々の情緒にうったえるような報道をよく行う。とにかく今日の日本で、公共事業が必要と言っている者は、少数派なのである。


  • 公共投資の必要性
    筆者は、公共事業については、当コラムを読んでもらえば分かるように、積極的な推進論者である。先週号まで述べてきたように、日本には多額のフリーズ状態の貯蓄があり、これを経済循環に戻すことが必要である。しかし民間の設備投資の多少の増加や規制緩和、さらには色々な消費の喚起を行ってもとても追いつかない。またこの資金を海外に流出させ、円安を誘い、輸出を増大させると言う従来の方法も限界にきている。最後の手段は、政府がこの資金を使って内需の拡大を行う他はない。つまり国債発行(日銀引受けが理想)による財政支出の大幅な増大である。

    基本的には、政府支出の増大なら何でも良い訳であるが、筆者はやはり公共事業を中心にするべきと考える。日本を客観的に見ても社会資本が貧弱だからである。特に交通インフラを始め、大都市の社会資本はひどい。日本の大都市のは、急激な人口増加の後に都市計画を策定し、これを実行している。かなり無理なことをやっているのである。このためコストも余計にかかることは覚悟する必要がある。反対派の住民運動や土地の買収に難航し、計画の実施も中途半端のままの案件も多い。満員電車の様子は異様であるが、人々はもはや異様と考えなくなっていること自体が問題である。電車や地下鉄の速度は自転車並である。東京なんて大地震が起ったら、一体どうなるのであろうか。

    一向に大都市の貧弱な社会資本の問題は解決していないのに、一方では使われるあてのない老人の巨額の貯蓄が増え続けている。さらにゼルコンは仕事がなく、小さな仕事を取合っている。それでも公共事業は不要、ゼネコンは多過ぎるから潰せと言われているのが今日の日本である。マスコミの無責任な「公共事業の不要論」に振り回されているのである。


    本誌で以前述べたように、筆者は、都会では民間投資が十分に行われているが、社会資本が不足しているため、それらが効率的に活用されていないことが問題と主張してきた。具体的には都会の交通インフラの立ち遅れなどである。つまり都会にこそ公共投資が必要なのである。

    一方、地方は下水道などの生活関連投資を除き、社会資本はほぼ充足している。必要なのは民間投資である。しかしこれは口で言うほど簡単ではない。宮崎のシーガイヤの倒産見られるように、地方への投資がなかなか成果を上げられない。また人件費の安い中国への資本流出に見られるように、地方での民間投資の増大は容易ではない。

    今できる対策は、地方と大都市とのネットワークの強化くらいである。具体的には、高速道路、新幹線、空港など、交通インフラの整備である。さらにインターネットが使えるような通信網の構築である。地方にはいまだに携帯電話やインターネットが使えない場所がいたる所にある。たしかに採算を考えると民間の投資は無理な場合が多い。そこで地方経済の自立の必要性と言う観点から、このような所にこそ公的な資金を投入すべきである。人々の中には地方に住みながら、インターネットを使って仕事をしたいと言う者もいるはずである。


    一口に公共事業と言っても、一様ではない。公共物を造るとことが目的の公共事業と雇用対策を主眼とした公共事業がある。たしかに通常の公共事業は、両者を兼ね備えているのが普通である。しかし中にはかなりはっきりと雇用対策と見られる工事もある。昔は失業対策事業と呼ばれていた種類の工事である。「失業対策」と言う言葉のニュアンスがまずいのか、今日では「公共事業」「公共工事」と一括りで表現されている。このことが公共事業への誤解を生む原因の一つになっていると筆者は考えている。つまりどうしてもこの種の工事は無駄と見られがちなのである。

    しかし筆者は、雇用対策を主眼とした公共事業はあっても良いと考えている。特に今日のように失業が大きな社会問題の時には必要である。もっともこの種の工事の場合でも、人々に喜ばれるより有益なものを選んで行うべきと筆者も考える。そしてこのような事業は、雇用を増やすことが主たる目的なのであるから、あまりコストにこだわる必要はないと思われる。したがってこの種の工事の入札も、一般の公共工事と同じ入札基準で行われていることにむしろ疑問を持つ。

    北海道の官製談合事件もこのような背景を考えると、起るべきして起ったと考えられる。雇用対策を主眼とした公共工事でも、入札が競争入札のため、全体の工事量が減少している今日では、どんどん落札価格が下がる。これでもし工事資材が北海道の外から持ち込まれていたなら、北海道には公共工事のメリットがほとんどなくなる。つまり雇用対策としての効果が半減するのである。


    公共事業には前段で述べたような色々な批難がつきまとう。まず事業の性格がこのような批難を招きやすいことが挙げられる。一部には誤解もあるだろうが、一番困るのは、「だから公共工事は止めろ」と言う声が大きくなることである。つまり全ての公共事業にはいつも不正が起り、無駄であると言う風潮が広がることである。

    公共工事には今後も不祥事が伴うことは予想される。ところで公共工事にまつわり問題となるケースは、地方に多い。これはマスコミの動きとも関係していると思われる。とにかくマスコミは、中央指向が強い。マスコミは中央の政治家や官庁には強い関心を持つ。時には過剰と思われることもある。このマスコミの動きにも影響されてか、今日国会の関心事は「KSD」、「外務省の機密費」と「森総理のゴルフ」だけである。

    公共事業が問題になるのは特に地方である。しかし問題になる事柄は、地元の人々の間では昔から周知のことであったり、以前から噂になっていることが多い。ところが地方のマスコミの動きは鈍い。たしかにこのようなケースでは「地方のボス」がからんでいることが多い。この「地方のボス」に睨まれると、地方のマスコミは仕事ができなくなるからである。マスコミが張り切り出すのは、スキャンダルが全国に知られてからである。つまり地方では、マスコミが政治家や官庁の行動の抑止として日常的には機能しないのである。



来週号は公共投資と経済について述べる予定である。

森首相が辞めれば、ダウは16,000円まで上昇すると言う話があるが冗談であろう。問題は次の首相である。一時的に上昇する場面もあるかもしれないが、なる人によっては、最悪のケースもありうる。それならば森首相のままの方がましである。今、有力候補と言われているのは、野中、橋本、小泉の三氏である。この候補の中なら野中氏しか考えられない。橋本、小泉氏なら、最悪であり、次の候補を用意しておく必要がある。今日のようにあらゆることが複雑になっている社会では、他人の話をちゃんと聞ける人がトップに立つべきである。また橋本、小泉氏(加藤紘一氏と同レベル)のような経済オンチでは全く話にならない。

やはり本誌が推奨していた小淵前首相は逸材だったのである。二世議員でも色々いる。しかし政治家も若手になるほどロクなのがいない。変な教育でも受けてきているのであろう。もっともロクな経済学者がいないのであるからしょうがない。現実の経済は、経済学の教科書とは別次元のものである。それにしても自民党の若手がテレビに登場し、ばかなことを言っている。

読者から、老人の貯蓄を若い世代へ移転させる方法として「贈与税・相続税の軽減や免税」はどうかと言うご提案があった。これらについては与党・政府でも検討しており、相続税については見送り、贈与税については非課税枠を少し広げた。筆者は、この方法はたいした効果は生まないと考えている。老人の立場に立てば、お金を持っていることが大事であり、税制が変わったくらいで生前贈与を増やすと言うことにはならないと思われる。
また相続税の軽減は中小企業の投資を促進の観点で検討されたが、不公平を助長すると言う理由で取りやめになった。筆者も、相続税が投資の障害になっていると言う意見は唐突と考える。また相続税の軽減は却って若い世代への資産移転を遅らせると思われる。この他に、相続税を免税にする金利の付かない国債の発行が検討されているが、いずれも効果があるとは思われない。


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01/2/12(第195号)「老人の貯蓄と経済(その2)」
01/2/5(第194号)「老人の貯蓄と経済(その1)」
01/1/29(第193号)「老人と貯蓄(その2)」
01/1/22(第192号)「老人と貯蓄(その1)」
01/1/15(第191号)「経済論議のポイント」
00/12/18(第190号)「第二次金融不安の可能性」
00/12/11(第189号)「経済問題論議の混乱」
00/12/4(第188号)「シミュレーション分析の見方」
00/11/27(第187号)「面白い言葉二題」
00/11/20(第186号)「日本のエリート考」
00/11/13(第185号)「急がば回れ」
00/11/6(第184号)「「国債の日銀引受」への評価」
00/10/30(第183号)「財政問題の究極の解決法(その2)」
00/10/23(第182号)「財政問題の究極の解決法(その1)」
00/10/16(第181号)「巨額財政赤字騒動の不思議」
00/10/9(第180号)「財政赤字とマスコミの扇動」
00/10/2(第179号)「日本の需給ギャップ」
00/9/25(第178号)「経済成長率の話」
00/9/18(第177号)「日銀の独立性をめぐる誤解」
00/9/11(第176号)「日銀の独立性の怪しさ」
00/9/4(第175号)「ゼロ金利とマスコミの論調」
00/8/28(第174号)「今後の株価の動向」
00/7/31(第173号)「日本における「IT革命」」
00/7/24(第172号)「日銀から通貨庁へ(その2)」
00/7/17(第171号)「日銀から通貨庁へ(その1)」
00/7/10(第170号)「政府の経済への関わり」
00/7/3(第169号)「昨今の話題(その1)」
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00/6/5(第165号)「日本の産業構造と失業」
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00/5/15(第162号)「経済のグローバル化とNGO」
00/5/8(第161号)「インターネットと株式市場」
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