- 老人の貯蓄の性格
先週まで述べた、日本経済の大きな特徴は、老人が大きな貯蓄を持ち、これが簡単には消費に回らないないことである。さらにこの貯蓄額が年々大きくなっていることが重要である。したがってこのような事情を知らない海外のエコノミストが、日本経済について誤解するのもしょうがない。毎年100万人以上の自己破産者が発生するほど、旺盛な消費が行われている米国の人々には、常に需要が不足する日本経済を正しく理解することは難しい。
しかし平均貯蓄率が大きいのは、何も日本だけではない。中国やタイも貯蓄率は結構大きいと聞く。特に中国みたいな発展途上国でも、貯蓄過多による需要不足が起るようである。そのため中国政府は、連休を増やしたりして消費の喚起を促している。筆者は、中国のような消費物資が普及する余地の大きい国でも、需要が不足するケースがあることに注目する。もっとも中国の場合には、沿海部と内陸部との所得格差を是正するだけでも、消費は増えると考えられるが。
日本で不足する需要を喚起する方法はいくつか考えられる。ただし設備投資のこれ以上の増大は先週号までに述べたように無理である。実際、今日最終需要の伸びが期待できないため、日本の設備投資は頭打ちになっている。したがって消費を伸ばす他はない。つまり貯蓄をいかに消費に持っていくかと言うことになる。そこでこれを検討するに当たって、筆者は貯蓄の性格と照らし合わせて考えてみることにする。
まず買う物がなく、なんとなくされているような貯蓄がある。このような貯蓄に対しては「規制緩和」などが有効かもしれない。しかしちょっと考えてみれば分かるが、「規制緩和」したことによって、消費が増えるような商品やサービスがどれだけ今日の日本に残っているのかが問題である。一つのビジネスチャンスが生まれると、どっと沢山の企業が同じことを始め、過当競争になるのが今日の日本である。裏返して言えば、日本にはそれだけ有望な市場が少ないと言うことである。以前から述べているように、「規制緩和」で効果があると期待できるのは、賭博、売春、麻薬、銃くらいのものである。つまり今日の日本では、「規制緩和」に消費を押上げる力はとうていない。「規制緩和」が消費を増大させるといまだに言っている人々は、このことが本当に分かっていないのである。
高額品購入のための貯蓄と言うものがある。住宅や車などの購入予定資金である。このような貯蓄は、条件が揃えば、消費に向かう。条件とは金利、公的融資枠、税金などである。実際、政府も景気対策の中で住宅購入促進策を行ってきており、一定の効果はあった。しかしピーク時の年間160万戸には遠く及ばず、125万戸くらいが今日の限界であり、これも頭打ち状態である。さらにローンでの住宅購入者は、ローン返済のため消費をセーブする。つまり消費の先食いになる。
たしかにこれらの貯蓄は消費に回る可能性があるが、住宅購入の頭打ち状況を見ても分かるように、金額的には決して大きくはない。また効果も一過性であり、持続性がない。むしろ、所得の増加の方が消費の継続的な増加に繋がると考えられる。
やはり問題になるのは先週まで取上げていた老人の巨額の貯蓄である。そしてこれが消費に向かう可能性がほとんどないことは、これ以上説明する必要はないであろう。最近、株価対策の関係で、株式関係課税が問題になっているが、これを軽減したところで、老人の貯蓄が株式に向かうことはない。よほど強引な営業でもなされない限り、この資金が株式市場に向かうことはないと考えている。せいぜい国債の購入くらいまでであろう。
先日、身寄りのない叔母が亡くなられ、遺品を整理したところ1,000万円の預金が見つかり、感心したと言う読者のメールをいただいた。このようなことは実に典型的な話であろう。特に高齢の日本人は、金がないことで他人に迷惑をかけ、恥をかくのを嫌うのである。したがってお金があっても、日常の生活を慎ましくしているのである。このような眠った資金が日本のいたる所にゴロゴロと存在しているのである。このような大切な金がどうして「IT革命」や「株式関連の減税」ぐらいで、消費や株式市場に向かうと考えるのか、日本のエコノミストは頭がおかしい。そしてこの凍ったような大きな資金の存在が平成不況の元凶でもある。しかもこの資金が年々大きくなっているのである。
老人のフリーズ状態の貯蓄は、大きな問題である。しかしもっと深刻な問題は、このことを無視して経済論議が行われていることである。したがって世論に影響を受ける政府の経済運営も、中途半端なものになっている。「銀行の不良債権の処理を急げ」「郵便貯金を民営化しろ」に始まり、訳の分からない「構造改革を進めろ」まで、まさにポイントが見事にはずれている。さらに「悪い銀行は潰せ」「株価が二桁のゼネコンは整理しろ」にいたっては、どうして日本人はここまでばかになったのかと思わせるだけである。このようなことを実際に進めたら、もっと景気は悪くなるに決まっている。
日本経済が不調である圧倒的に大きな要因は、老人のフリーズ状態の貯蓄の増加である。政府は赤字財政を続けているが、この増加スピードに追いつかないのである。したがって貯蓄過多の状態がますます進み、国債の利回りはどこまでも低下していくのである。裏返せば慢性的な需要の不足である。古今東西、不況の原因は需要の不足で起こる。今日の米国の急激な景気後退も急激な需要の落込みが原因である。生産性うんぬんはまるで関係のない話である。
今日、日本に必要なことは、先週号の結論の「財政支出の大幅な増加」である。もはや政府以外で大規模な需要を創り出す力はない。たしかに政府は口先ではたしかに「景気を優先」と言っている。しかし地方の財政支出が毎年減っている現状では、今年度、来年度の予算は実質的にむしろ緊縮型と言える。日銀も昨年の4月から「ゼロ金利の解除」を言い始めた。つまり何を考えているのか、財政も金融も実質的に昨年の春には景気の引締めに入ったのである。驚くことに、当時多くのエコノミストは「景気はもういいから、次は財政再建だ」と言っていた。経済の実態を知らないと言うことは、実に恐ろしいことである。
- 具体的な経済政策
日本の不況は、このまま手を打たなければ、あと10年でも20年でも続く。しかし政府が正しい政策を行えば、明日からでも景気は良くなると考えている。これまで本誌が主張している「巨額な貯蓄超過の存在が大問題と認識し、それを考慮して財政支出を大幅に増大する」ことである。つまり消費にも投資にも向かわない資金を、政府が代わってそっくり使い切ると言うことである。そして次の問題はその額をどのようにして見積もるかと言うことになる。
本誌では、一応二つの方法を説明する。第一の方法は、国債の利回りが適正な値に上昇するまで国債を増発した場合、どれだけの国債の追加発行が可能か推定することである。利回りの適正値と言うと色々な考えがあると思われるが、10年物の米国債の利回りが5%であることから、4.5%くらいを一応メドにした水準を筆者は想定している。ちなみに4.5%は、バブル経済前の85年度、そしてバブル直後の92年度の水準である。もっとも今筆者が正確な数字を算出できるわけではないが、この数値は10兆円単位の数字ではなかろうと思われる。おそらく100兆円を超え、200兆円にも達するかもしれない。
第二の方法は、日銀引受けで国債を発行する想定である。国債を日銀が引受けると言うことは、新たにお札を印刷することを意味する。このお札をそっくり財政支出や国債の償還に充てるのである。この場合の問題は、物価上昇である。つまりどの程度までの物価上昇が許容範囲に入るかと言う議論になる。筆者は、欧米の物価上昇率の3%くらいを一応のメドにすることを考えている。ちなみにバブル最盛期の90年度の消費者物価上昇率が3.3%である。
つまり物価上昇率3%を実現するまで、どれだけの額の国債を日銀が引受けられるかと言うことである。筆者の推定ではこれもやはり100兆円のオーダになると考えられる。ちなみに99年度中に日銀の保有国債残高は25兆円増えている(ただし相当額のすべてが市中に出回ったか不明であるが)。
誤解されては困るのは、ここまでの話は、あくまでも日本経済が抱える需要の不足額を推定する方法論である。実際にこれらを直ぐに実行すると言う話ではない。しかしもし世論がこの日本経済の需要が常に不足する体質に気がつき、政府も勇気を持ってこれを解決をしようと言うなら、現実的な具体論が必要になる。
100兆円、200兆円と言う数字は、ズバリ過去何十年もかかって蓄積された需要の不足総額である。これを一挙に解決しようとするなら、色々なところに弊害が出てくると考えるのが常識である。したがって実際の政策として実行するなら、やはり10年くらいかけて需要不足を埋めていくと言うのが現実的である。また推定の仕方として二つの方法を説明した。実際の政策もこれらが候補となる。そして筆者は、実際に政策として実行するのなら、第一の方法より、第二の方法(日銀の国債引受け)の方が良いと考えている。第一の方法では、長期金利が4.5%まで上昇すると言うことになれば、どうしても民間の資金需要と競合する。たしかにこれだけ財政支出が増大し、経済活動が活発になれば、そのうち企業も体力がつくはずである。つまり将来企業もそれくらいの金利負担に耐えることは可能と考えられる。しかし病み上がりの現状では当面はきついと思われる。
やはり第二の「日銀の国債引受け」を主体とした方が現実的である。具体的には本誌00/2/21(第151号)「もう一つの累積債務の解決方」で述べたように、600兆円くらいの国債を政府が発行し、日銀が全額これを引受けるのである。もちろん600兆円を一挙に使うのではなく、枠を確保すると言うことである。経済の動向を見ながら、これを使っていくのである。 かなしいかな日本の首相はコロコロ替わる。しかし長年蓄積した需要不足の問題を解決するには、一貫した政策の継続が必要である。そのためにも資金の「枠」の確保は必要である。
しかしこのような大胆なアイディアに対しては、日銀の金利政策や独立性が問題になると言うアンポンタンが必ず現れる。そのような枝葉末節なことより、今日の日本経済にとって、何が最重要かと言うことを考えるべきである。今日は非常事態と言う認識が必要である。金利政策は政府と日銀の共同で行えば良いのである。また日銀について話をすれば、総裁は首相が任命し、剰余金は全て国庫に入るのである。つまり日銀は実質的にもともと独立なんかしていない。それをマスコミやばかな学者が「日銀の独立性」が必要と騒ぐから、日銀も意地になって政府の意向に反する政策を採る事態になっているのである。景気ははっきり悪くなっているのに、いまだに「穏やか回復に向かっている」とか「デフレは心配ない」とか日銀は言い続けるはめになっている。また8月に日銀は、政府の反対を押切って金融引締めに走ったのに、半年で公定歩合の引下げを行っている。いったい何をやっているのか。今日、日銀総裁はまさに「ピエロ」そのものである。
日本の老人は巨額の貯蓄を持っている。その貯蓄のほとんどは使うあてのないものである。まさにフリーズ状態の大きな資金が存在している。政府は毎年国債を発行して、この資金を財政支出に使っているが、あまりにもこの金額が大きいので使いきれていないのである。この結果、日本経済には大きな需要不足が発生し、失業や就職難が発生している。したがってどうせフリーズ状態のままで、この資金が消費に向かわないのなら、その金額を見積もり、政府が代わって使うと言うのが筆者のアイディアである。ものは考えようである。幸運にも日本政府は、そのような巨額の資金を使うことが可能と考えるられるのである。さらに日銀引受けと言うことになれば、政府の実質的な借金は増えないことになる。
最後にこの資金を政府が何に使うかが問題になる。基本的には何に使っても良い。まず筆者は、公務員の増員に使うことを提案したい。企業のリストラは今後も続く。特に団塊の世代の人々をどの企業も多数抱えている。関連企業への出向と言った従来の対策にも限界がある。公務員がこの受け皿になるのである。その分企業は新卒者を採用する余裕が生まれる。誤解があるようだが、現在の日本の公務員の数は米国などに比べてもずっと少ないのである。 次にこの資金は国債の償還だけでなく、一般企業の社債の購入にも使える。民間に資金を直接供給するだけでなく、社債利息と言う収益を上げることもできる。さらに株式も購入することも考えられる。つまり持合い株の解消売りの受け皿にもなるのである。 しかし筆者は、公共投資の増大が一番適当と考える。現在ゼネコンも仕事がなく遊休資源を持っている。失業者も増えている。これらを使って公共事業を進めることは、極めて合理的な政策である。ゼネコンは潰すのではなく活かすのである。
日銀引受けによる国債発行で得られる資金は、実質的にコストがゼロである。この資金を使って上記の政策を行うとすれば、絶対に景気は回復する。このことによって税収は増え、財政再建も無理なく行えるのである。結論を述べると、現在必要な政策は、フリーズ状態の老人の巨額の貯蓄を国内経済の循環に戻し、有効に活用することである。
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