- フリーズ状態の貯蓄
よく心配されているが、今日の日本では起こり得ない事が二つある。一つは現状の金融の超緩和状態が原因で起るとされる「ハイパーインフレーション(急激な物価騰貴)」である。そしてもう一つは世界で最大級の公的債務残高が原因となる「国債価格の暴落」である。実際、これらが発生する危険性をマスコミや、そこに登場するエコノミストが度々指摘している。しかし今のところこれらが起る気配は全くない。それどころか反対に、物価は下落を続けており、国債の利回りは歴史的低水準にある。もういい加減に、このような危惧を風潮している、マスコミ、エコノミスト、経済学者は自分達の主張の誤りを認めるべきある。まさに「風説の流布」的行為である。問題は、彼等のこのようないい加減な言動が、世論をミスリードし、政府の経済政策を中途半端なものにしていることである。この結果、平成不況と信用不安を深刻なものになり、これらからの回復が非常に難しくなった。
これらが起らない決定的な理由は、本誌が先週号まで述べてきた、日本の老人の莫大な貯蓄の存在である。さらに老人のこの貯蓄がハイペースで増え続けている事実である。そしてこの莫大な貯蓄が大挙して消費に向かうと言った気配は全くない。このような状況ではインフレが発生するはずがない。反対に経済はデフレ傾向のままと言うことになる。
たしかにこの貯蓄が、高度成長期のように設備投資に使われるのなら問題はないのであるが、今日企業はキャッシュフローの範囲でしか設備投資を行わない。したがって余分な巨額な貯蓄は銀行に残ったままの状態になる。また銀行にとっても、地価の下落が続き、貸出先の担保状態も年々悪化し、常に信用不安が付きまとうような民間企業への融資には消極的にならざるを得ない。さらに貸出約定金利も年々低下傾向にあり、コストもかかる貸出しに積極的になれるはずがない。したがって銀行が、流動性もあり、コストのかからない国債の購入に積極的なのは当然である。
ちょっと前まで、本誌で取上げたように日経ビジネスなどが「国債は暴落する」と随分騒いでいた。また国債価額がちょっと落ち、利回りが少し上昇すると必ず、外資系金融機関のエコノミストがマスコミに登場し、利回りはそのうち3%や4%なる可能性があるとか訳の分からないことを言う。しかし彼等は、一体銀行の平均貸出約定金利の水準を知っているのであろうか。平均貸出約定金利は95年度以降2%台となり、99年度の数値はとうとう2.052%となっている。経済白書の統計を見れば簡単に分かることである。このような状態では、銀行の国債購入は納得できる行為である。したがってどうして国債の利回りが3%や4%になると言うのか、筆者には全く理解ができない。
このように日本の老人の莫大な貯蓄が動かない(フリーズの状態)と言う特殊な現象は、確実に日本経済に多大な影響を与えている。まずここで考えなければならないことは、老人の貯蓄が所得から発生していることである。そしてその所得には、それと同額の財やサービスの生産があると言うことである。したがってもし老人の貯蓄の全てが投資に使われないとしたなら、生産物に余剰、つまり売残りが生じることになる。つまり需要の不足の発生である。そしてまさにこのような状況が日本経済の姿である。
日本経済はこれまでもずっと需要が不足する状態が続いていた。これを補完してきたのが輸出と財政支出であった。しかし輸出に頼る経済も、為替動向と輸出相手国の景気に左右される。為替レートも昔の360円時代から随分円高になった。変動相場制と言うものは、輸出に依存する国に重いハンディキャプを負わせる制度である。つまりこれ以上外需に頼る経済を続けることには限度がある。
常に需要が不足するのが、以前からの日本経済の姿である。したがって財政を絞ると、輸出が増え、その次には円高が来ると言うパターンをずっと繰返している。中曽根内閣の時には、消費税導入を睨み、財政の「ゼロシーリング政策」が採られた。ちょうど当時、レーガン政権は「強いドルを目指し、高金利政策」をおこなっており、日本の資金が米国に流れ(米国債への投資)、円安が続いていた。もちろんこの結果、輸出は大幅に増大した。これを強引に調整しようとしたのが「ルーブル合意」であり、それ以降は超円高となった。最近では、橋本政権が財政再建路線で財政を絞った。その結果輸出が伸び、次には昨年までの円高である。そして今年度の予算も、地方の財政を合計すれば緊縮型である。したがって今回も、企業は輸出ドライブをかけることになる。また一方、景気が後退すれば輸入も減ることになる。つまりいずれ為替は円高傾向に転換すると筆者は予想している。
- 日本のシルバービジネス
日本には、老人の貯蓄と言う特別の大きな存在がある。そしてこの貯蓄が年々大きくなっている。この事実を考慮せずに景気対策論議を行っても、何のたしにもならない。買う物はあるが金のない若者に多くを期待しても無理である。若年層は金がないだけでなく借金がある。家をローンで買った者は、当分の間購買力がない。電器店なども次のボーナス払いで若者に商品を売っている。金融機関も、債権のこげつきに懲り、これまで融資対象を個人に変えてきた。この結果、既に若者も借りられるだけ借りてしまっているのである。さらにこれ以上信用を供与しても、今後の購買力の先食いにしかならない。
若者にアッピールする商品が登場しても、それを購入するため、他の消費を減らす。まさに先週号で説明した「消費の代替効果」であり、全体では消費額は増えない。各種の消費に関する統計が公表されており、このことを証明している。若者の所得が増えていないのであるから、当り前のことである。携帯電話やイカターネットの登場で通信費は増えているが、他の消費は確実に減少しているのである。
ところがいまだに消費が増えないのは規制緩和が遅れているためであり、たとえば通信費などが下がらないからと言っているエコノミストがいる。最近では、商品が日本人の体形の変化に対応していないからと言う珍説も現れている。筆者は、日本の通信状況が格段に良くなっても、インターネットの利用者が爆発的に増えるとは考えない。またかりにインターネット関連の消費が増えても、前述のように他の物の消費がその分減るとすれば、景気の全体には影響がないことになる。今日の消費の動きを見ても、このことが裏付けられる。
インターネットが、消費全体にプラスの効果を及ぼす可能性があるとしたなら、資金的に余裕のある日本の老人の行動がカギになる。老人が貯蓄するのを止め、インターネット関連の消費を増大させると言うのなら、景気にはプラスとなる。本当にこのような可能性があるのかを知るには、一番手っ取り早いのは老人に聞いてみることである。「日本の通信環境が良くなり、インターネットが使いやすくなったら、貯金を降ろしてまで、インターネットにお金を使いたいと思いますか」と聞けば良い。しかし答えは「ノー」であろう。つまり老人に多くを期待するのは間違っているのである。このような現状では、若者と老人の双方にこれ以上の消費増は期待できない。端的に言えば、消費はこれ以上伸びることはないと言うことである。
誤解してもらっては困るのは、筆者はインターネットの可能性や将来性を否定しているのではない。むしろインターネットの重要性を十分認識している。公教育でパソコンとインターネットは必修科目にすべきと切実に感じているほどである。しかしいい加減 なエコノミストのおかげで、インターネットが普及すれば、景気がよくなり、景気対策は不要と言うとんでもない考えが広く信じられている。これが問題なのである。このような発言を繰返している人々は、全く経済を理解していないのである。インターネットの発展と経済は、少なくとも日本では全く別次元の事柄である。
話を元に戻すが、このように莫大な老人の貯蓄の存在は、日本経済にも大きな影響がある。最近、政治家や政府もこれに気がつき、老人の貯蓄を使わせる施策を考えている。子供が家を建てる際の親の資金援助の非課税限度額の拡大や、年間の贈与の非課税限度額の拡大などである。老人が歩行しやすい街づくりと言う政策もある。たしかに一歩前進と言ったところであろう。しかしこの程度の政策ぐらいで、老人の貯蓄が消費に大きく向かうとはとても考えられない。
以前、日経新聞に「政府は公共事業ばかり力を入れているが、このようなことはもう止めて、今後は介護ビジネスなどの育成に努力すべきである。そしてこうゆうことこそ経済の構造改革である。」と言うコラムが載っていた。たしかに一般受けする意見であるが、このコラムを書いたエコノミストは現実を知らないだけである。第一に介護ビジネスと公共事業では市場規模がケタ違いである。介護ビジネスが公共事業にとって替われるはずがない。日本の「経済の構造改革」を唱えるエコノミストの考えは、このような薄っぺらいものである。
まず多くの大企業はこの方面への投資に慎重である。なぜなら過去に老人を対象にしたビジネス、つまりシルバービジネスに手を出し、ことごとく失敗してきたからである。たしかに日本の老人が多額の貯金を持っていることは知られていることである。企業もこれを狙った商売を企画しても不思議はない。しかし老人のサイフのひもは想像以上に固かったのである。
ちょうど一年前頃、介護ビジネスがこれからの有望であるとマスコミは騒ぎ、関連ベンチャー企業の株が暴騰していた。しかし今日、これらの企業は大きな赤字を抱え、株価も落ちるところまで落ちている。介護保険元年と言うことで、老舗の介護関連企業も期待されたが、どこも冴えない。介護用ベッドのメーカのパラマウントベッドの株価も当時13,000円していたのが、現在4,000円くらいである。予想外に苦戦しているのである。しかし過去にシルバービジネスで失敗してきた人々は、このような結果を当たり前の事と思っているはずである。
介護に携わる人々の月収はせいぜい20万円くらいである。ボーナスもほとんどない。ボランティアの精神の持っている人とか主婦がパートで行うのが介護サービスである。このような市場であっても、営利企業が参入すること自体は理解ができる。しかしそこで大きな利益を求めることは所詮無理なことである。福祉で大儲けできると考えることが可笑しいのである。
老人が大きな貯蓄を持っていても、なかなか消費には回らない。シルバービジネスに一旦参入した企業も思い通りには需要が増えず、同じ営業努力をするなら、うつろいやすい若者をターゲットにした方が良いと考え、撤退して行くのである。先週号で述べたように、コミュニティの崩壊が進む今日、長寿化と言う現実の前では、老人にとって貯蓄はまさに「命」である。決して無理をしながら貯蓄をしているのではないが、老人の貯蓄はそう簡単には消費には向かない。まさに老人の膨大な貯蓄は「フリーズ」の状態にある。
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