平成9年2月10日より
経済コラムマガジン

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00/10/16(第181号)
巨額財政赤字騒動の不思議
  • 国債発行と財政破綻
    先週号で話をしたように、最近日本では財政赤字が異常に問題視されている。そして日本の国と地方の債務(公的債務)残高の合計は、今年度末には645兆円に達すると予想されている。たしかにこれはGDPの1.3倍と、額としては巨額である。格付機関ムーディーズは日本の国債を格下げし、連日、各方面から、財政赤字の累積を危惧する声が起っている。したがって政府も、小淵政権の発足時を除けば、「金に糸目をつけない」と言った形での財政主導による景気対策を行うことが難しくなっている。そして今日、実に中途半端な景気対策が続けられているのである。

    10月4日付日経新聞のトップには、大蔵省が作成し、公表を予定している国のバランスシートの原案が載っていた。これによると、年金給付の扱いの試算結果に差があるものの(国による年金負担の仕方の違いによって、びっくりするくらい差があるが)、最大で780兆円もの債務超過になると言う話である。ノンビリと日本シリーズを見ていると言う場合ではないのである。

    日本の学者やエコノミストも、いつも日本の財政赤字を問題にする発言を繰返している。日経新聞に載る、小論文形式の記事やコラムでも常に財政問題が取上げられている。

    文章の前半は、「なるほど」と思わされるのであるが、最後には必ず「したがって政府の財政赤字を解決することが先決である」と言った言葉で締めくくられている。日経新聞には、このような「財政再建論者」でなければ意見が載らないのようである。事実上、日本の経済論壇では、日経新聞による検閲が行われているのと同じである。

    ごく少数の例外は、リチャード・クー氏と金森久雄氏ぐらいなものである。マスコミに登場し、貯蓄が過剰な日本においては、財政赤字を気にすることなく、財政による景気対策を行うべきと堂々と主張できるのは、どうもこの両氏だけのようである。


    日経新聞を始めとしたマスコミの「財政危機キャンペーン」おかげで、世論は財政赤字や国債の発行に敏感になっている。特に公共投資には拒否反応が強くなっている。また時流に乗りやすい政治家は「景気も財政再建も」と、できそうもない事を言い始めている。
    人々の将来に対するマインドもこれによって相当萎縮させられているのである。人々はみごとにマインドコントロールをされているのである。筆者のように「日本では財政の赤字なんかゼンゼン気にする必要はない」と言っていると、「罰当たりめ」と言うメールをいただくことになる。

    しかしここで不思議なことに気がつくのである。巨額な国債の発行で財政破綻を招くと言う主張は、過去からずっと繰返されてきたのである。国債発行への非難は、35年前、始めて国債が発行された当初から行われていた。特に激しくなったのは25年前赤字国債の発行が本格化した頃からである。「孫子の代に借金を残す」と今と全く同じ事を言っていた。孫子の時代になった今日でも同じことを言っているのである。

    ところが財政破綻が実際起った事実はない。それどころか日本国債の利回りは逆に世界史上最低の水準で推移している。本当に財政が破綻したなら、日本の国債なんか誰にも買われない状態になるはずである。2年前のロシア経済危機がそうであった。どれだけ金利が高くなってもロシアの国債は誰も買わなくなったのである。つまり日本においては、国債発行増大と財政破綻は結びつかないことにそろそろ気がついても良い頃なのである。


  • 公的債務残高の限度
    国債発行がそんなに問題と言うなら、645兆円の国と地方の債務を、財政再建論者達はどのように解決すると言うのであろうか。毎年30兆円ずつ減らすとしても21年以上かかる。30兆円と言えば、3年前の財政再建政策での、歳出カットと増税の合計よりずっと大きい金額である。これでは景気が大きく落込むことは必至であり、またこのことによって税収が減ることは目に見えている。

    実際、3年前の財政再建政策による景気の落込みが原因で、その結果多額の果景気対策費が必要になり、さらに税収が減少した。両者の合計は財政再建政策による債務の減少幅を大きく越えていると推定される。この根拠は不況による失業の増大と設備稼働率の低下である。その分日本経済に無駄が生じたのであり、得られたはずの所得もそれだけ小さくなったのである。所得が小さくなれば、本来入ってくる税収もそれだけ小さくなっている。特に累進課税構造の日本では、税収の減少幅は大きくなる。つまり財政赤字を減らそうと言う政策が、かえって財政を悪化させたのである。

    3年前の財政再建論議が華やかしり頃、一人の財政学者(日経新聞の特集「2,020年からの警鐘」でも主要な執筆者であり編集者)が財政危機を訴えていた。「日本の財政危機は8合目か9合目である」と言っていた。当時の公的債務の残高は500兆円ぐらいであった。したがってこの学者の説が本当ならば、今日債務の残高は650兆円に迫ろうとしているのであるから、財政危機は頂点に達しているはずである。当然、財政危機が表面化しており、日本の国債が購入されるはずがない。ところが財政危機どころか、国債の利回りは逆に当時より0.6%も低下しているのである。一体これをこの財政学者はどう説明するのだ。3年前の財政再建政策は、このような「いい加減な学者達」の主張を信じて実施された。結果的には、失業とさらに大きな財政赤字を残しただけなのである。


    ところで誤解してもらっては困るのは、筆者がいかなるケースでも財政赤字で良いと言っているのではない。そうではなく、適正な財政規模や赤字はその国の経済の状況によって決まる言いたいのである。もちろん国の経済の状況よっては、財政支出を極力削減する方が好ましいケースもある。米国のように国民の消費意欲の異常に強い国にとって、財政の赤字は、過剰消費と高金利による投資の減退を生むことになる。一方、日本のように過剰の貯蓄の国は、どうしても需要が不足することになり、政府がこれを補填する他はないのである。つまりその国の状況によって適正な財政のあり方が決まると言う考えである。

    ではどの程度までの財政赤字なら許容されるのかが次の問題になる。ところで企業など民間の借入は、土地などの物的担保や連帯保証人などの保証、つまり人的担保を元に行われる。一方、国債などの政府や地方の債務の返済は、「将来の税金」でまかなわれると言うのが一般の理解である。つまり国債などの政府や地方の債務の担保は「将来の徴税権(増税と考えても良い)」と言う考えである。なるほどと思われる。

    したがってこの説によれば、国の債務残高の限界は、将来徴税権を行使した時にその国の経済が耐えられるまでと言うことになる。国の債務には担保はないが、将来増税し、それで返済することになる。しかし金額が大き過ぎる場合には、税負担で国の経済が持たなくなると言うことである。頭だけで考えるなら全くその通りである。そして日本の現在の公的債務残高は、その限度をはるかに越えているものと考えられる。

    しかし、先進各国の中で、将来の増税で公的債務を全額返済できる国がはたしてあるであろうか。そのような大規模な増税を行えば、国民は暴動を起こし、政府は潰れることが目に見えている。どこの政府にも実行不可能なのである。この考えは、観念的には正しいが、実行は不可能である。実際、日本は3年前にこの考えに近い政策を行い、経済がコケてしまい、かえって債務残高を増やす結果になった。つまりこのように頭だけの考え、つまり観念論がいつの世も国の進路を誤らせるのである。しかしこのような誤った観念論が大手を振って歩いているのが、日本の現状であり、日経新聞を開けば、毎日これが載っている。そこで筆者は、全く違った角度から日本の巨額な公的債務残高の解決方法を見つける必要があると考える。



来週号では、日本の巨額な公的債務残高の解決方法を筆者なりに考えたい。これを読めば、先進国で一番財政状態が悪いと言われている日本が、反対に一番解決に近い国と言うことが分かるはずである。


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00/10/9(第180号)「財政赤字とマスコミの扇動」
00/10/2(第179号)「日本の需給ギャップ」
00/9/25(第178号)「経済成長率の話」
00/9/18(第177号)「日銀の独立性をめぐる誤解」
00/9/11(第176号)「日銀の独立性の怪しさ」
00/9/4(第175号)「ゼロ金利とマスコミの論調」
00/8/28(第174号)「今後の株価の動向」
00/7/31(第173号)「日本における「IT革命」」
00/7/24(第172号)「日銀から通貨庁へ(その2)」
00/7/17(第171号)「日銀から通貨庁へ(その1)」
00/7/10(第170号)「政府の経済への関わり」
00/7/3(第169号)「昨今の話題(その1)」
00/6/26(第168号)「効果ある失業対策」
00/6/19(第167号)「総選挙と「無党派層」」
00/6/12(第166号)「本当の「セーフティーネット」」
00/6/5(第165号)「日本の産業構造と失業」
00/5/29(第164号)「GDPと政策目標」
00/5/22(第163号)「グローバル化と市場の競争」
00/5/15(第162号)「経済のグローバル化とNGO」
00/5/8(第161号)「インターネットと株式市場」
00/4/24(第160号)「米国の株式市場の行方」
00/4/17(第159号)「Eコマースの将来性(その2)」
00/4/10(第158号)「Eコマースの将来性(その1)」
00/4/3(第157号)「「日銀による国債の引受」政策」
00/3/27(第156号)「インフレとデフレの功罪(その2)」
00/3/20(第155号)「インフレとデフレの功罪(その1)」
00/3/13(第154号)「国債の日銀引受に関わる諸問題」
00/3/6(第153号)「資金供給の増大とインフレ」
00/2/28(第152号)「澱んだ資金の経済への影響」
00/2/21(第151号)「もう一つの累積債務の解決方」
00/2/14(第150号)「政府の累積債務に関わる問題」
00/2/7(第149号)「ペイオフ延期騒動と日経新聞」
00/1/31(第148号)「「ペイオフ強行派」への反論」
00/1/24(第147号)「「ペイオフ解禁」の延期」
00/1/17(第146号)「有力エコノミストの対談」
00/1/10(第145号)「新年度の経済を見通す」
99/12/20(第144号)「為替の話あれこれ(その1)」
99/12/13(第143号)「中堅以下の企業のリストラ」
99/12/6(第142号)「大企業のリストラ」
99/11/29(第141号)「商工ローンと日本人」
99/11/22(第140号)「あやしい常識」
99/11/15(第139号)「金融のさらなる量的緩和」
99/11/8(第138号)「為替変動と日銀」
99/11/1(第137号)「ニセ札とインフレ」
99/10/25(第136号)「もう一つの実質金利の実体」
99/10/18(第135号)「もう一つの実質金利」
99/10/11(第134号)「もう一つの調整インフレ」
99/10/4(第133号)「日銀の独立性(その2)」
99/9/27(第132号)「日銀の独立性(その1)」
99/9/20(第131号)「社会的欲求と日本経済」
99/9/13(第130号)「欲求と日本経済成長の関係」
99/9/6(第129号)「日本経済と欲求の限界(その2)」
99/8/30(第128号)「日本経済と欲求の限界(その1)」
99/8/9(第127号)「エコノミストの格付け(その3)」
99/8/2(第126号)「エコノミストの格付け(その2)」
99/7/26(第125号)「エコノミストの格付け(その1)」
99/7/19(第124号)「規制緩和と通産省」
99/7/12(第123号)「供給サイドの経済学」
99/7/5(第122号)「インターネットと日本経済(その2)」
99/6/28(第121号)「インターネットと日本経済(その1)」
99/6/21(第120号)「銀行員とリスク(その2)」
99/6/14(第119号)「銀行員とリスク(その1)」
99/6/7(第118号)「銀行のバブル期の行動」
99/5/31(第117号)「日本の銀行とリスク」
99/5/24(第116号)「需給ギャップと景気回復」
99/5/17(第115号)「経済の構造改革」
99/5/10(第114号)「サマータイムと日本人」
99/5/3(第113号)「地価動向と景気回復」
99/4/26(第112号)「お金持ちとリスク」
99/4/19(第111号)「日本のお金持ち」
99/4/12(第110号)「寡占と所得の分配」
99/4/5(第109号)「寡占市場の話」
99/3/29(第108号)「完全競争市場の話」
99/3/22(第107号)「独占市場の話」
99/3/15(第106号)「本誌の経済予想とその間違い」
99/3/8(第105号)「景気の現状(99年春)」
99/3/1(第104号)「立派な社会と景気回復」
99/2/22(第103号)「現代の日本経済と投資」
99/2/15(第102号)「需給ギャップと投資」
99/2/8(第101号)「99年度の経済を見通す」
99/2/1(第100号)「公共投資の将来を考える」
99/1/25(第99号)「今後の景気対策を考える(その2)」
99/1/18(第98号)「景気の見通しを考える」
99/1/11(第97号)「今後の景気対策を考える(その1)」
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