平成9年2月10日より
経済コラムマガジン

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00/9/4(第175号)
ゼロ金利とマスコミの論調
  • 広告費とマスコミの論調
    日銀のゼロ金利政策の解除については、色々考えさせられることが多かった。まず筆者の考えは、今後も金融緩和が続けられるのなら、ゼロ金利が解除されてもさほど大きな影響はないと言うものであった。しかし以前から一段の金融緩和が必要と言う考えが一方にあり、そのためにもゼロ金利は継続されるべきと考えていた。また何しろ久しぶりの金利政策の転換であり、追加利上げの影が、今後の市場の心理に悪影響を与えることも考えられる。ところがマスコミは日銀の政策が正しいと言う論調が溢れており、実際のところ驚かせられる。

    ゼロ金利が解除については、新聞各社の対応も当初は混乱していた(筆者は全ての新聞を読んでいるわけではないが)。当初は、朝日、毎日が賛成、日経、読売が反対と言う状態と言うことである。しかし一旦ゼロ金利が解除された後は、筆者は、はっきり日経が賛成の方向に転換したと感じている。本誌で取上げたことがあるが、日経が論調を簡単に転換させることは毎度のことである。

    新聞各社の対応が異なった理由は、一説によれば、他社を出し抜いて朝日、毎日が「日銀がゼロ金利が解除する意向」と伝えたからと言う。つまり自分達のスクープを実際に実現させることを主張したのである(特に朝日)。朝日、毎日にいたっては、解除直前にはゼロ金利の解除を日銀に強要する論調だったと言う。マスコミにとって「ゼロ金利が解除」が国民経済にどのような影響を与えるかと言うことよりも、自分達の「メンツ」の方が大事と言うことである。そして国民経済はどうなっても良いと言うスタンスの点では、日銀とマスコミは実によく似ている。

    これまでもマスコミが、経済政策に口出し、世論を動かし、政府の経済政策を誤らせたケースが度々あった。3年前の「財政再建政策」が典型例である。さらに日本のエコノミストや経済学者は、マスコミの意向を気にして、マスコミの論調に迎合する主張を行う。マスコミの意向を敏感に察知して、踊ってみせるのが日本のエコノミストや経済学者である。しかし今日マスコミが主張するような経済対策を行えば、確実に日本経済は沈没する。

    特に今回は、政府の主張が日銀と真っ向から対立しており、日頃の政府非難を強めているマスコミは、余計に日銀の肩を持つことになった。筆者にはそれほど実感がないが、景気は上向きになったと言われている。しかしマスコミのこのような論調が続くようでは、政府の経済政策にも悪影響を与えることは必至である。

    本誌は以前、小淵政権の後半あたりから、マスコミの政府の経済政策への評価と論調が変わったことを指摘した。たしかに金融危機後の小淵政権の経済対策には、マスコミにも賛同する空気があった。背景には景気回復への国民的な一体感があったのである。しかし自自公連立政権の成立の頃から、これに対する反発マスコミは経済対策に対する論調を変えていった。筆者は、マスコミが論調を変えた背景には、この自自公連立への反発に加え、広告費が対前年度でプラスになったことが大きいと考えている。世間は依然として不景気のまっただ中にあるのに対して、自分達だけがいち早く不況から脱出した形になったのである。最近では、マスコミは、極度に財政支出による景気対策や公共投資への非難を強めている。

    広告費については、景気が悪くても企業によってはむしろ増やすケースがある。企業によっては増やさざるを得ないのである。特にマンション販売業者などは、売上を増やすために広告費を増やさざるを得ない。つまり広告費は景気が良くても悪くても支出されるのである。
    そのような広告費も97年後半からの不況で売上がマイナスになり、マスコミも危機感を持ったはずである。当初は、小淵政権の景気対策にも同調的だったのもこのような事情があったと考える。筆者は、マスコミの論調の変化を占う上で、毎月の「広告の取り扱い高」の推移にはいつも注意を払っている。


  • マスコミの論調への反論
    マスコミのゼロ金利解除に賛成する理由は幾つかにまとめることができる。本誌はこれらについて一つ一つ反論を試みる。ところでその一つである「日銀の独立性」については、テーマとして大き過ぎるので来週号で述べることにする。

    1. 金利がゼロに張り付いていては、金融政策の有効性が損なわれる

      ゼロ金利解除に賛成する意見の中では、唯一と言って良い程のまともに近いものである。たしかに一旦ゼロ金利を解除すれば、再び金融緩和の手段としてゼロ金利に戻すことができる。しかし現在は、景気回復への政府の意志をはっきり示しておくことの方が重要である。経済政策としてこのような中途半端な政策を続ける限り、不景気は後10年でも、20年でも続くと筆者は考えている。日銀は現在の不景気をなめているのである。

      そもそもゼロ金利政策は、米国が不況から脱出するために行った金利政策がヒントになっている。しかし米国の場合は、物価上昇率と同じ水準に短期金利を誘導したのである。つまり実質金利をゼロに持って行ったのである。したがってもし米国と同様のゼロ金利政策を行うなら、金利をマイナスにする必要がある。さらに日本経済に影響が大きい資産価格の動向までも考慮するなら、金利をマイナスの3〜4%くらいにして始めて、米国のゼロ金利政策に見合うものと考えられる。もし金利をマイナスにすることが技術的に無理とすれば、物価上昇率が3〜4%になるような金融政策が必要と言うことである。

    2. 金利がゼロの状態では、悪い企業の退出が遅れ、構造改革が遅れる

      これを主張する人々がモラルハザードと呼んでいるものである。たしかに金利を高くすれば、借入金が多い会社にとってはピンチとなる。しかし借入金が多い企業、イコール悪い企業と決めつけること自体がそもそもおかしい。企業の目的が自己資本の利益率を高めることなら、借入金を増やし、積極的な投資を行うことも一つの方法である。投資に伴う利益率が借入金の利率を上回っているのなら、これは実現される。

      これを難しくしているのは10年も続く日本の不況であり、デフレによる実質金利の高止まりが続いていることである。世界を見渡しても、10年も不況が続く日本経済の方が異常である。つまり自己資本比率の大小だけで簡単に企業の善し悪しを判断してはいけない。単純に自己資本比率が大きい企業が健全と言うなら、信用がないため借入ができず、仕方なく自己資本だけでやっている零細企業が一番健全と言うことになる。

      たしかに借入金の多い企業の中には業績が不振で、借入金が多い場合がある。このような企業にとって金利が上昇することは死活問題である。そして金利の上昇は、業績の悪い企業を淘汰することになる。つまり金利上昇は勝組と負組をはっきり分けることになる。構造改革を主張する人々は、勝組だけが残れば良いと言う考えである。しかし勝組の立派な企業の製品やサービスを一体誰が購入すると言うのか。結局、国内では消費されないので、輸出に頼ることになる。このことが将来の円高の原因となり、勝組の企業も将来苦しむことになるのである。

      筆者は、構造改革と言うものは経済の拡張期になされるべきと考える。また構造改革は、消費構造の変化に伴い、市場を通して自然になされるものであり、政府が音頭をとって行うものではないと考える。むしろ政府の役目は、構造改革に伴う、失業などの摩擦を最小限にとどめる施策を行うことである。

    3. 金利を上げることによって預金者の所得を増やし、消費を拡大させる

      これは論評するのを止めようと思われるくらいばかばしい意見である。景気を良くするために金利を上げる国が世界のどこにある。ところが連合の幹部などはこのようなばかげた主張を昔から行っており、驚かされる。日本は預金が大きいから、金利上昇による所得増加が大きいと言うことらしい。しかし預金は誰かが借入しているはずであり、こちらの方は、金利上昇により所得はマイナスになる。つまり日本全体では、効果のプラスマイナスはゼロである。
      むしろ金利上昇は貯蓄のインセンティブになると考える方が常識である。特に今日のように物価や地価の下落が続く日本のデフレ経済下では、金を使わず、貯蓄していた方が有利に決まっている。したがって金利上昇は消費を減少させると考えるのが当り前である。

      この意見に関連し、低金利が年金生活者などの弱者救済のために、金利を上げろと言うとんでもない意見がある。まずどうして年金の受給者が弱者なのか理解できない。むしろ世の中には年金がもらえないか、あるいは年金が少額のため、高齢になっても働かなければならない人々が多い。高齢者の雇用情勢は一段と厳しくなっており、就業条件も悪くなっている。こちらの方が本当の弱者であろう。さらに金利の上昇はこれらの人々に追い討ちをかけることになる。
      特に、現在の年金受給者は、自分達が払い込んだよりずっと多額の年金を受取る予定の人々である。つまり年金受給者は決して弱者ではない。
      さらに年金は、確定利息を受取る以外の運用も行っている。例えば株式や債券への投資などである。こちらは金利上昇により価格が下落する可能性の方が強い。つまり年金の運用については、金利の変動はどちらにも作用するのである。

    このように日銀のゼロ金利解除に賛成する意見はどれもこれもひどいものばかりである。極め付けは、「ゼロ金利解除後はむしろ市場は好感して株価も上昇しており、日銀の判断は正解だった。」と言う意見である。これは全くの間違いである。4月からゼロ金利解除の観測がなされ、株価は既に相当下落した。たしかに下落の原因はゼロ金利解除だけではないが、大きな要因の一つであった。

    さらに7月にはゼロ金利解除の具体化とそごうをめぐって市場は混乱し、株価はさらに下落した。ゼロ金利解除は間違なく悪材料である。しかし悪材料を放っておくと、放っておくこと自体が悪材料になるのである。したがって夏休み前の本誌では、ゼロ金利解除を白紙にしない以上、「ゼロ金利解除を強行すべき」と強く主張したのである。もちろん筆者は、ゼロ金利解除自体には反対であるが、引き延ばすことはもっとまずいと考えたのである。

    つまり8月11日のゼロ金利解除の決定した日までに、市場、特に株式市場はゼロ金利解除を「折り込み」、十分下がっていたのである。したがって実際にゼロ金利解除を行えば、当面の悪材料はなくなると言うことで、逆に株価が上昇することは十分考えられることであった。筆者だけでなく、株式市場を長年見てきた人々のほとんどは、ゼロ金利解除すれば、一時的(あくまでも一時的であるが)に株価が上昇に転ずると予想したはずである。そして株式市場は予想通りに動いただけである。

    8月11日のゼロ金利解除後の株価上昇には、この他に株取引に拘る源泉分離課税制度が継続すると言う観測と補正予算の期待が好影響を与えている。しかし「日銀の判断は正解」で株式市場が好感したと言う話は全くの誤解であり、このような主張を行うエコノミストは、現実の経済や株式市場のことを知らないだけである。

    当初、筆者もゼロ金利解除の実態経済への影響は小さいと考えていた。しかし最近の株式市場を見ていると、ゼロ金利解除を境に株価を上げた企業が多い中で、着実に値を下げている一群がある。信用不安のある企業と借金の多い企業である。わずかな金利の上昇であるが、意外と影響が大きいことも考えられ、今後はこれらに注意が必要である。



来週号は、本文で述べたように、ゼロ金利解除に関連して「日銀の独立性」を取上げることにする。


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00/8/28(第174号)「今後の株価の動向」
00/7/31(第173号)「日本における「IT革命」」
00/7/24(第172号)「日銀から通貨庁へ(その2)」
00/7/17(第171号)「日銀から通貨庁へ(その1)」
00/7/10(第170号)「政府の経済への関わり」
00/7/3(第169号)「昨今の話題(その1)」
00/6/26(第168号)「効果ある失業対策」
00/6/19(第167号)「総選挙と「無党派層」」
00/6/12(第166号)「本当の「セーフティーネット」」
00/6/5(第165号)「日本の産業構造と失業」
00/5/29(第164号)「GDPと政策目標」
00/5/22(第163号)「グローバル化と市場の競争」
00/5/15(第162号)「経済のグローバル化とNGO」
00/5/8(第161号)「インターネットと株式市場」
00/4/24(第160号)「米国の株式市場の行方」
00/4/17(第159号)「Eコマースの将来性(その2)」
00/4/10(第158号)「Eコマースの将来性(その1)」
00/4/3(第157号)「「日銀による国債の引受」政策」
00/3/27(第156号)「インフレとデフレの功罪(その2)」
00/3/20(第155号)「インフレとデフレの功罪(その1)」
00/3/13(第154号)「国債の日銀引受に関わる諸問題」
00/3/6(第153号)「資金供給の増大とインフレ」
00/2/28(第152号)「澱んだ資金の経済への影響」
00/2/21(第151号)「もう一つの累積債務の解決方」
00/2/14(第150号)「政府の累積債務に関わる問題」
00/2/7(第149号)「ペイオフ延期騒動と日経新聞」
00/1/31(第148号)「「ペイオフ強行派」への反論」
00/1/24(第147号)「「ペイオフ解禁」の延期」
00/1/17(第146号)「有力エコノミストの対談」
00/1/10(第145号)「新年度の経済を見通す」
99/12/20(第144号)「為替の話あれこれ(その1)」
99/12/13(第143号)「中堅以下の企業のリストラ」
99/12/6(第142号)「大企業のリストラ」
99/11/29(第141号)「商工ローンと日本人」
99/11/22(第140号)「あやしい常識」
99/11/15(第139号)「金融のさらなる量的緩和」
99/11/8(第138号)「為替変動と日銀」
99/11/1(第137号)「ニセ札とインフレ」
99/10/25(第136号)「もう一つの実質金利の実体」
99/10/18(第135号)「もう一つの実質金利」
99/10/11(第134号)「もう一つの調整インフレ」
99/10/4(第133号)「日銀の独立性(その2)」
99/9/27(第132号)「日銀の独立性(その1)」
99/9/20(第131号)「社会的欲求と日本経済」
99/9/13(第130号)「欲求と日本経済成長の関係」
99/9/6(第129号)「日本経済と欲求の限界(その2)」
99/8/30(第128号)「日本経済と欲求の限界(その1)」
99/8/9(第127号)「エコノミストの格付け(その3)」
99/8/2(第126号)「エコノミストの格付け(その2)」
99/7/26(第125号)「エコノミストの格付け(その1)」
99/7/19(第124号)「規制緩和と通産省」
99/7/12(第123号)「供給サイドの経済学」
99/7/5(第122号)「インターネットと日本経済(その2)」
99/6/28(第121号)「インターネットと日本経済(その1)」
99/6/21(第120号)「銀行員とリスク(その2)」
99/6/14(第119号)「銀行員とリスク(その1)」
99/6/7(第118号)「銀行のバブル期の行動」
99/5/31(第117号)「日本の銀行とリスク」
99/5/24(第116号)「需給ギャップと景気回復」
99/5/17(第115号)「経済の構造改革」
99/5/10(第114号)「サマータイムと日本人」
99/5/3(第113号)「地価動向と景気回復」
99/4/26(第112号)「お金持ちとリスク」
99/4/19(第111号)「日本のお金持ち」
99/4/12(第110号)「寡占と所得の分配」
99/4/5(第109号)「寡占市場の話」
99/3/29(第108号)「完全競争市場の話」
99/3/22(第107号)「独占市場の話」
99/3/15(第106号)「本誌の経済予想とその間違い」
99/3/8(第105号)「景気の現状(99年春)」
99/3/1(第104号)「立派な社会と景気回復」
99/2/22(第103号)「現代の日本経済と投資」
99/2/15(第102号)「需給ギャップと投資」
99/2/8(第101号)「99年度の経済を見通す」
99/2/1(第100号)「公共投資の将来を考える」
99/1/25(第99号)「今後の景気対策を考える(その2)」
99/1/18(第98号)「景気の見通しを考える」
99/1/11(第97号)「今後の景気対策を考える(その1)」
98/12/28(第96号)「不況の原因と消費税減税を考える」
98/12/21(第95号)「米国経済の光と影を考えるーーその2」
98/12/14(第94号)「米国経済の光と影を考えるーーその1」
98/12/7(第93号)「自自連立政権を考える」
98/11/30(第92号)「公共投資と経済を考えるーーその2」
98/11/23(第91号)「緊急経済対策を考える」
98/11/16(第90号)「公共投資と経済を考えるーーその1」
98/11/9(第89号)「「空気」を考えるーーその2」
98/11/2(第88号)「「空気」を考えるーーその1」
98/10/26(第87号)「景気対策論議を考える」
98/10/19(第86号)「為替レートの今後のトレンドを考える」
98/10/12(第85号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその3」
98/10/5(第84号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその2」
98/9/28(第83号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその1」
98/9/21(第82号)「為替レートのトレンドを考える」
98/9/14(第81号)「バブルの清算と公金投入を考える」
98/9/7(第80号)「公金投入の整合性を考える」
98/8/31(第79号)「政治と経済の混乱を考える」
98/8/10(第78号)「今回の不況の原因を考える」
98/8/3(第77号)「新政権の人事を考える」
98/7/27(第76号)「小淵新自民党総裁誕生を考える」
98/7/20(第75号)「橋本総理退陣を考える」
98/7/13(第74号)「マスコミの驕りを考えるーーその2」
98/7/6(第73号)「マスコミの驕りを考えるーーその1」
98/6/29(第72号)「参院選と経済を考える」
98/6/22(第71号)「為替介入の背景を考える」
98/6/15(第70号)「橋本総理と円安を考える」
98/6/8(第69号)「日本の金融を考える」
98/6/1(第68号)「経済への関心を考える」
98/5/25(第67号)「世論と経済政策を考えるーーその2」
98/5/18(第66号)「世論と経済政策を考えるーーその1」
98/5/11(第65号)「アンケートと経済政策を考える」
98/5/4(第64号)「今回の景気対策を考える」
98/4/27(第63号)「消費の限界を考えるーーその2」
98/4/20(第62号)「消費の限界を考えるーーその1」
98/4/13(第61号)「恒久減税を考える」
98/4/6(第60号)「今回の自民党の景気対策を考える」
98/3/30(第59号)「米国の対日経済要求を考える」
98/3/23(第58号)「新日銀総裁の就任を考える」
98/3/16(第57号)「今回の不況の深刻さを考える」
98/3/9(第56号)「日米の景気対策を考える」
98/3/2(第55号)「日経新聞と経済を考えるーーその2」
98/2/23(第54号)「日経新聞と経済を考えるーーその1」
98/2/16(第53号)「貸し渋りと景気を考える」
98/2/9(第52号)「政治と経済を考える」
98/2/2(第51号)「官僚と経済を考える」
98/1/26(第50号)「「小さな政府」を考えるーーその3」
98/1/19(第49号)「「小さな政府」を考えるーーその2」
98/1/12(第48号)「「小さな政府」を考えるーーその1」
97/12/22(第47号)「需要不足の日本経済を考える」
97/12/15(第46号)「景気の現状と対策を考えるーーその8」
97/12/8(第45号)「景気の現状と対策を考えるーーその7」
97/12/1(第44号)「京都会議と経済を考える」
97/11/24(第43号)「景気の現状と対策を考えるーーその6」
97/11/17(第42号)「景気の現状と対策を考えるーーその5」
97/11/10(第41号)「景気の現状と対策を考えるーーその4」
97/11/3(第40号)「景気の現状と対策を考えるーーその3」
97/10/27(第39号)「景気の現状と対策を考えるーーその2」
97/10/20(第38号)「景気の現状と対策を考えるーーその1」
97/10/13(第37号)「市場の心理を考える」
97/10/6(第36号)「公共事業とマスコミを考える」
97/9/29(第35号)「リクルート事件と経済を考える」
97/9/22(第34号)「ロッキード事件と経済を考える」
97/9/15(第33号)「住宅と貯蓄を考える(その2)」
97/9/8(第32号)「住宅と貯蓄を考える(その1)」
97/9/1(第31号)「労働組合と経済を考える」
97/8/25(第30号)「競争時代の賃金を考える」
97/8/18(第29号)「米国経済の生産性の向上を考える」
97/8/11(第28号)「米国の景気を考える(その2)」
97/8/4(第27号)「米国の景気を考える(その1)」
97/7/28(第26号)「内需拡大と整備新幹線を考える(その2)」
97/7/21(第25号)「内需拡大と整備新幹線を考える(その1)」
97/7/14(第24号)「香港返還と中国経済を考える(その2)」
97/7/7(第23号)「香港返還と中国経済を考える(その1)」
97/6/30(第22号)「日本の米国債保有を考える」
97/6/23(第21号)「投機と市場を考える」
97/6/16(第20号)「規制緩和と日米関係を考える」
97/6/9(第19号)「ビックバンと為替を考える」
97/6/2(第18号)「内需拡大と公共工事を考える(その2)」
97/5/26(第17号)「内需拡大と公共工事を考える(その1)」
97/5/19(第16号)「金利と為替を考える」
97/5/12(第15号)「規制緩和と景気を考える」
97/5/5(第14号)「為替の変動を考える」
97/4/28(第13号)「日本の物価と金利を考える(その2)」
97/4/21(第12号)「日本の物価と金利を考える(その1)」
97/4/14(第11号)「日本の土地価格を考える」
97/4/7(第10号)「当マガジン経済予測のレビュー」
97/3/31(第9号)「日本の株式を考える」
97/3/24(第8号)「たまごっちと携帯電話を考える」
97/3/17(第7号)「政府の景気対策を考える」
97/3/10(第6号)「オリンピックと景気を考える」
97/3/3(第5号)「為替レートの動向を考える(その2)」
97/2/24(第4号)「為替レートの動向を考える(その1)」