- GDPの話
GDP、つまり「国民総生産」は、なじみの深い数字である。またこの増加率は経済成長率として注目される。毎年、政府はその年の経済成長率の見通しを立てるが、世間では、あたかもこれが政府の経済政策の目標と見なしている。 昨年度の政府見通しは、0.6%であった。経済成長率は、6月の中旬に公表されるが、この見通しはどうやらクリアされそうである。
GDPは極めて基本的な経済数値であるが、GDPの集計作業自体は複雑であり、我々のような部外者には、細かい所まではなかなか窺い知ることができない。もっとも経済企画庁でもこの集計には手間暇が掛かり、四半期ベースの数字は3ケ月遅れでやっと公表されているのが現状である。またこの数字は需要面からのデータのみで作られており、所得や生産面のからの数字はこれからさらに半年遅れた年末に公表される。
筆者にとって、GDPの具体的な集計方法についての説明は無理であるが、基本的な考え方については述べることはできると思われる。 GDPはまさに国民の総生産額であり、総所得、つまり稼ぎの総額である。ただし生産額と言っても、これが貨幣で取引されるものに限定される。ここが一つの重要なポイントである。したがって自給自足の経済ではGDPは発生しない。つまり自分で椅子を作っても、GDPには加算されない。間違いなく椅子と言う生産物があるのに生産額には含まれないのである。 よく問題になるのは家庭の専業主婦の働きである。家事労働の生産物はGDPに反映されない。ところがこの主婦も外に出てパートやアルバイトを行い、収入を得るとGDPに反映される。
ここにA、B、Cの3軒の家庭があるとする。A家の主婦がB家へ家事のパートに出るとする。またB家の主婦もC家に家事のパートに出る。さらにC家の主婦も同様にA家に家事のパートに出るとする。そして三人の主婦は夫々パートの報酬として10万円ずつ得るとする。この結果、3軒の家庭は10万円の所得と10万円の支出が夫々増えることになる。したがってこの場合にはGDPは合計で30万円増えることになる。もし三人の主婦が行う家事が同質であり、各自が自分の家の家事は一切行わないとしたら、3軒の家事の実態が変わらないのに「国民総生産」は増えることになる。つまり実態は変わらないのに国民経済の統計上は30万円の経済成長が達成されたことになる。
外で働く主婦が増え、食卓に並べられるデパートで買ってきたものが増えれば、それだけGDPは増える。所謂、家事のアウトソーシング化である。家事のアウトソーシング化が進むだけでGDPは増えることになる。また今日話題になっている老人介護の場合も、各自の家で老人介護するより外部に委託した方がGDPが増えることになる。考えさせられる問題である。
ところが実際のGDPの集計には、筆者のこのような理解を超えるものも含まれているようである。どうも持家については家賃相当分がGDPに加算されているようなのである。たしかに賃貸住宅の場合は、家賃がGDPに算入される。借主は家賃を支出し、家主はこれを賃料を所得として受取る。同様に持家についても家賃相当額を所得と支出に見なそうと言う発想である。これは金銭の授受を伴わない「国民総生産」の一項目となる。このことが分かったのは、昨年1ー3月のGDPの確定値の発表の時である。速報値より確定値がかなり大きく修正された。その原因が、速報値では、持家についても家賃相当額の算入が抜けていたと言うことであった。
たしかにGDPにはどのような数値を含めるかについて、色々な考えがあっても良い。実際、持家の家賃相当額の算入も、持家も賃貸住宅と同様に家屋の効用と言ったものを金銭的に捉え、これを国民所得計算に算入しようとする考えによる。しかしこのような数値がどんどん持込まれたならば、GDPを景気のバロメータと思っている人々にとんだ誤解を与えることにもなる。 今後、ソフトウエアの制作費を経費ではなく、投資勘定に振替えようと言う動きがある。筆者もよく理解していないが、この振替によってGDPが増えることになるそうである。実態が変わっていないのに、GDPの算出方法の変更でGDPが増えるのである。
- 政策目標の変更
GDPをその国の豊さの指標とするなら、金銭の支出の伴わない「経済価値」をなんらかの基準で算出し、GDPに加算することは決して不合理ではない。この方針が徹底されるのなら、通常の国の政策もこのGDPを大きくすることが目標でも良いかもしれない。しかしこの考えをさらに徹底するのなら、例えば治安の悪い国の国民が治安対策に支出する費用はその国のGDPから差引くべきと考えられる。さらにGDPが大きくても空気が汚れ、環境が悪化している国は、その分もGDPからマイナスすべきかもしれない。
このようにGDPの数値は、立場によって色々な捉え方がある。ここで困るのは、GDPの増加率、つまり経済成長率を唯一の政策目標とする考えである。目標の経済成長率が達成されても、一向に景況感が良くならないことがあり得るのである。つまり持家の家賃相当額が増えても、有効需要が増えないのである。もちろん失業も減らない。
むしろ筆者は、日本では経済成長率が、今だに経済政策の最大の目標と見なされていること自体が問題と考えている。筆者は、経済成長率より雇用問題が日本の最大の問題として認識されるべきと考える。たしかにGDPが増え、経済が成長すれば、失業も減る。しかし現在の失業のペースやこれまでの累積の失業者の存在を考えると、この問題の解決には年率5〜6%と言う日本ではかなり無理な経済成長率を何年も続ける必要がある。現在の目標とされる1%くらいの成長率では、生産性の向上を考慮するとむしろ失業が増大する可能性が強い。
日本は長い間、低失業率の状態が続いた。完全雇用と言うか、全部雇用の時代が長かった。失業より、むしろ人手不足の方が問題であった。この結果、特に大企業は人員の確保を優先したため、日本の雇用慣行と相まって、むしろ今日問題になっている慢性的な過剰雇用を抱えることになった。 日本では、政府も社会も失業を真剣に考える必要のない時代が長く続いた。したがって、失業問題が表面化した今日でも、有効な対策が講じられない。例えば政府がよく行っている通信教育への補助金が、どうして雇用対策として有効なのかとても理解できない。失業対策のノウハウが全くないのである。 公表される失業者数も、ハローワークでの求職者数であり、失業者の実数ではない。したがって失業率は傾向としては参考になるが、実態を正確には示していない。
たしかにGDPの動きは国内全体の経済活動の状態を反映し、重要な経済数値である。またGDPの動きは貿易収支にも影響があり、各国も注目している。しかし日本社会にとって失業が今後の最大の問題と認識されるのなら、失業率がGDPと同等か、あるいはより重要な数値として扱われるべきと考える。前段で述べたように、GDPが増えても、雇用に繋がらないものもある。したがってGDPだけが経済政策目標と言う考えを変更する必要がある。そして失業の減少が最も政府の重要な政策と認識されるなら、もっと良い具体策が考えられると思われる。
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