- 景気の現状と見通し
景気の現状については、色々な見方がある。良いのか悪いのか、あるいは良くなるのか悪くなるのか、現時点でははっきりしたことが言えない。とにかく良くなると言っても、経済成長率は年率で1%にも満たない。つまり数値は統計の誤差の範囲内で、数字はプラスにも、マイナスにもなりうる。したがって仮にプラス成長と言っても、実感がないのである。
しかしここに来て、今年の後半から景気は上昇すると言う話が、ほぼ「定説」のごとき語られている。そしてその要因は、IT関連の設備投資の増大と言うことになっている。つまり設備投資が増え、これによって所得が増え、最後に消費が増えると言う話である。まさに過去の景気回復のパターンを思い出す。 たしかに金森久雄氏も「現在の日本の設備投資のレベルはGDPの13%台と低く(これでも先進国の中では極めて高い)、経験的にもこの水準まで落ちると反動で設備投資が増えるはず」と主張している。したがって金森氏は今年の経済成長率の予想をかなり大きく見ている。説得力のある意見である。しかし筆者は、ちょっと違う考えである。
ところで昨年の今頃は、多くのエコノミストが「日本には莫大な過剰設備が存在し、これらを破棄しなければ、設備投資がなされることはない」と主張していたはずだ。これに対して筆者は、日本では、過剰設備を抱えながらも、これまで高い投資水準を維持してきており、ある程度の設備投資はなされると主張してきた。ところが最近、一転して多くのエコノミストは今後設備投資はかなり増えると主張を変えているのである。そしてこの根拠がはやりの「IT革命」と言うことらしい。今度は、筆者の方が待ってくれと言いたい。
たしかに設備投資は増える可能性はある。またその中心はIT関連と言うことにも異義はない。しかし筆者は、その設備投資が以前のように景気をぐいぐい引張るほどの規模になるとは考えていない。IT関連投資が爆発的に増えるとは考えられないのである。筆者は、IT関連投資のかなりの部分は、銀行や保険会社などの大型合併によるシステム統合のメンテナンスに伴うものと考えている。つまり継続的なIT関連投資はそんなに大きくないのではないかと考えている。IT関連投資が継続し、拡大するには投資に伴い収益が増える必要がある。しかし大企業でIT関連投資によって収益を増大させている所は少ない。今、IT関連で大きい収益を得ているのは、インターネットのインフラを提供している企業だけである。つまり過剰設備の存在もたしかなのだから、「IT革命」とかの熱がさめれば、設備投資も尻すぼみとなる可能性が強い。IT関連投資への過大な期待がある。
筆者が危惧するのは、「IT革命」で設備投資は増えるのだから、財政支出はもう必要ないと言う意見がまかり通ることである。まさしく彼等は、政府は規制緩和を行い、通信費を安くするようにすれば良いのであり、むしろ財政再建を進めるべきと主張している。
ところで筆者は、別の角度から景気回復の「芽」が出て来る気がする。それは株価の上昇によるものである。かなりのものは実態があやしいが、IT関連株の株価上昇である。低金利と言うこともあって株式市場にはかなりの資金が流入している。さらに今後も、郵便貯金の大量満期などにより、継続的に資金は流入してくると思われる。つまり澱んでいた日本の資金の一部が、株式市場に入って来ているのである。 株価が上昇すれば、経済の各方面に良い影響がある。資産効果による消費の増大も望める。しかし株価上昇の経済効果にも限度がある。一方では地価の下落も続いており、株価の上昇だけで経済全体を引張ることはできない。筆者は、当分「不況下の株高」と言う状態が続くと考えている。
そして筆者は、現在の株式相場は、暗黙のうち、政府の総需要政策と金融政策が継続すると言う前提で動いていると考えている。もし「IT革命」によってもう政府の景気対策が必要ないと、これまでと反対の政策が行われるなら、まずこの株式市場から崩れることになろう。前述したように、「IT革命」と言うもののがかなりの部分は幻想である。 今年中に選挙が行われ、これに伴い政権の性格が変わることになる。したがって経済政策も変わる可能性がある。もし新しい政権が財政再建を主眼とした政策を目指すようだと、経済は再び沈むことになる。この影響はまず株式市場に現れると考える。
- 「日銀による国債の引受」政策の実現性
政府が現在行っている総需要政策と金融政策を、もっと大胆に継続して行う必要があると言うのが筆者の考えである。日本が抱えている深刻な雇用問題の解決には、かなりの需要の増大が必要と考える。 これを実現する方法には色々な意見はあるが、筆者は、00/1/17(第146号)「有力エコノミストの対談」で取上げたポール・クルーグマン教授とリチャード・クー氏の考えに集約されると考える。
両氏の考えを簡単に述べる。ポール・クルーグマン教授は「当面財政支出による需要の喚起も必要であるが、これにも限度がある。また日本は現在深刻なデフレの状態であり、今一番必要なことは大胆な金融の緩和である。」と主張している。一方、リチャード・クー氏は「企業や個人のバランスシートは、バブル崩壊に伴って相当傷がついている。このような状態では、今日の低金利でも、人々は債務の返済を優先し、投資は伸びない。したがって現状では金融政策だけでは限度がある。したがってバランスシートの改善が済むまで、大胆な財政出動により景気の下支えを行うべきである。」と主張している。
つまりクルーグマン教授は大胆な金融政策を、リチャード・クー氏は大胆な財政政策をそれぞれ主張している。これらに対して筆者は、リチャード・クー氏の考えは正論と考えるが、これだけ財政の累積赤字に対して非難が強まっている現状では、現実問題として、リチャード・クー氏の政策を実行するのは難しいと述べた。そして政策の実行性を考えるとクルーグマン教授の調整インフレ政策の方が現実的と結論づけた。
しかし本誌がここ6週間に渡って述べてきた「日銀による国債の引受」が政策として可能なら、両者の主張する政策を同時に実現することができる。つまり「日銀による国債の引受」で得た資金を財政政策と国債の買入れ、あるいは償還に使うのである。したがって金利の上昇を伴わずに景気対策を十分に行えるのである。問題はインフレだけである。これについては、デフレ経済の日本においては、多少のインフレはむしろプラスと筆者は考えており、当分問題ではないと考えている。本当にインフレが問題となる状況になれば、政策を中断すれば良いのである。もっともその段階では政策の効果が現れていると思われる。さらにそもそも日本経済は、00/3/6(第153号)「資金供給の増大とインフレ」で述べたようにインフレを起こしにくい体質に変わっている。
調整インフレに関連して、インフレ目標について述べる。物価上昇が問題の国では、政府が物価上昇率の上限を決め、中央銀行がその目標に物価上昇率が収まるように金融引締め政策を行う。これが本来のインフレ目標政策である。しかしデフレ経済の日本でインフレ目標政策を行うとしたら、反対にある程度の物価上昇が起るまで日銀が金融を緩和することになる。これは物価上昇を嫌う日銀のポリシーに反することになる。大体、デフレ経済の国でインフレ目標政策を行うことは例がないと言うのが一般的な意見であろう。むしろ日本の場合には調整インフレと言う方がしっくりくると思われる。 しかし世界は広いもので、デフレ経済下でインフレ目標政策を検討していた国がある。タイがそうである。是非、その検討結果を知りたいものである。
「日銀による国債の引受」について述べてきたが、これを行わなくても、景気対策に必要な資金は、今後も日本政府は調達できると筆者は考えている。資金が澱んでいる日本では、かなりの額の国債も市中で消化できるのである。また日銀の国債の買オペの増額や市中からの国債買切を行えば、「日銀による国債の引受」と同じ効果があることも理解している。しかし常に国債発行残高が問題にされ、財政政策が不十分のまま、デフレ経済が続くのなら、一層のこと「日銀による国債の引受」を行い、この累積債務問題にけりを付けた方が良いと考えるのである。もっともこれを行うと言えば、各方面から非難を受け、政権が潰れる可能性はある。
「日銀による国債の引受」、つまり日銀による国債の直接引受は財政法の第5条で原則として禁止されている。しかし但書きがあり、特別の事由がある場合は、国会の議決受けた範囲でこれを行うことができる。つまり必要に迫られたら、政府はこれを行うことが可能なのである。しかし筆者は、むしろ財政法を改正し、政府が機動的にこの「日銀による国債の引受」政策を行えるようにすべきと考える。
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