- インフレへの誤解
本誌の「国債の日銀引受による経済対策資金の確保」と言う政策には、先週号で述べたように、インフレ(物価上昇)、金利や為替の変動そして財政規律の問題が伴う。ところでこのうち金利や為替の変動も、これもインフレに関係している。つまり本誌の提案した政策にまつわる問題は、インフレと財政規律にほぼ集約されると考えている。
まずインフレを取上げる。筆者が不思議に思うのは、世間では単純にインフレ(物価上昇)が悪いことと決めつけていることである。実際、日銀などの世界の中央銀行の第一の政策目標は、インフレの防止である。世間の誰に聞いてもインフレは「悪」と答えるはずである。ところが筆者は、必ずしもインフレを悪とは考えない。今日、これは少数派の意見であろう。
話を進める前に、まずインフレと言う現象をもっと具体的に考えてみる。インフレは通貨が大量に発行がなされ時、財やサービスの供給が不足して起る。たしかに単純に、インフレによって物価が上昇するだけなら、誰もが反対するはずである。 もっとも筆者は、現在の日本経済は、今日失業と大量の過剰設備を持っており、またかつ日本経済の体質が物価上昇しにくい体質に変わっていると考えている。00/3/6(第153号)「資金供給の増大とインフレ」で述べたように、たとえ通貨の大量発行がなされても、簡単には物価上昇は起らないと考えている。
インフレは、収入が一定に決まっているか、あるいは既に過去に金融資産を形成した者にとっては不利である。具体的には年金生活者や金利生活者に不利である。また公務員もどちらかと言えば不利である。 しかしインフレによって単純に物価だけが上昇すると言うことはない。物価上昇は、通常、インフレによって経済活動が活発化した結果である。つまりインフレはこれから事業を拡大しようとする者や職を得ようとする人々には有利である。失業者にとっては二つに分かれる。インフレはこれから働く気のある者にとっては有利であり、働く気のないものにとっては不利である。
インフレは単に物価が上昇するだけではない。インフレ時には、生産サイドにいる者にとっては、販売価格が上昇するのであるから、収入も増えるのである。またこの場合、販売数量も増加するケースも多いはずである。つまり働く者にとっては、物価の上昇率よりも収入の増加率が大きければ良いはずである。冷静に考えると、インフレはこのような人々にとって有利に働く。もちろん過去に借入金で設備投資や住宅購入を行った人々にとっても良いことである。 このようにインフレを単体でその功罪を問うこと自体が大間違いである。インフレと「失業の減少」・「給料のアップ」と言う組合せか、デフレと「失業の増大」・「年金生活者や金利生活者の生活の安定」と言う組合せで問いかけをすべきである。
しかし現象面から見た場合には、インフレは不利な立場にある。物価は全ての人々に影響するからである。たとえインフレで経済活動が活発になり、失業が減っても、自分が失業の当事者でないのなら、こんなことは関係ないと考え、物価上昇についてのみ文句を言うのである。したがってデフレで物価が下落する方が良いと考える人々も多いはずである。自分が失業する恐れがないのなら、デフレの方が有利である。デフレで企業倒産や失業が増えても、多くの人々にとっては他人ごとである。むしろ「他人の不幸は我が喜び」と言う意地悪い側面を人間は持っている。他人の不幸を見て、自分の幸運を確認するのである。テレビのワイドショーも他人の不幸な出来事を伝える方が視聴率が高いのである。
- 日本におけるデフレの問題
反対にデフレ経済には大きな問題がある。最大の問題は雇用問題である。筆者は、今後日本では、雇用が一番の深刻な問題になると考える。しかし依然失業者の割合は小さく、当事者でない一般の人々にとってはそれほど関心がないと思われる。そしてこのことが問題である。雇用問題は、単に経済の問題に収まらず、日本の社会を少しずつ蝕んで行く。気が付いた頃には手遅になっているのである。既にこの徴候は始まっているが、世間の関心が集まらないだけである。 失業で特に問題となるのは、中高年と新卒者である。中高年の失業問題も深刻であるが、これは別の機会に取上げることにする。今回取上げるのは新卒者の就職難である。
新卒者の就職の内定率が異常に低い。特に地方の高卒者の数値が低い。昨年12月時点の内定率は全国で50%台であるが、沖縄にいたっては30%台である。もちろんこの数値も卒業時には大きくなる。しかし傾向としてこの数値が年々低くなっていることである。注目されるのは、99年度はかなり大きな景気対策を行っても、内定率が前年よりかなり悪くなっていることである。年間0.6%くらいの経済成長では、とてもこの流れを止められないことを意味している。もちろんこのような状況では、内定したと言っても本人が納得した就職先でない場合が多い。したがって離職率も大きい。就職にあぶれた者の多くはフリータなどの不安定な職に就くか、あるいは失業状態のままである。
問題は、フリータなどの職に就いている者の数が非常に増えていることである。筆者の感想では5年前くらいから急増している。現在でも相当の数になっている。そして今後、この数がどんどん増えていくことは必至である。採用側の企業の言い分は「新卒者を採用して、教育を施すほどの余裕がない」とか、「中高年をリストラするより新卒者の採用を絞る方が抵抗が小さい」と言うことである。このような論理がまかり通っているのである。
不安定な職業に就いている者は、当座は良いが、このような職業では給料のアップはない。つまりこのような人々が増えていくと言うことは、将来高額商品が売れなくなることを意味する。もちろん原因はこれだけではないが、既に日本では新車が売れなくなっている。10年前600万台(軽自動車を除く)売れていたものが、最近では400万台まで落ちている。したがって自動車メーカはどんどん、国内の生産ラインを廃棄している。またフリータの収入ではとても「住宅」を購入できるはずがない。つまりこのままでは、将来日本の経済は縮小均衡に入らざるを得なくなるのである。
エコノミストによっては、少子化によって若年層の雇用問題は5年後には解決すると言っている。筆者も、以前はそれに近い考えであった。しかし最近の新卒者の就職の様子を見ていると考えを大きく軌道修正する必要があると思われる。また少子化による解決には10年から15年かかると考える。つまり団塊の世代が一線から引退するまで、今日の傾向が続くのである。したがってこの傾向が5年前に始まり、今後15年続くとしたなら、これに該当する世代のかなり大きな割合の人々は、企業の正社員として働いた経験持たないことになる。
全ての企業と言わないが、通常企業は新卒者を教育し、技術を与える。したがって企業に就職した者は、単に大きい収入を得るだけでなく、色々な知識と経験を得るのである。職を移る場合も、これが武器になる。さらに企業で働くことにより、広い人脈を持つこともできる。一方、フリータなどの不安定な職は単純労働が多く、得られる知識にも限界があるため、よほど本人が努力しないことには、次に条件の良い職に就くことは難しい。つまりデフレ経済が続く限り、今後の日本では、間を埋めることができない社会の階層の分化が顕著になる可能性が強いのである。
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