- 資金供給の具体的な方法
本誌の主張である「日銀の国債引受による財源確保」が経済政策として有効と考えるのは、先週号で説明したように、日本には莫大な澱んだ資金が存在し、これが消費や投資に向かないまま眠っているからである。したがって「日銀の国債引受による財源」で国債の消却や財政支出の補填を行っても、かなりの所までは、物価上昇と言った弊害が目立つこともなかろうと言う考えである。 一方、伝統的な経済理論では、このような澱んだ資金が存在すれば、金利が低下し、投資や消費が活発になり、資金の澱みもなくなるはずと主張する。しかし日本の現実には適合せず、地価下落により、むしろ銀行から企業への資金供給が詰まっており、ますます資金の澱みが大きくなっているのである。これに対して伝統的な理論を信奉している人々は、日本では「規制緩和」が十分に行われていないからと昔ながらの強弁しているのである。これについては近々本誌でもまとめて反論することにしたい。
さて日銀の国債引受によって得られるコストゼロの資金を使って、景気対策を行うと言うアイディアに対しては、予想通り、読者からインフレを危惧する意見が寄せられている。しかしこのインフレについて論議を進める前に、まず言葉の定義を行いたい。世間では物価上昇のことをインフレと呼んでいるが、本来インフレとは通貨の膨張による現象であり、結果として物価上昇が起るのである。ただ注意が必要なのは、インフレでなくても物価上昇が起ることである。たとえば原油などの輸入物資の価格上昇や以前本誌で取上げた生産性格差の調整に伴う物価上昇(もう一つの調整インフレ)などである。つまり物価上昇はあくまでも物価上昇であり、必ずしも本来のインフレではない。物価上昇率のことをインフレ率と言うことがあるが、これは正確な表現とは言えない。しかしあまり厳密な表現にこだわるのも堅苦しいので、以下の本文ではインフレは物価上昇を意味することとする。
本誌が主張する政策はまさしく、市中にどんどん資金を供給することであるから、文字通りの「インフレ政策」である。しかし今のやり方で資金をどんどん供給しても、すぐには物価が上昇するとは思わない。実際、現在日銀はゼロ金利政策で市場に潤沢な資金を供給しているが、金融機関の先には資金は流れていない。したがって物価上昇が起るはずがないのである。一方、資金を必要としている企業はたしかに存在している。つまり政府は、資金の供給方法に工夫が必要になっているのである。
政府は、コストゼロの資金を使って、国債のを償還を行うだけでなく、企業の社債などを購入し、銀行を介さず、資金を直接市中に供給する方法を採用すべきである。また、政府系の金融機関を使って資金を供給することもできる。少なくとも地価の下落が止まり、既存の銀行の金融仲介力が回復するまでは、政府系の金融機関の働きが期待される。特に高金利時代の郵便貯金の満期で、郵貯からの資金が流出が予想されており、これを財源にしている財投は来年度縮小が予定されている。この補填に日銀引受けによる資金を使うことも一案である。
しかし、最もオーソドックスな方法は、国債の日銀引受で手にした資金を財政支出、たとえば公共投資に使い、金を直接国民に渡すことである。とくに民間投資を誘発するような公共事業は効果的と考える。
筆者は、政府が手に入れた資金をかなり使っても、物価上昇は起らないないと考えている。根拠は、まず日本には莫大な遊休稼動設備と一頃より高水準の失業が存在しているからである。世間には原油価格上昇などによる物価上昇を懸念する声があるが、これは資金供給増大によるインフレと別問題である。ところで原油代の推移と経済への影響については、近々取上げる予定である。少なくとも筆者は、今後も原油代がこれまでのようにどんどん上がり続けると言うことは絶対にないと考えている。
- 日本経済の体質の変化
次に日本経済が、インフレ、つまり物価上昇が起りにくい体質に変わってきていることを説明したい。もっともこの現象は日本だけでなく、先進国に共通した現象でもある。経済が好調な米国でも、一向に物価は上昇しないのである。
原因は主に二つ考えられる。一つは労働組合の弱体化であり、もう一つは経済のグローバル化による競争の激化である。まず労働組合の弱体化の背景には、ソ連崩壊のように、社会主義政権の没落が影響していると考えられる。各国とも社会主義にシンパシーを持った左翼政党が中道路線に転換するとともに、労働組合も弱体化したのである。さらに産業構造もサービス業化が進展し、労働組合が影響力を持つ産業の比重が小さくなった。したがって各国とも組合の組織率も年々小さくなっている。
しかし労働組合の弱体化よりも影響が大きいと思われるのが、経済のグローバル化である。中南米やアジアでの生産力が飛躍的に伸び、先進国への製品の輸出が増大しているのである。この地域には資本だけでなく、技術もある程度先進国から移転したことが背景にある。ここがポイントであるが、これらの地域で先進国の消費に耐えうる品質の製品を生産できるようになったことが重要である。さらに関税の引下げなどによる貿易の自由化がこれを後押ししている。さらに経済のグローバル化がまた労働組合の弱体化に拍車をかけている。
経済のグローバル化により、国内の企業も簡単には製品の値上げができなくなった。つまり企業は国内だけでなく、発展途上国との競争にさらされているからである。そして中南米やアジアの経済は完全に先進国の経済に組込まれているのである。したがってどんなに需要が増大しても、中国に生産の余裕がある限り、仕入価格は上昇しないのである。また仮に、中国での需給がタイトになり価格が上昇するような事態になれば、さらに人件費の安いベトナムなどに生産拠点が移っていくだけである。つまり発展途上国同士も競争にさらされているのである。
この他に、先進国の需要項目の変化も物価の上昇を抑制している。先進国で消費が伸びている製品は、ハイテク製品のように量産効果があり、生産技術の革新が目ざましい分野のものが多い。この分野の製品は、需要が増大し、生産が増えるほど、一単位のコストは下がり、価格もそれに応じて下がっている。また日本で増えている携帯電話は、通話量がどれだけ増えても、追加的コストはほとんど必要としない。
日本は物価が上昇しなくなって久しい。18年間くらい極めて低い物価上昇率が続いている。バブル期も消費者物価指数も極めて安定的に推移していた。88年度は0.8%、89年度が2.9%、そして90年度は3.3%である。89年度、90年度は、バブルの絶頂期であり、地価高騰の影響や3K職場での人手不足が顕著になった時期であるが、それでも物価の上昇はこの程度に収まっていたのである。高度成長期には毎年6〜7%の物価上昇が当り前だったのであるから、様変わりである。
筆者は、最初これを85年のブラザ合意以降の円高が原因と考えたが、それだけではなく次のようなことも加わったのである。一つは日本で続いていた「生産格差インフレ」がほぼ一巡したことである。そしてもう一つは経済のグローバル化の影響である。たしかにこの頃から、アジアからの製品輸入が増え始めたのである。米国で最近「ニューエコノミー」と騒がれている現象が、バブル期の日本で既に起っていたのである。いつも間が抜けている日本のエコノミストはこれに気が付かなかっただけである。彼等は、いつも米国ばかり目を向けているので、新しい経済理論も新しい経済現象もいつも米国から来ると固く信じているのである。 資産価格が異常に上昇しているのに、このような事情で物価が上昇しなかっため、金融の引締めは遅れた。このためバブルは必要以上に大きくなったのである。
さらに消費者は価格指向を強めており、価格に敏感になっている。冷凍食品は特売日にしか売れないのである。また今日消費が増えているのは、パソコンや携帯電話の通話料と言った、価格下落が顕著なものである。しかし総務庁の消費物価指数は、このような消費者の実態を正確には把握しているとは思われない。実際の消費物価指数はもっと下がっているはずである。また、最近の10年間を見ても、値上げのあったものは、消費税のアップを別にすれば、郵便料金さらにタバコ代の2回の値上げぐらいのものである。これ以外では、地域によって水道代である。つまり全て公共料金である。そして再販価格制度を死守している新聞が、何回か値上げしているのを見逃すわけにはいかない。
以上述べてきたように、日本経済は一般の物価が上昇しにくい体質になっている。ところが世間では、このままでは「ハイパーインフレ」が起ると、根拠のない扇動的な発言を行う者が実に多いのである。筆者の主張する「日銀の国債引受けによる600兆円の財源確保政策」は、物価上昇などの動向を見ながら、確保した資金を徐々に市中に供給すると言うアイディアである。時には、国債を市中に供給し、逆に資金を吸収する場面もあり得ることが前提である。 たしかにこの政策を採れば、土地などの資産価格が異常に上昇することもありうるが(土地神話が崩壊し、地価が下落を続けている現在、これを心配するのもおかしな話ではあるが)、これに対しては金融の引締より、国土利用計画法の再整備や公的な宅地開発機関の活用の方が効果があると考える。
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