- 日本の澱んだ資金の実状
先週号で説明した「国債の日銀引受けによる、公的累積債務問題の解決と景気対策の財源確保方法」については、色々な意見や反論が寄せられた。これらについては多少予定を変更し、来週号の誌上でお答えすることにする。その前に、どしてこういった発想に到ったかについて説明した方が良いと思われる。
先進国の中で、日本の経済だけは際立った特徴的な構造を持っている。これを理解しなければ、正しく日本経済を論じることはできない。端的に言えば、日本の経済は資金の流れがしばしば澱(よど)むため、慢性的な需要不足が発生し、このため政府は度々景気対策を行う必要に迫られる。この結果、今日、国も地方も借金だらけとなったのである。これは構造的なもので、簡単には変えることは不可能である。
まず、資金の澱みの原因であるが、一番は「土地の売却代金」である。これについては本誌99/4/26(第112号)「お金持ちとリスク」で説明した通りである。ここではフリードマンの「恒常所得仮説」を用い、土地の売却代金のかなりの割合が消費されず、預貯金に回されることを指摘した。つまり、土地の売却代金のような一時的、臨時的な所得から消費に回る金額の比率は小さいからである。特に日本のように極端に地価が高く、急速な都市化によって活発に土地の売買がなされた国は他の先進国にはない。したがって過去からの土地売却代金の合計は相当の額になるはずである。銀行の巨額な不良資産を見ても、これが推定できる。
一時的、臨時的な所得と言えば、支給方法を考えると日本の給与もこの要素が強い。ボーナスも一時的、臨時的な性格が強く、これから貯蓄に回る比率は大きいと考えられる。また、他の国に比べて大きい日本の退職金も一時的、臨時的なものである。日頃所得の9割を消費している人が、退職金も9割消費するとは思えない。特に希望退職の退職金で3千万円も4千万円も手にした人が、全部使ってしまったと言う話は聞かない。ほとんどをローンの返済や預貯金に回しているはずである。つまりこのような日本の日本の給与の支給の慣行も、貯蓄率を大きくする働きがある。
生命保険の勧誘が激しいのも日本の特徴である。生命保険の外交員が職場まで毎日のようにやってくるのは日本ぐらいであろう。この結果、日本の生保の集める資金は、諸外国に比べ際立って大きい。つまり日本人の可処分所得はその分小さくなっている。
年金の積立額も日本は頭抜けて大きい。日本では、年金の支給額より、徴収額の方が大きい状態がずっと続いている。たしかに最近は支給額が増えているので、そろそろ均衡する頃ではある。しかし黒字の累積額は既に130兆円以上もあり、これは年金支払額の5.5年分に当る。ちなみに米国は1.5年分、英国1.2カ月分、ドイツ1カ月分であり、たしかに年金の財源に対する考え方は各国で違うが、日本の黒字の累積額は飛抜けて大きい。
市中に出回っている紙幣は、日本の場合、50兆円を越えている。このうち一部は金庫や壺に保管されている。2年前の大型金融機関の破綻に伴い、金庫がよく売れたと言う話である。したがって日本では、金庫や壺の中に眠っている紙幣は相当あると想像される。特にこの部分は完全に経済の循環から外れているのである。
このように日本には、他の先進国では見られない澱んだ巨額の資金が存在している。もちろん最後の「金庫や壺の中に眠っている紙幣」を除き、これらの澱んだ資金が投資に回り、経済の循環に戻っているなら問題はない。実際、高度成長期にはこれらの資金が設備投資に有効に使われ、高い成長率を実現したのである。生保も次々にビルを建てていた。 問題は日本経済が低成長に移行した後も、この澱んだ資金の増加が依然続いていることである。さらに最近の金融不安と地価の下落に伴う信用力低下により、金融機関からの企業への資金の流れが滞っている。政府の信用保証枠の設定により、かろうじて資金が流れているのである。たしかに一方には信用不安のない有力企業もあるが、こちらは設備投資額を減価償却費内、あるいはキャッシュフロー内に押さえており、銀行借入を必要としていないのである。
所得の発生の裏側には、ほぼ同額の財やサービスの生産がある。したがって所得の一部が費消されず、澱んだままの資金として残ると言うことは、それだけ需要が不足することを意味する。そしてこれまでこの不足する需要をカバーしてきたのが、輸出と国債を発行しながら赤字を続けている政府と地方自治体の財政、さらには財政投融資である。
- 米国の資金の流れ
次は、他の先進国の資金の流れを眺め、日本と比べてみる。取上げるのは米国である。米国の個人貯蓄はほぼゼロである。その米国は以前より活発な設備投資を行っている。この資金の原資は、政府部門の黒字と海外からの巨額な資金流入である。
米国の場合、お金持ちの行動も日本の場合と大きく違う。財を成した人々は気前よく寄付をするのである。ビルゲイツも資産の9割もNPOを通じ、寄付することを表明している。米国では毎年1,500億ドルの寄付が行われており、資金が澱むことなく、経済の循環に戻ってきているのである。日本の場合はこの寄付の金額が実に米国の800分の1である。
米国は個人もあまり貯蓄を行わない。さらに近年は、特に株価の上昇による資産効果によって、貯蓄率は極めて小さくなっている。むしろ年間100万人以上の個人破産に見られるように、過剰消費の方が問題になっている。
しかし米国人の個人が、全く将来設計がなく資産形成を行っていないと言うことではない。日本人のような預貯金を行っていないだけである。その代わり彼等は住宅に投資を行っているのである。米国の住宅は長持ちし、かつ中古住宅の市場が十分機能しており、住宅の補修を適切に行っておれば、買った時よりも高く売れるケースがあるのである。つまり米国人にとって住宅の購入は、消費と言う面があると同時に投資や貯蓄の性格を持っている。今日米国では、住宅の建築ペースが史上最高と言うことが景気が良いことの原因の一つになっている。米国人が残業せずに家に帰って、庭の手入れをしておれば、住宅の売却価格を高められるからである。また住宅と言う確実な資産を持っているから、預貯金を行って将来に備える必要はないと考えているのかもしれない。
このように米国では資金が澱むと言う現象はない。むしろ慢性的な資金不足状態と言った方が良い。したがって政府は財政の支出を削って、資金が民間に流れるようにするのが合理的な政策である。つまり米国にとっては「小さな財政」が正しいのである。日本と全く正反対なのである。
今日、日本の企業が設備投資の水準が低いとよく言われるが、これは誤解である。98年度もGDPの13.8%もの設備投資がなされている。ちなみに設備投資が増えている言われている米国でも、この比率は12%くらいである。しかし以前の20%に比べるとたしかに減少しているのである。つまりこの水準であっても日本にとっては低く過ぎており、この設備投資不足が不況の一因になっている。もっとも設備投資が増え、景気回復しても、次には過剰設備に悩まされることになる。 従来は家計の貯蓄を企業が使うと言う図式になっていたのが、最近では、リストラに伴う、設備投資の抑制や資産の売却によって、企業の貯蓄もプラスになっている。これも資金の澱みの一因となっている。
全体では、この資金の澱みの一部は外債投資などで海外に流れているが、残りは国内に滞留している。したがって政府がどんなに巨額の国債を発行しても、金利が上昇せずに市中で消化されている。特に期間の短い国債のニーズは非常に高い。
最近の宮沢蔵相の象徴的な発言が注目される。国債が買われ、国債利回りが1.7%まで低下した際、宮沢蔵相は「1.7%は説明がつかなく、異常である」と発言し、市場の動きを牽制した。国債が順調に消化されているのを喜ぶ立場の人の発言としては意外である。むしろ世間では、このような国債の大量発行はとても続けられるものではなく、そのうち国債の暴落(利回りの急上昇)がある言う意見が多くある。宮沢蔵相は全く逆の懸念を示したのである。筆者は、宮沢蔵相は国債価格の急激な上昇(利回りの低下)が将来の国債の暴落(利回りの急上昇)に繋がり、国債への信頼をなくすことを懸念したと推測する。さらにもう一つ筆者は、「金融機関は国債ばかり買っているのではなく、企業への融資にもっと努力するべき」と言いたかったのではないかと考えている。しかし筆者は、地価の下落が続いている現状では、これは無理と考える。
需要不足で不況の日本では、景気回復のためには澱んだ資金が消費や投資に向けば良い。例えばカジノを解禁し、お金持ちがカジノで「ステッテン」になって、お金持ちの金が市中に流れば良い。しかしこのようなことはちょっと現実的でない。また政府が、お金持ちのどうせ使わない金を強制的に取上げ、代わりに使ってあげるのも良い。しかしこれも暴論である。
国債の発行額を徐々に増やしている政府の現在の政策は、この澱んだ資金を吸上げ、これを経済の循環に戻す働きをしており、決して不合理なものではない。しかしこのような国債残高の増加には各方面から、いわれのない非難が日増しに強くなっている。この非難的な声に遠慮して、政府の行う景気対策は段々中途半端なものになっている。これでは景気は良くなるはずがない。筆者は、社会の状況は、数字で示されているよりずっと悪くなっていると思われる。今日行われている対処療法的景気政策では、本当に手遅になる可能性がある。今必要なことはもっと大胆な景気対策である。そのためにも一歩踏込み、「国債の日銀引受」を行うことによって財源を確保し、財源問題にケリをつけることが必要と考える。
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