- ペイオフ強行派の幼稚な論理
今週号は、先週号00/1/24(第147号)「「ペイオフ解禁」の延期」の続きである。これを読んでいない方は、是非、まずこれを読んでもらいたい。 「ペイオフ解禁」の延期については、マスコミに登場する意見のほとんどが「ペイオフ解禁」の延期に否定的である。つまりほとんどのエコノミストは「ペイオフ強行派」であり、「ペイオフ解禁」の延期はけしからんと言っている。これに対して、筆者は、「ペイオフ解禁」はメリットがないだけでなく、日本の脆弱な金融システムの現状と、預金者がペイオフを正確に理解していないと思われることから、「ペイオフ解禁」は極めて危険な政策と考える。
ここから「ペイオフ強行派」の共通する主張に対して一つ一つ反論する。
- 金融機関のモラルハザード(倫理の欠如)を招く
今日金利は自由化されている。したがって内容の悪い金融機関が、高い金利を提示し、預金を集める可能性が強いことなどを意味する。つまりペイオフ実施により、預金者の自己責任を求め、注意を喚起しようと言うことである。たしかにこれまでに破綻した信組の中には、かなりの高金利で預金をかき集め、当座の資金繰りを行っている所もあった。
(反論)しかし異常に高い金利の設定がなされている場合には、当然、外部からもそのことが分る。それならば、監督官庁がすかさず検査に入れば済む問題である。高金利が理にかなったものなのか、あるいは資金繰のためのなりふりかまわぬ行為なのかは簡単に分るはずである。特に信組の監督権が都道府県から金融監督庁に移ることになり、今後金融機関への検査体制も、今日よりは整備されるはずである。
実際、「ペイオフ」実施により、一般預金者にリスクを勘案して銀行を選べと迫るのはむちゃくちゃである。またこれに関しては、銀行の経営内容を十分ディスクロージャ(情報開示)すれば良いと言う意見がある。しかし、データの信頼性を別にしても、はたして一般の人々が、銀行の財務諸表を見て、どれだけ銀行の経営の健全性を正しく判断できるか疑問である。風評に流されるのがおちである。
前財務官の榊原氏は、ペイオフに反対する数少ない専門家である。氏はテレビ番組で「金融の自由化については原則として賛成である。しかしペイオフまで行う必要はない。人々は自分の仕事で忙しいのである。自分の預金が、今日も安全かどうか気にしている余裕や暇はない。」と発言していた。筆者は全くこれに賛成である。
- 財政負担が大変である
現在、金融機関が破綻した場合も預金を全額払戻している。預金保険機構の負担分(一千万円)を超える不足分を政府が負担しているからである。政府の「資金援助」と「特別資金援助」である。たしかに文字通りのペイオフとなれば、この財政の負担がなくなることにはなる。
(反論)しかし先週号で述べたように、「ペイオフ解禁」となっても、金融システムに重大な影響を与える金融機関の破綻の際は、例外的措置として政府による「資金援助」は残る見通しである。たしかに「ペイオフ解禁」は延期される方針であるため、まだ保護の対象などが必ずしも明確ではないことは事実であるが、大きな銀行が破綻する場合には預金は全額政府の負担で保護されると考えてよい。つまり金融機関がおかしくなった場合の財政負担は、現在とほとんど変わらないと言うことである。
ただし、「ペイオフ解禁」となれば、必ず預金が保護されるとは言い切れない不透明さがつきまとうのも事実である。その時の政権の判断によるからである。特に中小の金融機関の場合には、たして例外的措置が講ぜられるかどうか分らないところに問題がある。したがって「ペイオフ解禁」となれば、それだけで預金者の動揺を呼ぶ可能性が強い。
- 金融界の再編が遅れる
「ペイオフ解禁」が延期されれば、預金の移動と言う事態は一応押さえられる。これによって当事者は安心し、金融機関の再編による合理化がそれだけ遅れる。
(反論)日本においては「ペイオフ解禁」が現実のものになると見通しがついた段階で、預金は中小の金融機関から大銀行に大移動する可能性がある。不確実性が伴う現状では、健全な中小の金融機関からさえも預金は逃げて行くと考える。さらに大銀行の中でもより安全で大きな銀行に預金が集中することになる。政府の対応が不透明と言うことが、この動きを加速する。このようにペイオフ解禁がされた場合には、中小の金融機関の存立自体が危ぶくなる。再編どころではないのである。
しかし金融機関はその業態によって夫々役目を担っている。したがって中小の金融機関が消滅することが、金融界の再編と言うのはおかしい。また「ペイオフ解禁」を背景に金融界の再編を迫ると言うこと自体が乱暴な主張である。
- 「ペイオフ解禁」は国際公約である。
これを延期することは、まだ日本の銀行に不安があることを内外に示すことになり、銀行の格下げにつながる。
(反論)これは、訳の分らないエコノミストがよく主張していることである。しかしペイオフは日本の金融自由化のスケジュールの一つであり、決して国際公約でもなんでもない。むしろ各国は、どの国でも現在行われていないペイオフを、何故、日本が行おうとしているのか不思議に思っているはずである。さらに筆者は、ペイオフの実施はむしろ日本の銀行の格下げにつながると考える。これについては後ほどまた述べることにする。
- ペイオフの実態の認知度
読者から「なぜペイオフの人々の理解が進んでいないのか」と言うご質問があった。日経のアンケートでもペイオフをある程度理解しているのはわずか2〜3割の人々である。ところが「予定通りペイオフを行え」と言う意見は5割を越えているのである。筆者は、これは人々が自分の預金は大手銀行にあり心配がないとか、あるいは自分の預金は一千万円以下だから関係ないと思っているからと考えている。つまり一般の人々は、ペイオフに関する知識自体を必要ないと思っている可能性が強いのである。またペイオフに賛成者が多いのは、マスコミの報道や取上げ方のためと考えられる。なにしろ筆者も、前財務官の榊原氏とリチャード・クー氏以外で「ペイオフ解禁」の延期に賛成する意見を聞いたことがないくらいである。
ペイオフを知っていると言っても程度に大きな差がある。もちろん筆者も完璧な知識を持っている訳ではない。新聞の切り抜きなどを参考にこのコラムを書いているのである。 自分の預金は一千万円以下だからペイオフに賛成している人々も、預金が何ヶ月も凍結されると言うことを知らない可能性が強い。また、「ペイオフ解禁」が日本の金融システムに多大な悪影響を及す可能性が強いことを知らないと思われる。現実を知れば、ペイオフにはとても賛成できないはずである。
「ペイオフ解禁」は学者などの専門家で構成される金融審議会で検討されてきた。もちろんこれらの専門家は、ペイオフの制度的な面には精通している。しかし彼等は日本の金融界の実態や市場の動きには疎い。問題ある信組の数が98もあることももちろん知らなかったであろう。「ペイオフ解禁」に傾いた金融審議会の議論の流れを変えたのも、オブザーバーの金融監督庁の役人の意見が影響していると言うことである。これは大変と流れが変わったのである。さらに地価の下落が続いており、大手銀行の資産内容の改善も思われているより進んでいないはずである。
「ペイオフ解禁」の延期に関しては、「愚策」とか「公約違反」と言って、マスコミから非難が集中している。しかし非難をしている人々は、ペイオフの実態や日本の金融の現状に疎いか、頭がおかしいとしか考えられない。
最後に、もう一人の「ペイオフ解禁」の延期に賛成するエコノミストであるリチャード・クー氏の主張を紹介しておく。氏はテレビ朝日の番組サンデープロジェクトに登場し、「都市銀行の格付機関の格付が最悪である今日、ペイオフはとても行えることではない」と発言していた。筆者は、もちろんこれに賛成である。ところが驚くことに、同じ番組に登場していたペイオフに賛成する他の専門家は、「格付機関の格付はいい加減だ」と氏の発言を一斉に攻撃していた。筆者も、格付機関の格付が必ずしも正しいとは思わない。しかしこの格付で市場が動くことがあるのも現実である。これは長銀などの大型金融機関の破綻の過程で経験済のことであったはずである。リチャード・クー氏の危惧は全く正しい。
1月25日ムーディーズは、今回の「ペイオフ解禁」の延期では、邦銀の格付けを変えないことを明らかにした。この記事は、翌日の日経に極めて小さく載っていた。さらにムーディーズは邦銀の格付は、政府などの支援を前提に行っていることを付け加えていた。つまり現在の政府の支援体制がなくなれば、さらに格下げを行うと言うことである。極めて常識的な考えであり、リチャード・クー氏の考えが正しいことを裏付けている。前段で「ペイオフ解禁」の延期が銀行の格付にマイナスと言っている日本のエコノミストが多いことを指摘した。これらの人々は、全く間違った逆のことを堂々と主張しているのである。このような「いい加減なエコノミスト」が日本にはうようよいて、世論を間違った方向に導いているのである。
筆者は、政治家の考えがまともなら、日本では当分ペイオフはないと考えている。しかし何らかのいき違いで、ペイオフ解禁が決まった時には、格付機関の動きに注目することになる。特にムーディーズの動きは要注意である。
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