- ペイオフの実態
「ペイオフ解禁」が1年延期されることになった。これについては昨年の後半から色々検討されて、マスコミも様子を報道していた。しかし、筆者は、延期することは当然と考えていたし、延期されること自体は特に大した事柄ではないと考えたいたため、本誌でもこれまで特に取上げることはなかった。そして「ペイオフ解禁」議論が延期する対象をどの預金種にするかと言うことになった段階で、「ペイオフ解禁」は延期されると予想された。 同様なことは中曽根政権の売上税構想の時にも起った。各種団体が自分達の商品を非課税にするよう陳情し、事態が混乱して、構想そのものが空中分解したのである。結局、売上税は白紙となり、その後消費税が登場することになった。今回はこれに似ていた。
筆者は、日本において「ペイオフ」は行うべきではないと考えている。「ペイオフ解禁」論議も白紙に戻すべきと考えている。どうしても行うと言った場合は、よほど万全な態勢が整ってからと考えている。したがってここ1年や2年のうちに行うと言う話ではない。しかし奇妙なことに各方面からこの「ペイオフ解禁」延期には非難が集中している。おもな理由は、モラルハザードを生むとか、公的資金の負担が続くと言うことらしい。また、金融再生が遅れると言う主張もある。
ところで昨年の日経のアンケート結果を見ても、一般の預金者の「ペイオフ」に関する知識は極めて乏しい。そこで、まず筆者の理解している範囲で、この「ペイオフ」についての説明から始めたい。 原則は、預金を預けた銀行が倒産した場合には、残存の資産を預金額に応じて預金を預金者に払戻すことである。それではひどいと言うことで、少額預金者の保護のため、一定額までは全額を無条件で払戻し、それ以上については、原則に戻り、残存の資産を預金額に応じて預金を払戻すと言うのが「ペイオフ」である。つまり少額預金者の保護の一環が「ペイオフ」であり、他の国でも行われている。限度額は、日本では一千万円であるが、米国は10万ドルである。日本の場合、この最低保証額の支払は預金保険機構から行われるが、財源は銀行が預金者から徴収している預金保険料である。
預金保険機構ができたのは25年前であり、預金保険料の徴収も同時に始まっている。保証額を一千万円に決めるのも紆余曲折があったが、米国の10万ドルを意識して決定されたと考えられる。しかしずっと預金保険の制度そのものは存在していたが、国が預金を全面的に保護していたので、これが発動される機会はなかった。
局面が変わったのは橋本政権の時であった。金融自由化、金融ビッグバンの一環として、「ペイオフ」も解禁することになったのである。いわゆる96年の「金融三法」の一つ、「預金保険法」の改正である。ただし、これには準備期間を設け、その間は金融秩序の維持を目的とした場合には、保証割合を大蔵大臣が決めることができることにした。つまり2001年4月までは、実質保証割合は100%と、実質的に預金の払戻しは全額保証されることになっている。
今回問題になっているのは、この期限の延長である。しかし、その後97年の山一、拓銀などの破綻に見られるような想定外の信用不安が発生した。また、財政再建路線の強行によって、景気は落込み、97年、98年はマイナス成長である。さらに、筆者はこれを極めて重視するのであるが、地価の下落が依然続いている。つまり担保不動産の価値の下落が続いており、今の銀行の合理化くらいでは、資産価値の劣化に追い付いていないことも考えられる。たしかに株価は上昇しているが、先々週号で述べたように「株」は「一寸先は闇」である。つまりこのような状況では、「ペイオフ解禁」を延期することは、当然と言えば、当然であると筆者は考える。
- 「ペイオフ」の問題点
まず、第一に「ペイオフ」を実行する意味が解らない。つまりメリットがないだけでなく、悪いことばかりである。特に信用が存在し、経済状況が悪い日本において「ペイオフ」を行うことは、経済の致命傷となる。外国においても、制度として「ペイオフ」があっても、現在「ペイオフ」を実際に行っている国はないはずである。 米国では昔行われたが、現在は行っていない。行ったと言っても、極めて小さな金融機関である。日本のほとんどの信用組合より小さな規模である。これでも手続きがとても繁雑であるため、現在は止めているのが実状である。有名な話はコンチネンタル・イリノイ銀行の場合である。米国政府は「ペイオフ」を行わず、国有化し、救済したのである。潰すのには大き過ぎると言う理由である。大きいと言っても、日本の地銀クラスである。また2年前には、信用不安が広がると、ヘッジファンドさえ、米政府が音頭をとって破綻を防いだくらいである。
欧米では「ペイオフ」に変わり、P&A、つまり他の金融機関による資産・負債の承継、つまり営業譲渡が一般的である。これは経営不安が生じた銀行の資産・負債を、極めて短期間のうちに他の銀行に移す方法である。例えば金曜日の営業終了後、破綻を公表し、月曜日には新たな受け皿銀行の下で営業を行うと言うものである。筆者は、これとて日本の銀行の資産がほとんど不動産担保による貸付と言うの実状を考えれば、資産・負債の確定に手間を要し、情報が漏れない状態で、これを実行することはほとんど不可能と考える。特に現在のような地価の下落が続く状態では、二次損失を恐れ、受け皿銀行の出現そのものが簡単ではないと考える。
次に預金者にとっても「ペイオフ」に伴う問題が色々ある。決済資金凍結による連鎖倒産などがよく言われるが、それ以外についても次の二点指摘する。
- 「ペイオフ」の場合の仮払金は20万円
破綻銀行の損失が確定するまで数カ月かかる。これはこれまで破綻した銀行の処理を見れば容易に解る。ところが仮払金は20万円に過ぎない。残りは数カ月後である。自分の預金は一千万円以下と言ってもダメである。これに関しては、名寄せが必要になる。同じ銀行に、同一人物が複数の口座を持っているケースがある。この場合には同一人物の預金を合計して、一千万円の保険金の適用がなされる。この作業自体が膨大なのである。
- 日本には金融機関を選択できない地域が多い
都会と違い、地方の場合、金融機関が少ない。仮に預金している銀行が経営不安と分かっても、別の銀行がないのである。
筆者は、仮に「ペイオフ解禁」となり、銀行に経営不安が発生しても、政府は「ペイオフ」を99%行わないと考える。それは規模が大きく金融危機が発生する恐れがある場合は、例外的な措置として、政府の負担で、預金の全額を保護できるようになっているからである。ところが例外的な措置と言っているが、これが通常となると筆者は考える。「ペイオフ」の実行は、ある程度の規模の銀行が対象の場合には、「立て前」と考えられる。つまり実体は、99%について現在とそんなに変わりがないのである。しかしあくまでも時の政府の首脳の判断に任されているも事実である。
問題は残りの1%の可能性である。変わり者が首相や大蔵大臣になれば、「ペイオフ」を実行する可能性が残っているのである。特に他人の意見を全く聞かないと言うタイプは危険である。そして実際に「ペイオフ」を行った場合の混乱の大きさについては想像がつかない。世界で大きな銀行の「ペイオフ」の実例もない。ましてや日本のように、一般の人々も金融資産の大半が預金と言う国はない。
このように「ペイオフ解禁」となっても、銀行の危機に際しては、公的資金が現在と同様に投入される可能性が強い。ただし上述したように1%の「ペイオフ」の可能性が存在する。そして対象の金融機関が小さいほどこの可能性は高くなる。そこで問題になるのが日本のマスコミの動向である。実際に、例え「ペイオフ」となった金融機関の規模が極めて小さくても、次の破綻はどこかと喜んで騒ぎ立てるはずである。そしてこれが次の信用不安を呼ぶのである。日本の金融システムは三洋証券の会社更生法の申請によるモラトリアム以来、極めて脆弱になっている。例え破綻のスタートが小さな金融機関であっても、マスコミが騒げば、次々に破綻が連鎖する可能性があるのである。もちろん「ペイオフ解禁」と言う段階でも、マスコミが動き始めることは目に見えている。これが預金者の動揺を招き、取上げられた金融機関の破綻に繋がることが十分考えられる。
このようにマスコミ以外誰もメリットのない「ペイオフ解禁」を何故急ぐ必要があるのか、筆者は全く理解できない。筆者の意見ははっきりしている。1%でも危険性があるなら、今日の状況では、絶対に「ペイオフ解禁」を行ってはいけないと言うことである。ちょっと前に2,000年問題でも日本中が騒いだではないか。
|