平成9年2月10日より
経済コラムマガジン

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99/11/29(第141号)
商工ローンと日本人
  • 商工ローンの問題
    今週号では商工ローンの問題を取上げるが、これについては連日マスコミで報道されており、事の成行きについて本誌が新たに付け加えるようなことは特にない。ただ本誌なりの切り口でこの問題を取上げることにする。

    筆者よりもっと商工ローンの実態に詳しい方が多いと思われるが、筆者の理解している範囲内で、まず商工ローンの仕組と問題点について述べることにしたい。
    融資は、銀行融資のように原則として土地などの不動産物件を担保にしたものが一般的である。しかし一方には、消費者金融、つまりサラ金のように原則として無担保の融資がある。しかしこの場合には限度額が低く、金利は高い。そして問題の商工ローンはこの中間に位置すると思われる。融資額は数百万円から一千万円前後であり、担保として連帯保証人が必要となる。担保には不動産のような物的担保と連帯保証人のような人的担保があるが、商工ローンは後者によって融資を行っているのである。

    ところが、まず不思議なことは、保証人と言う担保を要求しながら、金利がべらぼうに高いのである。調査手数料などの名目で金利が加算され、実質の金利は、年利40%に近い水準であり、かろうじて法定限度内と言うことである。これは大手の消費者金融よりさらに高金利である。

    商工ローンについては金利と同時に強引な取立方法が問題とされている。これは現行の法律に違反した行為である。この他に「根保証額」を商工ローンの社員がかってに記入したと言う話もある。この報道が本当なら、これも犯罪である。

    しかし筆者が一番に問題にしたいのは、債権の回収を主たる債務者ではなく、保証人から行おうとしている経営方針、つまり商売の進め方である。商工ローンによっては、利息は債務者から、元本は保証人からと割切っているところもあるようだ。たしかに法律上は、連帯保証人には、主たる債務者が債務返済が不能となれば、契約の範囲内(根保証額)で、債務者に成り変わって債務を返済する、つまり代位弁済の義務がある。
    しかし根保証額に関わる説明が十分になされていないこともあるが、連帯保証人がそこまで覚悟を決めて保証人を引受けているケースはまれと思われる。軽率と言えば、あまりにも軽率である。人が保証人を引受ける理由は様々であるが、人間関係の上でしょうがないとか、仕事の上で世話になったからと言うケースが多いと思われる。また保証人を引受ける人に経済的メリットがないケースも多いはずである。つまり善意で保証を行うケースが多いと考えられる。筆者は、これは極めて日本的な行為であり、商工ローンの問題のようなことは、米国ではまず起こり得ないと考えている。


  • 商工ローンと社会
    商工ローンの問題が表面化し、これについてマスコミは色々な問題点を取上げているが、筆者はこの問題について何か、そう言うものとは別に、異物のような「違和感」みたいなものを感じる。そして筆者はこれは何かとずっと考えてきた。そして筆者は、このようなことは日本人と欧米人の文化や行動の狭間に起こる事柄ではないかと考えるようになった。今日の日本においては、程度の差があっても、よく似た事が他でも頻繁に起こっていると言うことである。

    保証人を引受ける人は債務者の知人であり、人間関係のある人々である。直接お金を貸すことには抵抗があるが、保証人になるくらいなら良いであろうと考えるのである。また多くは善意で保証人となるが、これがとんだ落とし穴となっている。問題になっている商工ローンの商売は、これらの人々の極めて日本的な善意が前提で成立っている。

    ところが一旦、債務者が債務不履行になった時(多くはこの高金利では行き詰まることは分かっている)、商工ローンは一転して契約書を持出し、法律で保証人に代位弁済を迫る。最後は契約とか法律と言う極めて欧米的な方法で解決しようとするのである。商工ローンの営業は、契約する時には日本的な人間関係を当てにし、最後は欧米流の法律で迫る。つまり商工ローンは日本的なものと欧米的なものの双方からメリットを受けようとしているのである。

    もちろん日本は法治国家であり、物事は法律で律せられている。しかし現実に問題が起こった場合にはまず「話し合い」があり、その結果「示談」や「和解」と言う形で解決が行われるのが普通である。裁判で徹底的に争うと言うことはめったにない。裁判所さえもよく両者に和解を奨めるのである。これは、日本のように比較的閉じられている社会では、人々の間の調和を維持することが重視されるからである。たしかにこのような日本流の解決方法は、結果があいまいなものになるかもしれない。しかしこの解決方法は、手っ取り早く、効率的である。そしてこれも日本人が考えた一種の知恵である。一方、米国のように他人の集まりのような国ではこうは行かないのである。

    日本では、司法のインフラも米国のような「訴訟社会」には到底対応できない。弁護士の数も、米国の90万人に対して、日本は1万7千人である。しかしこのような日本の社会も今後は、欧米流の問題解決方法を用いる社会に近づいて行くと考えられる。現在はまさに過渡期である。そのためか今日、日本の人々はストレスを感じているはずである。しかし日本人が完全に欧米人になれるわけではなく、今後日本は極めて日本的な法律社会を目指すと言うことになろう。そのための法律の整備も必要である。

    具体的な例として宅建法を取上げる。不動産のように一生のうちにめったに取引しない物については、顧客と業者の間の知識には格段の差がある。したがって宅建法では、取引主任者に「重要事項の説明」を義務付け、顧客の保護をおこなっている。一方、商工ローンで問題になっている債務の保証も、一般の人々にとってはめった出会さないことである。しかし貸金業の世界では、保証についての説明がほとんどなされていないのが実状である。つまりどれだけ説明するかは貸金業者の善意に任されているのである。したがって筆者は、貸金業についても宅建法と同様の説明を業者に義務付けるべきと考える。

    商工ローン問題は社会問題となっており、出資法の上限利率も引き下げられる見通しである。しかし筆者は、人々の注目が出資法の上限金利の年40%だけに向いているのは間違いと考える。日本にはもう一つ、利息制限法と言うものがある。この法律は金利を、金額によって15〜20%に制限している。これを超える利息については貸金業者と交渉の余地があるはずである。たしかに弁護士費用はかかるが、弁護士に相談すべきである。

    大手消費者金融の金利は20%台であるが、これは利息制限法の制限金利を意識したものと考えられる。つまり弁護士費用を考えると訴訟を起こしにくい水準に設定しているのである。筆者は、出資法の上限金利の引下げだけでなく、利息制限法の制限金利も引下げるべきと考える。こう主張すると必ず、そのようにすれば融資する所がなくなると言う意見が出てくる。しかしそんなことは決してない。これらの業界が空前の利益を出していることから分かるように、引下げる余地はまだまだあるはずである。

    法律の知識がそれほどなくても暮らせたこれまでの日本にも、商工ローンなどの異物の出現があり、人々は法律で防備する必要が出てきた。しかし「六法全書」を常時持ちながら生活するわけにはいかない。筆者は、法律問題が起こりそうなった場合には、気軽に弁護士に相談に行くことが良いと考える。しかしなじみの弁護士がいない人も多いと思われ。その場合には、ちょっとした町には担当弁護士が相談に乗ってくれる法律相談所があり、これを利用することを奨める。費用は1時間5千円くらいである。あらかじめ電話で予約して行くのが良い。

    問題となった商工ローンの社長は、テレビに登場し、今後の経営は「手形割引」を中心にやっていくと言っていた。しかし手形割引業には長年の経験と多くの知識が必要である。1年や2年で社員が辞めていく会社が、それをやって行けるか大いに疑問である。いずれにしても、商工ローンの行く末は注目される。



先日、「朝までテレビ」で「サラリーマンのリストラ」を取上げていた。久しぶりにこの番組を見たが、随分議論が盛上がっていた。そこで来週号では、予定を変更し、この問題を取上げることにする。
ユーロ安をきっかけに為替がまた円高に動いている。繰返しになるが、日本のように経常収支が黒字の国の為替を、安い方向に持って行くのは難しいことである。また、日本の景気回復が予想されるから円高になると言う話は嘘である。しかし嘘で相場が動くのも現実である。


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99/11/22(第140号)「あやしい常識」
99/11/15(第139号)「金融のさらなる量的緩和」
99/11/8(第138号)「為替変動と日銀」
99/11/1(第137号)「ニセ札とインフレ」
99/10/25(第136号)「もう一つの実質金利の実体」
99/10/18(第135号)「もう一つの実質金利」
99/10/11(第134号)「もう一つの調整インフレ」
99/10/4(第133号)「日銀の独立性(その2)」
99/9/27(第132号)「日銀の独立性(その1)」
99/9/20(第131号)「社会的欲求と日本経済」
99/9/13(第130号)「欲求と日本経済成長の関係」
99/9/6(第129号)「日本経済と欲求の限界(その2)」
99/8/30(第128号)「日本経済と欲求の限界(その1)」
99/8/9(第127号)「エコノミストの格付け(その3)」
99/8/2(第126号)「エコノミストの格付け(その2)」
99/7/26(第125号)「エコノミストの格付け(その1)」
99/7/19(第124号)「規制緩和と通産省」
99/7/12(第123号)「供給サイドの経済学」
99/7/5(第122号)「インターネットと日本経済(その2)」
99/6/28(第121号)「インターネットと日本経済(その1)」
99/6/21(第120号)「銀行員とリスク(その2)」
99/6/14(第119号)「銀行員とリスク(その1)」
99/6/7(第118号)「銀行のバブル期の行動」
99/5/31(第117号)「日本の銀行とリスク」
99/5/24(第116号)「需給ギャップと景気回復」
99/5/17(第115号)「経済の構造改革」
99/5/10(第114号)「サマータイムと日本人」
99/5/3(第113号)「地価動向と景気回復」
99/4/26(第112号)「お金持ちとリスク」
99/4/19(第111号)「日本のお金持ち」
99/4/12(第110号)「寡占と所得の分配」
99/4/5(第109号)「寡占市場の話」
99/3/29(第108号)「完全競争市場の話」
99/3/22(第107号)「独占市場の話」
99/3/15(第106号)「本誌の経済予想とその間違い」
99/3/8(第105号)「景気の現状(99年春)」
99/3/1(第104号)「立派な社会と景気回復」
99/2/22(第103号)「現代の日本経済と投資」
99/2/15(第102号)「需給ギャップと投資」
99/2/8(第101号)「99年度の経済を見通す」
99/2/1(第100号)「公共投資の将来を考える」
99/1/25(第99号)「今後の景気対策を考える(その2)」
99/1/18(第98号)「景気の見通しを考える」
99/1/11(第97号)「今後の景気対策を考える(その1)」
98/12/28(第96号)「不況の原因と消費税減税を考える」
98/12/21(第95号)「米国経済の光と影を考えるーーその2」
98/12/14(第94号)「米国経済の光と影を考えるーーその1」
98/12/7(第93号)「自自連立政権を考える」
98/11/30(第92号)「公共投資と経済を考えるーーその2」
98/11/23(第91号)「緊急経済対策を考える」
98/11/16(第90号)「公共投資と経済を考えるーーその1」
98/11/9(第89号)「「空気」を考えるーーその2」
98/11/2(第88号)「「空気」を考えるーーその1」
98/10/26(第87号)「景気対策論議を考える」
98/10/19(第86号)「為替レートの今後のトレンドを考える」
98/10/12(第85号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその3」
98/10/5(第84号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその2」
98/9/28(第83号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその1」
98/9/21(第82号)「為替レートのトレンドを考える」
98/9/14(第81号)「バブルの清算と公金投入を考える」
98/9/7(第80号)「公金投入の整合性を考える」
98/8/31(第79号)「政治と経済の混乱を考える」
98/8/10(第78号)「今回の不況の原因を考える」
98/8/3(第77号)「新政権の人事を考える」
98/7/27(第76号)「小淵新自民党総裁誕生を考える」
98/7/20(第75号)「橋本総理退陣を考える」
98/7/13(第74号)「マスコミの驕りを考えるーーその2」
98/7/6(第73号)「マスコミの驕りを考えるーーその1」
98/6/29(第72号)「参院選と経済を考える」
98/6/22(第71号)「為替介入の背景を考える」
98/6/15(第70号)「橋本総理と円安を考える」
98/6/8(第69号)「日本の金融を考える」
98/6/1(第68号)「経済への関心を考える」
98/5/25(第67号)「世論と経済政策を考えるーーその2」
98/5/18(第66号)「世論と経済政策を考えるーーその1」
98/5/11(第65号)「アンケートと経済政策を考える」
98/5/4(第64号)「今回の景気対策を考える」
98/4/27(第63号)「消費の限界を考えるーーその2」
98/4/20(第62号)「消費の限界を考えるーーその1」
98/4/13(第61号)「恒久減税を考える」
98/4/6(第60号)「今回の自民党の景気対策を考える」
98/3/30(第59号)「米国の対日経済要求を考える」
98/3/23(第58号)「新日銀総裁の就任を考える」
98/3/16(第57号)「今回の不況の深刻さを考える」
98/3/9(第56号)「日米の景気対策を考える」
98/3/2(第55号)「日経新聞と経済を考えるーーその2」
98/2/23(第54号)「日経新聞と経済を考えるーーその1」
98/2/16(第53号)「貸し渋りと景気を考える」
98/2/9(第52号)「政治と経済を考える」
98/2/2(第51号)「官僚と経済を考える」
98/1/26(第50号)「「小さな政府」を考えるーーその3」
98/1/19(第49号)「「小さな政府」を考えるーーその2」
98/1/12(第48号)「「小さな政府」を考えるーーその1」
97/12/22(第47号)「需要不足の日本経済を考える」
97/12/15(第46号)「景気の現状と対策を考えるーーその8」
97/12/8(第45号)「景気の現状と対策を考えるーーその7」
97/12/1(第44号)「京都会議と経済を考える」
97/11/24(第43号)「景気の現状と対策を考えるーーその6」
97/11/17(第42号)「景気の現状と対策を考えるーーその5」
97/11/10(第41号)「景気の現状と対策を考えるーーその4」
97/11/3(第40号)「景気の現状と対策を考えるーーその3」
97/10/27(第39号)「景気の現状と対策を考えるーーその2」
97/10/20(第38号)「景気の現状と対策を考えるーーその1」
97/10/13(第37号)「市場の心理を考える」
97/10/6(第36号)「公共事業とマスコミを考える」
97/9/29(第35号)「リクルート事件と経済を考える」
97/9/22(第34号)「ロッキード事件と経済を考える」
97/9/15(第33号)「住宅と貯蓄を考える(その2)」
97/9/8(第32号)「住宅と貯蓄を考える(その1)」
97/9/1(第31号)「労働組合と経済を考える」
97/8/25(第30号)「競争時代の賃金を考える」
97/8/18(第29号)「米国経済の生産性の向上を考える」
97/8/11(第28号)「米国の景気を考える(その2)」
97/8/4(第27号)「米国の景気を考える(その1)」
97/7/28(第26号)「内需拡大と整備新幹線を考える(その2)」
97/7/21(第25号)「内需拡大と整備新幹線を考える(その1)」
97/7/14(第24号)「香港返還と中国経済を考える(その2)」
97/7/7(第23号)「香港返還と中国経済を考える(その1)」
97/6/30(第22号)「日本の米国債保有を考える」
97/6/23(第21号)「投機と市場を考える」
97/6/16(第20号)「規制緩和と日米関係を考える」
97/6/9(第19号)「ビックバンと為替を考える」
97/6/2(第18号)「内需拡大と公共工事を考える(その2)」
97/5/26(第17号)「内需拡大と公共工事を考える(その1)」
97/5/19(第16号)「金利と為替を考える」
97/5/12(第15号)「規制緩和と景気を考える」
97/5/5(第14号)「為替の変動を考える」
97/4/28(第13号)「日本の物価と金利を考える(その2)」
97/4/21(第12号)「日本の物価と金利を考える(その1)」
97/4/14(第11号)「日本の土地価格を考える」
97/4/7(第10号)「当マガジン経済予測のレビュー」
97/3/31(第9号)「日本の株式を考える」
97/3/24(第8号)「たまごっちと携帯電話を考える」
97/3/17(第7号)「政府の景気対策を考える」
97/3/10(第6号)「オリンピックと景気を考える」
97/3/3(第5号)「為替レートの動向を考える(その2)」
97/2/24(第4号)「為替レートの動向を考える(その1)」
97/2/17(第3号)「日本の金利水準と為替レートを考える」
97/2/10(第2号)「国と地方の長期債務残高を考える」
97/2/1(第1号)「株価下落の原因を考える」「今後の景気動向を考える」

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