平成9年2月10日より
経済コラムマガジン

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99/11/8(第138号)
為替変動と日銀
  • 日銀のポリシー
    今週号では、「月間現代11月号」における日銀総裁の発言を取上げ、日銀の日本経済とのかかわり、特に為替な対する日銀のスタンスと言うものを検証する。そもそもこの記事のタイトルは「日銀による国債の引受けは日本を滅ぼす」と言ったテーマであった。
    記事は、経済ジャーナリストの質問に答えると言った形式であったが、質問も一方的に日銀サイドに立ったものであり、全体ではいわゆる日銀の広報誌の記事みたいなものであった。

    このような記事が登場した背景は、円高が急速に進行したのに対して、日銀総裁の発言が迷走していたと受取られ、日銀に対する風当たりが強くなっていたことが挙げられる。実際、「為替相場を金融政策の目的とはしない」と言う日銀総裁の発言を受け(実際は、その動向や影響は注意深く見ていくと言う言葉が続いていたが)、円が急騰し、株価が急落した。その後、G7では「為替変動の影響も含めて適時適切に対応する」とか「円高懸念を共有する」と釈明することになった。

    しかし筆者は、本誌で以前に述べたように、G7以降の発言をまともには受取っていない。たしかに日銀は、円安については将来の物価上昇が懸念され、その為替動向に関心を持つかもしれないが、反対の局面、つまり円高はむしろ日銀の考えでは好ましい状況であり、これを円安に持っていこうと言う政策は日銀にとってポリシーに反することである。日銀と言う「村」の論理は物価の安定、つまり日銀券の価値の維持だけが重要であり、それ以外のことに関心も興味もないのである。不景気で世の中に失業者が多くなり、自殺者やホームレスが増えても、本心ではどうでも良いと考えているのである。

    しかし筆者は、決してこのような日銀の考えや行動を非難しているのではない。むしろ日銀が為替や失業に本気に関心を持つ方が不思議なのである。これら経済全体に関心と責任を持つべきは政治のはずである。大局的に見て正しい経済政策でも、たしかに日銀が実行をいやがることもありうる。しかしこのような政策を日銀に実行させるのも政治の役目のはずである。もしこのような政策が間違であれば、政治家は選挙で負けるだけである。
    ところが現実は、日銀に対しては、政治家も大蔵省もまるで「はれもの」にさわるような態度である。マスコミも訳も分からないのに「日銀の独立性」は絶対不可侵と主張している。これも「改正日銀法」と言うとんでもない法律を通した影響である。

    日銀の独立性が高まれば、当然、日銀は「村」の論理での行動を強めるに決まっている。しかしこの日銀の論理が国民経済にとってプラスになるとは限らない。したがって日銀に、日本の金融政策の全般をゆだねると言う主張は、本当にばかげている。日銀を万能の神と誤解しているのである。
    「月間現代11月号」のテーマである「日銀による国債の引受け」も、もし国民経済にとってプラスなら行うべきである。もっとも筆者も、現在はそこまで必要とは考えてはいない。しかし政府は、経済政策の方策の選択肢の一つとして、これを行えるようにしておくべきものと考える。


  • 日銀の為替の認識
    「月間現代11月号」の日銀総裁の発言で問題と思われる事柄は色々あったが、紙面の都合もあり、とりあえず一つだけ取上げる。これもやはり「為替」に関することである。経済ジャーナリストの「近頃の円高で企業が苦境に落ち入っており、景気にも悪影響が考えられるが」と言う質問に対して、まず日銀総裁は「円高が急速に進むことが困る」とここまではどちらかと言えば常識的な答であった。もっとも筆者は、円高は円高が急速に来ようが、ゆっくり来ようが問題と考えている。これについては別の機会にまた述べることにし、ここでは割愛する。

    問題は、円高に対応する企業の行動についての発言である。日銀総裁は、為替変動リスクの回避には「円建て取引」を拡大すべきと強く主張していたのである。ドイツの例を出し、「ドイツの企業はもっとマルク建ての取引の割合が大きい。日本でも力のある企業は円建て取引を大きくすれば良い」と述べていたのである。つまり円高に伴う経済問題の解決方法は「円建て取引」の拡大と主張しているのである。世間にも同様のことを言う人々がいるが、これは全くの誤解であり、これついては簡単な説明が必要と思われる。

    海外との取引で為替が変動すると為替差損益が発生するが、為替差損益には二種類のものがある。一つは決済に伴う為替差損益である。取引が成立し、債権債務額が、例えば米ドル建てで確定した後、円貨で決済がなされるまでに為替が変動した場合、この決済に伴う為替差損益が発生する。とくに原油の輸入などのように支払いの猶予、つまりユーザンスなどがある場合には、円貨で決済までの時間が長くなり、この間に為替が変動するケースが多く、その場合には決済に伴う為替差損益が発生するのである。

    そして為替変動に伴う為替差損益にはもう一つの形がある。輸入の場合には仕入差損益と呼ばれるものである。1ドル120円だった為替が100円になれば、20円の差益が発生する。売価を1ドル120円の計算で予算を組んでいた場合、売価を維持さえできれば、差額の20円分が仕入差益となる。輸出の場合にも同様の差損益が発生する。120円で予定していた円貨の受取が100円になった場合、逆に20円の差損をこうむることになる。これを回避するには2割の売価のアップが必要であり、値上が全て転嫁できない場合には、差損がどうしても発生することになる。これは仕入差損益に対して出荷差損益と言えるものである。

    たしかに前者のような確定した債権債務の決済に伴う為替差損益については、日銀総裁が強く主張していたように、取引を「円建て」にすることによって回避することができる。しかし為替変動が経済に及す問題が大きいのは、後者の仕入差損益や出荷差損益である。これは一つの経済の構造的問題となる。1ドル120円のものが100円となり、そのまま為替水準がほとんど動かなくなれば、輸出企業は海外で売価をその分を値上げするか、生産コストを削減する他はない。たしかに輸入物価が下がるが、それでカバーできるはずがない。当然この影響は下請企業や社会全体にも波及する。

    日本経済は変動相場制に移行してから、この円高の対応にずっと追われてきた。そして国内での対応に限界を感じた企業は海外に生産拠点を移している。本誌でも以前、「スペインの対日輸出の最大の物は自動車」と言う話を紹介した。今回の円高もこのような動きを加速させるものである。つまり有力企業が円高への抵抗力を強めて、この困難を乗切るだけでは済まないのである。円高の影響はこのように極めて深刻なのである。

    前者の債権債務の決済に伴う為替差損益、つまり「円建て取引」で回避できる為替差損益の部分は一過性のものであり、むしろ大した問題ではない。そしてこの部分は「ドル建て」で取引をしていても、為替予約しておけばリスクを回避できるのである。
    このように筆者もうすうす感じていたことであるが、為替変動に伴う問題を日銀総裁はまるで理解していないのである。そしてどうも総裁だけでなく、日銀全体が為替についての認識が極めて低いと考えられるのである。

    政治家が日銀の政策にちょっとでもクレームをつけると、訳の分からないエコノミストやマスコミが、「日銀の独立性を脅かす暴言」と騒ぎ出すのである。どうもこれらの人々は、日銀は経済のプロであり、彼等にまかせておけば間違がないと言う、根拠のない淡い期待を持っているようである。しかし為替の認識に見られるように、日銀は決してそのような存在ではない。彼等に関心があるのは、村の論理である「インフレ」が起こさないと言うことだけである。しかし前述したように、筆者もそれでも良いと考えている。結論としてこのような日銀に対して、法律を改正してまで、独立性を強めたことが完全に間違だったと言うことである。

    他にも「月間現代11月号」での日銀総裁の問題のある発言は色々ある。一つの例は「日銀は銀行のトップに立つ銀行」と言う日銀総裁の発言である。しかしこれについては別の機会にまた取上げることにする。ただここで一言だけ言っておけば、「日本銀行は決して銀行ではない。政府の一機関である。また日銀の職員も決して銀行員ではない。公務員である。」と言うことである。



日銀はゼロ金利政策を継続しているが、実体経済は反応しない。そして一段の金融緩和をおこなっても効果がないと言う主張が行われている。来週号では、これ以上の金融緩和は本当に意味がないのかどうかを検証してみる。


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99/11/1(第137号)「ニセ札とインフレ」
99/10/25(第136号)「もう一つの実質金利の実体」
99/10/18(第135号)「もう一つの実質金利」
99/10/11(第134号)「もう一つの調整インフレ」
99/10/4(第133号)「日銀の独立性(その2)」
99/9/27(第132号)「日銀の独立性(その1)」
99/9/20(第131号)「社会的欲求と日本経済」
99/9/13(第130号)「欲求と日本経済成長の関係」
99/9/6(第129号)「日本経済と欲求の限界(その2)」
99/8/30(第128号)「日本経済と欲求の限界(その1)」
99/8/9(第127号)「エコノミストの格付け(その3)」
99/8/2(第126号)「エコノミストの格付け(その2)」
99/7/26(第125号)「エコノミストの格付け(その1)」
99/7/19(第124号)「規制緩和と通産省」
99/7/12(第123号)「供給サイドの経済学」
99/7/5(第122号)「インターネットと日本経済(その2)」
99/6/28(第121号)「インターネットと日本経済(その1)」
99/6/21(第120号)「銀行員とリスク(その2)」
99/6/14(第119号)「銀行員とリスク(その1)」
99/6/7(第118号)「銀行のバブル期の行動」
99/5/31(第117号)「日本の銀行とリスク」
99/5/24(第116号)「需給ギャップと景気回復」
99/5/17(第115号)「経済の構造改革」
99/5/10(第114号)「サマータイムと日本人」
99/5/3(第113号)「地価動向と景気回復」
99/4/26(第112号)「お金持ちとリスク」
99/4/19(第111号)「日本のお金持ち」
99/4/12(第110号)「寡占と所得の分配」
99/4/5(第109号)「寡占市場の話」
99/3/29(第108号)「完全競争市場の話」
99/3/22(第107号)「独占市場の話」
99/3/15(第106号)「本誌の経済予想とその間違い」
99/3/8(第105号)「景気の現状(99年春)」
99/3/1(第104号)「立派な社会と景気回復」
99/2/22(第103号)「現代の日本経済と投資」
99/2/15(第102号)「需給ギャップと投資」
99/2/8(第101号)「99年度の経済を見通す」
99/2/1(第100号)「公共投資の将来を考える」
99/1/25(第99号)「今後の景気対策を考える(その2)」
99/1/18(第98号)「景気の見通しを考える」
99/1/11(第97号)「今後の景気対策を考える(その1)」
98/12/28(第96号)「不況の原因と消費税減税を考える」
98/12/21(第95号)「米国経済の光と影を考えるーーその2」
98/12/14(第94号)「米国経済の光と影を考えるーーその1」
98/12/7(第93号)「自自連立政権を考える」
98/11/30(第92号)「公共投資と経済を考えるーーその2」
98/11/23(第91号)「緊急経済対策を考える」
98/11/16(第90号)「公共投資と経済を考えるーーその1」
98/11/9(第89号)「「空気」を考えるーーその2」
98/11/2(第88号)「「空気」を考えるーーその1」
98/10/26(第87号)「景気対策論議を考える」
98/10/19(第86号)「為替レートの今後のトレンドを考える」
98/10/12(第85号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその3」
98/10/5(第84号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその2」
98/9/28(第83号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその1」
98/9/21(第82号)「為替レートのトレンドを考える」
98/9/14(第81号)「バブルの清算と公金投入を考える」
98/9/7(第80号)「公金投入の整合性を考える」
98/8/31(第79号)「政治と経済の混乱を考える」
98/8/10(第78号)「今回の不況の原因を考える」
98/8/3(第77号)「新政権の人事を考える」
98/7/27(第76号)「小淵新自民党総裁誕生を考える」
98/7/20(第75号)「橋本総理退陣を考える」
98/7/13(第74号)「マスコミの驕りを考えるーーその2」
98/7/6(第73号)「マスコミの驕りを考えるーーその1」
98/6/29(第72号)「参院選と経済を考える」
98/6/22(第71号)「為替介入の背景を考える」
98/6/15(第70号)「橋本総理と円安を考える」
98/6/8(第69号)「日本の金融を考える」
98/6/1(第68号)「経済への関心を考える」
98/5/25(第67号)「世論と経済政策を考えるーーその2」
98/5/18(第66号)「世論と経済政策を考えるーーその1」
98/5/11(第65号)「アンケートと経済政策を考える」
98/5/4(第64号)「今回の景気対策を考える」
98/4/27(第63号)「消費の限界を考えるーーその2」
98/4/20(第62号)「消費の限界を考えるーーその1」
98/4/13(第61号)「恒久減税を考える」
98/4/6(第60号)「今回の自民党の景気対策を考える」
98/3/30(第59号)「米国の対日経済要求を考える」
98/3/23(第58号)「新日銀総裁の就任を考える」
98/3/16(第57号)「今回の不況の深刻さを考える」
98/3/9(第56号)「日米の景気対策を考える」
98/3/2(第55号)「日経新聞と経済を考えるーーその2」
98/2/23(第54号)「日経新聞と経済を考えるーーその1」
98/2/16(第53号)「貸し渋りと景気を考える」
98/2/9(第52号)「政治と経済を考える」
98/2/2(第51号)「官僚と経済を考える」
98/1/26(第50号)「「小さな政府」を考えるーーその3」
98/1/19(第49号)「「小さな政府」を考えるーーその2」
98/1/12(第48号)「「小さな政府」を考えるーーその1」
97/12/22(第47号)「需要不足の日本経済を考える」
97/12/15(第46号)「景気の現状と対策を考えるーーその8」
97/12/8(第45号)「景気の現状と対策を考えるーーその7」
97/12/1(第44号)「京都会議と経済を考える」
97/11/24(第43号)「景気の現状と対策を考えるーーその6」
97/11/17(第42号)「景気の現状と対策を考えるーーその5」
97/11/10(第41号)「景気の現状と対策を考えるーーその4」
97/11/3(第40号)「景気の現状と対策を考えるーーその3」
97/10/27(第39号)「景気の現状と対策を考えるーーその2」
97/10/20(第38号)「景気の現状と対策を考えるーーその1」
97/10/13(第37号)「市場の心理を考える」
97/10/6(第36号)「公共事業とマスコミを考える」
97/9/29(第35号)「リクルート事件と経済を考える」
97/9/22(第34号)「ロッキード事件と経済を考える」
97/9/15(第33号)「住宅と貯蓄を考える(その2)」
97/9/8(第32号)「住宅と貯蓄を考える(その1)」
97/9/1(第31号)「労働組合と経済を考える」
97/8/25(第30号)「競争時代の賃金を考える」
97/8/18(第29号)「米国経済の生産性の向上を考える」
97/8/11(第28号)「米国の景気を考える(その2)」
97/8/4(第27号)「米国の景気を考える(その1)」
97/7/28(第26号)「内需拡大と整備新幹線を考える(その2)」
97/7/21(第25号)「内需拡大と整備新幹線を考える(その1)」
97/7/14(第24号)「香港返還と中国経済を考える(その2)」
97/7/7(第23号)「香港返還と中国経済を考える(その1)」
97/6/30(第22号)「日本の米国債保有を考える」
97/6/23(第21号)「投機と市場を考える」
97/6/16(第20号)「規制緩和と日米関係を考える」
97/6/9(第19号)「ビックバンと為替を考える」
97/6/2(第18号)「内需拡大と公共工事を考える(その2)」
97/5/26(第17号)「内需拡大と公共工事を考える(その1)」
97/5/19(第16号)「金利と為替を考える」
97/5/12(第15号)「規制緩和と景気を考える」
97/5/5(第14号)「為替の変動を考える」
97/4/28(第13号)「日本の物価と金利を考える(その2)」
97/4/21(第12号)「日本の物価と金利を考える(その1)」
97/4/14(第11号)「日本の土地価格を考える」
97/4/7(第10号)「当マガジン経済予測のレビュー」
97/3/31(第9号)「日本の株式を考える」
97/3/24(第8号)「たまごっちと携帯電話を考える」
97/3/17(第7号)「政府の景気対策を考える」
97/3/10(第6号)「オリンピックと景気を考える」
97/3/3(第5号)「為替レートの動向を考える(その2)」
97/2/24(第4号)「為替レートの動向を考える(その1)」
97/2/17(第3号)「日本の金利水準と為替レートを考える」
97/2/10(第2号)「国と地方の長期債務残高を考える」
97/2/1(第1号)「株価下落の原因を考える」「今後の景気動向を考える」

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