- バブル経済ともう一つの実質金利
実質金利と地価の対前年度上昇率(%)
| 年度 | 実質金利 | 全国平均 | 三大都市 | 年度 | 実質金利 | 全国平均 | 三大都市 | 年度 | 実質金利 | 全国平均 | 三大都市 |
| 71 | 1.4 | 16.5 | 16.5 | 88 | 4.8 | 21.7 | 43.8 | 95 | 2.8 | -3.0 | -4.8 |
| 72 | 2.0 | 12.4 | 12.8 | 89 | 3.5 | 8.3 | 12.2 | 96 | 2.1 | -4.0 | -6.4 |
| 73 | -6.6 | 30.9 | 31.4 | 90 | 4.4 | 16.6 | 22.1 | 97 | 0.4 | -2.9 | -4.3 |
これは先週号で使った「実質金利と地価の対前年度上昇率」の表である。先週号で、日本では地価の上昇や下落を反映した、もう一つの実質金利と言うものが重要で、政府の経済運営もこれを重視して行われるべきと主張した。
しかしこの地価の動向を元に、関係者のすべてが納得するような指標を作るには、技術的な困難が伴う。まず消費者物価上昇率算出の際のように、項目別の消費量が一定と言った割切りが難しい。現実の土地取引量の変動は極めて大きいのである。また土地の場合、取引量が小さいからと言って、地価の動向が与える実体経済への影響は小さいとは簡単には言えないのである。 次にどの地点の地価動向を元にするかが問題になる。全国の数値を単純に平均するのか、あるいは土地取引が活発な大都市圏のウエートを大きくするかで、結果はかなり違ってくる。このことは、上の表のバブル期以降の数字の推移を見てもらえば解るはずである。
たしかにこのような技術的な問題が存在するが、筆者は「地価の変動を物価指数に反映させる」と言う目的がはっきりしているなら、なんらかの妥協点を見つけることはできると考える。大切なことは、日本においては、地価の動向を無視した、現状の物価指数やこれから算出される実質金利だけで、経済の動きを適確に説明することは困難と言うことである。
ここで試みとして、地価の動向を反映できると仮定し、それを反映した物価上昇率を使って、バブル期と今日の実質金利を修正し、経済の実態をより正確に眺めてみることにする。バブル期は、表を見る限り、意外にも実質金利は高かったのである。しかし地価の上昇は凄まじく、特に大都市圏では顕著であった。したがって地価の動向を反映した物価指数は、かなり大きな数値であったはずである。当然、地価動向を加味した実質金利は低くなり、算出方法によってはマイナスになっていたことも考えられる。こうなれば銀行からどんどん金を借りて、土地の購入を伴う投資を活発に行うことは極めて合理的な行動なのである。
実際、金融当局は87年あたりから金融を引締めにかかっていた。しかし消費者物価指数は極めて安定しており、引締めのスタンスは中途半端であった。特に87年の秋には米国株式の大幅下落、つまりブラックマンデーが起こり、一旦引締めた金融も、再度緩和に転じたのである。国際的な協調と言う観点から、このような金融のスタンスを間違いと断言できないが、それ以降、長い間金融が緩和基調で推移したことが問題を大きくしたと考えられる。
しかし消費者物価指数の動きだけを管理の対象と見ているならば、この金融当局の運営は非難できない。ちなみに86年の消費者物価の上昇率はゼロであり、87年は0.5%、88年も0.8%であった。今日、好景気であるはずの米国の物価が安定して推移しているが、これに似ていたのである。 当時の日本ではとにかく物価が安定しており、これでは一段の金融引締めへの国民的コンセンサスを得ることがとてもできなかったのである。したがってここで再び筆者が強調したいのは、日本経済は消費者物価の上昇率だけを見ていたのでは、判断を間違うと言うことである。これ以降バブルは途方に大きくなり、バブル崩壊の傷も大きくなったのである。もっともバブルが大きくなった原因は他にもあり、これについては別の機会に述べたい。
- 今日の不況ともう一つの実質金利
今日の日本経済では、まさに前段と反対の事が起っているのである。金融は全体では緩和されており、金利も史上最低の水準で推移している。しかし物価の方も非常に安定しているので、実質金利は決して低くはない。そして筆者が一番問題にしている地価の動向であるが、今年も下落と言うことになれば、8年も連続して下落となる。つまり地価動向を反映した物価の上昇率を算出すれば、結果はマイナスの数値になっていると思われるのである。とくに大都市圏での下落が大きいため、この影響は大きいと考えられる。したがって日本では、地価動向を反映した実質金利で見れば、低金利どころではなく、とんでもない高金利で、しかもそれが8年も続いているのである。
過去において日本では、「土地神話」と言うものがあり、土地の値段は上がるだけであり、下がることはないと言うのが人々の共通認識であった。事実、過去において地価が下がったのは、第一次オイルショック後の75年度のみであった。 筆者は、日本において土地の保有が色々な点で有利であり、これが地価高騰の原因の一つと考えるが、なんと言っても毎年上昇する地価自体が、土地の購入を伴う投資を行う者にとって魅力であったと考えている。土地をもっていない者は、そのうち土地は永久に手に入らなくなってしまうと言う恐怖感さえ持つようになったのである。
本誌は、日本の経済が欧米に比べ、金利動向に反応が鈍いことを何回か取上げたことがある。筆者は、この原因の一つにこの土地の問題があると考えている。過去においては、たとえ金利が1%、2%上昇しても、地価の上昇の方がもっとすごいのであり、資金を銀行から借入れ、土地に投資する方が有利だったのである。したがって金利の動向が経済に及す影響が限定されていたのである。
今日は、状況が全く逆転しているのである。「地価は下がり続けるものだ」と言う以前とは反対の「土地神話」ができあがっている。実際、地価は8年も下がり続けているのである。この状況においても、同様に金利動向に経済は反応しないのである。名目の金利が低くなっても、地価動向を反映した実質金利が高い。投資が全て土地に関連するとは限らないが、金利の低下以上に地価が下落している現状では、金利が低下しても、少なくとも土地がらみの投資は増えないのである。そしてこれまで「今が地価の底」と判断して、投資を行った人々は、ことごとく酷い目に会っているのである。
今日、一段の金融緩和を求める声がある一方、日本の金融は「流動性のワナ」にはまっており、これ以上金融緩和を行っても効果がないと言う主張がある。「流動性のワナ」はケインズが主張したものである。ケインズは金融政策には限度があり、不況下において有効需要をつくるには財政支出の増大が一番効果があると主張している。 日本のエコノミストのほとんどは新古典派であり、反ケインジアンだったはずで、まさにこれまでの言動と矛盾した発言を行っているのである。これは財政支出増大に伴う国債発行増大による、国債の日銀による引受けに反対するための予防線なのである。しかし彼等には、それではどうすると言った総合的なビジョンがあるわけではない。その場その場の発言を繰返しているだけなのであり、頭の中は混乱しているのである。そして彼等は、これ以上の国債の発行や国債の日銀引受けをすれば金利が上昇し、かえって景気にマイナスになると、扇動的な発言を行っているのである。 ケインズの「流動性のワナ」は、金融緩和をこれ以上行っても金利が低下しない状態を指している。ところがケインズは同時に、この状態では、財政支出を増大させても、失業や設備の遊休がある限り、金利は上昇しないとも言っているのであり、彼等の主張とは明らかに違うのである。たしかに日本政府は、ここまで景気対策として財政支出をかなり増やしてきたが、長期金利は目立って上昇していない。 たしかに、現在必要なのは金融政策ではなく、財政政策と言う観点で、一段の金融緩和に反対している者もいるが、極めて少数派である。たしかにこの意見はケインズそのものであり、矛盾点はない。
筆者も、財政支出の増大にはもちろん賛成である。しかし一段の金融の緩和が効果がないとは断定していない。今週号で述べたように、名目の金利は下がるところまで下がっているが、日本においては、実質金利に地価動向を反映させた金利水準は極めて高いのである。そして筆者は、日本の金融は、ケインズが想定していたような形では「流動性のワナ」にかかってはいないのではないかと、最近考えるようになっている。たしかに筆者は、以前本誌でも、日本経済は「流動性のワナ」にかかっており、金融政策が無効になっていると述べたことがある。しかしここ一年くらいはこの考えに疑問を持つようになっており、安易に「流動性のワナ」と言う表現を使わないように注意をしている。いずれにしても「流動性のワナ」については別の機会に再び取上げることにしたい。
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