平成9年2月10日より
経済コラムマガジン

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99/10/11(第134号)
もう一つの調整インフレ
  • 色々なインフレ
    最近、ポール・クルーグマン教授の発言「日本経済にとっての処方箋は、さらなる金融緩和を何年も続けること」が注目されている。日本の金利はたしかに非常に低いが、一方物価上昇率も極めて低い(時にはマイナスになる)ため、実質金利は決して低くはない。しかし名目金利がゼロに近づいているため、これ以上の金利引下げができず、金融面からの実体経済への刺激が難しい状況である。そこで教授は、金融を大幅に緩和することによって、人為的に物価上昇(インフレ)を起こそうと言うアイディアを示したのである。これが調整インフレである。まさに日銀総裁が聞いたら卒倒するような話である。

    筆者は、基本的にこれに賛成である。と言うより、それに近い形に進まざるを得ない状況になると考えている。方法については色々アイディアが出ているが、これについてはそのうち本誌でも取上げたい。ところで今週号では「もう一つの調整インフレ」について述べたい。今後、世間ではインフレが何かと話題になるような気がする。そこでインフレについての考えを整理するため、まずこのもう一つの調整インフレを取上げることにしたい。

    ただしその前に断っておくことがある。本誌では、以前から述べているように「インフレ」「デフレ」と言う表現は極力使わないことにしている。「インフレ」と言う言葉の定義があいまいだからである。インフレは需要が供給を上回り、価格が上昇する場合に使われる。デフレはその反対である。またインフレは通貨発行量の膨張を意味することもある。通貨発行の増加により、結果として需要が供給を上回り、価格が上昇するのである。ところが世間では、どうも単純に物価が上昇する現象をインフレと呼んでいるようである。著名なエコノミスト達も平気で、物価上昇率のことを平気でインフレ率と称しているのである。

    今日の日本の金融では超緩和政策が行われている。公定歩合や通貨政策を見ると、日銀はバブル期以上の緩和政策を行っている。つまりインフレ政策を行っているとも言えるのである。ところが一向に物価は上昇しない。つまりインフレ政策を行っていても、インフレが起らないのである。反対に通貨の膨張がなくても物価上昇が起るケースもある。つまりインフレでなくとも物価が上昇するのである。オイルショックの時のように原油代などの輸入物資の高騰で物価が上昇するケースなどである。当時はこれを輸入インフレと呼んでいた。また市場の競争条件の変化によって価格が上昇することもある。もつとも原油代の高騰もOPECの国際的なカルテルが原因とすれば、これも市場の競争条件の変化によるものと考えても良いかもしれない。

    このように通貨の流通量とは、直接関連しない原因で物価が上昇することある。日本の高度成長期には、競争が制限されている市場が原因で、持続的な物価上昇が起った。これを一般的には「生産性格差インフレ」と呼ばれていた。そして筆者の記憶が正しければ、これを「調整インフレ」とも呼んでいたはずである。つまりこれが「もう一つの調整インフレ」である。


  • インフレの功罪
    対前年度物価上昇率(%)
    年度消費者物価卸売物価差引年度消費者物価卸売物価差引
    674.21.42.895-0.1-0.90.8
    684.90.64.3960.40.40.0
    696.43.43.0972.01.20.8


    この表は過去の経済高度成長期と最近の物価上昇率の様子を表わしたものである。どちらも特殊な年度を避けた3年間のものである。
    これから分かるように、卸売物価は、昔から比較的安定した状態で推移しており、これは今日でも変わらない。一方、消費者物価は、今日でこそ安定した推移をしているが、経済高度成長期には、上昇率は毎年大きかった。

    注目されるのは消費者物価と卸売物価の差である。経済高度成長期にはこの差が大きく、最近では小さくなっている。この表には載っていないが、日本においては長い間、この差が大きい状態でずっと続いてきた。
    この主な原因は、生産性の格差による。工業のように、合理化や新しい技術を導入して生産性を向上させることが可能な分野では、生産物の価格が比較的安定していた。これは卸売物価の安定に反映されている。一方では、生産性を向上させるのが困難な分野がある。床屋などのサービス業では、生産性の向上は無理である。学校の先生も一クラスで50人以上に勉強を教えるのは無理である。今日一クラスが30人と言うことになれば、学校の先生の生産性は逆に落ちているのである。そして工業部門は卸売物価に表れているように、継続的に生産性が上がり、国際競争力がつき、輸出は伸びた。

    日本では経済成長のため、慢性的な人手不足の状況で、賃金も毎年上昇していた。そして生産性の向上しない分野にもこの賃金上昇は波及した。この分野では生産性の向上は無理なので、価格にこの賃金上昇分を転嫁したのである。これが可能だったのも、経済の成長に伴ってこの分野の需要も伸びたことと、この分野が規制や各種の組合などによって競争が制限されていたからである。一方、工業の分野ではこの賃金の上昇を生産性の上昇でカバーしていたのである。

    このように高度成長期の日本では、調整インフレ、つまり生産性格差インフレによって賃金の上昇が平準化されていたのである。また上の表ではきっきりしないが、農業と言う、これも生産性の向上が難しい分野の生産物価格も継続的に上昇した。そしてこれによって都市部と地方の所得の格差が広がる度合を小さくしていた。農業分野にも農協と言う競争制限的な存在があったのである。

    ところで物価上昇、つまりインフレはいつも非難の対象であった。高度成長期では毎年5〜6%の消費者物価の上昇が普通であったため、給料がそれ以上に上がっていても、人々は不満を持ったのである。人は誰でも自分の給料だけが上がれば良いと考え、他人の給料が上がることにより物価が上昇することに不満を持ったのである。したがって、当時、長く首相の座にあった佐藤栄作氏は「えいさく無策」と揶揄され、特に都市部では評判が悪かった。

    しかし筆者は、この調整インフレをけっして悪いものとは考えなし、これが当時政府が意図したインフレとは考えない。これにより日本国内に極端な所得格差が生まれるのを防ぐことができた。また都市部と地方との所得格差が広がるのを防ぎ、都市部への人口流入圧力を和らげたのである。
    他の国の経済政策にあまり意見を述べたくないが、筆者は、中国ついてはこの調整インフレを行えば良いと考えているくらいである。何らか施策で農産物の価格を上昇させ、経済発展の目ざましい沿海部と東北などの内陸部の所得の格差を是正するのである。当然、沿海部からは不満が出るかもしれないが、内陸部の所得が増え、在庫となっている工業製品も売れ、沿海部も恩恵があるはずである。もっとも物価が上昇することによって、そのうち元の切り下げが必要となるかもしれない。しかしこれにより国内の人心の安定が得られるのである。

    インフレは常に「悪」と決めつける考えが一般的であるが、筆者は反対である。今週号で説明した調整インフレなどは、簡単には否定するわけにいかないのである。またインフレを恐れるあまり、その政策によって、他に不都合、例えば失業問題が生じるならかえって問題であろう。

    独立性により日銀は行動に制約がないにもかかわらず、結果には一切責任を持つ必要がない。たしかに日銀政策委員会では日銀の現在の政策に反対意見を述べる者もいるようだが、採決すれば、必ず事務局が用意した原案が通ることになっている。これは一種の「ガス抜き会議」である。また政治が注文をつければ、圧力と報道されるのである。筆者は、日本経済の特殊性を考えると、通貨政策の独立性が重要とはとても考えない。むしろ通貨政策は、財政政策や制度的なものと一体に考えてこそ整合性のあるものになると筆者は考えている。

    第二次補正予算は10兆円を超える予定である。予想より大きいものであるが、特にエコノミストからの反論はない。財政再建叫ばれていた3年前には考えられないことである。また昨年の今頃は、景気対策として「公共事業より減税」とほとんどのエコノミストが叫んでいたのである。このように簡単に主張は変わるのである。なんとも無責任な人々である。
    一方、少なくとも本誌は論調を変えていないつもりである。そして本誌は、今度、日銀の独立性に疑問を呈しているのである。今のところ、このような考えは、とんでもないことと一般的には思われるであろう。しかし一年もたてば世の中の考えも変わるかもしれないのである。



来週号では物価上昇率と実質金利について述べる予定である。
野村総研のリチャード・クー氏は本誌が高く評価するエコノミストである。このリチャード・クー氏が最近のレポートで、日銀の政策を擁護する発言を行っている。もっとも発言の重点は日銀総裁の発言をマスコミが誤解して報道したことが、最近の日銀をめぐる混乱の原因としていることである。しかし氏が日銀の行動に理解を示していることは事実であり、たしかに本誌の論調とは合わないのである。
そこで筆者は、留意点を二点だけ上げておくことにする。一つはリチャード・クー氏がニューヨーク連銀の出身者と言うことである。どうしても各国の中銀の関係者は、中銀の独立性を強調したがる傾向があると筆者には思われるのである。もう一つは、「日銀総裁が日銀も為替相場の動向を見ている」と発言していることをリチャード・クー氏が指摘していることである。しかし日銀の性格上、国内物価の上昇に繋がる円安には関心があっても、国内物価にむしろプラスとなる円高にどれだけ関心を持っているか疑問である。つまり日銀総裁の発言は、とてもまともには受取れないのである。


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99/10/4(第133号)「日銀の独立性(その2)」
99/9/27(第132号)「日銀の独立性(その1)」
99/9/20(第131号)「社会的欲求と日本経済」
99/9/13(第130号)「欲求と日本経済成長の関係」
99/9/6(第129号)「日本経済と欲求の限界(その2)」
99/8/30(第128号)「日本経済と欲求の限界(その1)」
99/8/9(第127号)「エコノミストの格付け(その3)」
99/8/2(第126号)「エコノミストの格付け(その2)」
99/7/26(第125号)「エコノミストの格付け(その1)」
99/7/19(第124号)「規制緩和と通産省」
99/7/12(第123号)「供給サイドの経済学」
99/7/5(第122号)「インターネットと日本経済(その2)」
99/6/28(第121号)「インターネットと日本経済(その1)」
99/6/21(第120号)「銀行員とリスク(その2)」
99/6/14(第119号)「銀行員とリスク(その1)」
99/6/7(第118号)「銀行のバブル期の行動」
99/5/31(第117号)「日本の銀行とリスク」
99/5/24(第116号)「需給ギャップと景気回復」
99/5/17(第115号)「経済の構造改革」
99/5/10(第114号)「サマータイムと日本人」
99/5/3(第113号)「地価動向と景気回復」
99/4/26(第112号)「お金持ちとリスク」
99/4/19(第111号)「日本のお金持ち」
99/4/12(第110号)「寡占と所得の分配」
99/4/5(第109号)「寡占市場の話」
99/3/29(第108号)「完全競争市場の話」
99/3/22(第107号)「独占市場の話」
99/3/15(第106号)「本誌の経済予想とその間違い」
99/3/8(第105号)「景気の現状(99年春)」
99/3/1(第104号)「立派な社会と景気回復」
99/2/22(第103号)「現代の日本経済と投資」
99/2/15(第102号)「需給ギャップと投資」
99/2/8(第101号)「99年度の経済を見通す」
99/2/1(第100号)「公共投資の将来を考える」
99/1/25(第99号)「今後の景気対策を考える(その2)」
99/1/18(第98号)「景気の見通しを考える」
99/1/11(第97号)「今後の景気対策を考える(その1)」
98/12/28(第96号)「不況の原因と消費税減税を考える」
98/12/21(第95号)「米国経済の光と影を考えるーーその2」
98/12/14(第94号)「米国経済の光と影を考えるーーその1」
98/12/7(第93号)「自自連立政権を考える」
98/11/30(第92号)「公共投資と経済を考えるーーその2」
98/11/23(第91号)「緊急経済対策を考える」
98/11/16(第90号)「公共投資と経済を考えるーーその1」
98/11/9(第89号)「「空気」を考えるーーその2」
98/11/2(第88号)「「空気」を考えるーーその1」
98/10/26(第87号)「景気対策論議を考える」
98/10/19(第86号)「為替レートの今後のトレンドを考える」
98/10/12(第85号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその3」
98/10/5(第84号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその2」
98/9/28(第83号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその1」
98/9/21(第82号)「為替レートのトレンドを考える」
98/9/14(第81号)「バブルの清算と公金投入を考える」
98/9/7(第80号)「公金投入の整合性を考える」
98/8/31(第79号)「政治と経済の混乱を考える」
98/8/10(第78号)「今回の不況の原因を考える」
98/8/3(第77号)「新政権の人事を考える」
98/7/27(第76号)「小淵新自民党総裁誕生を考える」
98/7/20(第75号)「橋本総理退陣を考える」
98/7/13(第74号)「マスコミの驕りを考えるーーその2」
98/7/6(第73号)「マスコミの驕りを考えるーーその1」
98/6/29(第72号)「参院選と経済を考える」
98/6/22(第71号)「為替介入の背景を考える」
98/6/15(第70号)「橋本総理と円安を考える」
98/6/8(第69号)「日本の金融を考える」
98/6/1(第68号)「経済への関心を考える」
98/5/25(第67号)「世論と経済政策を考えるーーその2」
98/5/18(第66号)「世論と経済政策を考えるーーその1」
98/5/11(第65号)「アンケートと経済政策を考える」
98/5/4(第64号)「今回の景気対策を考える」
98/4/27(第63号)「消費の限界を考えるーーその2」
98/4/20(第62号)「消費の限界を考えるーーその1」
98/4/13(第61号)「恒久減税を考える」
98/4/6(第60号)「今回の自民党の景気対策を考える」
98/3/30(第59号)「米国の対日経済要求を考える」
98/3/23(第58号)「新日銀総裁の就任を考える」
98/3/16(第57号)「今回の不況の深刻さを考える」
98/3/9(第56号)「日米の景気対策を考える」
98/3/2(第55号)「日経新聞と経済を考えるーーその2」
98/2/23(第54号)「日経新聞と経済を考えるーーその1」
98/2/16(第53号)「貸し渋りと景気を考える」
98/2/9(第52号)「政治と経済を考える」
98/2/2(第51号)「官僚と経済を考える」
98/1/26(第50号)「「小さな政府」を考えるーーその3」
98/1/19(第49号)「「小さな政府」を考えるーーその2」
98/1/12(第48号)「「小さな政府」を考えるーーその1」
97/12/22(第47号)「需要不足の日本経済を考える」
97/12/15(第46号)「景気の現状と対策を考えるーーその8」
97/12/8(第45号)「景気の現状と対策を考えるーーその7」
97/12/1(第44号)「京都会議と経済を考える」
97/11/24(第43号)「景気の現状と対策を考えるーーその6」
97/11/17(第42号)「景気の現状と対策を考えるーーその5」
97/11/10(第41号)「景気の現状と対策を考えるーーその4」
97/11/3(第40号)「景気の現状と対策を考えるーーその3」
97/10/27(第39号)「景気の現状と対策を考えるーーその2」
97/10/20(第38号)「景気の現状と対策を考えるーーその1」
97/10/13(第37号)「市場の心理を考える」
97/10/6(第36号)「公共事業とマスコミを考える」
97/9/29(第35号)「リクルート事件と経済を考える」
97/9/22(第34号)「ロッキード事件と経済を考える」
97/9/15(第33号)「住宅と貯蓄を考える(その2)」
97/9/8(第32号)「住宅と貯蓄を考える(その1)」
97/9/1(第31号)「労働組合と経済を考える」
97/8/25(第30号)「競争時代の賃金を考える」
97/8/18(第29号)「米国経済の生産性の向上を考える」
97/8/11(第28号)「米国の景気を考える(その2)」
97/8/4(第27号)「米国の景気を考える(その1)」
97/7/28(第26号)「内需拡大と整備新幹線を考える(その2)」
97/7/21(第25号)「内需拡大と整備新幹線を考える(その1)」
97/7/14(第24号)「香港返還と中国経済を考える(その2)」
97/7/7(第23号)「香港返還と中国経済を考える(その1)」
97/6/30(第22号)「日本の米国債保有を考える」
97/6/23(第21号)「投機と市場を考える」
97/6/16(第20号)「規制緩和と日米関係を考える」
97/6/9(第19号)「ビックバンと為替を考える」
97/6/2(第18号)「内需拡大と公共工事を考える(その2)」
97/5/26(第17号)「内需拡大と公共工事を考える(その1)」
97/5/19(第16号)「金利と為替を考える」
97/5/12(第15号)「規制緩和と景気を考える」
97/5/5(第14号)「為替の変動を考える」
97/4/28(第13号)「日本の物価と金利を考える(その2)」
97/4/21(第12号)「日本の物価と金利を考える(その1)」
97/4/14(第11号)「日本の土地価格を考える」
97/4/7(第10号)「当マガジン経済予測のレビュー」
97/3/31(第9号)「日本の株式を考える」
97/3/24(第8号)「たまごっちと携帯電話を考える」
97/3/17(第7号)「政府の景気対策を考える」
97/3/10(第6号)「オリンピックと景気を考える」
97/3/3(第5号)「為替レートの動向を考える(その2)」
97/2/24(第4号)「為替レートの動向を考える(その1)」
97/2/17(第3号)「日本の金利水準と為替レートを考える」
97/2/10(第2号)「国と地方の長期債務残高を考える」
97/2/1(第1号)「株価下落の原因を考える」「今後の景気動向を考える」

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