- 色々なインフレ
最近、ポール・クルーグマン教授の発言「日本経済にとっての処方箋は、さらなる金融緩和を何年も続けること」が注目されている。日本の金利はたしかに非常に低いが、一方物価上昇率も極めて低い(時にはマイナスになる)ため、実質金利は決して低くはない。しかし名目金利がゼロに近づいているため、これ以上の金利引下げができず、金融面からの実体経済への刺激が難しい状況である。そこで教授は、金融を大幅に緩和することによって、人為的に物価上昇(インフレ)を起こそうと言うアイディアを示したのである。これが調整インフレである。まさに日銀総裁が聞いたら卒倒するような話である。
筆者は、基本的にこれに賛成である。と言うより、それに近い形に進まざるを得ない状況になると考えている。方法については色々アイディアが出ているが、これについてはそのうち本誌でも取上げたい。ところで今週号では「もう一つの調整インフレ」について述べたい。今後、世間ではインフレが何かと話題になるような気がする。そこでインフレについての考えを整理するため、まずこのもう一つの調整インフレを取上げることにしたい。
ただしその前に断っておくことがある。本誌では、以前から述べているように「インフレ」「デフレ」と言う表現は極力使わないことにしている。「インフレ」と言う言葉の定義があいまいだからである。インフレは需要が供給を上回り、価格が上昇する場合に使われる。デフレはその反対である。またインフレは通貨発行量の膨張を意味することもある。通貨発行の増加により、結果として需要が供給を上回り、価格が上昇するのである。ところが世間では、どうも単純に物価が上昇する現象をインフレと呼んでいるようである。著名なエコノミスト達も平気で、物価上昇率のことを平気でインフレ率と称しているのである。
今日の日本の金融では超緩和政策が行われている。公定歩合や通貨政策を見ると、日銀はバブル期以上の緩和政策を行っている。つまりインフレ政策を行っているとも言えるのである。ところが一向に物価は上昇しない。つまりインフレ政策を行っていても、インフレが起らないのである。反対に通貨の膨張がなくても物価上昇が起るケースもある。つまりインフレでなくとも物価が上昇するのである。オイルショックの時のように原油代などの輸入物資の高騰で物価が上昇するケースなどである。当時はこれを輸入インフレと呼んでいた。また市場の競争条件の変化によって価格が上昇することもある。もつとも原油代の高騰もOPECの国際的なカルテルが原因とすれば、これも市場の競争条件の変化によるものと考えても良いかもしれない。
このように通貨の流通量とは、直接関連しない原因で物価が上昇することある。日本の高度成長期には、競争が制限されている市場が原因で、持続的な物価上昇が起った。これを一般的には「生産性格差インフレ」と呼ばれていた。そして筆者の記憶が正しければ、これを「調整インフレ」とも呼んでいたはずである。つまりこれが「もう一つの調整インフレ」である。
- インフレの功罪
対前年度物価上昇率(%)
| 年度 | 消費者物価 | 卸売物価 | 差引 | 年度 | 消費者物価 | 卸売物価 | 差引 |
| 67 | 4.2 | 1.4 | 2.8 | 95 | -0.1 | -0.9 | 0.8 |
| 68 | 4.9 | 0.6 | 4.3 | 96 | 0.4 | 0.4 | 0.0 |
| 69 | 6.4 | 3.4 | 3.0 | 97 | 2.0 | 1.2 | 0.8 |
この表は過去の経済高度成長期と最近の物価上昇率の様子を表わしたものである。どちらも特殊な年度を避けた3年間のものである。 これから分かるように、卸売物価は、昔から比較的安定した状態で推移しており、これは今日でも変わらない。一方、消費者物価は、今日でこそ安定した推移をしているが、経済高度成長期には、上昇率は毎年大きかった。
注目されるのは消費者物価と卸売物価の差である。経済高度成長期にはこの差が大きく、最近では小さくなっている。この表には載っていないが、日本においては長い間、この差が大きい状態でずっと続いてきた。 この主な原因は、生産性の格差による。工業のように、合理化や新しい技術を導入して生産性を向上させることが可能な分野では、生産物の価格が比較的安定していた。これは卸売物価の安定に反映されている。一方では、生産性を向上させるのが困難な分野がある。床屋などのサービス業では、生産性の向上は無理である。学校の先生も一クラスで50人以上に勉強を教えるのは無理である。今日一クラスが30人と言うことになれば、学校の先生の生産性は逆に落ちているのである。そして工業部門は卸売物価に表れているように、継続的に生産性が上がり、国際競争力がつき、輸出は伸びた。
日本では経済成長のため、慢性的な人手不足の状況で、賃金も毎年上昇していた。そして生産性の向上しない分野にもこの賃金上昇は波及した。この分野では生産性の向上は無理なので、価格にこの賃金上昇分を転嫁したのである。これが可能だったのも、経済の成長に伴ってこの分野の需要も伸びたことと、この分野が規制や各種の組合などによって競争が制限されていたからである。一方、工業の分野ではこの賃金の上昇を生産性の上昇でカバーしていたのである。
このように高度成長期の日本では、調整インフレ、つまり生産性格差インフレによって賃金の上昇が平準化されていたのである。また上の表ではきっきりしないが、農業と言う、これも生産性の向上が難しい分野の生産物価格も継続的に上昇した。そしてこれによって都市部と地方の所得の格差が広がる度合を小さくしていた。農業分野にも農協と言う競争制限的な存在があったのである。
ところで物価上昇、つまりインフレはいつも非難の対象であった。高度成長期では毎年5〜6%の消費者物価の上昇が普通であったため、給料がそれ以上に上がっていても、人々は不満を持ったのである。人は誰でも自分の給料だけが上がれば良いと考え、他人の給料が上がることにより物価が上昇することに不満を持ったのである。したがって、当時、長く首相の座にあった佐藤栄作氏は「えいさく無策」と揶揄され、特に都市部では評判が悪かった。
しかし筆者は、この調整インフレをけっして悪いものとは考えなし、これが当時政府が意図したインフレとは考えない。これにより日本国内に極端な所得格差が生まれるのを防ぐことができた。また都市部と地方との所得格差が広がるのを防ぎ、都市部への人口流入圧力を和らげたのである。 他の国の経済政策にあまり意見を述べたくないが、筆者は、中国ついてはこの調整インフレを行えば良いと考えているくらいである。何らか施策で農産物の価格を上昇させ、経済発展の目ざましい沿海部と東北などの内陸部の所得の格差を是正するのである。当然、沿海部からは不満が出るかもしれないが、内陸部の所得が増え、在庫となっている工業製品も売れ、沿海部も恩恵があるはずである。もっとも物価が上昇することによって、そのうち元の切り下げが必要となるかもしれない。しかしこれにより国内の人心の安定が得られるのである。
インフレは常に「悪」と決めつける考えが一般的であるが、筆者は反対である。今週号で説明した調整インフレなどは、簡単には否定するわけにいかないのである。またインフレを恐れるあまり、その政策によって、他に不都合、例えば失業問題が生じるならかえって問題であろう。
独立性により日銀は行動に制約がないにもかかわらず、結果には一切責任を持つ必要がない。たしかに日銀政策委員会では日銀の現在の政策に反対意見を述べる者もいるようだが、採決すれば、必ず事務局が用意した原案が通ることになっている。これは一種の「ガス抜き会議」である。また政治が注文をつければ、圧力と報道されるのである。筆者は、日本経済の特殊性を考えると、通貨政策の独立性が重要とはとても考えない。むしろ通貨政策は、財政政策や制度的なものと一体に考えてこそ整合性のあるものになると筆者は考えている。
第二次補正予算は10兆円を超える予定である。予想より大きいものであるが、特にエコノミストからの反論はない。財政再建叫ばれていた3年前には考えられないことである。また昨年の今頃は、景気対策として「公共事業より減税」とほとんどのエコノミストが叫んでいたのである。このように簡単に主張は変わるのである。なんとも無責任な人々である。 一方、少なくとも本誌は論調を変えていないつもりである。そして本誌は、今度、日銀の独立性に疑問を呈しているのである。今のところ、このような考えは、とんでもないことと一般的には思われるであろう。しかし一年もたてば世の中の考えも変わるかもしれないのである。
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