- 政治と中央銀行の関係
世の中には、最近でも筆者にとってうんざりする話が多い。一つは、安土桃山時代の「楽市楽座」による経済活動の活発化を例に、この平成不況においても、規制緩和を進めることによって、景気も回復すると言う話である。今日の経済の停滞も規制緩和が進まないからと言う主張である。もう一つは、第一次世界大戦後のドイツの物価高騰を引合いに出し、中央銀行の独立性こそ、国の経済にとって重要と言う話である。
まず、前者について述べる。筆者は、安土桃山時代の資本主義経済以前の経済現象がどうして、成熟した今日の日本経済に参考になるのか、全く理解ができない。今日、日本経済にとって、経済成長を顕著に促すような規制緩和は、既にないと筆者は考えている。これについては、本誌の第129号「日本経済と欲求の限界(その2)」で述べたので、参照願いたい。
そして筆者が特に取上げたいのは、後者の中央銀行の独立性の問題である。世間では、中央銀行が政治から独立していることが常識とされている。世界的にも、中央銀行が政治から独立していることはたいていの国では支持されている。しかし筆者は、この考えに反対である。中央銀行は、政治の影響下にあるか、あるいは政治に常に牽制されていることが必要と筆者は考える。今のところこのような考えは、世界の常識に反するかもしれないが、今後は徐々に理解者が増えるものと考える。
どの国の中央銀行でも、程度の差があっても、第一の行動目標は「発行している通貨の価値の維持」である。つまり物価上昇を押さえることが最も重要で正しい行動と信じているのである。もっと言えば物価さえ安定していれば、国民経済には問題がないとまで考えているのである。反対にこれ反する政策には本能的に拒否反応を起こすのである。景気対策として金融緩和を行っている時も、常にこれは政治の圧力と被害者意識を感じており、いつも金利引上げのチャンスを窺っているのである。 このような中央銀行の特殊な性質を理解すれば、中央銀行の行動を政治がチェックするのは当然と考えられ、これによって始めてバランスのとれた経済運営ができると分かるはずである。
今後は、金融に関しては政治の働きがますます重要となるはずである。この主な理由は次の通りである。一つは国際的な運用資金、いわゆる投機資金の増大である。これらの動きは、金融商品価格だけでなく為替変動を通じ、その国の経済に大きなダメージを与えるからである。もう一つは、今後、先進各国の経済の成長が極めて小さくなると考えられコトである。つまり世界的なデフレ傾向(筆者は、人によって定義が異なるので、本誌ではめったにインフレとデフレと言う言葉を使わないが、しばらくはあえて使うことにする)である。 これらに金融政策で対処するとしたならば、時には中央銀行のポリシーに反する政策を大胆に行う必要がある。対策に躊躇したり、小出しの政策を行えば、投機筋のえじきになったり、デフレが深刻化するだけである。さらに中央銀行の姿勢はどうしても内向きとなる。したがって金融政策での国際協調の重要性を考えると、もっと政治が前面に出るべきである。
- 日銀の感覚のズレ
各国の中央銀行で、いつも注目されるのは、米国のFRBとドイツ連銀である。まずFRBである。筆者は、FRBが政府から独立し、勝手に行動しているとはとても考えない。むしろ常に政府の意向を汲んで行動しているのである。例えばレーガン時代の高金利政策は、あくまでも「レーガン政権の高金利政策」であり、決してFRBの高金利政策とは呼ばれない。 今のグリーンスパン議長の評価は高い。しかしこれは個人的な評価であり、これを持って政府からもっと独立すべきと言うことにはならない。むしろ今後は国際的な協調を求められるケースが増え、政府の発言権は強くなると予想される。また、業績の評価と言うものは難しく、グリーンスパン議長の評価も、将来、覆ることが十分ありうるのである。
ドイツ連銀を評価する声があるが、不思議なことである。日銀の理想はこのドイツ連銀と言う話を聞くこともあるが、とんでもない話である。筆者のドイツ連銀の印象は、単に頑固で非協調的と言うことだけである。たしかに第一次世界大戦後の物価高騰にこり、このようなドイツ連銀の行動がドイツ国内で評価を受けているとしても、世界中の中央銀行の全てがドイツ連銀と同じように自分のエゴだけを主張し始めたら、収拾がつかなくなるだけである。1987年の連鎖的株価の暴落、つまりブラックマンデーも、ドイツ連銀が協調利下げを拒否したことがきっかけであった。
しかし今日一番の問題は日本の中央銀行の日銀である。はっきり言って、日銀は感覚がズレている。追加的金融緩和に断固拒否だったはずが、G7では、為替も政策目標に入れると方針を急に転換させた。そしてこれに対して釈明を行っているが、この内容がよく分からない。為替市場も判断に迷っているようである。
日銀の行員の給料が異常に高いことが問題になり、給料の引下げが行われた。総裁の給料が総理大臣よりずっと多いのだから当り前である。また今でも総裁の肖像画を日銀の費用で作成していると言う話を知り、筆者も唖然とした。三重野総裁の肖像画の作成費用は1,000万円以上と言うことである。筆者は費用を問題にしているのではない。感覚の問題である。たしかに明治維新後も、各藩が勝手に藩札を発行しており、贋札問題も起こったりして、日本の通貨情勢は混乱していた。そこで明治政府は日銀を設立し、この混乱を収拾しようとした。このような経緯もあって、必要以上に日銀に権威を持たそうとしたのも納得できる。しかし100年以上も経過した現在においても、総裁の肖像画を飾って喜んでいるのであるから驚きである。
筆者は、日銀の行員も一般の公務員となんら変わらないと考える。もちろん俸給体系も他の公務員と同一で良いはずである。日銀の行員になる者も他の公務員になる者と違いはない。実際、前大蔵財務官の榊原氏も最初は日銀に入行が決まったが、それを辞め、大蔵省に入ったと言う話である。つまり日銀の行員の待遇を他の公務員より良くする必要性は全くないのである。
頑固なドイツ連銀も、欧州中銀の設立により、実質的には消えたようなものである。そしてその欧州中銀の政策は柔軟であり、政治が要求する前に金融の緩和を実施している。これは政治の干渉を事前に防ぐための巧みな戦略でもある。 つまりドイツ連銀と言う問題児が消え、改正日銀法によって、日銀と言う問題児が、新たに世界に登場したのだと筆者は解釈している。そして感覚がズレた日銀が、G7の席上で各国から集中砲火を浴びるのは当然でもある。
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