- アジア経済危機の原因
今日、注目されるのは為替動向である。本誌では円レートの均衡値を、昨年10月の時点で115〜120円(やや115円に近い値)としていた。ただしそれ以降ASEAN諸国の通貨が上昇しており、均衡値も少し修正する必要がある。筆者は110円前後が均衡値と考えている。たしかに景気回復には円安が望ましいが、日本の都合だけで為替レートが決定されるわけにはいかない。
今週号では、まず、あれだけ順調に推移していたアジア諸国の経済が、案外もろく崩れたことについて述べたい。アジア諸国の経済危機の発端は、97年7月に始まったタイバーツの暴落である。しかしこれより3年前に「アジアの奇跡の神話」を書いて、アジア経済の脆弱さを指摘したのがポール・クルーグマン教授である。教授は、アジア経済が急速に伸びたのは、労働力の投入と設備投資によるものであり、技術進歩による生産性の伸びは認められないと述べている。そしてアジア経済は行き詰まると警告していた。
しかし今日の世間一般のアジア経済危機の原因は、「大量に流入していた資金が急速に流出したため」とされている。資金の急速な流出に直面し、各国政府は高金利政策を採り、この高金利がバブルを崩壊させたり、経済活動にブレーキをかけ、景気が急速に後退したと言うストーリが一般の理解である。そして短期資本のコントロールと投機筋の行動が特に問題となっているのである。したがって人によっては、クルーグマン教授の指摘が間違っていたと言う。文芸春秋の8月号の、経済ジャーナリスト東谷暁(ひがしたにさとし)氏を中心とするグループの格付もこのような見方をしており、教授の格付を下げている。このためクルーグマン教授の格付けは第3位にとどまっている。
しかし、このような意見は、現象の表面しか見ていない人々のセリフである。物事の本質はクルーグマン教授の指摘の通りと筆者は考えている。短期資本の急激な流出や投機筋の行動は、アジア経済が持っていた大きな矛盾を表面化させただけと考える。本誌もアジア経済の脆弱さについて2年前、「香港返還」に合わせた特集で指摘した。当時はタイバーツの急落のまさに直前であった。これもクルーグマン教授の指摘が、筆者の頭の中にあったからと思われる。
アジア経済の発展は、ときに日本の高度成長に擬せられるが、全く違うものである。日本の高度成長は資本だけでなく、技術も自前の蓄積によるものであった。たしかに外国の技術も導入したが、これを自分の物として消化してきたのである。そしてこれが可能だったのも戦前からの技術の蓄積があったからである。したがって日本は過去に経済危機と言うものを何度か経験したが、これらをなんとか克服してこられたのである。具体的には製品の高付加価値化や生産工程の改善によるコスト削減などである。
一方、アジア経済は低い人件費に支えられていた面が強い。したがって自国通貨が高くなれば成り立たなくなる経済である。ここがまさにクルーグマン教授が指摘したところである。ところが各国とも米ドルと自国通貨をリンクさせていたので、米ドルの上昇とともに国内産業の競争力を失っていったのである。通貨の上昇とともに経常収支の赤字も大きくなっていた。自国産業の競争力を失いつつあるのに、自国通貨の上昇とともに、消費物資の輸入は逆に増えいったのである。
アジア諸国で生産される製品は特別の競争力があるものではない。価格が安いから競争できたのである。アジア諸国の経済は、ちょうど日本の円が高くなるとともに発展したところがある。つまりアジア諸国の経済は、「超円高」が条件で成立っていたとも言える。たしかに日本の企業も、アジア諸国に進出し、生産拠点を持っている。そして円高の時にはアジア諸国の生産拠点で生産し、円安になれば日本国内の生産を増やすことになる。しかし95年の円高のピークから、為替は徐々に円安に推移していったのである。さらに橋本内閣の緊縮財政の影響が加わり、知らないうちにこれらの国々の経済に打撃が加えられていたのである。
アジア経済の崩壊では「投機筋」の行動の影響が過剰に評価されている。「投機筋」が売り浴びせたのは経常収支が赤字の国の通貨だけである。香港ドル、中国元、台湾元そして日本円など経常収支が黒字の国の通貨は皆無事であった。フリードマンが、経常収支が赤字の国はもっと早くから通貨を変動相場制にしておけば良かったと言っているが、筆者もこれに賛成である。通貨の変動相場制によって資本の流入が少なくなっても、「投機筋」のカモには、なりにくくなったはずである。
話をクルーグマン教授の格付けに戻すが、アジアの経済危機で教授の評価を下げる必要は全くないと考える。そして教授の上に原田氏や水谷氏がいる格付など、筆者にはとても信じられないのである。格付する方も少しは考えた方が良い。
ところで、日本が技術を蓄積しており、このことが日本経済の強みと説明した。ところがこれからは、これが日本経済の将来を必ずしも保証するとは限らないことを続けて述べたい。しかし紙面がないので、これは別の機会にする。とにかく日本の企業の組織を考えると、技術進歩(細かい技術の進歩)の速い今日では、技術の蓄積がかえって邪魔になるケースが考えられるのである。
- エコノミスト格付の感想
最後に文芸春秋の8月号のエコノミストの格付で気になった事柄を二つ指摘したい。一つは人気エコノミストの中に大学の教授がほとんど含まれていないことである。一応、中谷巌氏と加藤寛氏だけがノミネートされている。しかし前者は既に一橋の教授を辞め、ソニーの社外重役である。加藤氏も学長であり、むしろ政府税調の委員としての活動が目立つ。
エコノミストの質が問題になるのは、彼等がマスコミに登場し、発言することによって、世間に広く影響を与えるからである。したがって大学教授であっても、マスコミに頻繁に登場する者は格付の対象にすべきと考える。例えば本間正明阪大教授(いつのまにか副学長に出世しているらしい)、斎藤精一郎立大教授や竹中平蔵慶大教授などである。
特に本間教授は、東海総研の水谷氏と同様の「財政均衡主義的」発言をいたる所で行っており、社会への影響も大きかったはずである。彼等は、財政支出を削減し、増税することによって財政を均衡の方向に持って行けば、日本経済はうまく行くといった錯覚を世間に広めていたのである。事実は正反対で、景気が落ち込み、失業者も増大しただけでなく、税収不足と景気対策で財政赤字はかえって膨らんだのである。財政再建を進めたこれらの関係者は、この損失を弁償すべきとも考えられるのである。
橋本内閣が財政再建路線を押進めてる時期に合わせ、日経新聞は、「2,020年からの警鐘」と言う企画を長い間にわたり行っていた。この企画の論調は「財政均衡主義」と「小さな政府論」であった。そしてこの企画の中心人物の一人が本間教授であった。そして「2,020年からの警鐘」の企画は、財政再建路線を押進めるにあたって、色々な方面に確実に影響を与えている。当時、アンケート調査で財政再建路線が大きく支持を集めたのも、このような企画やこのようなエコノミストの影響が大きかったと考える。このことは、当時の幹事長の加藤紘一氏がこの「2,020年からの警鐘」を引用して国会で代表質問したことからもわかる。
気になるもう一つの事柄は、ケインズ主義的発言を行うエコノミスト、つまりケインジアンの評価が低いことである。たしかに今日の風潮では、「私はケインジアン」と言うこと自体が勇気のいることである。文芸春秋が取上げている人気エコノミスト20人のうち、はっきりケインジアンと分類されるのは、わずかにリチャード・クー氏と金森久雄氏だけである。しかし橋本内閣の財政再建路線に当初からはっきり反対していたのは、この両氏である。また景気対策に最初から積極財政を唱えていたのも両氏だけである。
リチャード・クー氏がかろうじて第4位の格付であり、金森久雄氏にいたってはかなり下位の格付であり、中谷巌氏と同格である。中谷氏の格付が低いのは、筆者も賛成であるが、金森氏の評価が低いのが気にいらない。金森氏は96年度の景気回復を予想した数少ないエコノミストであり、この予想は当っていた。筆者は、予想が当ると言うことは、その人の思考がバランスがとれている証拠と考えている。この20人のエコノミストの中なら、金森氏もリチャード・クー氏とともに最上位にランクされて当然と考えている。
ケインズ主義がしばしば非難の対象になるのは理解できる。ケインズの主張する政策が、時として不道徳なことや無駄なことになりがちだからである。たしかに経済政策は道徳的であり、無駄がない方が良いのに決まっている。しかし景気が落ち込み、失業が増大すれば、その対策が一見無駄に見えても、敢えて政府はそれを実行する必要があるのである。
これは別の機会にまた取上げたいが、今日、日本ではケインズ主義が不当に低く見られている。筆者は、もっとケインズの主張は見直されても良いと考えている。実際、現在、景気対策として行われている経済政策はケインズの主張そのものである。金利を低くし、減税を行い、公共投資を増大させている。さらに低金利政策には限度があり、同じ財政政策でも、「減税」よりも「公共投資」の方が効果が大きいことも、ケインズの理論の通りである。それにもかかわらず、ケインズ的政策を主張するエコノミストの評価が低いのは、格付を行った人々が、いまだに、広く行き渡っている「小さな政府論」の呪縛から解き放れていない証拠と解釈している。
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