平成9年2月10日より
経済コラムマガジン



99/7/12(第123号)


供給サイドの経済学
  • 米国経済が好調な原因
    「供給サイドの経済学」と言う奇妙な経済理論が、世の中で幅をきかしてきたのは、それほど昔からではない。筆者の記憶では、せいぜい10年くらい前頃からと認識している。最初は例のごとく、米国で主張され始めたのである。経済成長のためには供給サイドの重視が必要と言う考えである。

    従来は、経済成長のためには、需要サイドを考えると言うことが常識であった。したがって需要が不足した状態、つまり不況になった場合には、財政支出の増大や減税と言った需要対策を行うことが、失業対策あるいは、不況対策として実行されてきた。従来は、経済活動の水準はデマンドプル、つまり需要サイドで決まると言う考えが、極めてオーソドックスだったからである。このため先進国は、不足する需要を補う政策を継続して行ったため、どの国も大きな財政赤字を抱えることになった。

    一方、供給サイドの重視の経済理論は、この需要サイドの経済理論のアンチテーゼとして生まれたと言える。この考え方では、経済には自律的に成長するメカニズムをもっており、政府による政策はむしろ成長の阻害要因となると言う主張である。そしてこの考え方では、徹底した規制の撤廃が重要であり、財政支出もなるだけ小さくすることが必要である。また財政政策も財政支出よりも減税が必要としている。つまりこの理論は「小さな政府論」そのものとも言える。

    米国の経済は現在好調である。供給サイドの重視するエコノミストは、この原因を米国が彼等の主張に沿った政策を行ったからと主張している。しかし、筆者は、供給サイドの重視するエコノミストの言っているようなことが、米国経済の好調さの主たる原因とは考えていない。さらにこのような政策を日本で行っても、経済が活性化するとはとても思えない。

    筆者が考える、米国経済が好調な原因は本誌のバックナンバーを見てもらいたい。しかしたしかにこれに付加える事柄もある。忘れてならないことは、米国の好景気も減税がスタートであったと言うことである。さらに株式市場が活況を呈し、株価高騰による資産効果で消費が増えただけでなく、税収も大きく伸びた。この税収の伸びにより、米国では補修を中心とした公共工事が20年ぶりに大規模に行われている。米国では建設労務者の不足が深刻なほどである。しかし米国の公共工事は全て州政府が行っているためか、このような状況が日本にはあまり報道されないだけである。これらから分かるように、米国の好調な原因も、むしろ減税や公共工事の増大による需要の増大によると考える方が理解しやすいのである。

    また冷戦の終結により、軍事費は削減され、財政支出も削減した。たしかにこれにより金利は低下したため、金利に敏感な米国社会では消費と設備投資が増加した。しかしこれもよく考えてみれば、需要の増加なのである。唯一供給サイドの重視するエコノミストの主張が妥当するかなと思われるのは、情報通信分野の興隆である。たしかにこの分野の発展は、東西冷戦の終結により、インターネットなどの軍事技術が民間企業に開放されたことが考えられるのである。

    筆者は、米国経済の好調さは米国経済の特殊な体質が大きく影響していると考えている。米国経済は減税と金利低下に極めて敏感に反応する経済である。先進国の中で米国のような国はない。反対に日本経済は先進国の中で一番この両者に反応しない。筆者はこれは各国の国民の「欲求」のレベルの違いと考えている。経済学者は人間の「欲求」は無限と想定している。しかし日本国民は、今日の消費への欲求より将来の安定への欲求を選好する。このため減税や金利低下があっても、せっせと貯蓄するのである。年金を受給している老人の貯蓄が増え続けているのは日本くらいであろう。このような日本で規制緩和くらいで、消費が飛躍的に伸びると考えること自体が非現実的である。ところで「欲求」と経済については別の機会にまた取上げることにする。


  • 規制緩和と経済成長
    ここで経済成長について基本的なことを考えたい。生産物を全て消費する社会は経済成長はない。つまり生産物が全て消費財の社会である。経済成長をするためには、生産物の一部が、生産力を増やすための資本財である必要がある。ところで生産物は同額の所得を生む。そして所得のうち消費されない部分は貯蓄となる。この貯蓄が投資され資本財の購入に充てられる。この資本財の追加が生産力を大きくして経済を成長させることになる。また貯蓄がそっくり投資されることにより、生産物は全て費消されることになり、経済はバランスすることになる。

    経済成長率の大きい社会は、この貯蓄、つまり投資が大きい。日本が長らく成長率が大きかったのも、国民の貯蓄率が大きかったことが大きな要因である。つまりなるべく今日の消費を削り、明日の生産力を貯えたのである。また経済成長を決めるもう一つの要因は資本の効率性である。投資額が同額でも資本の効率性が高まれば、経済成長率はより大きくなる。この方面には技術進歩が関係してくるのである。ただし、資本の効率についてはここではこれ以上述べない。

    この経済の循環のバランスが崩れると、不況や経済の過熱が起る。今の日本経済は消費と投資が不足し、貯蓄が過多の状況である。以前なら輸出を増加させ、バランスを保ったのである。しかし今日、輸出をどんどん伸ばすと言う状況にはない。そして今日、このアンバランスを埋めているのが政府である。つまり政府が財政の赤字を大きくしてこの需要の不足をカバーしているのである。

    供給サイドの重視するエコノミストは、政府の干渉を排し、規制を緩和すれば、新たな投資が増えると主張する。さらにこの新しい分野での消費も増え、経済の循環のバランスも回復すると言う。しかし問題は、今日、新たな需要が生まれることが期待される規制緩和がどれだけあるかと言うことである。彼等は規制緩和を行えば、経済が活性化すると主張するが、まずその具体的な規制緩和項目を挙げることはない。唯一挙げるのは「情報通信分野の規制緩和」である。しかし、本誌の先週号で説明したように、日本においてはこの分野でさえ、需要の目覚ましい増大は期待できないと筆者は考えている。「規制緩和を行えば経済が活性化し、不況も克服できる」と言った主張は、安上がりであり、誰でも飛びつくような話である。しかし現実はそんなに甘くはないのである。

    供給サイドの重視の政策により、米国経済は復活したと言われているが、前段で説明したように、今日の米国経済を支えているのはやはり「需要の増大」である。規制緩和がどれだけ効果があったのかはっきりしない。筆者はそれほど大きくないと判断している。大体元々ずっと以前から米国の方が、日本より規制が少なかったはずである。その日本の方がずっと経済成長率が大きかったのであるから、規制緩和と経済成長に大きな因果関係があるとは思えない。先進国では、規制緩和が経済成長に決定的に影響を与えることは、まず考えられないのである。


来週号では、引き続き供給サイドの重視の経済理論と言うこの奇妙な考えを取上げ、規制緩和がどれくらい経済成長に影響を与えているかを日本の場合で検証する。

米国のサマーズ新財務長官が、日本の円高阻止の為替介入に対してクレームをつけてきた。本誌でも取上げてきたが、現在の政府日銀の為替介入は注目している。ところがこの為替介入が必ずしも米国政府の了解を得ていないことがこれではっきりしたのである。このことは今後の為替動向を占う上で重要なポイントである。ただし財務長官の意見が個人的なものか、米国政府全体の考えなのかもう一つはっきりしない。しかし筆者は、今後日米間でなんらかの妥協がはかられるものと考えている。例えば、米国は日本の円高阻止の為替介入を認めるかわりに、日本は大型の補正予算や来年度に積極予算の編成を組むことなどを確約することである。株式市場がどう反応するかも注目される。また今回の財務長官のこの発言により、125円を超える円安はちょっと考えられなくなったと考える。

筆者は、サマーズ新財務長官自身に関心があるが、彼の二人の叔父、ポール・サミュエルソンとケネス・アローにも興味がある。二人ともノーベル経済学賞の受賞者である。特にケネス・アローに興味がある。彼はゲームの理論など数理経済学者としての業績でノーベル経済学賞を受賞している。しかし残念ながら筆者は、この分野での彼の研究には全く関心がない。彼はこれらとは別に「組織による意志決定」について本を著わしている。「組織の限界」と言う本である。本誌でもこれをそのうち取上げたいと考えている。こう言う考え方が日本経済を理解するには必要なのである。



99/7/5(第122号)「インターネットと日本経済(その2)」
99/6/28(第121号)「インターネットと日本経済(その1)」
99/6/21(第120号)「銀行員とリスク(その2)」
99/6/14(第119号)「銀行員とリスク(その1)」
99/6/7(第118号)「銀行のバブル期の行動」
99/5/31(第117号)「日本の銀行とリスク」
99/5/24(第116号)「需給ギャップと景気回復」
99/5/17(第115号)「経済の構造改革」
99/5/10(第114号)「サマータイムと日本人」
99/5/3(第113号)「地価動向と景気回復」
99/4/26(第112号)「お金持ちとリスク」
99/4/19(第111号)「日本のお金持ち」
99/4/12(第110号)「寡占と所得の分配」
99/4/5(第109号)「寡占市場の話」
99/3/29(第108号)「完全競争市場の話」
99/3/22(第107号)「独占市場の話」
99/3/15(第106号)「本誌の経済予想とその間違い」
99/3/8(第105号)「景気の現状(99年春)」
99/3/1(第104号)「立派な社会と景気回復」
99/2/22(第103号)「現代の日本経済と投資」
99/2/15(第102号)「需給ギャップと投資」
99/2/8(第101号)「99年度の経済を見通す」
99/2/1(第100号)「公共投資の将来を考える」
99/1/25(第99号)「今後の景気対策を考える(その2)」
99/1/18(第98号)「景気の見通しを考える」
99/1/11(第97号)「今後の景気対策を考える(その1)」
98/12/28(第96号)「不況の原因と消費税減税を考える」
98/12/21(第95号)「米国経済の光と影を考えるーーその2」
98/12/14(第94号)「米国経済の光と影を考えるーーその1」
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98/11/30(第92号)「公共投資と経済を考えるーーその2」
98/11/23(第91号)「緊急経済対策を考える」
98/11/16(第90号)「公共投資と経済を考えるーーその1」
98/11/9(第89号)「「空気」を考えるーーその2」
98/11/2(第88号)「「空気」を考えるーーその1」
98/10/26(第87号)「景気対策論議を考える」
98/10/19(第86号)「為替レートの今後のトレンドを考える」
98/10/12(第85号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその3」
98/10/5(第84号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその2」
98/9/28(第83号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその1」
98/9/21(第82号)「為替レートのトレンドを考える」
98/9/14(第81号)「バブルの清算と公金投入を考える」
98/9/7(第80号)「公金投入の整合性を考える」
98/8/31(第79号)「政治と経済の混乱を考える」
98/8/10(第78号)「今回の不況の原因を考える」
98/8/3(第77号)「新政権の人事を考える」
98/7/27(第76号)「小淵新自民党総裁誕生を考える」
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98/7/13(第74号)「マスコミの驕りを考えるーーその2」
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98/6/15(第70号)「橋本総理と円安を考える」
98/6/8(第69号)「日本の金融を考える」
98/6/1(第68号)「経済への関心を考える」
98/5/25(第67号)「世論と経済政策を考えるーーその2」
98/5/18(第66号)「世論と経済政策を考えるーーその1」
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98/4/13(第61号)「恒久減税を考える」
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98/3/16(第57号)「今回の不況の深刻さを考える」
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98/3/2(第55号)「日経新聞と経済を考えるーーその2」
98/2/23(第54号)「日経新聞と経済を考えるーーその1」
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98/2/9(第52号)「政治と経済を考える」
98/2/2(第51号)「官僚と経済を考える」
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98/1/19(第49号)「「小さな政府」を考えるーーその2」
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97/12/8(第45号)「景気の現状と対策を考えるーーその7」
97/12/1(第44号)「京都会議と経済を考える」
97/11/24(第43号)「景気の現状と対策を考えるーーその6」
97/11/17(第42号)「景気の現状と対策を考えるーーその5」
97/11/10(第41号)「景気の現状と対策を考えるーーその4」
97/11/3(第40号)「景気の現状と対策を考えるーーその3」
97/10/27(第39号)「景気の現状と対策を考えるーーその2」
97/10/20(第38号)「景気の現状と対策を考えるーーその1」
97/10/13(第37号)「市場の心理を考える」
97/10/6(第36号)「公共事業とマスコミを考える」
97/9/29(第35号)「リクルート事件と経済を考える」
97/9/22(第34号)「ロッキード事件と経済を考える」
97/9/15(第33号)「住宅と貯蓄を考える(その2)」
97/9/8(第32号)「住宅と貯蓄を考える(その1)」
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97/7/21(第25号)「内需拡大と整備新幹線を考える(その1)」
97/7/14(第24号)「香港返還と中国経済を考える(その2)」
97/7/7(第23号)「香港返還と中国経済を考える(その1)」
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97/6/23(第21号)「投機と市場を考える」
97/6/16(第20号)「規制緩和と日米関係を考える」
97/6/9(第19号)「ビックバンと為替を考える」
97/6/2(第18号)「内需拡大と公共工事を考える(その2)」
97/5/26(第17号)「内需拡大と公共工事を考える(その1)」
97/5/19(第16号)「金利と為替を考える」
97/5/12(第15号)「規制緩和と景気を考える」
97/5/5(第14号)「為替の変動を考える」
97/4/28(第13号)「日本の物価と金利を考える(その2)」
97/4/21(第12号)「日本の物価と金利を考える(その1)」
97/4/14(第11号)「日本の土地価格を考える」
97/4/7(第10号)「当マガジン経済予測のレビュー」
97/3/31(第9号)「日本の株式を考える」
97/3/24(第8号)「たまごっちと携帯電話を考える」
97/3/17(第7号)「政府の景気対策を考える」
97/3/10(第6号)「オリンピックと景気を考える」
97/3/3(第5号)「為替レートの動向を考える(その2)」
97/2/24(第4号)「為替レートの動向を考える(その1)」
97/2/17(第3号)「日本の金利水準と為替レートを考える」
97/2/10(第2号)「国と地方の長期債務残高を考える」
97/2/1(第1号)「株価下落の原因を考える」「今後の景気動向を考える」

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