- インターネットに対するニーズ
日本におけるインターネットの今後の発展を占う前に、双方向の通信メディアとしてはインターネットの前身と言える「ビデオテックス」について述べたい。両者は技術的にも大きな違いがあり、端末もパソコンに対して、専用端末(一種のテレビ)と色々な点で異なっている。ビデオテックスは、コンピューターに電話線でテレビを結び、コンピューター内のテータベースから文字と画像情報の提供をするサービスである。提供される情報は買物情報、ホテル・航空予約、預金情報などが予定されていた。ちょうどインターネットが現在提供しているような情報である。ビデオテックスが話題になったのは15年以上も前のことである。当時、ニューメディアの中心として、「都市型CATV」や「テレビ文字多重放送」と並んで、大きな期待があったのがこの「ビデオテックス」であった。
ビデオテックスもまず海外での普及が先発した。英国ではプレステルと呼ばれており、一番先行した。日本では「キャプテンシステム」と呼ばれ、東京の三鷹市や武蔵野市で大規模な実用実験も行われ、郵政省や電電公社だけでなく、参加企業も大いに力を入れていたものである。しかしキャプテンシステムは失敗であった。それもみじめなほどの失敗であった。日本では全くと言って良いほど普及しなかったのである。現在では各所に置いてあった端末も撤去され、情報提供する組合も解散している。
ところがこのビデオテックスも国によっては普及したのである。カナダのビデオテックスであるテリドンは一定の普及をした。フランスのテレテルはあまりにも普及したので、インターネットの普及のさまたげになるのではと危惧されたほどである。つまりこのような国々には当時から双方向の通信メディアに対するニーズが大きかったのである。
ビデオテックスが日本において失敗した原因は色々言われている。しかしインターネットでも言えることであるが、筆者は、一番の原因は、日本ではこのようなメディアから提供されるこの種の情報へのニーズが昔から小さかったことと考えている。では次に何故日本ではこのような情報へのニーズが小さいかを検討する。
日本人の帰国子女に対するアンケート結果が面白い。「日本に帰って来て驚くこと」と言う問に対して、「どこに行っても自動販売機やコンビニがある」と言う答である。この答は本当に日本の現状を示していると筆者は考える。つまり日本での生活は結構便利なのである。日本にずっと住んでいる者はこのことに気が付かないだけである。たしかに米国などは、人々が広い国土にバラバラに住んでいる。大都市の場合でも住んでいるのは郊外である。ショッピングと言っても簡単ではない。週に一回、車で遠くのスーパーに買い出しに行くのである。一方、日本は人口が集中しており、都市化が進み、商店もそれに応じた立地にあり、いつでも買物くらいはできるのである。地方に住んでいても、近隣の地方の中核都市には一通りの商品は揃っている。米国のような状況にいる者の比率は小さい。
筆者は、インターネットの普及には治安や気候の影響も大きいと考えている。日本ではパジャマ姿で、深夜に近くのコンビニに買物に言っても平気である。他の国ではこうはいかないであろう。また、インターネットが盛んな国の特徴の一つは気候が寒いことである。欧州でインターネットが盛んなのは北欧、例えばフィンランドである。このような国々では、冬場に外をウロウロ歩いていたら凍死するのである。日本でも北海道で比較的インターネットが盛んなのも気候が影響していると考えている。
また通信販売が盛んな国とインターネットが普及している国はだいたい一致する。現状では電子商取引といっても実態は通信販売が主流である。しかし、この通信販売も日本ではそれほど盛んではなく、最近では伸び悩んでいる。この理由の一つは、日本人の感性の問題であろう。やはり現物を確かめなければなかなか買わないのが日本人である。通信販売で物をどんどん買う人はどちらかと言えば性格が「大雑把」な人が多い。しかし日本においてはこの種の人の比率は米国などに比べ小さい。日本人はまだまだ通信販売そのものに向かない国民性を持っていると考えられる。つまりインターネットでの電子商取引のニーズが日本ではそれだけ小さいのである。
ネットでの本の販売会社が米国で脚光を浴びている。しかし日本ではロードサイドに沢山の本屋があり、たいていの本はここで手に入れることができ、しかもこれらは深夜まで営業している。わざわざネットで注文し、届けられるのを待つ必要はないのである。本を含め、少なくとも米国でインターネットで売れているヒット商品は、日本ではわざわざインターネットで買うほどのことはないものばかりなのである。
- 日本における情報通信産業の成長
先々週のテレビ朝日系列の番組「サンデープロジェクト」に著明な経済学者が出演していた。彼は、情報通信産業の成長が日本の経済にとっての重要性を強調していた。彼の発言の要旨は、米国の情報通信産業のGDPに占める比率は6%であるが、この分野の年間の成長率は60%であり、米国の経済成長率4%のほとんどがこの分野の成長で説明できると言うことであった。さらに日本は、他の国で開発された技術を消化し、それを応用し、製品化することが得意であり、このパターンによって経済成長を実現してきたと主張していた。そして今後は、日本の情報通信産業においても同様の成長が見込めると言うことであった。
この経済学者は、昔から「供給サイドの経済学」と言う奇妙な主張を行っている。一種の「小さな政府」論者であるが、最近では言うことがコロコロ変わっている。しかし、テレビを始め、マスコミへの登場も多く、彼の発言は世間への影響も大きいと考えられる。
ここで彼の主張を検討する。まず前段からおかしい。情報通信産業の成長が経済全体の経済成長に寄与していると言うことであろうが、「米国の経済成長率4%のほとんどがこの分野の成長で説明できる」と言う説明は誤解を与える。情報通信産業の需要の増加によって、他の分野の需要が減少していることも考えられる。つまり情報通信産業が経済成長を引っ張っていると言うなら、情報通信産業の需要の増加額が、これによる他の産業の減少額を上回っている必要がある。またマクロ経済に与える影響はこの差引額になるはずであり、つまり全体に与える影響はもっと小さいはずである。例えば日本で携帯電話の売上や通信費が増え、経済成長に寄与しても、これによりアパレルなどの売上が減少したのなら、純粋な携帯電話の経済効果は両者を足して算出すべきである。これがプラスとなって、はじめて携帯電話の登場が経済成長にプラスと言えるのである。しかもプラスは両者の差引額にとどまる。
米国の情報産業の範囲がはっきりしないが、もしインターネットでの本やパソコンなどの販売も含まれているのなら問題である。インターネットでの販売が増えていても、もし既存の販売ルートでの販売額が減少していたのなら、これは単なる販売チャンネルの変更に過ぎないのである。つまり経済全体の話をする場合はもっと厳密な論理の組立が必要と言うことである。特にテレビと言うメディアは、視聴者にあまり思考させないままに情報を伝えると言う特徴がある。したがって視聴者は注意をしていないと、とんでもない誤解をするのである。
後段の日本の情報通信産業の潜在力の評価については、筆者も賛成である。実際、日本においても、米国ほどではないがこの分野の投資は着実に増えている。しかし、問題はこの分野の需要がどれだけ伸びるかと言うことである。インターネットによる通信販売の伸びは日本ではそれほど期待できないことは、先ほど述べた通りである。つまり情報通信産業が成長して、日本経済は順調に回復すると言った、この経済学者のような楽観的な見方は筆者にはできない。また国内の需要が増えないと言って、以前のように輸出に頼ると言うことも無理な状況である。
このような学者の最大の問題点は、日本においても経済は自律的に回復するから、これ以上の財政支出は不要と主張することである。筆者は、日本において本格的な補正予算編成の話が先送りになっているのも、このような学者の影響も無視できないと考えている。「サンデープロジェクト」の司会の田原総一郎氏には「新メディアウォーズ」と言う著書があり、筆者の本棚にもこれがある。16年も前の本である。日本では以前から情報通信産業は、将来の産業の本命と期待されてきたが、その後の成長が期待はずれであった。本誌も先週号と今週号でこの原因を検討してきた。田原総一郎氏もずっとこの分野の発展状況を見守ってきたはずである。そして氏自身も、日本での情報通信産業が期待ほど伸びないことに対して独自の見解を持っているはずであろう。この楽観的な経済学者の話を聞きながら、氏はどのようなことを考えたのか興味のあるところである。
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