平成9年2月10日より
経済コラムマガジン



99/7/5(第122号)


インターネットと日本経済(その2)
  • インターネットに対するニーズ
    日本におけるインターネットの今後の発展を占う前に、双方向の通信メディアとしてはインターネットの前身と言える「ビデオテックス」について述べたい。両者は技術的にも大きな違いがあり、端末もパソコンに対して、専用端末(一種のテレビ)と色々な点で異なっている。ビデオテックスは、コンピューターに電話線でテレビを結び、コンピューター内のテータベースから文字と画像情報の提供をするサービスである。提供される情報は買物情報、ホテル・航空予約、預金情報などが予定されていた。ちょうどインターネットが現在提供しているような情報である。ビデオテックスが話題になったのは15年以上も前のことである。当時、ニューメディアの中心として、「都市型CATV」や「テレビ文字多重放送」と並んで、大きな期待があったのがこの「ビデオテックス」であった。

    ビデオテックスもまず海外での普及が先発した。英国ではプレステルと呼ばれており、一番先行した。日本では「キャプテンシステム」と呼ばれ、東京の三鷹市や武蔵野市で大規模な実用実験も行われ、郵政省や電電公社だけでなく、参加企業も大いに力を入れていたものである。しかしキャプテンシステムは失敗であった。それもみじめなほどの失敗であった。日本では全くと言って良いほど普及しなかったのである。現在では各所に置いてあった端末も撤去され、情報提供する組合も解散している。

    ところがこのビデオテックスも国によっては普及したのである。カナダのビデオテックスであるテリドンは一定の普及をした。フランスのテレテルはあまりにも普及したので、インターネットの普及のさまたげになるのではと危惧されたほどである。つまりこのような国々には当時から双方向の通信メディアに対するニーズが大きかったのである。

    ビデオテックスが日本において失敗した原因は色々言われている。しかしインターネットでも言えることであるが、筆者は、一番の原因は、日本ではこのようなメディアから提供されるこの種の情報へのニーズが昔から小さかったことと考えている。では次に何故日本ではこのような情報へのニーズが小さいかを検討する。

    日本人の帰国子女に対するアンケート結果が面白い。「日本に帰って来て驚くこと」と言う問に対して、「どこに行っても自動販売機やコンビニがある」と言う答である。この答は本当に日本の現状を示していると筆者は考える。つまり日本での生活は結構便利なのである。日本にずっと住んでいる者はこのことに気が付かないだけである。たしかに米国などは、人々が広い国土にバラバラに住んでいる。大都市の場合でも住んでいるのは郊外である。ショッピングと言っても簡単ではない。週に一回、車で遠くのスーパーに買い出しに行くのである。一方、日本は人口が集中しており、都市化が進み、商店もそれに応じた立地にあり、いつでも買物くらいはできるのである。地方に住んでいても、近隣の地方の中核都市には一通りの商品は揃っている。米国のような状況にいる者の比率は小さい。

    筆者は、インターネットの普及には治安や気候の影響も大きいと考えている。日本ではパジャマ姿で、深夜に近くのコンビニに買物に言っても平気である。他の国ではこうはいかないであろう。また、インターネットが盛んな国の特徴の一つは気候が寒いことである。欧州でインターネットが盛んなのは北欧、例えばフィンランドである。このような国々では、冬場に外をウロウロ歩いていたら凍死するのである。日本でも北海道で比較的インターネットが盛んなのも気候が影響していると考えている。

    また通信販売が盛んな国とインターネットが普及している国はだいたい一致する。現状では電子商取引といっても実態は通信販売が主流である。しかし、この通信販売も日本ではそれほど盛んではなく、最近では伸び悩んでいる。この理由の一つは、日本人の感性の問題であろう。やはり現物を確かめなければなかなか買わないのが日本人である。通信販売で物をどんどん買う人はどちらかと言えば性格が「大雑把」な人が多い。しかし日本においてはこの種の人の比率は米国などに比べ小さい。日本人はまだまだ通信販売そのものに向かない国民性を持っていると考えられる。つまりインターネットでの電子商取引のニーズが日本ではそれだけ小さいのである。

    ネットでの本の販売会社が米国で脚光を浴びている。しかし日本ではロードサイドに沢山の本屋があり、たいていの本はここで手に入れることができ、しかもこれらは深夜まで営業している。わざわざネットで注文し、届けられるのを待つ必要はないのである。本を含め、少なくとも米国でインターネットで売れているヒット商品は、日本ではわざわざインターネットで買うほどのことはないものばかりなのである。


  • 日本における情報通信産業の成長
    先々週のテレビ朝日系列の番組「サンデープロジェクト」に著明な経済学者が出演していた。彼は、情報通信産業の成長が日本の経済にとっての重要性を強調していた。彼の発言の要旨は、米国の情報通信産業のGDPに占める比率は6%であるが、この分野の年間の成長率は60%であり、米国の経済成長率4%のほとんどがこの分野の成長で説明できると言うことであった。さらに日本は、他の国で開発された技術を消化し、それを応用し、製品化することが得意であり、このパターンによって経済成長を実現してきたと主張していた。そして今後は、日本の情報通信産業においても同様の成長が見込めると言うことであった。

    この経済学者は、昔から「供給サイドの経済学」と言う奇妙な主張を行っている。一種の「小さな政府」論者であるが、最近では言うことがコロコロ変わっている。しかし、テレビを始め、マスコミへの登場も多く、彼の発言は世間への影響も大きいと考えられる。

    ここで彼の主張を検討する。まず前段からおかしい。情報通信産業の成長が経済全体の経済成長に寄与していると言うことであろうが、「米国の経済成長率4%のほとんどがこの分野の成長で説明できる」と言う説明は誤解を与える。情報通信産業の需要の増加によって、他の分野の需要が減少していることも考えられる。つまり情報通信産業が経済成長を引っ張っていると言うなら、情報通信産業の需要の増加額が、これによる他の産業の減少額を上回っている必要がある。またマクロ経済に与える影響はこの差引額になるはずであり、つまり全体に与える影響はもっと小さいはずである。例えば日本で携帯電話の売上や通信費が増え、経済成長に寄与しても、これによりアパレルなどの売上が減少したのなら、純粋な携帯電話の経済効果は両者を足して算出すべきである。これがプラスとなって、はじめて携帯電話の登場が経済成長にプラスと言えるのである。しかもプラスは両者の差引額にとどまる。

    米国の情報産業の範囲がはっきりしないが、もしインターネットでの本やパソコンなどの販売も含まれているのなら問題である。インターネットでの販売が増えていても、もし既存の販売ルートでの販売額が減少していたのなら、これは単なる販売チャンネルの変更に過ぎないのである。つまり経済全体の話をする場合はもっと厳密な論理の組立が必要と言うことである。特にテレビと言うメディアは、視聴者にあまり思考させないままに情報を伝えると言う特徴がある。したがって視聴者は注意をしていないと、とんでもない誤解をするのである。

    後段の日本の情報通信産業の潜在力の評価については、筆者も賛成である。実際、日本においても、米国ほどではないがこの分野の投資は着実に増えている。しかし、問題はこの分野の需要がどれだけ伸びるかと言うことである。インターネットによる通信販売の伸びは日本ではそれほど期待できないことは、先ほど述べた通りである。つまり情報通信産業が成長して、日本経済は順調に回復すると言った、この経済学者のような楽観的な見方は筆者にはできない。また国内の需要が増えないと言って、以前のように輸出に頼ると言うことも無理な状況である。

    このような学者の最大の問題点は、日本においても経済は自律的に回復するから、これ以上の財政支出は不要と主張することである。筆者は、日本において本格的な補正予算編成の話が先送りになっているのも、このような学者の影響も無視できないと考えている。「サンデープロジェクト」の司会の田原総一郎氏には「新メディアウォーズ」と言う著書があり、筆者の本棚にもこれがある。16年も前の本である。日本では以前から情報通信産業は、将来の産業の本命と期待されてきたが、その後の成長が期待はずれであった。本誌も先週号と今週号でこの原因を検討してきた。田原総一郎氏もずっとこの分野の発展状況を見守ってきたはずである。そして氏自身も、日本での情報通信産業が期待ほど伸びないことに対して独自の見解を持っているはずであろう。この楽観的な経済学者の話を聞きながら、氏はどのようなことを考えたのか興味のあるところである。


来週号では今週号に登場した経済学者が唱えている「供給サイドの経済学」を取上げる。この奇妙で珍妙な考え方が色々な方面の人々に影響を与えているのである。

またも日銀総裁の唐突な発言で長期金利は大きく乱高下した。「今のゼロ金利は異常の事態であり、時期を見て解消すべき」と発言したのである。この発言で、長期金利は2%近辺まで急上昇したのである。筆者は金利がゼロと言うことが異常と言う前に、金利がゼロでも投資が増えず、貯蓄が増え続ける状態も同時に異常であると言うべきである。日銀当局もゼロ金利政策の変更がないことを強調し、日銀総裁の発言の火消しに躍起である。それにしても困った総裁である。ところがこのような総裁でも、一旦任命されると解任する方法がないのである。改正日銀法はこのような異常な法律である。筆者は、日銀の独立性より日本経済の方が断然大切と考える。日銀総裁は、少なくとも任命した橋本総理が辞めた時に、進退伺いを出すべきと考えるのである。
半年前の金融機関の持っている国債の平均利回りが1.8%と言われていた。それ以降の相場を見ていると、現在の所有している国債の平均利回りも同じくらいであろう。そしてこの1.8%近辺が一つの節目となっている考えられる。つまり1.8%を大きく超えて国債が下落するには、よほど大きなインパクトが必要と考えている。実際、金曜日には逆に1.65%まで金利は低下したのである。



99/6/28(第121号)「インターネットと日本経済(その1)」
99/6/21(第120号)「銀行員とリスク(その2)」
99/6/14(第119号)「銀行員とリスク(その1)」
99/6/7(第118号)「銀行のバブル期の行動」
99/5/31(第117号)「日本の銀行とリスク」
99/5/24(第116号)「需給ギャップと景気回復」
99/5/17(第115号)「経済の構造改革」
99/5/10(第114号)「サマータイムと日本人」
99/5/3(第113号)「地価動向と景気回復」
99/4/26(第112号)「お金持ちとリスク」
99/4/19(第111号)「日本のお金持ち」
99/4/12(第110号)「寡占と所得の分配」
99/4/5(第109号)「寡占市場の話」
99/3/29(第108号)「完全競争市場の話」
99/3/22(第107号)「独占市場の話」
99/3/15(第106号)「本誌の経済予想とその間違い」
99/3/8(第105号)「景気の現状(99年春)」
99/3/1(第104号)「立派な社会と景気回復」
99/2/22(第103号)「現代の日本経済と投資」
99/2/15(第102号)「需給ギャップと投資」
99/2/8(第101号)「99年度の経済を見通す」
99/2/1(第100号)「公共投資の将来を考える」
99/1/25(第99号)「今後の景気対策を考える(その2)」
99/1/18(第98号)「景気の見通しを考える」
99/1/11(第97号)「今後の景気対策を考える(その1)」
98/12/28(第96号)「不況の原因と消費税減税を考える」
98/12/21(第95号)「米国経済の光と影を考えるーーその2」
98/12/14(第94号)「米国経済の光と影を考えるーーその1」
98/12/7(第93号)「自自連立政権を考える」
98/11/30(第92号)「公共投資と経済を考えるーーその2」
98/11/23(第91号)「緊急経済対策を考える」
98/11/16(第90号)「公共投資と経済を考えるーーその1」
98/11/9(第89号)「「空気」を考えるーーその2」
98/11/2(第88号)「「空気」を考えるーーその1」
98/10/26(第87号)「景気対策論議を考える」
98/10/19(第86号)「為替レートの今後のトレンドを考える」
98/10/12(第85号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその3」
98/10/5(第84号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその2」
98/9/28(第83号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその1」
98/9/21(第82号)「為替レートのトレンドを考える」
98/9/14(第81号)「バブルの清算と公金投入を考える」
98/9/7(第80号)「公金投入の整合性を考える」
98/8/31(第79号)「政治と経済の混乱を考える」
98/8/10(第78号)「今回の不況の原因を考える」
98/8/3(第77号)「新政権の人事を考える」
98/7/27(第76号)「小淵新自民党総裁誕生を考える」
98/7/20(第75号)「橋本総理退陣を考える」
98/7/13(第74号)「マスコミの驕りを考えるーーその2」
98/7/6(第73号)「マスコミの驕りを考えるーーその1」
98/6/29(第72号)「参院選と経済を考える」
98/6/22(第71号)「為替介入の背景を考える」
98/6/15(第70号)「橋本総理と円安を考える」
98/6/8(第69号)「日本の金融を考える」
98/6/1(第68号)「経済への関心を考える」
98/5/25(第67号)「世論と経済政策を考えるーーその2」
98/5/18(第66号)「世論と経済政策を考えるーーその1」
98/5/11(第65号)「アンケートと経済政策を考える」
98/5/4(第64号)「今回の景気対策を考える」
98/4/27(第63号)「消費の限界を考えるーーその2」
98/4/20(第62号)「消費の限界を考えるーーその1」
98/4/13(第61号)「恒久減税を考える」
98/4/6(第60号)「今回の自民党の景気対策を考える」
98/3/30(第59号)「米国の対日経済要求を考える」
98/3/23(第58号)「新日銀総裁の就任を考える」
98/3/16(第57号)「今回の不況の深刻さを考える」
98/3/9(第56号)「日米の景気対策を考える」
98/3/2(第55号)「日経新聞と経済を考えるーーその2」
98/2/23(第54号)「日経新聞と経済を考えるーーその1」
98/2/16(第53号)「貸し渋りと景気を考える」
98/2/9(第52号)「政治と経済を考える」
98/2/2(第51号)「官僚と経済を考える」
98/1/26(第50号)「「小さな政府」を考えるーーその3」
98/1/19(第49号)「「小さな政府」を考えるーーその2」
98/1/12(第48号)「「小さな政府」を考えるーーその1」
97/12/22(第47号)「需要不足の日本経済を考える」
97/12/15(第46号)「景気の現状と対策を考えるーーその8」
97/12/8(第45号)「景気の現状と対策を考えるーーその7」
97/12/1(第44号)「京都会議と経済を考える」
97/11/24(第43号)「景気の現状と対策を考えるーーその6」
97/11/17(第42号)「景気の現状と対策を考えるーーその5」
97/11/10(第41号)「景気の現状と対策を考えるーーその4」
97/11/3(第40号)「景気の現状と対策を考えるーーその3」
97/10/27(第39号)「景気の現状と対策を考えるーーその2」
97/10/20(第38号)「景気の現状と対策を考えるーーその1」
97/10/13(第37号)「市場の心理を考える」
97/10/6(第36号)「公共事業とマスコミを考える」
97/9/29(第35号)「リクルート事件と経済を考える」
97/9/22(第34号)「ロッキード事件と経済を考える」
97/9/15(第33号)「住宅と貯蓄を考える(その2)」
97/9/8(第32号)「住宅と貯蓄を考える(その1)」
97/9/1(第31号)「労働組合と経済を考える」
97/8/25(第30号)「競争時代の賃金を考える」
97/8/18(第29号)「米国経済の生産性の向上を考える」
97/8/11(第28号)「米国の景気を考える(その2)」
97/8/4(第27号)「米国の景気を考える(その1)」
97/7/28(第26号)「内需拡大と整備新幹線を考える(その2)」
97/7/21(第25号)「内需拡大と整備新幹線を考える(その1)」
97/7/14(第24号)「香港返還と中国経済を考える(その2)」
97/7/7(第23号)「香港返還と中国経済を考える(その1)」
97/6/30(第22号)「日本の米国債保有を考える」
97/6/23(第21号)「投機と市場を考える」
97/6/16(第20号)「規制緩和と日米関係を考える」
97/6/9(第19号)「ビックバンと為替を考える」
97/6/2(第18号)「内需拡大と公共工事を考える(その2)」
97/5/26(第17号)「内需拡大と公共工事を考える(その1)」
97/5/19(第16号)「金利と為替を考える」
97/5/12(第15号)「規制緩和と景気を考える」
97/5/5(第14号)「為替の変動を考える」
97/4/28(第13号)「日本の物価と金利を考える(その2)」
97/4/21(第12号)「日本の物価と金利を考える(その1)」
97/4/14(第11号)「日本の土地価格を考える」
97/4/7(第10号)「当マガジン経済予測のレビュー」
97/3/31(第9号)「日本の株式を考える」
97/3/24(第8号)「たまごっちと携帯電話を考える」
97/3/17(第7号)「政府の景気対策を考える」
97/3/10(第6号)「オリンピックと景気を考える」
97/3/3(第5号)「為替レートの動向を考える(その2)」
97/2/24(第4号)「為替レートの動向を考える(その1)」
97/2/17(第3号)「日本の金利水準と為替レートを考える」
97/2/10(第2号)「国と地方の長期債務残高を考える」
97/2/1(第1号)「株価下落の原因を考える」「今後の景気動向を考える」

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