平成9年2月10日より
経済コラムマガジン



99/6/21(第120号)


銀行員とリスク(その2)
  • 日本の銀行員の資質
    日本の大手銀行の多くは、現在の業務内容では限界があり、今後は欧米の投資銀行を目指すとしている。たしかに投資銀行は、一つ本来の銀行の形であろう。金持ちからの預金をリスクのある物件に投資し、高い収益を得るのが投資銀行である。しかし、日本の現在の銀行員を考えると、筆者は、銀行のこのシナリオは無理と考える。もっとも投資業務に長けた欧米人を雇い、これをやらせると言うことが考えられるが、それでは高給取りの日本人の銀行員の存在は、一体何なのであろうと言うことになる。

    日本の銀行が現在でもリスクのある業務を全くやっていない訳ではない。たしかに債券や為替などのディーリングを行っている。しかし、運用成績についてはあまり外部に漏れてこないが、銀行を含め、日本の金融機関の運用成績はかんばしくないようである。。それでも、まれにはそれについての報道がある。

    3年ほど前に大和銀行が米国から追い出された。債券のディーリングによる巨額の損失の発生を米国の当局に隠していたからである。驚いたことに、この事件を引き起こした本人が、米国の刑務所からテレビに登場し、ニュースキャスターの質問に答えていた。注目されたのは、本店からの監査にまつわるエピソードであった。本店からの監査メンバーは、米国法人が債券のディーリングにより利益を得ていたのを知って、感心していたと言う話である。と言うのは当時、全ての邦銀の米国法人は、米国国債の売買で損失を抱えていたのである。彼等は、大和銀行だけが利益を出していると知って、驚きながらも喜んで日本に帰っていったのである。

    もちろん実際は、大和銀行も損失を抱えていたのであるが、この被告が帳簿を操作し、それを隠していたのである。このエピソードからも邦銀はこの種のリスクのある業務で、しょっちゅう損失を被っていることが想像される。このことは刑務所の被告も認めているところでもある。彼は、リスク業務に弱い理由として、日本の銀行のシステムがリスクを伴う業務には向かないことを指摘していた。しかし、筆者は、それに加え、日本の銀行員の資質そのものがリスク業務に向かないことを強調したい。

    よく言われることが銀行の「横並び主義」である。リスクを避けることは銀行員の本能であるため、どうしてもリスクを伴う業務を行わなければならない場合には、この「他人と一緒のことを行う」が次善の策となってしまう。失敗しても釈明ができるのである。しかしこれも一種のリスクの回避策である。もっと厳密に言えば、これは個人に関わるリスクの回避であり、銀行本体へのリスクは軽視される。したがって他人が買う時には自分も買い。他人が売る時には自分も売ると言う具合である。たしかにこのような売買を行えば、相場が一定の方向に動いている場合にだけは利益が得られるのである。しかし逆に相場が転換すると大きな損失を抱えることになる。そしてこのような日本の機関投資家の行動パターンは、外国人投資家からは「大変読み易い」と思われているに違いない。端的に言えば、日本の機関投資家は「カモ」と見られているのである。

    日本の銀行員にとって、リスクは極めて縁遠い存在である。むしろリスクを徹底的に回避した人生をおくって来た者達が銀行員になると思えば良い。小さい頃から進学塾に通い、進学校に進み、有名大学に入ると言うコースを歩む。これも人生におけるリスクを小さくするためである。大学に入ってからも真面目に授業に出て、ひたすら「優」や「A」の数を得ることに専念する。反対に、人生におけるリスクを覚悟している者達は、毎日学校近くの雀荘に引っ掛かり、面白くもない授業には出ない。したがって彼等は超低空の成績で大学を卒業して行く。

    話を元に戻せば、リスクを本能的に嫌う学校秀才には、リスクが伴う業務は所詮無理である。したがって日本の銀行が欧米流の投資銀行になれるはずがない。さらに日本の銀行に集まる資金の大部分は、金利は低くてもしょうがないが、とにかくリスクは御免と言うものである。このような資金をかってにリスクの大きい運用に使うことも問題である。


  • 日本の社会とリスク
    最近、世間では起業家の育成とか、「ペイオフ」が話題になっている。これからの時代は自己でリスクを取ることが重要と言う指摘である。政府も起業家の後押しを強力に行うと言うことである。ところが近年、特にバブル崩壊後の様子を見ていると、事情はちょっと違うのである。実際には、リスクを取った者がことごとく不幸になり、一方、リスクを避けて来た者が救われたり、幸運に恵まれていると言う現実がある。日本におけるこのような現実は極めて重要なことである。

    バブル崩壊後、土地も安くなったと言うことで、リスクを取って住宅を購入した人々は多額のローン返済に苦しんでいる。地価はさらに下がり、給料も上がらないと言うダブルパンチである。さらに最近では、これらの人々はリストラにも脅かされているのである。また、この時期に景気回復を期待し、事業を拡大した企業は、今おしなべて経営危機に陥っている。大店法改正に伴い、投資を拡大させた流通系の企業などはこの典型である。

    一方、リスクを避けてきた一群が幸運を享受している。リスクを避けて来た銀行員などはこの一例である。銀行は、あれだけの巨額の不良債権を作り、倒産しても当然の状況である。一般の企業が同じ状況なら、もちろん倒産し、退職金はおろか給料もまともに払われないであろう。しかし銀行のシステムは公共物と言う観点から特別の扱いを受け、救済されている。この銀行の救済は、結果的には銀行員の生活の救済でもあったのである。一方、企業への融資姿勢は逆に一段と厳しくなっており、当初の目的の一つであった貸渋りの解消からは、ほど遠い状態である。

    安定性、あるいはリスクのなさで、銀行員の上を行くのが公務員である。昔はそれほど良くはなかった公務員の待遇も、確実に年々アップしており、長い不況で相対的に上昇している。近頃の住宅購入者のかなりの部分は公務員と推察される。最近では公務員の再雇用法が成立したように、日本における公務員の好待遇は異常である。このため公務員の人気は非常に高い。公務員採用試験のための専門学校があるのも先進国では日本くらいであろう。

    このように日本においては、少なくとも現在のところ、リスクを避けて来たものほど幸福になっている。特に、長引く不況でこの傾向は顕著になっている。一般の人々もこれに気が付いているはずである。しかしここからが大切なことである。このような事がいつまでも続くはずがないと言うことである。銀行もご覧の状態であるし、官庁も今後ますます風当たりが強まり、構造不況業種であることがはっきりしてくる。これから両者は落日を迎えることになる。つまり受験秀才の行く所がなくなるのである。このような事実が知られてくれば、小さい頃からの塾通いが全く意味がないことが分かるはずである。これからの時代ではもっと違う能力が必要とされるのである。例えばこれからは、単に学校の成績が良い者より、友人が多い者の方が価値があると考えられることなどである。

    そもそも日本には昔から、リスクを追う者を蔑視する風土がある。リスクをいとはず、一獲千金を狙う事業家は「山師」と呼ばれ、成功し財を成した者は「成り金」と揶揄される。いずれもマイナスのイメージがつきまとう言葉である。

    今このリスク嫌う風潮は広く一般社会にも浸透している。経済だけではなく、スポーツなどの世界にも同様の傾向がある。小学校や中学校の運動会では「騎馬戦」や「棒倒し」は危険と言うことで行われない。野球やラグビーも危険が伴うと言うことで競技人口は減っている。このままでは日本のスポーツはゲートボールだけになってしまいそうである。

    日本人はリスクを嫌うだけでなく、特に最近では、リスクそのものに対しても脆弱になっている。この日本で今、これ以上の経済発展のため、新規企業育成の必要性が叫ばれている。リスクを取る起業家の出現である。しかしこれは日本社会の現実の流れに逆行していることを、政策立案者は本当に理解しているのであろうか。特にこれを推進しようとしているのが、リスクとは無縁の通産省の役人と言うのも皮肉である。現在の日本の現状は、リスクを取る者や起業家にとって、けっして良い環境にはなっていない。

    日本人とリスクについてはもっと述べることがあるが、別の機会に行いたい。また、筆者が考える日本におけるベンチャービジネス興隆のための条件についても別の機会に述べることにする。


今後の日本の経済の成長には、インターネットなどの情報通信分野の発展が必要と言われている。しかし、日本の情報通信分野の成長の状況は米国などに比べると、今一つである。来週号では、これについて筆者の考えを述べることにしたい。



99/6/14(第119号)「銀行員とリスク(その1)」
99/6/7(第118号)「銀行のバブル期の行動」
99/5/31(第117号)「日本の銀行とリスク」
99/5/24(第116号)「需給ギャップと景気回復」
99/5/17(第115号)「経済の構造改革」
99/5/10(第114号)「サマータイムと日本人」
99/5/3(第113号)「地価動向と景気回復」
99/4/26(第112号)「お金持ちとリスク」
99/4/19(第111号)「日本のお金持ち」
99/4/12(第110号)「寡占と所得の分配」
99/4/5(第109号)「寡占市場の話」
99/3/29(第108号)「完全競争市場の話」
99/3/22(第107号)「独占市場の話」
99/3/15(第106号)「本誌の経済予想とその間違い」
99/3/8(第105号)「景気の現状(99年春)」
99/3/1(第104号)「立派な社会と景気回復」
99/2/22(第103号)「現代の日本経済と投資」
99/2/15(第102号)「需給ギャップと投資」
99/2/8(第101号)「99年度の経済を見通す」
99/2/1(第100号)「公共投資の将来を考える」
99/1/25(第99号)「今後の景気対策を考える(その2)」
99/1/18(第98号)「景気の見通しを考える」
99/1/11(第97号)「今後の景気対策を考える(その1)」
98/12/28(第96号)「不況の原因と消費税減税を考える」
98/12/21(第95号)「米国経済の光と影を考えるーーその2」
98/12/14(第94号)「米国経済の光と影を考えるーーその1」
98/12/7(第93号)「自自連立政権を考える」
98/11/30(第92号)「公共投資と経済を考えるーーその2」
98/11/23(第91号)「緊急経済対策を考える」
98/11/16(第90号)「公共投資と経済を考えるーーその1」
98/11/9(第89号)「「空気」を考えるーーその2」
98/11/2(第88号)「「空気」を考えるーーその1」
98/10/26(第87号)「景気対策論議を考える」
98/10/19(第86号)「為替レートの今後のトレンドを考える」
98/10/12(第85号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその3」
98/10/5(第84号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその2」
98/9/28(第83号)「経済の「あいまいさ」を考えるーーその1」
98/9/21(第82号)「為替レートのトレンドを考える」
98/9/14(第81号)「バブルの清算と公金投入を考える」
98/9/7(第80号)「公金投入の整合性を考える」
98/8/31(第79号)「政治と経済の混乱を考える」
98/8/10(第78号)「今回の不況の原因を考える」
98/8/3(第77号)「新政権の人事を考える」
98/7/27(第76号)「小淵新自民党総裁誕生を考える」
98/7/20(第75号)「橋本総理退陣を考える」
98/7/13(第74号)「マスコミの驕りを考えるーーその2」
98/7/6(第73号)「マスコミの驕りを考えるーーその1」
98/6/29(第72号)「参院選と経済を考える」
98/6/22(第71号)「為替介入の背景を考える」
98/6/15(第70号)「橋本総理と円安を考える」
98/6/8(第69号)「日本の金融を考える」
98/6/1(第68号)「経済への関心を考える」
98/5/25(第67号)「世論と経済政策を考えるーーその2」
98/5/18(第66号)「世論と経済政策を考えるーーその1」
98/5/11(第65号)「アンケートと経済政策を考える」
98/5/4(第64号)「今回の景気対策を考える」
98/4/27(第63号)「消費の限界を考えるーーその2」
98/4/20(第62号)「消費の限界を考えるーーその1」
98/4/13(第61号)「恒久減税を考える」
98/4/6(第60号)「今回の自民党の景気対策を考える」
98/3/30(第59号)「米国の対日経済要求を考える」
98/3/23(第58号)「新日銀総裁の就任を考える」
98/3/16(第57号)「今回の不況の深刻さを考える」
98/3/9(第56号)「日米の景気対策を考える」
98/3/2(第55号)「日経新聞と経済を考えるーーその2」
98/2/23(第54号)「日経新聞と経済を考えるーーその1」
98/2/16(第53号)「貸し渋りと景気を考える」
98/2/9(第52号)「政治と経済を考える」
98/2/2(第51号)「官僚と経済を考える」
98/1/26(第50号)「「小さな政府」を考えるーーその3」
98/1/19(第49号)「「小さな政府」を考えるーーその2」
98/1/12(第48号)「「小さな政府」を考えるーーその1」
97/12/22(第47号)「需要不足の日本経済を考える」
97/12/15(第46号)「景気の現状と対策を考えるーーその8」
97/12/8(第45号)「景気の現状と対策を考えるーーその7」
97/12/1(第44号)「京都会議と経済を考える」
97/11/24(第43号)「景気の現状と対策を考えるーーその6」
97/11/17(第42号)「景気の現状と対策を考えるーーその5」
97/11/10(第41号)「景気の現状と対策を考えるーーその4」
97/11/3(第40号)「景気の現状と対策を考えるーーその3」
97/10/27(第39号)「景気の現状と対策を考えるーーその2」
97/10/20(第38号)「景気の現状と対策を考えるーーその1」
97/10/13(第37号)「市場の心理を考える」
97/10/6(第36号)「公共事業とマスコミを考える」
97/9/29(第35号)「リクルート事件と経済を考える」
97/9/22(第34号)「ロッキード事件と経済を考える」
97/9/15(第33号)「住宅と貯蓄を考える(その2)」
97/9/8(第32号)「住宅と貯蓄を考える(その1)」
97/9/1(第31号)「労働組合と経済を考える」
97/8/25(第30号)「競争時代の賃金を考える」
97/8/18(第29号)「米国経済の生産性の向上を考える」
97/8/11(第28号)「米国の景気を考える(その2)」
97/8/4(第27号)「米国の景気を考える(その1)」
97/7/28(第26号)「内需拡大と整備新幹線を考える(その2)」
97/7/21(第25号)「内需拡大と整備新幹線を考える(その1)」
97/7/14(第24号)「香港返還と中国経済を考える(その2)」
97/7/7(第23号)「香港返還と中国経済を考える(その1)」
97/6/30(第22号)「日本の米国債保有を考える」
97/6/23(第21号)「投機と市場を考える」
97/6/16(第20号)「規制緩和と日米関係を考える」
97/6/9(第19号)「ビックバンと為替を考える」
97/6/2(第18号)「内需拡大と公共工事を考える(その2)」
97/5/26(第17号)「内需拡大と公共工事を考える(その1)」
97/5/19(第16号)「金利と為替を考える」
97/5/12(第15号)「規制緩和と景気を考える」
97/5/5(第14号)「為替の変動を考える」
97/4/28(第13号)「日本の物価と金利を考える(その2)」
97/4/21(第12号)「日本の物価と金利を考える(その1)」
97/4/14(第11号)「日本の土地価格を考える」
97/4/7(第10号)「当マガジン経済予測のレビュー」
97/3/31(第9号)「日本の株式を考える」
97/3/24(第8号)「たまごっちと携帯電話を考える」
97/3/17(第7号)「政府の景気対策を考える」
97/3/10(第6号)「オリンピックと景気を考える」
97/3/3(第5号)「為替レートの動向を考える(その2)」
97/2/24(第4号)「為替レートの動向を考える(その1)」
97/2/17(第3号)「日本の金利水準と為替レートを考える」
97/2/10(第2号)「国と地方の長期債務残高を考える」
97/2/1(第1号)「株価下落の原因を考える」「今後の景気動向を考える」

日常的に起こる経済問題をトーク形式で解説
日頃忙しいビジネスマンへのオンラインマガジン