平成9年2月10日より
経済コラムマガジン


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97/4/21(第12号)
日本の物価と金利を考える(その1)
  • 最近、日本では物価の動向にはあまり関心が向けられていない。この大きな理由は、ここ数年きわめて「物価の上昇率」が小さく(マイナスの年もあった)、ほとんどゼロであることであろう。現在、為替や株価に比べ物価は地味な存在である。しかし、高度成長期の日本では、物価が毎年5~10%上昇しており、国民・政府とも最も関心のある経済事項の一つであった。
    今週号では見落としされがちな「物価」について考えてみたい。物価には消費者物価、卸売物価、輸出品物価など色々あるが、主に取り上げるのは消費者物価(指数)である。

  • 日本の物価が落ち着いている大きな要因は次の通りであると筆者は考える。
    1. 為替レ-トが円高で推移しており、その分輸入品が安くなっている。円は1ドル360円時代から現在の約120円に高くなっており、物価の長期安定の下支えになっている。{また、このことが卸売物価が低位で推移し(正確にはそれを反映した輸出物価)、日本の輸出力の強さの一因となっている。つまり、円高による輸出力の低下を円高による物価の低下である程度カバ-されてきた。また、この効果は少しずつ現われてくるところに特徴がある。}
    2. 生産性の向上。資源のとぼしい日本では輸出品の競争力を保持することが至上命令である。85年の「プラザ合意」以後の円高不況に対して見せたメ-カの合理化による輸出力の回復にはすごいものがあった。もっともこのことが、皮肉にも次の円高につながった。
    3. 世界的に一次産品の価格が長く安定している。一次産品を代表する「原油」の価格も第二次オイルショック以降、極めて安定的に推移している。
    4. 十分とは言えないが、流通段階での競争が激しくなっており、価格の安定に寄与している。
    また、「日本では卸売物価は低いが消費者物価が高い」とよく言われる。つまり国内における「円」の購買力が弱いと言うことであるが、これについては今週号では詳しく述べない。一般的には、その要因として「商品の流通ル-トが複雑で流通段階で経費がかかり過ぎる」「日本の土地が高い」など挙げられるが、筆者も異論はない。もしこれに加えるなら「日本人の独特な消費者の行動」、具体的には「品質に対する過剰なこだわり」などが考えられる。

  • さて、物価指数と言った場合、思いつくのは「消費者物価指数」である。これは、日本では総務庁が所管し、毎月発表している。その算出方法は、日常生活に密着した物・サ-ビスを抽出(現在は561品目、分類は「公共料金」「生鮮食品」「一般商品」「一般サ-ビス」)し、それらの価格動向を調べている。561品目について基準年の価格を100とし、それぞれ平均的な消費量(ウエイト)を決め、基準年以降の価格の動きを加重平均で算出し、基準年との比較で物価の推移を知ろうとするものである。
    昔、「物価」が問題にされていたころ、故田中角栄総理が物価指数に高級品の「メロン」が入っていると聞き、「そんな物が入っているから物価指数の上昇が大きいのだ」と怒ったと言う話を聞いたことがある。事の真意は別として、これはまったく誤解である。物価指数は基準年の価格との比較であるから、たとえ高いメロンが入っていても、それがさらに高くならないのなら影響はない。仮にものすごく高くなっても、メロンのウエイトはかなり小さいはずだからほとんど全体の指数に影響はない。

  • 最近、この「消費者物価指数」が実体をあまりよく表わさず、実体より大きな数値となっていると言う非難がある。筆者も同感である。非難の主旨は次の通りである。
    1. 基準年から先になるにつれ、消費項目や購入量(ウエイト)が変化しているはずなのに、それが反映されていない。(たしかに最近流行の携帯電話などは項目に入っていないはずで、さらにこのような物の価格が極端に下がってている)
    2. 調査地点に変更がなく、昨今の価格破壊がうまく反映されていない。(調査地点にはバブル前後から台頭してきたディスカウントショップは含まれていないはずだ。つまりディスカウントショップで買い物をすること自体で物価の引き下げになるはずと言うことである。さらに、調査地点に変更がなくても消費者の行動パタ-ンが変わり、冷凍食品などにありがちな特売日にしか買われないということになれば、平日に価格を調査すると、実態より高い数値がでることになる。)ハハ
    筆者は、これらの問題点に加え、物価指数では、品質の向上を表わすことができないことを指摘しておきたい。例えばパソコンなどは年々性能が向上しているが、このようなことは「消費者物価指数」に反映させることは難しい。処理能力が4倍となり、価格が変わらなかった場合には実質的な価格は4分の1になったと考えるのは行き過ぎとしても、なんらかの形で物価に反映させるべきと考える。これらの消費が一般の人にとって遠い存在の時代にはそれでもよかったが、これらの消費ウエイトが大きくなるにつれ、なんらかの方法でカバ-すべきと考える。

  • 「消費者物価指数」が実体から離れがちと言う問題はなにも日本だけではない。米国でもディスカウントショップの影響がよく反映されていないと言う話である。「消費者物価指数」は「年金」の支給金額の算定に使われることもあり、1%の違いでも政府の負担全体では莫大な金額の違いになると言う。
    日本における価格破壊が本格的に始まったのは近年のことである。したがって、実体と公式発表される消費者物価の上昇率との差異は、日本の方が大きいと筆者は考える。
    このように、一見地味に見られる物価が色々な方面に影響を与えていることがわかる。筆者は、さらに「物価」と「投資」の関係について述べたい。そしてこれが今週号の本題である。

  • 世間の常識に反して、筆者は前から日本の金利は決して低くないと主張してきた(2/17(第3号)「日本の金利水準と為替レ-トを考える」を参照願いたい)。ここ数年民間投資が振るわなかったのも、この金利高が大きな要因であったと考えている。もちろんこの場合の金利は「名目金利」から「消費者物価」を差し引いた「実質金利」である。たしかに「名目金利」は歴史的に低いが、「実質金利」はけっして低くないのである。このことを説明するため使う数字は日本は長期金利として日経公社債インデックス(国債の利回りの数字がないので)、物価指数(上昇率)として消費者物価上昇率(前年比)使う。数字は全て年度ベ-スである。
    (単位: %)
    長期金利物価指数実質金利
    944.80.44.4
    953.4-0.13.5
    963.10.62.5
    このように実質金利は、3%前後で推移しているが、年々低下傾向にはある。(実質金利算出に日経公社債インデックスを使用したが10年物国債の利回りを使用するともう少し値は小さくなる)
    たしかに名目の金利は極めて低いが、物価の上昇率も極めて低いため、実質金利はけっして低いとは言えないのである。さらに、日本では前述したように、物価上昇率の公式発表数字は実体より高くでるようになっており、また最近はその傾向が強くなっている。つまり、実質金利はその分高く修正される必要がある。

  • 投資家が資金を投資するかどうかの決断する場合、判断材料としては色々なことが考えられる。しかし、主なものは予想収益と金利であろう(3/31(第9号)「日本の株式を考える」を参照願いたい)。もちろんこの場合の金利とは実質金利である。たとえ金利が高くても物価上昇率が高ければ、時が経るにつれ資金の価値がそれだけ下がるのだから、早く投資した方が有利と考えるであろう。反対に物価上昇率が極めて小さければ、金利が低くても債券を買うか預金する方が有利と考えるだろう。つまり投資家にとって考慮する金利とは実質金利である。

  • 投資家にとっての金利を考える場合、「銀行の貸出金利」も考える必要がある。たしかに預金金利は史上最低水準で推移しているのに、銀行は空前の業務利益を得ている。また、金利を減免している債権も多いことを併せて考えるならば、貸出金利はかなり高い水準で維持されていると推察される。つまり、末端の貸出では競争がほとんどない状態と想像される。
    このままでは、銀行は生き残るが、企業はつぶれると言うことになりかねない。つまり、銀行の不良債権の処理を優先すればするほど、景気の回復は遅くなるのである。このあたりの話はまた別の機会に述べたい。

  • 土地の取得を伴う投資の場合はさらに複雑になる。「消費者物価指数」には土地の価格は含まれない。「土地の購入は日常生活になじまない」と言ってしまえばそれまでであるが、実質金利で投資を考える場合はそれでは都合が悪い。
    実質金利が十分低くてもと地価が下落傾向にある時には投資のリスクは大きくなる。反対に実質金利が低くなくても、地価が上昇傾向の場合には、その投資が実行される可能性は高くなる。その場合、たとえ事業が失敗しても、土地を処分すれば「おつり」がくるケ-スさえありえる。
    日本においては、このように投資には金利だけでなく、土地の価格動向も密接に関係してくる。バブル期の土地投資はその典型であろう。

  • 多くのエコノミストとか識者と言われている人々が「日本は空前の低金利なのに投資がなぜ行われないか不思議である」と言うことを聞くたびに、これらの人達の認識の甘さが気になる。
    これまで述べてきたように、筆者が考える「低金利でも投資がなされない理由」をまとめると次のようになる。
    1. 名目金利はたしかに低いが、物価上昇率も極めて低いため、実質金利はけっして低くない。
    2. 日本の統計上の物価上昇率は実体より高くでるようになっており、またこの傾向は最近強まっている。したがって実際の実質金利はさらに高くなる。
    3. 不良債権の償却を急いでいるため、銀行の貸出金利は高い水準を維持している。
    4. 地価の下落が続いていたため、投資のリスクが増大していた。


  • では今後の見通しを予想してみよう。
    1. 実質金利はけっして低くないと述べたが、前表にあるように、たしかに傾向としては低くなってきている。この傾向は今後もしばらくは続くと思われるが、政府の経済政策によっては再び高くなることも考えられる。
    2. 銀行の貸出金利については悲観的である。下がるとしても、それは緩慢なものであろう。ただ「日本版ビックバン」の動向によっては、競争が激化し、貸出金利は下がることも考えられるが、まだ先の話である。
    3. 地価の動向は4/14(第11号)「日本の土地価格を考える」の通りである。つまり、地価の下落傾向もそろそろ止まり、場所によっては高くなる所もでてくるであろう。今後は政府の土地対策の追加措置が注目される。
    筆者の結論は、日本での投資増大の環境はようやく揃いつつあると言う段階である。今後、投資が順調に伸びるかどうかは、為替などの推移や政府の経済政策によると考える。



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