- 経済論壇の混乱
最近の経済学者やエコノミストと言われている人々の発言は大混乱している。マスコミに登場する人々は特にひどい。ほとんどの者は、2年前に「財政再建を行わなければ明日の日本はない」と言っていたはずである。ところが景気が後退すると、まず景気回復が必要であり、「景気対策として公共投資は効果が小さくなっており、大型減税が必要」と主張を簡単に変えた。景気後退に伴って金融不安が高まると、当初は「悪い銀行は潰せ」と言ってはずなのに、実際に大銀行が次々に破たんに追い込まれると、今度は公的資金を大胆につぎ込めと主張を変え始めた。さらに強く主張していたはずの「減税」が景気対策として効果がないことが分かってくると、「特別減税ではなく恒久減税なら効果がある」とコロコロと発言を変えるのである。このようないい加減な彼等の言動であるが、これがマスコミに乗ると世論も動かすのである。一年前の参院選では効果もない「減税」がいつのまにか争点になっていた。 筆者の感想では、マスコミに登場するエコノミストで主張が一貫しているのは、リチャード・クー氏と金森久雄氏ぐらいのものである。ところでこれらのエコノミストの最大の問題は、過去の発言の間違いを絶対に認めず、忘れたふりをすることである。「規制緩和」で内需は拡大すると言っていた学者も、最近では景気対策として「規制緩和」が有効とは主張しない。マスコミもこのような点を特に追求しない。要するに「けじめ」が欠けているのである。しかし問題はこれだけに納まらない。これらの学者から経済学を教わった人々が各界に大勢いるのである。昨年の金融国会でも政策新人類と呼ばれる一群が訳の分からない主張を行っていた。彼等にもこれらの経済学者の影響が色濃く見られる。典型的な発言は「悪い銀行は潰せ」である。自己資本比率が4%とか8%以下の銀行は整理するか、国有化をすると言うものであった。8%基準はBISが全く適当に決めた数値であり、根拠のないものである。今回も算出方法に改正があったが、筆者は、そのうちに有名無実化する基準と考えている。実際、昭和恐慌時には自己資本比率が20%を超える銀行がバタバタ倒産したのであり、自己資本比率だけに注目するのは間違っている。また各国の金利水準も考慮すべきである。しかし政治家は若いほどこれらのいい加減な経済学者の影響を強く受け、同じ様なことを言っているのである。 そして最近では、これらのいい加減な経済学者は、「日本経済は需給ギャップが大きく、景気回復には過剰設備を廃棄する必要がある」とか「財政は限界にきており、今後は供給サイドからの対策が必要」と一斉に主張し始めた。また「過剰設備を廃棄により失業は発生するが、これには職業訓練などの充実で対処できる」と主張している。そこでこの話がどこまで本当なのかを検証してみることにする。ただし失業問題に関しては別の機会に述べることにする。 ところで最近は、これらの人々も、自分達が強く主張していたはずの「減税」の効果には何も触れなくなった。今回も、筆者は、一年後にはこれらのエコノミストも「そんなことを言っていたかな」と言うとぼけた結末になると予想している。したがって筆者の意見は、政府はこれらの人々の雑音に影響されることなく景気対策を進めることである。しかし実際には、補正予算の編成が遅れるようである。これもこのようなエコノミストや、このような考えに支配されている政治家が、公共投資による景気追加対策に対して否定的なことが影響しているからである。
- 日本経済と需給ギャップ
日本経済は、慢性的に需要より供給が大きい状態が続いている。つまりこれまで供給力が需要を上回る需給ギャップが常に存在してきたのが現実である。この点が誤解の多いところである。今日多くのエコノミストはバブルの後遺症としての需給ギャップが存在し、この解消を唱えている。しかしこれは「嘘」か、あるいは「事実の誤認」である。たしかに今日一部の業界にはバブル期に行った設備投資が過剰のまま存続しているケースもあろうが、あったとしてもこれらは全体の一部である。 企業は、バブル期崩壊後もバブル期ほどではないが、継続的に大きな設備投資を行ってきている。事実、96年度の景気回復を受け、97年の9月まで設備投資は増加し続けていたのである。減少に転じたのは景気の腰折れが鮮明となってきた10月からであり、さらにこの設備投資が急減したのは、金融機関の大型破綻が続いて起こってからである。しかし設備投資が減少したと言っても、GDPの比率で見れば諸外国に比べ決して小さくはない。設備投資が好調と言われている米国のGDP比率がようやく日本に追いつこうと言う段階である。ところがこのレベルの数値では、日本の景気にとっては小さ過ぎるのは確かである。結論を言えば、どうして今日の設備過剰が、バブル期に行った過剰な設備投資と特定できるのか不思議でならない。筆者の考えは、日本経済はバブル以前からずっと過剰設備を抱えていたと言うことである。そしてこのように継続して大きな設備投資を行ってきたことが、日本経済の強さの一つの要因ともなっている。 筆者の記憶では最初に日本で「需給ギャップ」が話題になったの昭和46年頃、つまり1971年頃からである。個々の業界で過剰生産力を持つことは以前からあったであろうが、国全体で「需給ギャップ」が問題になったのはこの30年も前の頃からである。30年間も一貫して大きな「需給ギャップ」は存在していたのであり、つい最近これに急に気が付ついたようなことを言っている。まったく日本の経済学者にはあきれる。とにかくそれ以降、日本では一貫して「需給ギャップ」を抱えながら経済成長を達成してきたのである。そして重要なことは、これまで何回となく景気循環を経験してきたが、さすがに景気対策が問題になる際して、「過剰設備を廃棄することが景気回復の条件」と言ったばかげた議論がクローズアップされたことはなかった。不況期に個々の企業で不採算部門を整理したり、設備投資を控えることは当然行われた。しかしこれはあくまでも企業の防衛的行動であり、国全体の景気回復とは関係のない行動である。そしてこれまで景気回復は、いつも公共投資を中心とした財政支出の増大と輸出の拡大が主導したのであり、けっして企業のリストラではなかった。 過剰設備を抱える日本の企業は、稼働率を維持するため過剰生産に陥りやすい。過剰な生産物は輸出されることになる。昭和46年の「需給ギャップ」もそれ以降の輸出急増に繋がった。当時はベトナム戦争の頃であり、固定相場のもとで特に米国向けの輸出が増大した。この結果、日本の貿易黒字は膨大なものとなり、後の為替の変動相場制移行への大きな原因にもなるのである。 日本の過剰設備投資体質については、別の機会にまた述べることにするが、これは大変興味深いテーマではある。前述したエコノミスト達は設備廃棄により、新規の投資が生れ、これによって景気が回復すると主張するが、新規の投資は新たな生産力を生み、次の生産力の過剰を発生させるはずである。たしかにこのような経過をたどれば企業の競争力は強化されるかもしれない。しかし国内には十分な需要がないため、輸出が増えることになり、結果的には「円高」を招くことになる。そしてこの「円高」により、企業は次のリストラが必要となり、日本経済は一種の悪循環に陥ることになる。もちろん設備廃棄に伴い失業の問題も発生するが、この問題を別にしても、このように日本全体の経済にとって単純な設備廃棄はプラスにはならない。 ところで筆者は、色々な理由で日本においては、企業のリストラにより発生する失業を吸収できるような新産業がどんどん出現することはちょっと無理と考えている。一方、エコノミスの主張がどうであろうとも、企業は、今後も設備廃棄と人員の整理を進めるものと考えている。したがって相当の間、政府が財政支出を増やことで、企業へのリストラの圧力を和らげる他はないと考えるのである。
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